川平慈英(かびら・じえい)さんとジョン・カビラさんは、実の兄弟です。実は、ジョン・カビラさんが長男、川平慈英さんが三男で、その間には次兄の川平謙慈さんがいます。2人は単に同じ名字を持つ芸能人というだけでなく、幼少期から互いに影響を与え合ってきた兄弟なのです。
2025年7月には、川平慈英さんがテレビ番組で兄との微笑ましい関係を告白。さらに2026年6月には、ジョン・カビラさんと父・川平朝清さんが川平家の歴史をまとめた書籍を刊行しました。2026年11月現在の年齢や経歴、母ワンダリーさんとの思い出、話題になった『徹子の部屋』への兄弟出演、現在の活動まで、家族の歩みを詳しく整理します。
【結論】川平慈英とジョン・カビラは実の兄弟!長男と三男の関係だった

最初に、多くの人が気になっている疑問に答えます。川平慈英さんとジョン・カビラさんは、父と母を同じくする実の兄弟です。
ジョン・カビラさんは本名を川平慈温(かびら・じおん)といい、川平慈英さんの実の兄にあたります。兄弟の順番は、ジョンさんが長男、川平謙慈さんが次男、慈英さんが三男です。
この家族構成は、昭和女子大学が紹介している父・川平朝清さんの公式プロフィールでも確認できます。また、2022年11月24日放送のテレビ朝日系『徹子の部屋』には、ジョンさんと慈英さんが兄弟そろって出演しました。
ジョン・カビラの本名は川平慈温
ジョン・カビラという名前は芸名・活動名として広く知られていますが、本名は川平慈温です。兄弟である慈英さんと同じ「川平」の姓を持ち、名前にも「慈」の字が使われています。
一方、川平慈英さんは俳優、タレント、スポーツキャスターとして活動しています。兄弟ともにテレビやラジオで活躍しているため、名前や声の印象から関係性に気づいた人も多いようです。
次兄・川平謙慈を含めた三兄弟
意外と知られていないのが、次兄の川平謙慈さんの存在です。
謙慈さんは芸能界ではなく実業界で活動してきた人物で、昭和女子大学の紹介では在米実業家として記されています。つまり、三兄弟はそれぞれ異なる分野で自分のキャリアを築いてきました。
芸能界で目立つ長男と三男だけでなく、次男も含めて三人そろったときの家族関係が、2025年のテレビ番組でも話題になりました。
【年齢差を比較】川平慈英とジョン・カビラの生年月日・2026年現在の年齢
2人の年齢差は、誕生日を比較すると約4歳です。2026年11月3日現在、ジョン・カビラさんは68歳、川平慈英さんは64歳になっています。
ジョン・カビラの生年月日と年齢
ジョン・カビラさんの生年月日は1958年11月1日です。沖縄県出身で、2026年11月1日に68歳の誕生日を迎えました。
本名は川平慈温。国際基督教大学(ICU)に在学し、カリフォルニア大学バークレー校への留学も経験しています。大学卒業後はCBSソニーに入社し、音楽業界で働いたのち、ラジオの世界へ進みました。
川平慈英の生年月日と年齢
川平慈英さんの生年月日は1962年9月23日です。2026年9月23日に64歳となりました。
沖縄県出身で、上智大学在学中にミュージカル俳優としてデビュー。舞台を中心とした俳優活動に加え、サッカー番組のキャスターやナレーターとしても知られています。
2人の年齢差は約4歳
1958年11月1日生まれのジョンさんと、1962年9月23日生まれの慈英さんの間には、正確には3年10か月22日の差があります。一般的な年齢表示では4歳差です。
この年齢差は、慈英さんが幼い頃から長男のジョンさんに憧れ、服装や音楽、話し方まで影響を受けたという2025年の発言にもつながっています。
【川平家の家族関係一覧】父・川平朝清と母ワンダリー、三兄弟の素顔
川平家を理解するうえで欠かせないのが、父・川平朝清さんと母・ワンダリーさんの存在です。
父の朝清さんは沖縄の放送界を切り開いた人物で、母のワンダリーさんはアメリカ出身。沖縄とアメリカという異なる文化が家庭の中に共存していたことが、三兄弟の個性やコミュニケーション能力にも影響を与えたと考えられます。
川平三兄弟と両親の関係を一覧で整理
| 人物 | 家族内の立場 | 経歴・特徴 |
|---|---|---|
| 川平朝清 | 父親 | 1927年台湾生まれ。戦後沖縄初のアナウンサー、沖縄放送協会初代会長などを歴任。 |
| 川平ワンダリー | 母親 | アメリカ出身。三兄弟の母。家庭では英語を交えたコミュニケーションを大切にした。 |
| ジョン・カビラ(川平慈温) | 長男 | 1958年11月1日生まれ。DJ、フリーキャスター、ラジオパーソナリティー。 |
| 川平謙慈 | 次男 | 在米実業家として活動。 |
| 川平慈英 | 三男 | 1962年9月23日生まれ。俳優、タレント、スポーツキャスター。 |
母親ワンダリーさんはアメリカ出身
母親の川平ワンダリーさんはアメリカ出身の女性です。川平家では沖縄の食文化とアメリカの食文化が自然に共存していました。
2022年11月の『徹子の部屋』出演時、兄弟は沖縄料理にローストビーフやマッシュポテトを組み合わせた家庭の食卓を振り返っています。
また、慈英さんは、母親がいるときは英語で会話し、その日にあった出来事を質問されていたと回想しています。何もなかったと答えても、母親は子どもが感じたことを丁寧に引き出そうとしていたそうです。
こうした家庭環境は、兄弟がそれぞれ言葉を使う仕事に進んだ背景を考えるうえでも興味深いエピソードです。
1972年の沖縄本土復帰が家族の転機に
川平家の人生を語るうえで重要な出来事が、1972年5月15日の沖縄本土復帰です。
父・朝清さんの仕事の関係で、家族は沖縄から東京へ移りました。当時、ジョンさんは13歳、慈英さんは9歳。沖縄で育った兄弟にとって、生活環境が大きく変わる経験でした。
沖縄と東京、さらにアメリカ文化が家庭に入り交じる環境は、後に国際的な音楽やスポーツを伝えるジョンさんと、舞台や映像で表現する慈英さん、それぞれの活動にもつながる背景の一つです。
【仲良しエピソード】川平慈英は兄ジョンが大好き!2025年の本人発言が話題
川平慈英さんとジョン・カビラさんの兄弟関係を象徴するのが、慈英さんが公の場で語ってきた兄への憧れです。
特に注目されたのが、2025年7月20日放送の日本テレビ系『メシドラ~兼近&真之介のグルメドライブ~』です。慈英さんがゲスト出演し、兄との子ども時代の思い出や、現在の三兄弟の関係について語りました。
兄のデートについて行った子ども時代
番組内で慈英さんは、兄のジョンさんのデートについて行ったことがあると明かしました。
「俺、兄貴のデートについてったんだもん」
慈英さんによれば、自分が一緒にいることで場が和み、兄にとってもクッションのような役割になっていたのではないかとのことです。
普通なら兄のデートについて行くことを恥ずかしがる年頃ですが、慈英さんにとっては兄と一緒にいること自体が楽しかったのでしょう。
洋服も音楽も話し方も兄が憧れの存在だった
慈英さんは、ジョンさんの着ているネルシャツやジーンズのお下がりを楽しみにしていたとも語っています。
加えて、兄が聴いている音楽、着ている服、話し方まで、すべてが憧れの対象だったと説明しました。
「俺、兄貴がアイコンだから」
この言葉からは、単に兄弟仲が良いというだけではなく、兄を人生の先輩やロールモデルとして見ていた慈英さんの気持ちが伝わります。
三兄弟が集まる週末を楽しみにしている
さらに心温まるのが、次兄の謙慈さんも含めた三兄弟の現在の関係です。
スポニチの2025年7月20日付報道によると、慈英さんは今でも三兄弟の仲が良く、週末に一緒に飲む予定があると、その1週間前から楽しみになると話しました。
兄弟がそろうことを心待ちにする姿は、幼少期から続く関係が現在も変わっていないことをうかがわせます。
『徹子の部屋』では兄弟そろって出演
2022年11月24日には、テレビ朝日系『徹子の部屋』にジョンさんと慈英さんが兄弟で出演しました。2人が兄弟そろって同番組に登場するのは初めてのことでした。
番組では、慈英さんが兄との食事を楽しみにするあまり、前夜は興奮して眠れないほどだというエピソードも紹介されました。
また、父の朝清さんもスタジオに姿を見せ、家族の歴史や沖縄で過ごした日々について話題が広がりました。
兄弟が互いに好意を持っていることを隠さず語る姿は、視聴者にとっても印象的な場面となりました。
【父親・川平朝清の経歴】戦後沖縄初のアナウンサーから放送界の功労者へ
ジョン・カビラさんと川平慈英さんの父親である川平朝清さんは、単に有名人の父という存在ではありません。沖縄の戦後放送史を語るうえで重要な人物です。
1927年、台湾で生まれた朝清さんは、戦後に沖縄へ引き揚げ、放送事業に携わりました。昭和女子大学の人物紹介や琉球新報の報道によると、その歩みは沖縄の放送メディアの発展と深く結びついています。
川平朝清の主な経歴
1949年、朝清さんは戦後沖縄初のラジオ局AKAR(琉球の声)の設立に関わり、同局のアナウンサーとなりました。
その後、アメリカのミシガン州立大学大学院で学び、帰国後は琉球放送で報道制作局長などを務めます。
1967年には沖縄放送協会の初代会長に就任。1972年の沖縄本土復帰に伴って東京へ移り、NHKでも勤務しました。
1992年にNHK・放送文化基金を退職した後は、昭和女子大学の教授や副学長、副理事長などを歴任。2011年には名誉理事・名誉教授となっています。
2024年にはNHK放送文化賞を受賞
朝清さんの功績は、長年にわたり評価されてきました。
2024年3月、NHKは第75回日本放送協会放送文化賞を朝清さんに贈ると発表しました。戦後沖縄の放送界を築き、その歴史を後世に伝えてきた功績が評価されたものです。
これは、川平家が単にテレビで知られる芸能一家ではなく、沖縄の歴史や放送文化と深く結びついた家族であることを示す出来事です。
2026年6月、父と長男が家族の歴史を一冊に
2026年の川平家に関する大きなニュースが、岩波新書から刊行された『沖縄を語りつぐ ある家族の歴史』です。
2026年6月19日に発売された同書は、川平朝清さんとジョン・カビラさんの共著。J-WAVEで2019年に放送された特別番組をもとに、父の人生や家族の歴史、沖縄への思いをまとめた作品です。
番組は第57回ギャラクシー賞ラジオ部門大賞と、2020年の日本民間放送連盟賞ラジオ・グランプリを受賞しています。
今回の書籍には、番組で語られた内容だけでなく、朝清さんとジョンさんによる新たな談話も収録されています。
兄弟の仲の良さを伝える2025年のテレビ発言とは別の角度から、川平家の歴史を次世代へ伝える2026年の重要な動きです。
【経歴を比較】川平慈英は俳優、ジョン・カビラはDJ・キャスターとして活躍
同じ家庭で育った2人ですが、仕事の方向性は大きく異なります。
慈英さんは舞台を中心とする俳優としてキャリアを築き、ジョンさんはラジオを中心とするナビゲーターやキャスターとして活躍してきました。
川平慈英の経歴と代表的な活動
川平慈英さんは、幼少期からサッカーに親しみ、高校時代には読売サッカークラブのユースチームに在籍していました。
その後、上智大学に進学。在学中にミュージカル俳優としてデビューし、舞台や映像作品に出演するようになります。
大きな転機となったのは、1993年にテレビ朝日系『ニュースステーション』のサッカー担当キャスターに抜てきされたことです。
当時、スポーツ情報を伝えるキャスターとして、熱量の高い語り口と独特のリアクションが人気を集めました。「クゥ~!」や「いいんです!」といったフレーズも広く知られるようになります。
ただし、本人は俳優として評価されたいという思いも持ち続けていました。サッカーキャスターとしての知名度が高まった後も、舞台俳優としての活動を大切にしてきた点が特徴です。
所属事務所のプロフィールによると、『雨に唄えば』で第4回読売演劇大賞男優賞、『ビッグ・フィッシュ』で第45回菊田一夫演劇賞の演劇賞を受賞しています。
ジョン・カビラの経歴と代表的な活動
ジョン・カビラさんは、国際基督教大学への進学とアメリカ留学を経て、大学卒業後にCBSソニーへ入社しました。
会社員時代には海外アーティストのプロモーションや通訳などを担当。その後、1988年のJ-WAVE開局と同時にナビゲーターとして活動を開始しました。
ラジオで培った表現力を生かし、テレビのスポーツ番組や情報番組、サッカー中継、ドキュメンタリーなどにも活動領域を広げています。
特にサッカー関連の実況・ナビゲーションでは長年にわたる実績があり、ゲーム作品の実況でも知られています。2025年にはサッカービデオゲームのコメンテーターとしての出演数でギネス世界記録に認定されたことも所属事務所が発表しています。
兄弟に共通しているのは、サッカーへの強い関心と、声や言葉を使って人を楽しませる仕事に長く携わっていることです。
【2026年最新】川平慈英とジョン・カビラの現在の活動は?
2026年11月現在、2人とも第一線で活動を続けています。年齢を重ねても、それぞれの得意分野を軸に仕事の幅を広げている点が特徴です。
川平慈英は舞台『THE BEE』などに出演
川平慈英さんは2026年11月2日から12月6日まで、本多劇場で上演される舞台『THE BEE』に出演しています。演出は野田秀樹さんで、高橋一生さん、二階堂ふみさん、河内大和さんらと共演します。
また、2026年10月にはテレビ朝日系の「キリンカップサッカー2026決勝 日本対ニュージーランド」にも出演。俳優としての活動だけでなく、長年培ってきたサッカー関連の仕事も続いています。
12月には自身が企画する朗読公演『Better Place「しげる my friend」より』への出演も予定されています。
加えて、2027年3月には漫才ミュージカル「なにわシーサー’s」の名古屋公演も予定されており、舞台表現の新しい可能性にも挑戦しています。
ジョン・カビラはJ-WAVEとテレビで活躍
ジョン・カビラさんは、2026年6月のJ-WAVE発表によると、ラジオ番組『MIDDAY LOUNGE』の木曜ナビゲーターと、『〜JK RADIO〜TOKYO UNITED』の金曜ナビゲーターを担当しています。
また、2025年3月からはイトーカンパニーと業務提携。2026年にはJCBの「Tap to Pay on iPhone」の広告にも出演しています。
長年続けてきたラジオの仕事を軸に、広告やテレビ、スポーツ関連の仕事など、多方面で活動している状況です。
2026年は川平家の歴史が改めて注目された年
2026年の注目点は、個々の出演情報だけではありません。
父・朝清さんとジョンさんによる『沖縄を語りつぐ ある家族の歴史』の刊行によって、川平家の歩みが改めて紹介されました。
2025年には慈英さんが兄との日常的な関係を語り、2026年にはジョンさんが父とともに家族の歴史を記録する。兄弟の現在の活動と、家族の歴史を次世代へ伝える取り組みが並行している点は、川平家を理解するうえで見逃せません。
【川平慈英とジョン・カビラ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:川平慈英とジョン・カビラは本当の兄弟ですか?
A1:はい、実の兄弟です。ジョン・カビラさんが長男、川平謙慈さんが次男、川平慈英さんが三男です。父は川平朝清さん、母はアメリカ出身のワンダリーさんです。
Q2:川平慈英とジョン・カビラの年齢差は何歳ですか?
A2:ジョンさんは1958年11月1日生まれ、慈英さんは1962年9月23日生まれです。正確な誕生日の差は3年10か月22日で、2026年11月現在の年齢はジョンさんが68歳、慈英さんが64歳です。
Q3:ジョン・カビラの本名は何ですか?
A3:本名は川平慈温(かびら・じおん)です。ジョン・カビラは活動名として使用されています。
Q4:川平謙慈はどのような人物ですか?
A4:川平謙慈さんはジョンさんと慈英さんの間に生まれた次男です。芸能活動ではなく、在米実業家として活動してきた人物です。
Q5:川平慈英とジョン・カビラは『徹子の部屋』に出演しましたか?
A5:はい。2022年11月24日放送回に兄弟そろって出演しました。兄への強い憧れや、家族で過ごした沖縄時代の思い出などを語っています。
Q6:川平慈英とジョン・カビラは2026年現在も活動していますか?
A6:はい。慈英さんは舞台『THE BEE』など俳優活動を続け、ジョンさんはJ-WAVEのラジオ番組やテレビ、広告などで活躍しています。2026年6月にはジョンさんと父・朝清さんの共著も刊行されました。
まとめ:川平慈英とジョン・カビラは仲の良い実の兄弟!2026年もそれぞれの道で活躍
川平慈英さんとジョン・カビラさんは、長男と三男にあたる実の兄弟です。間には次兄の川平謙慈さんがおり、三兄弟は現在も交流を続けています。
ジョンさんは1958年11月1日生まれ、慈英さんは1962年9月23日生まれ。2026年11月現在は、それぞれ68歳と64歳です。
2025年7月の『メシドラ』では、慈英さんが兄のデートについて行った幼少期の思い出や、服装や音楽、話し方まで兄に憧れていたことを告白しました。三兄弟が集まる予定を心待ちにするという発言からも、家族の絆が今も続いていることが伝わります。
父・川平朝清さんは戦後沖縄初のアナウンサーとして放送界に貢献し、母ワンダリーさんは沖縄とアメリカの文化が交わる家庭を築きました。2026年6月の『沖縄を語りつぐ ある家族の歴史』の刊行は、そんな家族の歩みを次世代へ伝える新たな節目となりました。
俳優として舞台に立つ慈英さんと、ラジオやテレビで情報を届けるジョンさん。仕事の領域は異なっていても、互いを尊敬し、家族との時間を大切にする姿勢には共通点があります。
川平慈英さんとジョン・カビラさんの関係を知ることは、単に芸能人の兄弟構成を知るだけではありません。沖縄の戦後史を歩んだ父の世代から、メディアや舞台で活躍する子どもたちへと受け継がれる、川平家の歴史そのものを知ることにもつながるのです。
主な確認資料: 川平慈英・ジョン・カビラ両氏の所属事務所プロフィール、J-WAVEの2026年発表、昭和女子大学の川平朝清氏紹介、琉球新報、スポニチ、テレビ朝日『徹子の部屋』関連情報。