北海道札幌市を拠点とする暴力団組織「誠友会(せいゆうかい)」。六代目山口組の傘下組織として知られ、初代会長の石間春夫から田村武志、船木一治、渡部隆へと歴史を重ね、2024年には関谷弘志が五代目を継承したと報じられている。
2026年には、北海道稚内市沖で発生したナマコ密漁事件をめぐり、暴力団構成員ら9人が逮捕・起訴され、7月31日には北海道警察が札幌市内の誠友会事務所を家宅捜索した。さらに10月には、同会幹部の別事件での逮捕も報じられた。組織の歴史から現在の位置づけ、警察の捜査、暴力団対策法上の指定区分まで、2026年10月31日時点の情報を整理する。
【誠友会とは】札幌を拠点とする六代目山口組傘下組織の実態

誠友会は、北海道札幌市を拠点とする暴力団組織である。全国的な暴力団組織である六代目山口組の傘下に位置し、報道では五代目誠友会という名称で紹介されている。
六代目山口組との関係
誠友会の歴史を理解するうえで重要なのが、1985年の四代目山口組への加入である。
それ以前の誠友会は、北海道内の独立系組織として活動していた。初代会長の石間春夫が山口組への加入を決断したことで、北海道の暴力団勢力図にも変化が生じた。
文春オンラインに掲載された山平重樹氏の評伝によると、1985年4月5日の山口組定例会で加入が発表され、北海道で初めて山口組の直系組織が誕生したとされる。
この出来事は、単なる組織間の所属変更ではない。北海道内で独立していた組織と、本州を中心に勢力を広げていた広域暴力団との関係が変化する転換点だった。
現在の会長は誰なのか
2026年10月31日時点で、五代目誠友会の会長として報じられているのは関谷弘志である。
2024年3月、四代目会長の渡部隆が死去した後、当時若頭だった関谷弘志が五代目を継承したと専門報道で伝えられた。
なお、暴力団組織には一般企業のような公開された登記事項や公式組織案内があるわけではない。したがって、会長の肩書や組織の位置づけについては、警察発表と報道を区別して読む必要がある。
【結成の経緯と歴史】北海道同志会から石間春夫の時代へ
誠友会の歴史は、現在の名称が定着する以前の北海道の組織社会にさかのぼる。
前身となった北海道同志会
誠友会の源流として挙げられるのが、1960年代の北海道同志会である。長岡宗一、石間春夫、谷内二三男ら北海道内の人物が関係した組織として紹介されている。
その後、北海道誠友会や北誠会などへの変遷を経て、石間春夫を中心とする誠友会が形成された。
前身組織の名称や成立時期については、回顧資料によって整理に違いがあるが、北海道内の独立系組織を背景として成立した点が特徴である。
1985年、四代目山口組への加入
歴史上の大きな節目が1985年である。
当時、北海道では露天商などを基盤とする組織の存在感が強く、広域暴力団との関係も現在とは異なる状況にあった。
石間春夫が四代目山口組への加入を選択したことで、誠友会は山口組の直系組織となった。文春オンラインの山平重樹氏による回顧記事は、この決断が北海道の暴力団勢力の構図を変えた出来事だったと位置づけている。
石間春夫の死去とその後
初代会長の石間春夫は、1990年1月に亡くなった。北海道の暴力団史を扱う回顧記事では、石間は「北海のライオン」という通称でも知られていた。
その後、組織の代表は田村武志、船木一治、渡部隆へと交代する。歴代会長の交代は、誠友会が長期間にわたり存続してきたことを示す重要な節目となっている。
【誠友会の歴代会長一覧】石間春夫から関谷弘志まで
誠友会の歴代会長を整理すると、初代から五代目までの系譜が見えてくる。以下は専門報道や組織史に関する公開資料を基にした整理である。
| 代 | 会長名 | 在任時期の目安・主な経緯 |
|---|---|---|
| 初代 | 石間春夫 | 1970年代から1990年。1985年に四代目山口組へ加入。 |
| 二代目 | 田村武志 | 1990年から2001年ごろ。石間の後を継いだ。 |
| 三代目 | 船木一治 | 2001年から2013年ごろ。五代目・六代目山口組の時代に組織を率いた。 |
| 四代目 | 渡部隆 | 2013年から2024年。六代目山口組の直参として活動したと報じられている。 |
| 五代目 | 関谷弘志 | 2024年3月に継承。2026年10月現在の会長として報じられている。 |
初代・石間春夫
石間春夫は、誠友会の歴史を語るうえで欠かせない人物である。
独立系組織としての誠友会を率い、1985年に四代目山口組への加入を決断した。これによって北海道に山口組の直系組織が誕生した。
石間の死去後も、その時代に形成された組織の系譜は後継者へ引き継がれていく。
二代目・田村武志
石間の後を継いだのが田村武志である。歴代会長の中でも、初代から三代目へと続く組織の継承期に位置する人物だ。
2001年に田村が亡くなり、後継者として船木一治が三代目に就いたとされる。
三代目・船木一治
船木一治は2001年以降、三代目会長を務めた。2013年に死去したことを受け、後継者として渡部隆が四代目を継承した。
2013年の四代目継承については、当時の週刊誌報道でも取り上げられている。
四代目・渡部隆から五代目・関谷弘志へ
渡部隆は四代目会長として誠友会を率い、六代目山口組の直参を務めた人物として報道されている。
2024年3月には渡部の葬儀が北海道苫小牧市で営まれ、六代目山口組の司忍組長や高山清司若頭らが参列したことをFRIDAYが報じた。
その後、若頭だった関谷弘志が五代目を継承した。2024年の代替わりは、誠友会の歴史における直近の大きな転換点である。
【2026年最新】稚内沖ナマコ密漁事件と誠友会事務所の家宅捜索
2026年に誠友会をめぐって大きく報道されたのが、北海道稚内市沖で発生したナマコ密漁事件である。
この事件では、密漁に関与した疑いのある人物らが逮捕され、北海道警察による捜査が進められた。捜査の対象は実行犯だけでなく、利益の流れや暴力団との関係にも及んでいる。
2026年7月14日、ゴムボート転覆で男性1人が死亡
事件の発端となったのは、7月14日未明の事故だった。
稚内市抜海村沖で5人が乗ったゴムボートが転覆。午前1時15分ごろに海上保安機関へ通報があり、捜索の結果、乗っていた60代男性1人の死亡が確認された。
北海道文化放送(UHB)の報道によると、残る4人は自力で陸に戻った。事故当時、5人はライフジャケットを着用していなかったという。
7月、密漁容疑で9人が逮捕・起訴
北海道警察は、稚内沖で許可を受けずにナマコを採捕した疑いで関係者の逮捕を進めた。
7月15日には6人が逮捕され、翌16日にも逮捕者が出た。その後、関連する捜査が進み、事件では最終的に9人が逮捕・起訴されたと報じられている。
起訴状などに基づくHTBの10月26日の報道では、9人はゴムボートを使い、ナマコ1.7キログラムを密漁した漁業法違反の罪に問われている。
7月31日、北海道警が誠友会事務所を捜索
事件の捜査は札幌にも及んだ。
UHBは2026年7月31日、北海道警察が札幌市中央区にある山口組系誠友会の事務所を家宅捜索したと報じた。
警察は、密漁で得た利益が暴力団の資金源になっていた可能性を視野に、関係者への捜査を進めた。
ただし、事務所への家宅捜索が実施されたことと、誠友会の会長や組織全体が事件への関与を刑事裁判で認定されたことは別問題である。捜索は捜査活動の一環であり、それ自体が有罪を意味するものではない。
9月には密漁を手助けした疑いの人物も逮捕
9月29日には、密漁グループに関係する設備を提供して犯行を手助けした疑いで、札幌市南区に住む62歳の男が逮捕された。
FNNプライムオンラインの9月30日付報道によると、男には漁業法違反ほう助の疑いが持たれていた。
警察は、この男と暴力団や匿名・流動型犯罪グループ(トクリュウ)との関連も視野に入れ、事件の背景や収益の流れを調べていると伝えられた。
10月23日・26日、旭川地裁で初公判
10月には、事件に関する刑事裁判も始まった。
HTBの10月23日付報道によると、田井中健被告の初公判が旭川地方裁判所で開かれ、被告は起訴内容を認めた。検察側は拘禁刑1年2か月と罰金120万円を求刑した。
さらに10月26日には、別の被告である圓子勝好被告の初公判も開かれ、こちらも起訴内容を認めたと報じられた。
同日の報道では、検察側が圓子被告を密漁グループのリーダー格と指摘している。
10月31日時点では、これらの公判に関する報道が続いており、すべての被告について判決が確定した状況ではない。
10月22日には別の誠友会幹部も逮捕
稚内の事件とは別に、2026年10月22日には五代目誠友会の幹部として報じられた関谷政美容疑者が、風営法違反の疑いで逮捕された。
STV札幌テレビの報道によると、2024年8月に札幌市中央区の飲食店で、風俗営業の許可を受けずに接待をさせたことや、18歳未満の女性従業員に接待をさせたことなどが疑われている。
警察は店の売り上げが暴力団の資金源になっていた可能性も含めて捜査している。
この事件は稚内沖のナマコ密漁事件とは別の捜査である。また、逮捕は容疑段階の手続きであり、有罪判決が出たことを意味しない。
【暴力団対策法と指定区分】誠友会は指定暴力団なのか
誠友会について調べる際、特に誤解が生じやすいのが「指定暴力団」という法的な区分である。
指定暴力団として指定されているのは六代目山口組
暴力団対策法は、正式には「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」という。
この法律に基づく指定暴力団とは、一定の要件を満たす暴力団について、都道府県公安委員会が指定する制度である。
北海道警察が公表している指定暴力団の一覧では、六代目山口組が全国25団体の一つとして掲載されている。
誠友会は六代目山口組の傘下組織として位置づけられているため、誠友会そのものが独立した指定暴力団として別個に指定されている、という理解は正確ではない。
北海道内に指定暴力団が存在しないという意味
北海道警察の2026年9月更新ページには、北海道内には指定暴力団は存在しない一方、他の都府県で指定された8団体の傘下組織が道内で活動していると記載されている。
これは、北海道内に本拠を置く独立した指定暴力団がないという意味であり、道内に暴力団の傘下組織が存在しないという意味ではない。
誠友会と六代目山口組の関係を理解する際にも、この違いが重要となる。
北海道の暴力団情勢を数字で見る
北海道警察が公表した2025年末時点の統計では、道内の暴力団構成員等の総数は約620人だった。
- 暴力団構成員:約330人
- 暴力団準構成員等:約290人
- 主要6団体の構成員等:約590人
- 主要6団体が占める割合:約95.1%
これらは北海道全体の統計であり、誠友会単独の人数ではない。誠友会の構成員数を示す数字として引用することはできない。
警察庁や北海道警察の公表資料を読む際には、全国統計、北海道全体の統計、個別組織の情報を混同しないことが大切だ。
【組織構成・本部所在地】公開情報から分かることと分からないこと
本部所在地は札幌市中央区
誠友会の本部は、報道上、北海道札幌市中央区に所在する組事務所として扱われている。
2026年7月31日の家宅捜索についても、UHBは札幌市中央区の事務所が対象になったと伝えている。
本部の具体的な住所や建物へのアクセス情報は、一般読者が組織の法的な位置づけや事件の背景を理解するために必要な情報ではない。
誠友会の組織図は公表されているのか
誠友会の内部組織については、会長、若頭、幹部などの役職名が専門媒体や事件報道に登場することがある。
ただし、一般企業のような公式の組織図や、現在の全構成員・傘下団体を網羅した公的な一覧が公開されているわけではない。
組織の基本的な位置づけは、次のように整理できる。
- 上部組織:六代目山口組
- 傘下組織:五代目誠友会
- 2026年現在の会長として報じられる人物:関谷弘志
- 内部の役職・構成員:公的に網羅された最新の組織図は確認できない
インターネット上に掲載されている古い幹部一覧を、2026年現在の組織構成としてそのまま扱うのは適切ではない。代替わりや人事変更があれば、過去の情報と現在の情報は一致しなくなる。
誠友会をめぐる情報で注意したい3つの誤解
誤解1:誠友会と六代目山口組は別々の独立した指定暴力団である。
誠友会は六代目山口組の傘下組織であり、独立した指定暴力団として別個に指定されているわけではない。
誤解2:北海道に指定暴力団がないため、暴力団組織も存在しない。
北海道警察は、他の都府県で指定された暴力団の傘下組織が道内で活動していると公表している。
誤解3:事務所が家宅捜索されたことは、会長や組織全体の有罪が確定したことを意味する。
家宅捜索は捜査手続きの一つである。容疑、逮捕、起訴、有罪判決はそれぞれ異なる段階であり、区別して理解する必要がある。
【プロの結論】誠友会の2026年を読み解く3つの重要な視点
誠友会の歴史と2026年の報道を整理すると、注目すべき点は大きく3つある。
第一に、北海道の独立系組織から広域暴力団の傘下組織へと変化した歴史である。
1985年の四代目山口組加入は、誠友会の位置づけを大きく変えた。石間春夫の時代から続く歴史を理解するには、単に歴代会長の名前を覚えるだけでなく、北海道の暴力団社会と全国組織の関係がどう変化したかを見る必要がある。
第二に、2024年の五代目継承と組織の現在地である。
渡部隆の死去と関谷弘志への代替わりは、誠友会の近年の重要な出来事だ。2026年の報道でも五代目誠友会という名称が使われており、関谷弘志が現会長として扱われている。
第三に、2026年の事件が示す資金源対策の重要性である。
稚内沖の密漁事件では、実行犯の摘発にとどまらず、設備提供者や収益の流れまで捜査対象になった。北海道警察が暴力団の資金源となる犯罪への取り締まりを進めるなか、今回の事案は、組織犯罪対策における資金の流れの解明という観点からも注目される。
今後の焦点は、密漁事件の各被告に対する判決、利益の帰属、組織的関与の有無、そして別件の捜査がどこまで進むかである。
誠友会に関するよくある質問(FAQ)
Q1:誠友会とは何ですか?
A1:北海道札幌市を拠点とする暴力団組織で、六代目山口組の傘下組織として知られている。2026年現在は五代目誠友会として報道されている。
Q2:誠友会の現在の会長は誰ですか?
A2:2024年3月に五代目を継承したと報じられている関谷弘志である。
Q3:誠友会の歴代会長は誰ですか?
A3:初代・石間春夫、二代目・田村武志、三代目・船木一治、四代目・渡部隆、五代目・関谷弘志という系譜で紹介されている。
Q4:誠友会と六代目山口組の関係は?
A4:誠友会は六代目山口組の傘下組織である。1985年に初代会長の石間春夫が四代目山口組への加入を決断したことが、現在につながる歴史的な転換点となった。
Q5:2026年の稚内ナマコ密漁事件で何が起きましたか?
A5:7月に稚内沖でナマコを密漁した疑いで9人が逮捕・起訴され、7月31日には北海道警察が札幌市中央区の誠友会事務所を家宅捜索した。10月には旭川地裁で被告の初公判が開かれた。
Q6:誠友会は指定暴力団ですか?
A6:暴力団対策法上、指定暴力団として指定されているのは六代目山口組である。誠友会はその傘下組織であり、独立した指定暴力団として別個に指定されているわけではない。
まとめ:誠友会の歴史と2026年以降の動向
誠友会は、北海道内の独立系組織を源流とし、初代会長の石間春夫が1985年に四代目山口組へ加入したことで、現在につながる組織的な位置づけを確立した。
歴代会長は石間春夫、田村武志、船木一治、渡部隆と続き、2024年には関谷弘志が五代目を継承したと報じられている。
2026年には稚内沖ナマコ密漁事件をめぐる9人の逮捕・起訴と札幌の事務所への家宅捜索があり、10月には関連する別件の幹部逮捕も報じられた。
ただし、事件の容疑と組織全体の刑事責任は同一ではない。今後の裁判結果や警察の捜査発表によって、明らかになる事実を一つずつ整理することが重要だ。
誠友会の現在を理解するうえでは、歴代会長の交代だけでなく、六代目山口組との関係、暴力団対策法上の指定区分、北海道警察が公表する暴力団情勢を合わせて見る必要がある。
参照した主な公的資料・報道
- 北海道警察「暴力団の情勢」:全国・北海道の指定区分と2025年末統計。
- 文春オンライン:石間春夫と1985年の山口組加入の歴史。
- FRIDAYデジタル:2024年の渡部隆の葬儀と山口組幹部の参列。
- 北海道文化放送(UHB):2026年7月の転覆事故、9人逮捕と事務所捜索。
- HTB北海道ニュース:2026年10月23日・26日の公判報道。
- FNNプライムオンライン:2026年9月の漁業法違反ほう助容疑での逮捕報道。
- STV札幌テレビ:2026年10月22日の別件逮捕報道。