SixTONESの田中樹の入所日は、2008年4月20日です。中学1年生だった田中樹は、母親がジャニーズ事務所に履歴書を送ったことをきっかけにオーディションへ参加しました。当時は芸能活動に強い関心があったわけではなく、本人も乗り気ではなかったと振り返っています。
2026年3月14日放送のTOKYO FM『川島明 そもそもの話』では、母親が応募した経緯やオーディション当日の話、菊池風磨・中島健人との出会いなどを改めて語りました。2026年11月現在、入所から18年。この記事では、入所日の根拠、当時の年齢、寺西拓人や諸星翔希を含む同期との関係、Hip Hop JUMP時代、SixTONES結成からCDデビューまでを時系列で整理します。
【結論】田中樹の入所日は2008年4月20日!2026年で18周年

田中樹の入所日は、2008年4月20日です。ファンの間で共有されている入所日一覧や記念日情報でも、この日付が広く使われています。
特に注目したいのは、本人が過去のラジオ出演で4月20日をオーディションの日として具体的に語っていることです。2021年7月4日放送のTOKYO FM『木村拓哉 Flow』では、母親に「オーディションが4月20日にあるから行ってきなさい」と言われた経緯を説明しました。
さらに2026年3月14日放送の『川島明 そもそもの話』でも、4月20日がオーディションだったことを改めて話しています。本人の複数の発言と一般に流通している入所日が一致している点が、この日付を理解するうえで重要です。
2026年11月現在の入所周年と年齢
STARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールによると、田中樹の生年月日は1995年6月15日です。
この誕生日と2008年4月20日を照らし合わせると、入所時は満12歳。正確には12歳10か月5日でした。
2026年の記念日は次のとおりです。
- 2008年4月20日:オーディション・入所の節目
- 2020年1月22日:SixTONESとしてCDデビュー
- 2026年4月20日:入所18周年
- 2026年6月15日:31歳の誕生日
- 2026年11月1日:入所から18年6か月余り
なお、STARTO ENTERTAINMENTの公式プロフィールには生年月日が掲載されていますが、入所日はプロフィール上の正式な掲載項目ではありません。4月20日は、本人のオーディションに関する証言と、広く共有されている入所日情報を照らし合わせて理解するのが適切です。
【入所理由】田中樹の母親が履歴書を送った!本人は芸能界志望だった?
田中樹が芸能界に入るきっかけを作ったのは、母親でした。
2021年7月4日放送の『木村拓哉 Flow』で、田中樹は母親がジャニーズ事務所に応募したと説明しています。また、2026年の『川島明 そもそもの話』でも、母親が履歴書を提出していたことを振り返りました。
母親が応募した当時、田中樹はスポーツに夢中だった
当時の田中樹は、芸能活動を最優先に考えていた少年ではありませんでした。
2021年のラジオ対談では、野球、サッカー、バスケットボール、水泳、陸上など、さまざまなスポーツに取り組んでいたことを明かしています。
本人の説明によれば、習い事や部活動で曜日が埋まっており、将来は何らかのスポーツでプロを目指すのではないかと考えていた時期でした。
つまり、芸能界入りは本人が計画的に進めた進路選択というより、母親の応募によって訪れた予想外の機会だったのです。
母親が履歴書を送った本当の理由は?
母親が応募した事実は本人の発言で確認できますが、なぜ履歴書を送ったのかという具体的な動機や、応募に至る家庭内の詳しいやり取りまでは公表されていません。
そのため、母親が芸能界入りを強く望んでいた、あるいは特定の将来設計を持っていたと断定することはできません。
確かなのは、母親の応募がなければ、2008年4月20日のオーディションに参加する機会そのものがなかったということです。
【オーディション秘話】合格通知なし?Hey! Say! JUMPのリハーサルから始まったJr.人生
田中樹の入所エピソードで特に印象的なのが、オーディションに合格したという明確な通知を受け取った記憶がないという話です。
2026年3月14日放送の『川島明 そもそもの話』では、当時の状況を詳しく振り返りました。
本人はオーディションに積極的だったわけではない
田中樹によると、中学校に入学したタイミングで野球部に入部しました。そんな中、母親からオーディションに応募したことを知らされます。
当初は芸能活動に強い興味がなく、本人にとってはスポーツや学校生活の延長線上に突然やってきた出来事でした。
一方で、目立つこと自体は嫌いではなかったため、友人にアイドルになるかもしれないと話していたことも明かしています。
合格発表ではなく、次の仕事への呼び出しだった
オーディション後、田中樹が最初に呼ばれたのはHey! Say! JUMPのコンサートのリハーサルでした。
一般的にイメージされるような、合格通知を受け取り、段階的なレッスンを経てステージに立つという流れとは異なっていたようです。
本人は当時について、オーディションの合格を明確に告げられず、次のリハーサルに来るように呼ばれていたと説明しています。
そして、2026年の番組では、今でも事務所からオーディションに合格したと明確に言われていないという趣旨の話をして、スタジオの笑いを誘いました。
野球部にもほとんど参加できなかったほどの急展開
田中樹は、アイドル活動が始まったことで野球部に参加できたのは2回ほどだったと振り返っています。
加えて、最初の仕事はHey! Say! JUMPのコンサートリハーサル。ダンスを覚える習慣もなかった状態から、現場で振り付けや動きを覚えなければなりませんでした。
本人が語った当時の活動スタイルは、まさに現場で経験を積みながら成長していくものだったといえます。
その後、約1か月でジャニーズJr.としての出演が決まり、芸能活動が本格的に動き始めました。
このエピソードから分かるのは、現在のSixTONESでラップやMCを担当する田中樹にも、最初は何も分からない状態で現場に飛び込んだ時期があったということです。
【同期一覧】田中樹と中島健人・寺西拓人・諸星翔希の関係は?
田中樹の同期として名前が挙がる人物には、中島健人、寺西拓人、諸星翔希、菊池風磨などがいます。
ただし、「同期」という言葉には、同じ日に入所した人物、同じオーディションを受けた人物、同じ時期に活動を始めた人物という複数の意味があります。
中島健人とは同じオーディションを受けた仲間
2026年3月14日放送の『川島明 そもそもの話』で、田中樹は中島健人と菊池風磨について、同じオーディションを受けた仲間だったと説明しました。
特に中島健人については、入所直後から周囲を気にせず一生懸命踊っていた姿が印象的だったと振り返っています。
一方、菊池風磨とはテンションや感覚が近く、親近感を持っていたとのこと。ライブ会場まで一緒に電車で移動することもあったそうです。
寺西拓人・諸星翔希とは3人で同期として交流
寺西拓人と諸星翔希も、田中樹と同じ2008年4月20日入所として広く紹介されています。
特に興味深いのは、2014年の雑誌『Wink up』の座談会を転載した記録です。この座談会では、田中樹自身が寺西拓人との同期について、諸星翔希と自分を含めた3人が同期であると説明しています。
また、当時の座談会では、3人が仕事現場でも一緒になることが多く、普段から親しく過ごしていた様子が紹介されていました。
田中樹の同期・関係者を整理
| 人物・出来事 | 日付・時期 | 田中樹との関係 | 確認できる情報 |
|---|---|---|---|
| 田中樹 | 2008年4月20日 | 本人 | 本人がオーディション日として証言 |
| 中島健人 | 2008年4月20日 | 同じオーディションの仲間 | 2026年の本人出演ラジオで確認 |
| 寺西拓人 | 2008年4月20日 | 同日入所の同期 | 2014年の雑誌座談会の転載記録など |
| 諸星翔希 | 2008年4月20日 | 同日入所の同期 | 田中本人が寺西を含む3人を同期と説明 |
| 菊池風磨 | 2008年4月27日とされる | 同じオーディションの仲間 | 本人の回想では同じオーディションを受験。入所日一覧では4月20日とは別日 |
| 京本大我 | 2006年5月4日 | SixTONESメンバー | メンバー内で最も早い入所として紹介される |
| ジェシー | 2006年9月11日 | SixTONESメンバー・旧ユニット仲間 | 田中より先に入所 |
| 森本慎太郎 | 2006年10月1日とされる | SixTONESメンバー | 一般的な入所日一覧で紹介。正確な日付には不確かな部分がある |
| 田中樹 | 2008年4月20日 | SixTONESメンバー | 入所順では4番目 |
| 松村北斗 | 2009年2月15日 | SixTONESメンバー | 田中より後に入所 |
| 髙地優吾 | 2009年5月24日 | SixTONESメンバー | メンバー内では最後に入所 |
| Hip Hop JUMP | 2008年ごろ | ジェシーとのJr.時代の活動 | SixTONES結成以前のユニット |
| SixTONES結成 | 2015年5月1日 | 6人でグループ活動を開始 | 公式サイトでも結成日として紹介 |
| SixTONES CDデビュー | 2020年1月22日 | グループとしてデビュー | 公式デビューシングル発売日 |
※入所日一覧は一般に共有されている年表を参考にしたもので、全員の正式な入所日が所属事務所から一括して公表されているわけではありません。特に森本慎太郎の2006年10月1日は、本人の記憶にも曖昧な部分があると紹介されています。
ここで押さえておきたいのは、菊池風磨と田中樹は同じオーディションを受けた仲間ですが、入所日として紹介される日付は異なるという点です。同じオーディションを受けたことと、同じ日に入所したことは必ずしも一致しません。
【Jr.時代】Hip Hop JUMPからバカレア組、SixTONES結成まで
2008年に入所した田中樹は、その後ジャニーズJr.として経験を重ねていきます。現在のSixTONESにつながる重要な転換点が、Hip Hop JUMPでの活動と、2012年のドラマ『私立バカレア高校』への出演です。
Hip Hop JUMPでジェシーと活動
田中樹は、入所後のJr.時代にジェシーとHip Hop JUMPとして活動していました。
2021年7月4日放送の『木村拓哉 Flow』でも、木村拓哉からHip Hop JUMPについて尋ねられた際、ジェシーと田中樹はSixTONESより前の活動だったことを振り返っています。
また、田中樹は入所当初からラップを担当していたことも明かしています。最初はセンターでバラードを歌いたいという思いもあったものの、長年ラップを担当するうちに、ヒップホップそのものが好きになっていったそうです。
現在の田中樹を象徴するラップスタイルの原点は、このJr.時代にあったといえます。
2012年『私立バカレア高校』で現在の6人が集まる
大きな転機となったのが、2012年に日本テレビ系で放送されたドラマ『私立バカレア高校』です。
この作品には、後にSixTONESを結成する6人が出演しました。
- ジェシー
- 京本大我
- 松村北斗
- 髙地優吾
- 森本慎太郎
- 田中樹
この6人は、後にバカレア組と呼ばれるようになります。
2026年のTOKYO FMの番組レポートでは、撮影現場での思い出や、6人で過ごした時間について田中樹が語っています。
ただし、ドラマで6人が共演したからといって、すぐにSixTONESとして正式に活動を始めたわけではありません。その後には、メンバー間の立ち位置の違いや、活動を続けることへの迷いもあったといいます。
2015年5月1日、SixTONES結成
田中樹が2026年のラジオ出演で振り返ったところによると、2014年ごろ、ジェシーが6人にもう一度一緒に活動したいという意向を伝えました。
当時は、松村北斗とジェシーがJr.内で目立つポジションを得る一方、残る4人は思うような立ち位置を得られず、田中樹自身も芸能活動を続けるか悩んでいた時期だったそうです。
それでも最後に6人で挑戦しようと決意し、2015年5月1日にSixTONESが結成されました。
この日付はSixTONES公式サイトでもグループ結成日として紹介されています。2024年には、結成9周年を記念して5月1日にシングル『音色』を発売することも発表されました。
2020年1月22日、約5年の活動を経てCDデビュー
SixTONESは、Jr.としてグループを結成してから約5年間の活動を経て、2020年1月22日にCDデビューを果たしました。
デビューシングルは『Imitation Rain』。Snow Manとの同時デビューとして大きな話題になりました。
SixTONES公式サイトは2019年10月23日に、両グループのデビューシングルが2020年1月22日に発売されることを発表しています。
田中樹にとっては、2008年4月の入所から約11年9か月を経て迎えた節目でした。
【SixTONES入所順比較】田中樹は6人の中で何番目?
SixTONESのメンバー6人は、入所した時期が同じではありません。
一般的に紹介されている入所日一覧では、田中樹は6人の中で4番目です。
京本大我、ジェシー、森本慎太郎の3人が先に入所し、その後に田中樹、松村北斗、髙地優吾という順番になります。
ここで面白いのは、グループ内での年齢順と入所順が必ずしも一致していないことです。
田中樹は1995年生まれですが、2008年入所。一方、ジェシーは1996年生まれでありながら2006年に入所しています。年齢だけで先輩・後輩を判断できないのが、Jr.時代の特徴です。
また、松村北斗と髙地優吾は田中樹より後に入所していますが、2012年の『私立バカレア高校』では同じ6人の仲間として共演していました。
入所時期が違っていても、共演やユニット活動を重ねることで関係性が築かれ、最終的に同じグループへとつながった点は、SixTONESの歩みを理解するうえで欠かせません。
【プロの結論】田中樹の入所日を知るとSixTONESの歴史が見えてくる
田中樹の2008年4月20日という入所日は、単なるファン向けの記念日ではありません。現在のSixTONESがどのような過程を経て誕生したのかを理解するための出発点です。
特に注目したいのは、本人が最初からアイドルを目指していたわけではなかったことです。
母親が履歴書を送り、本人はスポーツ中心の生活を続けるつもりだった。それがオーディションへの参加につながり、Hey! Say! JUMPのコンサートリハーサルを経て、Jr.としての活動が始まりました。
加えて、Hip Hop JUMPでの経験、バカレア組としての共演、SixTONES結成という段階を踏んでいます。
入所日と同期情報を調べるときの3つの判断基準
- 本人の証言を優先する:オーディションの日や当時の出来事については、本人がラジオやインタビューで語った内容を重視する。
- 同じ日と同じオーディションを区別する:菊池風磨のように、同じオーディションを受けていても、入所日一覧では別の日付になっている人物がいる。
- 公式プロフィールと記念日情報を混同しない:誕生日やグループのデビュー日は公式情報で確認できる一方、入所日は本人の証言や複数の年表を照らし合わせて理解する。
2026年11月現在、田中樹は31歳。入所から18年が経過し、Jr.時代の経験は現在のラップやMC、グループ内での役割にもつながっています。
母親の応募から始まった芸能活動が、約12年後のCDデビュー、そして現在のSixTONESの活動へとつながっていることを考えると、2008年4月20日は田中樹のキャリアを語るうえで欠かせない日付です。
【田中樹の入所日に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:田中樹の入所日はいつですか?
A1:2008年4月20日です。本人が複数のラジオ番組で同日をオーディションの日として振り返っており、一般的な入所日一覧でも同じ日付が紹介されています。
Q2:田中樹の入所時の年齢は何歳ですか?
A2:満12歳です。1995年6月15日生まれのため、2008年4月20日時点では13歳の誕生日を迎える前でした。正確には12歳10か月5日です。
Q3:田中樹の母親が履歴書を送ったのは本当ですか?
A3:本当です。本人がTOKYO FMのラジオ番組で、母親がジャニーズ事務所に応募した経緯を明かしています。ただし、母親が応募した具体的な理由までは詳しく公表されていません。
Q4:田中樹の同期は中島健人・寺西拓人・諸星翔希ですか?
A4:はい。中島健人は同じオーディションを受けた仲間で、寺西拓人と諸星翔希は同じ2008年4月20日入所として紹介されています。菊池風磨も同じオーディションの仲間ですが、入所日は4月27日とされるため、日付上は区別されます。
Q5:田中樹がSixTONESとしてデビューした日はいつですか?
A5:2020年1月22日です。SixTONESは2015年5月1日に結成され、約5年間のJr.活動を経て、デビューシングル『Imitation Rain』をリリースしました。
まとめ:田中樹の入所日は2008年4月20日、2026年で18周年
田中樹の入所日は2008年4月20日。母親が履歴書を送ったことがきっかけで、当時12歳だった田中樹はオーディションに参加しました。
その後、Hey! Say! JUMPのコンサートリハーサル、Hip Hop JUMP、2012年の『私立バカレア高校』への出演を経て、2015年5月1日にSixTONESを結成。2020年1月22日にはCDデビューを実現しています。
同期には中島健人、寺西拓人、諸星翔希、菊池風磨など、現在も第一線で活躍する人物がいます。それぞれの入所日や関係性を整理すると、当時のJr.界隈のつながりも見えてきます。
2026年4月20日に入所18周年を迎えた田中樹。母親の応募から始まった道のりは、現在のSixTONESの活動へと続いています。2008年のオーディションは、今振り返ると田中樹の人生を大きく変えた重要な出発点だったのです。
主な根拠資料
- TOKYO FM『木村拓哉 Flow』2021年7月4日放送の本人インタビュー。
- TOKYO FM『川島明 そもそもの話』2026年3月14日放送の本人インタビュー・公式番組レポート。
- スポニチアネックス、2026年3月14日付のオーディション・同期に関する報道。
- STARTO ENTERTAINMENT公式プロフィール。
- SixTONES公式サイトの結成日・デビュー日発表。
- UtaTenのSixTONESメンバー入所順一覧。