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【8歳で芸能界入り】永野芽郁が吉祥寺でスカウトされた意外なきっかけ

如月 淳 如月 淳 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

永野芽郁さんが芸能界に入ったきっかけは、東京都武蔵野市の吉祥寺で受けたスカウトでした。

2017年のDeviewのインタビューや、2024年のTOKYO FMの番組関連インタビューでは、本人が当時の出来事を振り返っています。

スカウトされた日は母親と靴を買いに行っていた

永野さんによると、当時は運動会で履く靴を母親と買いに出かけていました。

そのとき気になっていたのが、子どもたちの間で人気だったスポーツシューズ「瞬足」です。速く走れるようになりたいという、子どもらしい期待を持って買い物をしていたところ、現在の所属事務所の関係者から声をかけられました。

スカウトされた場所として本人が挙げているのは、吉祥寺のサンロード付近です。

当時の永野さんは、芸能事務所が何をする場所なのかも、スカウトという言葉の意味も理解していませんでした。

母親からテレビに出ている人たちがいる場所だと説明されると、テレビに出演できることを楽しみにしたそうです。

当時は女優やモデルになりたいと思っていなかった

意外なのは、スカウトされる前から芸能界を目指していたわけではないことです。

本人は2017年のインタビューで、テレビを見るのは好きだったものの、女優やモデルになりたいという希望は特になかったと語っています。

むしろ、外で遊ぶことが大好きで、日焼けを気にしなければならないモデルの仕事には抵抗があったそうです。

2022年のMAQUIAのインタビューでも、当初の希望は女優ではなく、バラエティ番組への出演だったと明かしています。

つまり、永野芽郁さんの芸能界入りは、明確な夢を追いかけた結果というより、偶然の出会いから始まったキャリアだったのです。

8歳と9歳、どちらが正しい?

永野さんのスカウト時の年齢については、報道によって8歳と9歳の両方が登場します。

- 2024年のスポニチ報道:本人が8歳ごろに事務所に入ったと説明。
- 2022年のスポニチ報道:9歳のときにスカウトされたと紹介。
- 2017年のDeview:小学3年生のときにスカウトされたと本人が説明。

永野さんの生年月日は1999年9月24日です。小学3年生の期間には8歳と9歳の両方の時期が含まれます。

そのため、小学3年生、8〜9歳ごろのスカウトと整理するのが自然です。スカウトされた正確な日付までは、これらのインタビューでは明らかになっていません。

【子役時代の苦労】演技レッスンが嫌だった小学生時代

永野芽郁幼少期

芸能事務所に所属した永野さんが最初に取り組んだのは、演技レッスンでした。

ところが、本人が想像していた芸能活動とは大きく違っていたようです。

バラエティ番組に出たかったのに始まったのは演技レッスン

2024年5月放送のTBS系『人生最高レストラン』で、永野さんは事務所に入った当時の気持ちを振り返りました。

テレビに出演できると思っていたところ、実際に始まったのは演技の勉強。

本人にとっては予想外の展開でした。

ドラマの登場人物についても、子どもの頃は現実と物語の区別が十分につかず、役柄によって俳優がまったく違う人物を演じることに戸惑っていたといいます。

セリフを人前で言うことも恥ずかしく、演技レッスンに対して「思っていたのと違う」という気持ちが強くなりました。

母親との約束が1年間続けるきっかけに

永野さんの母親は、娘の希望を何でも無条件に認めるわけではありませんでした。

芸能活動についても、母親は簡単な仕事ではないと伝えていたそうです。

一方で、習い事など自分で始めると決めたことについては、1年間は続けるという約束を設けていました。

永野さんはその約束を守り、演技レッスンに通い続けます。

当時は一人で電車に乗ってレッスンへ向かい、気が進まない時間を過ごしていたと2024年の番組で語っています。

しかし、周囲の環境が少しずつ変化をもたらしました。

- 一緒に学ぶ仲間が挑戦を後押ししてくれた。
- 演技の先生が本人のペースに合わせて励ましてくれた。
- 人前でセリフを言うことへの抵抗が少しずつ薄れた。
- 自分の殻を破るにつれて演技が楽しくなった。

本人は、周囲の人たちが楽しく取り組めるようにしてくれたことが大きかったと振り返っています。もし1年ほどで辞めていたら、今の自分はなかったという趣旨の話もしていました。

小学生時代には仕事を辞めたいと思うこともあった

2022年のMAQUIAのインタビューでは、小学校時代の素直な気持ちも語られています。

周囲の同級生が普通に学校生活を送るなか、自分だけ仕事をしなければならないことに疑問を感じることもあったそうです。

また、高校進学を考える時期には、親友と同じ学校に進みたいという思いもありました。

子役として活動していたからといって、幼い頃から仕事一筋だったわけではありません。

友達と過ごしたい、学校生活を楽しみたいという気持ちと、芸能活動との間で揺れていたことが分かります。

それでも、現場で出会う人たちに恵まれたことが、仕事を続ける支えになりました。

この経験は、永野さんのキャリアを考えるうえで見落とせない部分です。才能やスカウトだけではなく、本人が続けられる環境と周囲の支援が、子役時代を支えていたのです。

【母親と兄との暮らし】永野芽郁が語った母子家庭の家庭環境と幼少期の写真

永野芽郁さんの子供時代を知るうえで、母親と兄の存在も重要です。

2022年8月に放送されたTBS系『日曜日の初耳学』のインタビュー企画で、永野さんは自身の家庭環境について語りました。

母親と兄と3人で暮らしていた

永野さんは番組内で、自分の家庭について母子家庭であり、母親と兄と3人で生活していたと説明しています。

特に印象的なのは、母子家庭に対する一般的なイメージと、自分が育った家庭の雰囲気を区別して語っていたことです。

母親は見えないところで大変な思いをしていたかもしれないものの、家庭では明るく、何とかなるという前向きな雰囲気で生活していたといいます。

本人は、その家庭環境が現在の自分の性格にもつながっているように感じると話しました。

また、母親については愛情を持って語る場面が多く、2022年のMAQUIAのインタビューでは、母親の顔に似てきたことを好きなポイントとして挙げています。

母親から教わった仕事への向き合い方

永野さんの母親は、娘が幼い頃から芸能活動をするうえで、仕事に対する責任を教えていました。

2022年の『日曜日の初耳学』では、母親から仕事は働いてお金をいただくものであり、やるべきことをやらなければならないと教えられてきたと説明しています。

2020年のクランクインのインタビューでも、母親から仕事を始めると決めたなら最後までやり遂げるように教えられてきたと振り返りました。

この教えは、後述する中学2年生の転機にもつながっています。

子役時代に仕事を辞めたいと思ったことがあっても、簡単に投げ出さずに続けてきた背景には、母親の教育方針があったと考えられます。

兄との幼少期エピソードが微笑ましい

永野さんには兄がいます。

2015年10月のLmaga.jpのインタビューでは、幼い頃の兄との関係について、本人が興味深いエピソードを披露しました。

兄はかなり泣き虫だった一方、永野さんは一人で放っておかれても、ずっと笑っているような子どもだったそうです。

加えて、兄の足をなぜか噛んでいたという話も明かしています。

本人には当時の記憶がないものの、その様子は写真に残っているとのことでした。

この話からは、現在の明るい笑顔にも通じる、幼少期の天真爛漫な一面がうかがえます。

永野芽郁の幼少期の写真はどんなもの?

幼少期の写真を探している人にとって、特に興味深いのが兄の足を噛んでいたというエピソードです。

本人が写真に残っていると話しているため、幼い頃の家族写真に関する具体的な証言として紹介できます。

ただし、写真に写っている状況と、インターネット上で紹介される画像の出所は分けて考える必要があります。

本人の幼少期写真として紹介されている画像でも、撮影時期や本人による公開の有無が明らかでないものがあります。

写真を楽しむ際には、本人のインタビューや公式マネジメントによる発信と、出所が分からない転載画像を区別することが大切です。

【子役時代から現在まで】永野芽郁の芸能界入りと経歴を年表で整理

永野芽郁さんは2009年に映画で女優デビューしています。

小学3年生のスカウトから映画、雑誌モデル、テレビドラマ、映画主演へと活動の幅を広げてきました。

所属事務所スターダストプロモーションの公式プロフィールを中心に、主な出来事を整理します。

時期 出来事・作品 キャリア上の意味
1999年 東京都で誕生 9月24日生まれ
小学3年生ごろ 吉祥寺でスカウト 芸能界入りのきっかけ
2009年 『ハード・リベンジ、ミリー ブラッディバトル』 映画で女優デビュー
2010年 『ニコプチ』モデル活動開始 ファッションモデルとしても活動
2013年 NHK大河ドラマ『八重の桜』出演 テレビドラマで経験を重ねる
中学2年生ごろ 『繕い裁つ人』に参加 女優業を仕事として強く意識する転機
2015年 映画『俺物語!!』ヒロイン 映画で注目を集める
2016年 『Seventeen』専属モデルに 若い女性を中心に知名度を拡大
2018年 NHK連続テレビ小説『半分、青い。』主演 全国的な知名度を獲得
2021年 『ハコヅメ』『そして、バトンは渡された』など 主演・受賞実績を重ねる
2026年 新作映画・配信ドラマなどを展開 俳優として活動を継続

2009年の映画デビューから子役として成長

永野さんの映画デビュー作は、2009年公開の『ハード・リベンジ、ミリー ブラッディバトル』です。

翌2010年には『ゼブラーマン2 -ゼブラシティの逆襲-』や『私の優しくない先輩』に出演しています。

同じ2010年には、ファッション誌『ニコプチ』のレギュラーモデルとしても活動を始めました。

その後、2013年には『nicola』のレギュラーモデルとなり、2016年からは『Seventeen』でも活躍しました。

このように、永野さんの子役時代は映画やドラマだけでなく、ファッションモデルとしての経験も積み重ねた時期でした。

2015年の『繕い裁つ人』と『俺物語!!』

2015年は、永野さんのキャリアを振り返るうえで重要な年です。

映画『繕い裁つ人』では、中田まり役を演じました。

さらに同年公開の映画『俺物語!!』では、大和凜子役としてヒロインを務めています。

その後、2017年には『ひるなかの流星』で映画初主演を果たし、『PARKS パークス』『帝一の國』などにも出演しました。

2018年にはNHK連続テレビ小説『半分、青い。』で楡野鈴愛役に抜擢され、全国的な知名度を獲得します。

事務所の公式プロフィールには、映画・ドラマの出演歴に加え、エランドール賞新人賞や日本アカデミー賞などの受賞歴も掲載されています。

【中学2年生が人生の転機】『繕い裁つ人』で芽生えた女優としての覚悟

永野芽郁さんの幼少期から現在までの歩みを語るうえで、特に重要なのが映画『繕い裁つ人』です。

本人は複数のインタビューで、この作品に参加した中学2年生の頃に、女優という仕事への意識が大きく変わったと話しています。

体調が悪いなかで経験した地方ロケ

2022年のマイナビニュースのインタビューや、2020年のクランクインのインタビューによると、『繕い裁つ人』の撮影は永野さんにとって精神的にも大きな経験になりました。

全編神戸ロケの作品で、実家を離れて撮影に参加する機会がありました。

その際、体調が優れず、心細い思いをしたことがあったそうです。

これまでなら母親に弱音を吐いていたような状況でしたが、自分で病院へ行き、薬を受け取って撮影現場へ向かったと振り返っています。

その行動を通して、自分が仕事に対して責任を持つようになっていたことに気づいたといいます。

単に撮影を経験したというだけではなく、仕事に向き合う自分自身の変化を実感した出来事でした。

中谷美紀からかけられた言葉

『繕い裁つ人』で主演を務めたのは中谷美紀さんです。

永野さんは2020年のクランクインのインタビューで、中谷さんから演技を続けるよう励まされたことを明かしています。

「あなたはお芝居が絶対にうまくなるから、ちゃんと続けたほうがいいよ」

当時の永野さんは、体調が優れず、現場の隅で過ごすこともあったそうです。

そのような状況で先輩俳優から言葉をかけられたことは、大きな励みになりました。

永野さんは、いつか再び中谷さんと共演できるように努力したいという気持ちが生まれ、女優を続ける覚悟が決まったと振り返っています。

「習い事」から「仕事」へ意識が変化した理由

ここで注目したいのは、永野さんの仕事に対する意識が一度に変わったわけではないことです。

小学生時代は、テレビに出られると思って芸能活動を始めました。

演技レッスンは想像と違い、辞めたいと思ったこともありました。

しかし、現場でさまざまな人と出会い、演技の楽しさを知り、中学2年生の頃には仕事として責任を持つことを強く意識するようになります。

その過程には、母親の教え、演技の先生や仲間の励まし、そして中谷美紀さんとの出会いがありました。

永野芽郁さんの女優人生は、幼い頃から一貫して強い夢を持っていたから続いたのではなく、周囲の人との出会いを通じて、自分自身の意思で続けたい仕事へ変わっていったという点に特徴があります。

【幼少期と現在を比較】永野芽郁はどのように成長した?

幼少期の永野さんと現在の姿を比較すると、芸能活動への向き合い方に大きな変化が見られます。

幼少期と現在の違い

比較項目 幼少期・子役時代 現在
芸能界への意識 テレビに出演したいという興味 俳優として作品づくりに取り組む
演技への気持ち 人前でセリフを言うのが恥ずかしかった 演技や作品づくりが好きと語る
仕事への考え方 習い事に近い感覚からスタート 責任を持って仕事に向き合う
家族との関係 母親の支えや教えを受けて成長 母親への感謝を公の場でも語る
活動の幅 子役・雑誌モデル 映画・ドラマ・配信作品など

2026年現在は俳優として新しい挑戦も

2026年11月現在、永野さんは27歳です。

所属事務所の公式プロフィールでは、2025年公開の映画『かくかくしかじか』や、2025年放送のTBS日曜劇場『キャスター』など、近年の出演作が紹介されています。

また、2026年6月21日にはフォトブック&スタイルブックのスペシャルBOX『MAGNOLIE』が発売されました。

加えて、主演を務めるNetflix映画『僕の狂ったフェミ彼女』は2026年12月3日から配信予定で、DMM TVのオリジナルドラマ『ヒマチの嬢王』では主演に加えてプロデュースも担当する予定です。

子役として演技レッスンに戸惑っていた時代から考えると、表現者としての活動範囲が大きく広がっています。

幼少期から変わらないのは周囲への感謝と明るさ

永野さんのインタビューを読み比べると、幼い頃の明るい性格と、現在の仕事に対する前向きな姿勢には共通点があります。

母親との生活について語る際にも、家庭の明るさが自分の性格につながったと振り返っています。

また、子役時代に演技を続けられた理由として、先生や仲間、撮影現場で出会った人たちの存在を挙げています。

現在の活躍だけを見ると、幼い頃から芸能界で成功することを目指していたように感じる可能性があります。

しかし、本人の言葉から見えてくるのは、最初から完成された女優ではなく、迷いながら経験を重ねてきた一人の子どもの姿です。


【永野芽郁の幼少期】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:永野芽郁さんは何歳のときにスカウトされましたか?

永野さんは小学3年生のとき、吉祥寺のサンロード付近でスカウトされました。本人は8歳ごろと振り返っていますが、9歳と紹介する報道もあります。

Q2:永野芽郁さんの幼少期はどんな子どもでしたか?

本人のインタビューによると、幼い頃は一人でいてもよく笑う明るい子どもだったそうです。兄が泣き虫だったのに対し、自分はよく笑っていたことや、兄の足を噛んでいたという写真のエピソードも明かしています。

Q3:永野芽郁さんは母子家庭で育ったのですか?

はい。2022年のTBS系『日曜日の初耳学』で、本人が母親と兄との3人暮らしだったと語っています。家庭では明るく前向きな雰囲気で生活していたそうです。

Q4:永野芽郁さんの子役時代の映画デビュー作は何ですか?

2009年公開の映画『ハード・リベンジ、ミリー ブラッディバトル』です。2010年には『ゼブラーマン2 -ゼブラシティの逆襲-』などにも出演しています。

Q5:永野芽郁さんが女優を続けようと思ったきっかけは何ですか?

中学2年生の頃に出演した映画『繕い裁つ人』が大きな転機でした。撮影現場で女優という仕事への責任を実感し、主演の中谷美紀さんから演技を続けるよう励まされたことも支えになりました。

Q6:永野芽郁さんは幼少期から女優になりたかったのですか?

最初から女優を目指していたわけではありません。スカウトされた当初は、バラエティ番組に出演したいという気持ちが強かったと本人が語っています。


まとめ:永野芽郁の幼少期から見える女優としての成長

永野芽郁さんの幼少期を本人のインタビューから振り返ると、芸能界入りは吉祥寺での偶然のスカウトから始まったことが分かります。

当初は女優になりたいという強い希望があったわけではなく、演技レッスンにも戸惑い、仕事を辞めたいと思った時期もありました。

それでも、母親の教えや兄との家庭生活、演技の先生や仲間との出会いが、少しずつ本人の意識を変えていきました。

特に重要なのは、中学2年生で出演した『繕い裁つ人』です。中谷美紀さんからの励ましや、地方ロケで自分自身の責任を実感した経験が、女優を続ける覚悟につながりました。

2026年現在の永野さんの活躍は、こうした幼少期からの積み重ねの先にあります。

永野芽郁さんの魅力は、幼い頃から完璧な女優だったことではなく、迷いや戸惑いを経験しながら、自分の意思で演技を好きになっていったところにあります。

その成長の過程を知ると、現在の映画やドラマで見せる表情も、また違った角度から楽しめるはずです。


主な参照資料:スターダストプロモーション公式プロフィール、集英社MAQUIA(2022年7月)、スポニチ(2022年8月・2024年5月)、クランクイン(2020年3月)、TOKYO FM+(2024年7月)、Deview、Lmaga.jp(2015年10月)。

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如月 淳

芸能・エンタメ領域を10年以上取材してきたデスク。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知を一次情報として確認し、裏付けのない情報は記事にしない方針です。

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