安倍晋三元総理が長年患っていた病気は、本人が公表した潰瘍性大腸炎(かいようせいだいちょうえん)です。10代から腹痛や下痢、血便などの症状に悩まされ、第一次政権では病状の悪化を経験。2020年8月には再発を公表し、持病と治療を理由に総理大臣の辞任を表明しました。
安倍総理の病気については、「いつ発症したのか」「2007年の辞任も病気が原因だったのか」「2020年にはどのような治療を受けたのか」といった疑問が今も検索されています。加えて、2022年7月8日の死去と持病との関係も、正しく区別して理解する必要があります。
【結論】安倍総理の病気の真相は本人が公表した潰瘍性大腸炎

安倍晋三氏の持病は、潰瘍性大腸炎です。これは大腸の粘膜に慢性的な炎症や潰瘍が生じる病気で、症状が落ち着く「寛解期」と、再び悪化する「再燃期」を繰り返すことがあります。
安倍氏は2012年、日本消化器病学会の広報誌『消化器のひろば』に掲載された日比紀文氏との対談で、自身が10代からこの病気に苦しんできたことを明らかにしました。
また、2020年8月28日の辞任記者会見では、持病の再発を自ら説明しています。この会見は、安倍総理の病気の経過を理解するうえで最も重要な一次資料の一つです。
安倍氏は会見で、第一次政権時の病状悪化を振り返り、その後、新しい薬が効いて長期間にわたって健康状態を維持できたと説明しました。2012年から2020年までの第二次政権でも、持病をコントロールしながら公務を続けていたと述べています。
つまり、安倍総理の病気は2020年に突然発症したものではありません。10代から続く長期的な持病であり、治療によって症状が落ち着いていた時期と、再び悪化した時期があったということです。
【発症時期】安倍晋三は10代から潰瘍性大腸炎に苦しんでいた
安倍晋三氏の発症時期について、特に重要なのが2012年に日本消化器病学会の広報誌で公開された本人と主治医の日比紀文氏との対談です。
この対談では、安倍氏自身が中学3年生のころに経験した症状を具体的に語っています。
中学3年生の時、腹痛の後に下痢と血便が続き、便器が真っ赤に染まってびっくりしました。
安倍氏によると、高校生になってからも同様の症状が年に1回程度起きていました。ただし、1週間ほどすると血便が止まり、元気になることから、当初は整腸薬のような薬を服用していたそうです。
本人は、学期末試験を控えたストレスの多い時期に症状が現れたことも振り返っています。
潰瘍性大腸炎と診断されたのはいつ?
興味深いのは、最初の症状が現れた時点で、すぐに潰瘍性大腸炎と診断されたわけではないことです。
安倍氏は神戸製鋼所に入社した後、症状が悪化したため会社の病院で検査を受け、そこで潰瘍性大腸炎と診断されたと説明しています。本人の話では、最初の症状から診断まで約10年かかりました。
その後、慶應義塾大学病院の消化器内科で本格的な治療を受けるようになり、サラゾピリンやステロイドなどの薬を使用しました。
1998年には体重が12kg減少するほど悪化
病気による大きな危機として、安倍氏は1998年の経験も語っています。
当時、自民党の国会対策副委員長を務めていた安倍氏は、病状の悪化によって点滴だけで過ごす生活が続きました。本人の対談によると、体重は65kgから53kgへ、12kg減少したといいます。
慶應義塾大学病院に約3カ月間入院し、腸の全摘出手術も検討されました。しかし、ペンタサの注腸療法が効果を示し、日常生活にほとんど支障がない状態まで回復したと説明しています。
この経験は、安倍氏にとって政治家を続けるかどうかを考えるほど深刻なものでした。病気と政治活動の両立が、単なる健康管理ではなく政治家としての進退にも関係していたことが分かります。
【2007年の真相】第一次安倍政権の辞任理由は病気だったのか?
安倍総理の病気を語るうえで避けられないのが、2007年9月の第一次安倍政権の退陣です。
2006年9月に総理大臣に就任した安倍氏は、2007年9月12日に突然の辞任を表明しました。当時は参議院選挙での自民党の敗北や、野党との対立、インド洋での自衛隊による給油活動をめぐる政治的な行き詰まりなどが問題になっていました。
2007年9月12日の辞任会見で説明した理由
当日の記者会見で安倍氏が前面に出したのは、政治状況の打開でした。
特に、民主党の小沢一郎代表との党首会談が実質的に成立しなかったことや、テロ対策特別措置法をめぐる問題を挙げ、新しい総理の下で局面を転換する必要があると説明しました。
当日の会見記録には、健康問題を辞任理由として説明した発言は見当たりません。したがって、2007年の辞任会見で本人が公に説明した理由と、後年明らかにした病気の影響は区別する必要があります。
辞任翌日に慶應義塾大学病院へ入院
辞任表明の翌日である2007年9月13日、安倍氏は東京都内の慶應義塾大学病院に入院しました。
当時、病院側が公表した病名は機能性胃腸障害でした。診療側の医師として説明に当たったのが、消化器病の専門家である日比紀文氏です。
横浜市中央図書館が公開するレファレンス協同データベースの調査記録では、入院期間は2007年9月13日から9月30日と整理されています。また、潰瘍性大腸炎が実際の持病であり、入院時には機能性胃腸障害と発表されていたことも記録されています。
2020年の会見で明らかになった2007年の病状
2007年当時の辞任会見では健康問題が前面に出ていませんでしたが、2020年8月28日の会見では、安倍氏自身が13年前の出来事を潰瘍性大腸炎の悪化と関連づけて説明しました。
つまり、2007年の退陣には政治的な事情だけでなく、持病の悪化という健康上の問題も関係していたことが、後年の本人の説明によって明らかになったのです。
【2020年の辞任会見】潰瘍性大腸炎はどのように再発したのか?
安倍総理の病気が再び大きく注目されたのが、2020年8月28日です。
この日、安倍氏は首相官邸で記者会見を開き、持病の潰瘍性大腸炎が再発したことを公表。治療を継続しながら総理の職務を続けることが難しいと判断し、辞任を表明しました。
2020年6月から8月までの再発経緯
自民党が公開した2020年8月28日の記者会見全文によると、再発までには次のような経過がありました。
- 2020年6月: 定期検診で潰瘍性大腸炎の再発の兆候を指摘される。
- 2020年7月中旬: 体調に異変が生じ、体力をかなり消耗するようになる。
- 2020年8月上旬: 潰瘍性大腸炎の再発が確認される。
- 2020年8月17日: 慶應義塾大学病院を受診。
- 2020年8月24日: 再び慶應義塾大学病院で検査・診察を受ける。
- 2020年8月28日: 記者会見で再発を公表し、辞任を表明する。
8月17日と24日の受診については、テレビ朝日などが当時報じています。8月24日の会見でも安倍氏は検査結果を受け取ったことを説明していました。
2020年8月28日の辞任会見で語ったこと
安倍氏は会見で、持病をコントロールしながら第二次政権を運営してきたことを説明したうえで、再発後の治療について語りました。
13年前、私の持病である潰瘍性大腸炎が悪化をし、僅か1年で突然、総理の職を辞することとなり、国民の皆様には大変な御迷惑をおかけいたしました。
加えて、2020年の再発については、新しい薬の投与を追加する必要があり、継続的な治療が必要になると説明しました。
辞任を決断した理由についても、本人は次のように述べています。
病気と治療を抱え、体力が万全でないという苦痛の中、大切な政治判断を誤ること、結果を出せないことがあってはなりません。
そして、国民の負託に自信を持って応えられる状態ではなくなったとして、総理大臣の職を辞することを表明しました。
安倍総理の病気に関係する人物・出来事の一覧
発症から辞任、死去までの関係性を整理すると、次のようになります。
この年表から分かるのは、安倍氏の病気が一度きりの体調不良ではなく、10代から長年にわたって付き合ってきた慢性疾患だったということです。
【症状と治療薬】潰瘍性大腸炎とはどんな病気なのか?
安倍氏が患っていた潰瘍性大腸炎は、厚生労働省の指定難病97に分類される慢性の炎症性腸疾患です。
大腸の粘膜に炎症や潰瘍ができ、下痢や血便、腹痛などの症状が現れます。病気の原因は完全には解明されておらず、免疫機能の異常や腸内細菌など、複数の要因が関係すると考えられています。
潰瘍性大腸炎の主な症状
難病情報センターが公表する病気の解説では、代表的な症状として次のものが挙げられています。
- 下痢や排便回数の増加
- 血便や粘血便
- 腹痛
- 頻繁に便意を感じる症状
- 重症化した場合の発熱、体重減少、貧血
- 皮膚、関節、目などに生じる腸管外の合併症
特に特徴的なのが、症状が落ち着く寛解期と、炎症が再び活発になる再燃期を繰り返すことです。
そのため、一度症状が改善したからといって、病気そのものが完全に治ったとは限りません。長期的な治療と経過観察が必要になります。
潰瘍性大腸炎の治療薬と治療方法
現在の医療では、薬によって腸の炎症を抑え、症状を改善して寛解を維持することが治療の基本です。
| 治療方法 | 主な薬・内容 | 目的 |
|---|---|---|
| 5-ASA製剤 | メサラジン、サラゾスルファピリジン | 炎症を抑え、再燃を予防 |
| ステロイド | プレドニゾロンなど | 活動期の強い炎症を抑制 |
| 免疫調節薬 | アザチオプリンなど | 免疫反応を調整し、寛解維持を目指す |
| 生物学的製剤 | 抗TNFα抗体など | 炎症に関わる免疫反応を抑制 |
| 血球成分除去療法 | 白血球除去療法など | 血液中の活性化した白血球を除去 |
| 外科手術 | 大腸切除など | 重症例や薬物治療が難しい場合に検討 |
なお、これらは潰瘍性大腸炎全般に用いられる治療方法であり、すべての患者に同じ治療が行われるわけではありません。病状や重症度、薬への反応などに応じて選択されます。
難病情報センターによると、内科的治療で病気を完全に治す方法は確立されていませんが、炎症を抑える薬物療法は進歩しています。薬が効かない重症例では手術が検討されます。
安倍晋三氏が使用した薬は?
2012年の日本消化器病学会の対談で、安倍氏は過去にサラゾピリン、ステロイド、ペンタサの注腸療法などを使用したことを説明しています。
また、2007年の第一次政権退陣後には、新しい薬が効果を示し、症状が安定したと2020年の会見で振り返りました。
ただし、2020年8月に再発した際に追加すると説明した薬については、会見全文で具体的な薬剤名は公表されていません。特定の薬を使用していたと断定することはできません。
【政治活動への影響と最期】病気と闘った安倍晋三氏の2022年・2026年の確認事項
安倍氏の病気は、政治家としての活動にも影響を及ぼしていました。
2012年の日本消化器病学会の対談では、1996年の選挙活動中、強い便意が頻繁に起きても選挙カーから降りられず、我慢していた経験を語っています。
1998年には長期入院や体重減少を経験し、政治家を続けること自体を考えなければならない状況に陥りました。
それでも治療によって回復し、2012年12月に第二次政権を発足させました。その後、2020年8月まで約7年8カ月にわたり総理大臣を務めています。
病気を克服したのか?
安倍氏は2012年の対談で、治療薬の進歩によって寛解状態が続き、内視鏡検査でも腸の炎症が認められない状態になったと説明しています。
2020年の辞任会見でも、第二次政権では持病をコントロールし、日々の公務に支障なく取り組んできたと振り返りました。
ただし、これは病気が完全に治ったという意味ではありません。潰瘍性大腸炎は再燃する可能性がある疾患であり、安倍氏自身も2020年に再発を公表しています。
2022年7月8日の死去と持病の関係
安倍晋三氏は、2022年7月8日、奈良市で街頭演説中に銃撃を受けました。
警察庁が2022年8月に公表した警護検証報告書には、同日午前11時31分ごろ、奈良市内で街頭演説中に銃撃を受けたことが記録されています。
自由民主党の2022年7月8日付の発表によると、安倍元総理は同日午後5時3分に亡くなりました。
ここで重要なのは、安倍氏の死去は潰瘍性大腸炎によるものではないという点です。死去に至った直接の出来事は、街頭演説中の銃撃事件でした。
したがって、2007年と2020年の辞任理由に関係した持病と、2022年の死去の原因を混同してはいけません。
2026年現在、安倍晋三氏の病気はどうなっている?
2026年11月3日現在、安倍晋三氏はすでに亡くなっています。そのため、安倍氏の現在の病状や治療状況というものはありません。
2026年時点で確認できるのは、本人が公表した潰瘍性大腸炎の発症・治療経過、2007年と2020年の辞任、そして2022年7月8日の死去という一連の事実です。
また、安倍氏の病気について理解するうえでは、2012年の日本消化器病学会の対談と、2020年8月28日の辞任会見全文が特に重要な資料となっています。
【安倍総理の病気】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:安倍晋三の病名は何ですか?
潰瘍性大腸炎です。大腸の粘膜に慢性的な炎症や潰瘍が生じる指定難病で、下痢、血便、腹痛などが主な症状です。
Q2:安倍晋三は何歳で潰瘍性大腸炎を発症したのですか?
本人によると、中学3年生のころから症状が現れていました。正式な診断は神戸製鋼所に入社した後で、最初の症状から約10年後だったと語っています。
Q3:2007年の第一次安倍政権の辞任理由は病気ですか?
当日の辞任会見では政治的な行き詰まりやテロ対策特別措置法をめぐる問題が説明されました。一方、2020年の会見では、13年前に持病の潰瘍性大腸炎が悪化して辞任に至ったことを本人が振り返っています。
Q4:2020年に安倍総理が辞任したのはなぜですか?
潰瘍性大腸炎の再発が確認され、継続的な治療が必要になったためです。本人は体力が万全でない状態で重要な政治判断をすることを避けたいとして、2020年8月28日に辞任を表明しました。
Q5:安倍晋三の主治医は誰ですか?
日比紀文氏は慶應義塾大学医学部の消化器病専門家で、2007年の安倍氏の入院時に診療側の医師として説明し、2012年には日本消化器病学会の広報誌で安倍氏と対談しています。安倍氏は対談で、診断後の治療について慶應病院消化器内科の朝倉均医師にも言及しています。
Q6:安倍晋三は潰瘍性大腸炎で亡くなったのですか?
いいえ。2022年7月8日に奈良市で街頭演説中に銃撃を受け、同日午後5時3分に亡くなりました。潰瘍性大腸炎が死因だったわけではありません。
Q7:2026年現在、安倍晋三は生きていますか?
いいえ。安倍晋三氏は2022年7月8日に亡くなっています。2026年現在の病状というものはありません。
まとめ:【プロの結論】安倍総理の病気は10代から続いた潰瘍性大腸炎だった
安倍晋三元総理が患っていた病気は、本人が公表した潰瘍性大腸炎です。中学3年生のころに症状が現れ、社会人になってから正式に診断されました。
1998年には約3カ月の入院を経験し、2007年には第一次政権の退陣と病状悪化が重なりました。その後、新しい薬などによって長期間にわたり症状をコントロールし、2012年からの第二次政権では長期にわたって公務を続けました。
しかし、2020年6月に再発の兆候が指摘され、8月上旬に再発が確認されます。8月28日の辞任会見では、継続的な治療が必要であることを説明し、総理大臣を辞任する決断を明らかにしました。
そして2022年7月8日、奈良市での銃撃事件によって亡くなりました。これは持病とは別の出来事です。
安倍氏の病気を理解するうえで大切なのは、潰瘍性大腸炎が単なる一時的な体調不良ではなく、寛解と再燃を繰り返す慢性疾患だったことです。また、病気を抱えながら政治活動を続け、治療の進歩によって長期間にわたって職務を果たした経緯も見逃せません。
2026年現在、安倍総理の病気について知るための最も重要な記録は、2012年の日本消化器病学会による本人と日比紀文氏の対談、そして2020年8月28日の辞任記者会見です。この2つの記録を照らし合わせることで、発症から治療、再発、辞任までの経緯を正確に理解できます。
安倍晋三氏の持病と政治家としての歩みは、長期的な慢性疾患と社会的責任の両立という観点からも、記録に残る重要な事例です。