布袋寅泰と今井美樹は、1992年の楽曲提供をきっかけに音楽的な関係を深め、1996年の大ヒット曲「PRIDE」、1999年の結婚を経て、現在も夫婦として歩み続けている。2012年には家族でイギリス・ロンドンへ移住し、日本と海外を行き来しながら、それぞれの音楽活動を続けてきた。
2026年は今井美樹の歌手デビュー40周年にあたり、2月11日には約8年ぶり、通算21枚目のオリジナルアルバム『smile』を発売。布袋寅泰と今井美樹がトータルプロデュースを担当し、夫婦の音楽的な結びつきが改めて注目されている。加えて、2026年10月には今井がロンドンで撮影した近況写真を公開するなど、現在の生活も話題になった。
【馴れ初め】布袋寅泰と今井美樹の出会いは?1992年の楽曲提供が関係の始まり

布袋寅泰と今井美樹の関係を語るうえで欠かせないのが、1992年に始まった音楽的な交流だ。
二人の関係は、単に人気ミュージシャンと歌手が仕事を通じて知り合ったというだけではない。今井自身が新しい音楽を模索していた時期に、布袋の音楽性に強く惹かれ、自ら楽曲提供を依頼したことが大きな転機になった。
今井美樹が布袋寅泰のソロライブに衝撃を受けた
2026年2月21日放送の日本テレビ系『with MUSIC』に出演した今井美樹は、布袋との出会いについて振り返っている。
今井は当時、BOØWYの楽曲を聴いていたわけではなく、布袋のソロ活動を通じて彼の音楽に触れたという。初めてライブを見た際、日本にこんなライブをするミュージシャンがいるのかと驚いたことを明かした。
その後、布袋のツアーの打ち上げで流れていたCDの中に、スウェーデンの歌手スティーナ・ノルデンスタムの楽曲があった。
アコースティックとエレクトロニックなサウンドが融合した音楽に触れた今井は、自分が目指している表現に近いものを感じたという。
そして、その音楽を選んだ布袋なら、自分の目指す方向性を理解してくれるかもしれないと考え、楽曲提供を依頼した。
布袋本人も驚き、今井のスタッフも意外に感じたというこの申し出が、二人の本格的な音楽的協力につながっていく。
1992年のアルバム『flow into space』から始まった協力関係
二人の音楽的な協力は、1992年のアルバム『flow into space』への布袋の楽曲提供から始まった。
当時の今井は、それまでの音楽的なイメージを変え、新しい表現に挑戦しようとしていた時期だった。布袋のギターや独自のサウンドは、今井の透明感ある歌声に新しい方向性を与えるものだった。
その後、布袋は今井の作品に作曲家、作詞家、編曲家、プロデューサーとして関わるようになる。
ここで押さえておきたいのは、1992年は二人の楽曲提供が始まった年であり、初めて顔を合わせた正確な日付と同じ意味ではないという点だ。今井が2026年のテレビ出演で語ったライブ鑑賞や打ち上げのエピソードは、二人の音楽的な接点を具体的に伝えている。
【PRIDEの誕生】1996年の大ヒットが二人の関係を象徴する理由
布袋寅泰と今井美樹の名前を結びつける代表的な作品が、1996年に発売されたシングル「PRIDE」だ。
布袋が作詞・作曲を手がけたこの楽曲は、今井にとって最大のヒット曲となり、累計160万枚を超えるセールスを記録した。二人の音楽的な関係を広く知らしめた作品でもある。
布袋寅泰が初めて作詞も手がけた楽曲
「PRIDE」の特徴は、布袋が作曲だけでなく、初めて作詞も担当した点にある。
2026年2月22日放送のTBS系『日曜日の初耳学』で、今井は同曲を初めて聴いたときの心境を詳しく語った。
通常、今井は自身の制作チームやディレクターとともに楽曲を聴いて選んでいた。しかし「PRIDE」は布袋側のスタッフが集まるスタジオに呼ばれ、完成したばかりの音源を聴くという、いつもとは異なる状況だった。
布袋が歌うデモ音源には、すでに「私は今」という印象的な歌い出しが入っていた。
今井は、自分が書いた歌詞なら理解できるものの、他人が自分を主語にして書いた歌詞を歌うことに最初は戸惑いを感じたという。
しかし、楽曲を聴き進めるうちに心が動き、最後には涙があふれたと振り返っている。
「PRIDE」は単なるラブソングではなかった
「PRIDE」が長く支持されている理由は、恋愛感情だけに限定されない歌詞の普遍性にある。
2018年のNHK『ごごナマ』出演時、今井は当時の自分が30代半ばで、今後の人生や音楽活動について迷いを抱えていたことを語っている。
周囲の評価に左右されず、自分の真実を信じて前に進もうと覚悟を決めていた時期に、この楽曲が届いた。
つまり「PRIDE」は、今井自身が自分らしく生きる決意を固めていたタイミングと重なった作品だった。
この背景を理解すると、二人の音楽的な協力が単なる夫婦の共同作業ではなく、今井の歌手人生における重要な転換点だったことが見えてくる。
なお、「PRIDE」が二人の結婚を直接的に描いた楽曲だと断定することはできない。今井自身も2026年のテレビ出演で、布袋がどのような意図で作品を書いたのか、詳しく聞いていないと説明している。
【結婚と離婚の経緯】1999年に結婚した二人と山下久美子をめぐる報道
布袋寅泰と今井美樹は、1999年6月6日に結婚した。
しかし、この結婚には当時から複雑な背景があった。布袋は以前、ロック歌手の山下久美子と結婚しており、1997年に離婚している。今井との関係についても、結婚前から週刊誌などで取り上げられ、世間では大きな話題になった。
布袋寅泰と山下久美子の結婚、1997年の離婚
布袋と山下久美子は、音楽活動を通じて知り合い、夫婦となった。二人は音楽面でも協力し、山下の作品に布袋が参加するなど、公私にわたって関係を築いていた。
その後、1997年に離婚が報じられた。
離婚前後には布袋と今井の関係について不倫報道があり、1999年の再婚は一部メディアで「略奪婚」と表現された。山下と今井の間に友人関係があったことも報じられ、当時の芸能ニュースでは大きな論点となった。
山下久美子は後年、自身の著書『ある愛の詩』で離婚当時の心情を綴ったことでも知られている。
この一連の出来事については、当時の報道、本人たちの公の発言、後年の回想を区別して理解する必要がある。離婚という事実と、当時のメディアが用いた「略奪婚」という表現は同じものではない。
1999年6月6日に今井美樹と再婚
山下との離婚から約1年半後、布袋は今井と結婚した。
1992年から続いていた音楽的な協力関係は、やがて人生をともにする関係へと変わった。
結婚後も二人はそれぞれの音楽活動を続け、布袋はギタリスト・作曲家として国内外で活動。今井も歌手・女優としてキャリアを重ねてきた。
二人の結婚をめぐる過去の報道は現在も検索されることがあるが、現在の夫婦関係を考える際には、結婚当時の報道だけでなく、その後の長い共同生活や仕事上の協力にも目を向ける必要がある。
【家族とロンドン生活】長女の誕生から2012年の海外移住まで
二人の結婚後、2002年7月には長女が誕生した。
布袋と今井は子育てをしながら音楽活動を続け、2012年には家族でイギリス・ロンドンへ移住するという大きな決断をした。
2002年に長女が誕生、家族3人での生活が始まる
今井美樹と布袋寅泰の間には、2002年7月生まれの長女がいる。
長女は2012年のロンドン移住時には9歳だった。その後、海外での生活を送りながら成長してきた。
布袋は2022年のテレビ朝日系『徹子の部屋』で、娘が大学に進学して寮生活を始めたことにも触れている。
現在、長女は成人しており、家族のプライベートな詳細については多くを公表していない。布袋のSNSには家族写真が掲載されることもあるが、娘自身の生活や進路については、本人の意思やプライバシーを尊重したい。
2012年8月、布袋の長年の夢を実現するためロンドンへ
2012年5月、布袋は同年8月から家族とともにイギリスへ移住することを発表した。
その大きな理由は、ロック発祥の地であるイギリスで新たな音楽活動に挑戦したいという長年の夢だった。
布袋は日本ではすでに確固たる実績を持つミュージシャンだったが、ロンドンでは改めて自分の音楽を試す立場になる。2012年8月には実際に渡英し、今井と長女も同行した。
2012年のオリコン報道によれば、今井もロンドンで生活しながら、歌手・女優としての活動を継続する予定だった。
2025年4月放送のNHK『あさイチ』では、布袋が海外移住を振り返り、今井が家族の生活や子育てを支えながら慣れない土地で頑張ってくれたことへの感謝を語っている。
「本当一番美樹さんから力をもらいましたね」
この発言からは、ロンドン移住が布袋一人の挑戦ではなく、今井の協力を含めた家族全体の決断だったことがうかがえる。
布袋寅泰と今井美樹の歩みを時系列で整理
二人の関係を理解するために、音楽活動、結婚、家族、海外移住、2026年の最新活動を整理した。
| 時期 | 出来事 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 1992年 | 布袋が今井に楽曲提供を開始 | アルバム『flow into space』で音楽的な協力が始まる |
| 1996年 | 「PRIDE」発売 | 布袋作詞・作曲。160万枚超の大ヒット |
| 1997年 | 布袋と山下久美子が離婚 | 当時、今井との関係をめぐる報道も話題に |
| 1999年6月6日 | 布袋と今井が結婚 | 二人が夫婦となる |
| 2002年7月 | 長女が誕生 | 家族3人での生活へ |
| 2012年8月 | 家族でロンドンへ移住 | 布袋の海外での音楽活動への挑戦 |
| 2025年12月 | 今井がアルバム『smile』の発売を発表 | 約8年ぶりのオリジナルアルバム |
| 2026年2月11日 | 『smile』発売 | 二人がトータルプロデュースを担当 |
| 2026年8月 | 今井の40周年全国ツアーが終了 | 全国23カ所・全25公演を開催 |
| 2026年10月 | 今井がロンドンでの近況を公開 | 日本でのレコーディングや生活の様子も発信 |
この年表から分かるのは、二人の関係が音楽活動、結婚、子育て、海外移住という複数の転換点を経て続いてきたことだ。
【2026年最新】布袋寅泰と今井美樹の現在は?夫婦仲とロンドン生活
2026年11月現在、布袋寅泰と今井美樹は、ロンドンを生活拠点としながら、日本での音楽活動も続けている。
二人の現在を知るうえで注目したいのが、テレビ番組で語られた夫婦生活、SNSで公開された日常、そして2026年の音楽活動だ。
2022年の『徹子の部屋』で明かされた夫婦生活
2022年2月10日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』で、布袋は今井とのロンドン生活について語った。
番組では、今井に週2回花を贈ることや、自ら料理をすることなど、家庭でのエピソードを紹介。自宅に花を飾る習慣や家族のために料理を作る姿も伝えられた。
こうした話からは、長年の結婚生活の中でも、日常的な気遣いや夫婦の時間を大切にしている様子が見えてくる。
2025年から2026年にかけて夫婦写真や日常を発信
布袋は自身のInstagramで、今井との夫婦写真やロンドンの自宅、家族で過ごす時間などを紹介してきた。
2026年8月には、ロンドンのテムズ川を訪れた写真を公開。BOØWY時代に初めてロンドンを訪れた思い出を振り返り、長い時間を経て同じ場所を訪れた心境を伝えた。
今井も2025年12月23日に自身のInstagramを開設。2026年10月1日には、ロンドンの街で撮影した写真を公開し、長いレコーディング期間中に一時帰国していたことなどを明かした。
同月9日にも散歩の様子を投稿しており、仕事だけでなく日常の時間も大切にする自然体の姿が話題になった。
夫婦の写真やSNSの発信だけで、実際の家庭内のすべてを知ることはできない。しかし、結婚記念日を祝う写真や互いの仕事を尊重する発言、長年続く音楽面での協力は、現在の二人の関係を知る手がかりとなっている。
2026年は今井美樹の40周年、布袋寅泰は45周年
2026年は今井にとって歌手デビュー40周年の節目だ。
今井は5月16日から8月6日まで、全国23カ所・全25公演の「今井美樹 40th Anniversary “Our Songs!!” TOUR 2026 ~smile~」を開催し、全公演完売という成果を収めた。
一方の布袋も音楽活動45周年を迎え、秋から冬にかけて「HOTEI the LIVE 2026 “45th Celebration GIGS” STAY WILD TOUR」を開催している。
さらに今井は12月に約4年ぶりのビルボードライブツアーを予定しており、12月1日・2日の横浜、8日の大阪、13日の東京で公演を行う予定だ。
それぞれが独立したアーティストとして活動を続けながら、夫婦としても互いの音楽を支えている点が、2026年の二人の大きな特徴といえる。
【2026年の注目作】今井美樹のアルバム『smile』で布袋寅泰は何を担当した?
2026年の二人の音楽的な関係を象徴する作品が、今井美樹のアルバム『smile』だ。
2026年2月11日に発売された同作は、約8年ぶりとなる通算21枚目のオリジナルアルバム。歌手デビュー40周年を迎える今井の新たな作品として制作された。
特に注目すべきなのは、今井と布袋がアルバムのトータルプロデュースを共同で担当していることだ。
布袋寅泰が作曲・作詞・ギター・コーラスで参加
『smile』には全10曲が収録され、布袋は複数の楽曲で作詞・作曲・編曲・演奏に携わっている。
例えば、収録曲「Because of you」は岩里祐穂が作詞、布袋が作曲を担当し、布袋自身もギターとコーラスで参加している。
「青空とオスカー・ピーターソン」では布袋が作曲を担当。今井と布袋の二人がコーラスにも参加した。
また、「One more smile」も布袋が作曲を手がけ、「Silent Dancer」では作詞・作曲・編曲を担当。「あの頃の自分」でも作詞・作曲を担当している。
さらに「私のアリア」は布袋が作詞を担当し、「VOICE」では編曲とエレクトリックギターで参加している。
夫婦だけで完結させない多彩な音楽制作
『smile』の特徴は、布袋と今井の二人だけでアルバムを作り上げたわけではないことだ。
作詞家の岩里祐穂、川江美奈子、作曲家・編曲家の河野圭、佐藤準らが参加。加えて、さだまさしが今井に初めて楽曲を提供したことも話題になった。
さだが提供した「美しい場所 ~Final Destination~」では、布袋もギターとコーラスで参加している。
つまり、布袋は夫として作品を支えるだけでなく、プロデューサーやミュージシャンとして、外部のクリエイターと今井の歌声をつなぐ役割も果たしている。
過去の「PRIDE」では、布袋が作詞・作曲を担当し、今井が歌い手として作品を完成させた。2026年の『smile』では、二人がトータルプロデュースを担い、多様な作家や演奏家を迎える制作体制へと発展している。
約30年にわたる音楽的な協力関係が、現在も新しい形で続いていることを示す作品だ。
【プロの結論】布袋寅泰と今井美樹の関係から見える夫婦と音楽の現在地
布袋寅泰と今井美樹の関係を理解するには、結婚や過去の報道だけに注目するのではなく、長期にわたる音楽活動の変化を追うことが重要だ。
二人の関係には、大きく3つの転換点がある。
第一は1992年の楽曲提供開始。今井が自ら新しい音楽を求め、布袋に楽曲制作を依頼したことが、二人の共同作業の出発点になった。
第二は1996年の「PRIDE」と1999年の結婚。大ヒット作品によって二人の音楽的な結びつきが広く知られるようになり、その後、夫婦としての生活が始まった。一方で、結婚前後の報道は現在も議論の対象になっている。
第三は2012年のロンドン移住と2026年の『smile』。布袋の海外挑戦を家族で支えた経験を経て、二人は再び音楽制作の現場で共同プロデュースを担う関係を築いている。
ここから見えてくるのは、夫婦としての関係とアーティストとしての関係が、必ずしも同じものではないということだ。
二人は夫婦であると同時に、それぞれ独自のキャリアを持つ表現者でもある。今井が歌手として40周年を迎え、布袋が45周年のライブツアーを行う2026年は、その両面が特に鮮明になった年だ。
過去の報道を知りたい読者は、1997年の離婚、1999年の結婚、当時の週刊誌報道を時系列で整理することが大切だ。一方、現在の二人を知りたい読者にとっては、2025年から2026年の本人発信やテレビ出演、アルバムの制作クレジットが重要な判断材料になる。
『smile』は、二人が積み重ねてきた音楽的な関係を現在の作品として確認できる一枚だ。今後もそれぞれの活動を続けながら、どのような形で音楽的な協力を見せていくのか注目される。
【布袋寅泰と今井美樹】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:布袋寅泰と今井美樹の馴れ初めは何ですか?
A1:今井美樹が布袋寅泰のソロライブを見て音楽性に衝撃を受けたことがきっかけの一つです。その後、楽曲提供を依頼し、1992年のアルバム『flow into space』から音楽的な協力が始まりました。
Q2:布袋寅泰と今井美樹はいつ結婚しましたか?
A2:1999年6月6日に結婚しました。2002年7月には長女が誕生しています。
Q3:布袋寅泰と今井美樹は現在もロンドンに住んでいますか?
A3:ロンドンに自宅があり、生活拠点の一つとなっています。2026年10月にも今井がロンドンで撮影した写真を公開しています。一方、日本でのレコーディングやライブ活動に伴い、帰国して仕事をすることもあります。
Q4:布袋寅泰と今井美樹の間に子供はいますか?
A4:2002年7月に誕生した長女がいます。2022年のテレビ出演では、布袋が娘の大学進学と寮生活について語っています。
Q5:アルバム『smile』にも布袋寅泰は参加していますか?
A5:参加しています。2026年2月11日発売の『smile』では、今井とともにトータルプロデュースを担当。作詞・作曲・編曲・ギター・コーラスなど、複数の楽曲で参加しています。
まとめ:布袋寅泰と今井美樹は2026年も音楽でつながる夫婦
布袋寅泰と今井美樹は、1992年の楽曲提供開始から30年以上にわたり、音楽的な関係を築いてきた。
1996年の「PRIDE」の大ヒット、1999年の結婚、2002年の長女誕生、2012年のロンドン移住と、その歩みには大きな転換点がいくつもある。
結婚当時には山下久美子との離婚をめぐる報道もあり、現在も過去の経緯に関心を寄せる人は少なくない。しかし、2026年の二人に目を向けると、今井の40周年記念アルバム『smile』の共同プロデュースや、それぞれの全国ツアーなど、音楽を通じた活動が続いている。
今井美樹の歌声と布袋寅泰の音楽性。その組み合わせが今後どのような作品を生み出すのか。2026年の『smile』は、二人の長い歩みの延長線上にある、新たな音楽的な節目となっている。
主な根拠資料・2026年の公式発表および報道