「ももえり」の愛称で知られる桃華絵里(ももか・えり)。ファッション誌『小悪魔ageha』の人気専属モデルとして一時代を築き、現在はアパレル・美容事業を手がける実業家として活動している。2026年11月現在、45歳となった桃華絵里は、どのような生活を送っているのだろうか。
大きな転機となったのは、2026年8月に公表した子宮体がんの闘病だ。4年前から続いていた不正出血、子宮と両卵巣の全摘手術、術後の病理検査、そして抗がん剤治療への決断。本人がInstagramやインタビューで明かした経緯をたどると、華やかなモデル時代から経営者へ転身した人生と、母として病気に向き合う現在の姿が見えてくる。
【2026年現在】ももえりはどうしている?実業家としての活動と闘病生活

2026年11月現在の桃華絵里は、実業家としての仕事を続けながら、子宮体がんの治療に臨む時期を迎えている。
かつて『小悪魔ageha』で圧倒的な存在感を放った彼女は、モデルとしての知名度を一過性の人気で終わらせず、自身のブランドや会社を立ち上げて事業を展開してきた。現在の活動の中心となっているのが、株式会社mocoa's(モコアズ)だ。
MOCOA'Sを中心にアパレル・美容事業を展開
mocoa'sの公式サイトでは、「好き」と「素敵」を集めるというコンセプトを掲げ、自由な感性を大切にしたブランドづくりを紹介している。
公式オンラインショップでは、トップス、デニム、ワンピース、セットアップ、バッグ、アクセサリーなどのファッションアイテムに加え、コスメや美容関連の商品も取り扱っている。2026年秋冬の商品も掲載されており、現在もブランドの販売活動が続いていることが分かる。
モデルとして培ったファッション感覚や、読者・ファンとの距離の近さを、商品企画やブランド運営に生かしている点が特徴だ。
子宮体がんの治療開始を前に仕事も継続
2026年10月4日のInstagram投稿では、抗がん剤治療が始まる前に会いたい人や行きたい場所があると明かし、体力や体調、メンタル面と相談しながら仕事も無理のない範囲で続けていると発信した。
さらに10月24日付の投稿では、横浜ベイコートで過ごした時間について紹介。治療が落ち着いたら再び訪れたいという思いも記していた。
こうした発信からは、病気だけを生活の中心に置くのではなく、仕事や好きなこと、人との交流も大切にしながら治療に備えている様子がうかがえる。
ただし、11月3日から予定されている抗がん剤治療が始まった後の体調や、治療の進捗については、11月2日時点で新たな公式報告を確認できていない。予定されている治療計画と、実際に開始した後の経過は区別して見る必要がある。
【プロフィール・経歴】桃華絵里とは何者?小悪魔ageha時代からの歩み
桃華絵里は、1981年8月28日生まれ、静岡県出身のファッションモデル・実業家だ。愛称は「ももえり」。2026年11月現在は45歳となっている。
桃華絵里の基本プロフィール
ザテレビジョンのタレントプロフィールや日本タレント名鑑の掲載情報によると、基本情報は次のとおり。
- 名前:桃華絵里(ももか・えり)
- 愛称:ももえり
- 生年月日:1981年8月28日
- 年齢:45歳(2026年11月現在)
- 出身地:静岡県
- 血液型:B型
- 職業:ファッションモデル・実業家
- 代表的な活動:『小悪魔ageha』専属モデル、株式会社Moery設立、株式会社mocoa'sでの事業
芸能活動では、ファッション誌だけでなく、テレビのバラエティー番組にも出演。日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』『ザ!世界仰天ニュース』、NHK『東京カワイイTV』、フジテレビ系『笑っていいとも!』『SMAP×SMAP』などへの出演歴がある。
小悪魔agehaの人気モデルとしてブレイク
桃華絵里の名前を広く知らしめたのが、ギャル系ファッション誌『小悪魔ageha』だった。
同誌は2005年の創刊以降、キャバクラで働く女性を含む若い女性たちのファッションや美容、ライフスタイルを紹介し、「age嬢」という独自のカルチャーを形成した雑誌だ。
桃華絵里は静岡で働いていた時期に編集部関係者の目に留まり、モデルとして活動を開始。華やかなヘアメイクや女性らしいファッション、親しみやすいキャラクターで支持を集めた。
彼女の魅力は、単に整ったルックスだけではなかった。仕事や子育てをしながら自分らしいスタイルを追求する姿勢が、同世代の女性やギャルママ層から共感を得ていた。
2009年5月に同誌を卒業。その後はモデル活動と並行して、経営者としての道を本格的に歩み始める。
桃華絵里の経歴と人生の転換点を年表で整理
| 時期 | 主な出来事 | 活動・転換点 |
|---|---|---|
| 1981年8月 | 静岡県で誕生 | 桃華絵里としての人生が始まる |
| 2006年 | モデル活動を本格化 | 『小悪魔ageha』専属モデルとして活躍 |
| 2007年6月 | 株式会社Moery設立 | モデルからアパレル事業の経営者へ |
| 2009年5月 | 『小悪魔ageha』卒業 | モデル活動の転換期 |
| 2010年 | ショップチャンネルに出演 | 「ももえり流可愛くハッピーライフ」を放送 |
| 2013年 | 書籍を出版 | 『MomoEri up(ハッピーハートの方程式vol.2)』 |
| 2018年5月31日 | 株式会社Moeryの代表取締役を退任 | 自身の経営方針を見直す決断 |
| 2018年以降 | 株式会社mocoa'sで活動 | 新たなアパレル・美容事業へ |
| 2026年8月 | 子宮体がんを公表 | 子宮・両卵巣の全摘手術へ |
| 2026年9月 | 術後の病理検査結果を公表 | 抗がん剤治療を決断 |
| 2026年11月 | 抗がん剤治療開始予定 | 11月3日から初回入院、全6クールの計画 |
モデルから経営者への転身は、桃華絵里のキャリアを理解するうえで欠かせないポイントだ。芸能活動を卒業した後も、自分の名前やセンスを事業に結び付けてきたことが、現在の活動につながっている。
【実業家としての転身】MoeryからMOCOA'Sへ、会社設立と経営の歩み
桃華絵里が実業家として注目される理由は、モデルとして人気を得た後、自身のブランドを立ち上げ、経営に携わってきた点にある。
2007年に株式会社Moeryを設立
ザテレビジョンのプロフィールによると、桃華絵里は2007年6月に株式会社Moery(モエリー)を設立した。
当時の主な事業は、アパレル商品の企画・開発や販売。自身がモデルとして経験してきたファッションの現場を、商品づくりに反映させるビジネスモデルだった。
2009年のアドウェイズのプレスリリースにも、株式会社Moeryの代表取締役として桃華絵里の名前が記載されている。同社との協同事業として公式モバイルサイト「ももえりmobile」も展開され、モデル活動、経営、ファン向けコンテンツを組み合わせた発信を行っていた。
2010年にはショップチャンネルで約1年間にわたり番組を担当。テレビ通販という販売チャネルでも自身のブランドやライフスタイルを紹介した。
2018年、設立した会社の代表を退任
2018年6月1日、日刊スポーツは桃華絵里が株式会社Moeryを辞職したことを報じた。
本人は同年5月31日付で退任したことをInstagramで報告。退任理由について、自分が思い描いて形にしてきたブランドを自分自身でコントロールできなくなり、ここ数年は自身の意見とは異なる方向に事業が進むことが増えていたと説明した。
これは単なる芸能活動の休止や事業の終了とは異なる。自分が立ち上げた会社であっても、理想と実際の経営方針に隔たりが生じれば、経営者として身を引く判断をする。その葛藤が当時の発信から読み取れる。
株式会社mocoa'sで新たなブランド展開
その後、桃華絵里は株式会社mocoa's(モコアズ)の代表取締役会長として活動している。2026年10月のCHANTO WEBの本人インタビューでも、同社の代表取締役会長として紹介された。
mocoa'sの公式サイトには、桃華絵里の名前とともに、自由な感性を大切にする会社のコンセプトが掲載されている。
公式オンラインショップの商品構成を見ると、ファッションを中心に、バッグやアクセサリー、コスメ、美容関連商品まで幅広いカテゴリーを展開していることが分かる。
Moery時代との共通点は、女性のファッションや美容への関心を事業の中心に置いていること。一方で、現在のmocoa'sはアパレルだけでなく、美容分野にも取り扱いを広げている。
『小悪魔ageha』で培った知名度を生かしながら、自身の価値観を反映した商品やブランドを運営する。この一連のキャリアは、インフルエンサー型の起業家がどのようにファンとの接点を事業へ発展させるかを示す事例でもある。
【2026年8月に公表】桃華絵里の子宮体がんはどう発覚した?不正出血から診断まで
2026年の桃華絵里にとって、最も大きな出来事となったのが子宮体がんの公表だった。
8月30日、Instagramのストーリーズで病名を明かし、子宮と卵巣を全摘する開腹手術を受けることを報告。45歳でのがん公表は、多くのファンや女性たちに衝撃を与えた。
4年前から始まっていた不正出血
2026年10月10日に公開されたCHANTO WEBのインタビューで、桃華絵里は発覚までの詳しい経緯を語っている。
本人によると、最初に異変を感じたのは約4年前。生理予定日とは異なる時期にも出血するようになり、婦人科を受診した。
その際、子宮筋腫が2センチあることや子宮内膜症について説明され、症状を改善するための治療方法として、子宮内避妊器具ミレーナの装着を提案されたという。
しかし、体内に器具を入れることへの抵抗があり、装着を見送った。その後、別の婦人科でも診察を受けたが、子宮体がんの検査結果については問題がないと説明されたと振り返っている。
症状が悪化しても受診をためらった理由
本人の説明では、その後も不正出血は続き、生理痛も強くなっていった。
生理以外の日の出血が増え、生理中には出血量が非常に多くなり、10日間ほど続くこともあったという。夜用の大きなナプキンを使っても1時間も持たないほどだったと、インタビューで明かしている。
加えて、出血のたびに貧血の症状も感じていたが、痛み止めを飲めば何とか日常生活を送れていたことや、婦人科の検査に対する抵抗感もあり、受診から遠ざかってしまった。
本人は、以前受けた検査が非常に痛かったことも、病院に足が向かなくなった理由として挙げている。
母親の勧めで再受診し、子宮体がんが判明
転機になったのは母親の言葉だった。
症状が悪化していることを母親に相談すると、強く受診を勧められたという。そこで、最初に診てもらった婦人科を約4年ぶりに再受診した。
診察では子宮筋腫が6.5センチまで大きくなっていることが判明。子宮頸がんと子宮体がんの検査を受けたところ、子宮体がんの可能性を指摘され、総合病院での再検査を経て正式に診断された。
最初の受診時には2センチだった筋腫が6.5センチになっていたという本人の説明は、症状が長期間続いていたことを物語っている。
がんを公表した理由は、ほかの女性の受診につなげるため
桃華絵里は、病気を公表するかどうか悩んだ末、Instagramで自分の状況を伝える決断をした。
CHANTO WEBのインタビューでは、その理由について次のように説明している。
「ひとりでも多くの女性が『検査に行こう』と思うきっかけになればと決断しました」
公表後には何千通ものメッセージが届き、同じ病気を経験した人や、手術を控えて不安を抱えている人が大勢いることを知ったという。
9月2日の手術終了報告でも、応援のメッセージに救われたことを伝え、「公表してよかった」と発信している。
芸能人の病気公表はニュースとして扱われることが多いが、今回のケースでは、本人が自身の経験を女性の健康意識につなげたいと考えていたことが要点だ。
【手術と術後経過】子宮・両卵巣の全摘を決断した理由とは?
子宮体がんと診断された桃華絵里は、2026年8月末に入院し、複数回の手術を受けた。
最初の手術は子宮内膜の組織を調べるため
CHANTO WEBのインタビューによると、最初の入院は1泊2日。細胞を詳しく調べるため、厚くなった子宮内膜を取り出す手術を受けたという。
その後、2回目の入院で子宮と両卵巣を摘出する手術を受けることになった。
開腹約20センチ、子宮と両卵巣を全摘
桃華絵里は8月30日のInstagramストーリーズで、子宮体がんのため入院し、翌日に開腹で子宮と卵巣を全摘する予定だと公表した。
9月2日には手術が終了したことを報告。病室で撮影した写真とともに、術後の状態が安定してきたことを明かした。
CHANTO WEBのインタビューでは、開腹した傷口は約20センチに及び、術後は痛み止めを使いながら回復を進めたと説明している。
子宮と卵巣を同時に摘出するかどうかについては、医師から選択肢を説明されたという。当初は卵巣をできるだけ残す方向も検討されたが、本人は将来的に再手術が必要になる可能性などを考え、同時に摘出することを選んだ。
すでに息子を育てており、今後新たに子どもを望んでいなかったことも、本人が決断の背景として挙げている。
術後は予定より早い8日間で退院
術後の経過については、9月3日のテレビ朝日系の報道でも紹介された。
本人は、手術後に顔色が悪く、体に複数の管がつながっていた状態から徐々に回復していると説明。点滴や流動食についてもInstagramで発信した。
加えて、術後のリハビリでは点滴スタンドを押しながら病院内を歩くことを継続。本人によると、毎日フロアを10周することを目標にしていたという。
当初は約2週間の入院を予定していたが、回復が順調だったことから、最終的には8日間で退院できたとCHANTO WEBのインタビューで明かしている。
ただし、早期退院は本人の術後経過についての情報であり、同じ手術を受ける人にも当てはまるものではない。手術方法や入院期間は病状や医療機関の判断によって異なる。
【抗がん剤治療を決断】息子との話し合いと今後の治療計画
手術を終えた桃華絵里にとって、次の大きな判断となったのが抗がん剤治療だった。
術後の病理検査で明らかになったこと
摘出した子宮と卵巣を詳しく調べた病理検査の結果、がんが子宮の外側に及び、血管を通じて血液中にも広がっている状態だったと、本人は10月のインタビューで説明している。
9月30日のInstagram発信では、本人は専門用語に詳しくないことを断ったうえで、がんが血管の方に及んでいたと説明。日刊スポーツなどの報道でも、血管浸潤をうかがわせる術後検査結果として紹介された。
この結果を受け、主治医から抗がん剤治療を提案された。
なお、がんの具体的な病期や予後について、本人が公表した情報から確定的に判断することはできない。血管への広がりという説明だけで、ステージを断定することもできない。
当初は抗がん剤を受けない考えだった
桃華絵里は、がんが発覚した当初から抗がん剤治療に対して否定的な考えを持っていたと明かしている。
理由として挙げていたのは、副作用への不安だった。治療が始まれば体調や生活に影響が出る可能性があり、仕事を続けられるのかという心配もあったと考えられる。
実際、10月10日のCHANTO WEBのインタビューでは、がんの診断を受けた際、まず頭に浮かんだのは自分の体よりも仕事のことだったと語っている。
シングルマザーとして子育てをしながら、自分で仕事を切り盛りしてきた経験があり、入院費や今後の治療費、仕事への影響を心配していたという。
22歳の息子との話し合いで治療を決意
考えを変えるきっかけになったのは、息子との話し合いだった。
2026年10月時点で22歳となった息子は、桃華絵里にとって大切な相談相手になっている。母親として育ててきた息子が成長し、今度は自分の治療について一緒に考える存在になった。
本人は、息子と話し合った末に、少しでも長く生きるために抗がん剤治療を受ける決断をしたと報告している。
CHANTO WEBの取材でも、副作用への不安はあったものの、息子とよく話し合って治療を決めたと説明。息子は現在ひとり暮らしをしており、自立していることも安心材料になっているという。
11月3日から4か月間、全6クールの予定
日刊スポーツが2026年10月9日に報じたInstagramの発信によると、桃華絵里は主治医に抗がん剤治療を受ける意思を伝えた。
本人が説明した治療計画は次のとおり。
- 初回開始予定:2026年11月3日
- 初回入院期間:8日間の予定
- 治療期間:2026年11月から2027年2月までの約4か月間
- 治療回数:全6クール
- 入院予定:治療に合わせて計6回
10月9日の投稿では、治療の大変さは実際に始まってから向き合うとして、今は目の前にあることに集中したいという気持ちも明かしていた。
2026年11月2日現在、初回治療は翌日の11月3日に予定されている。したがって、現時点では治療開始前の段階であり、抗がん剤の副作用や治療後の結果については今後の本人の発信を待つ必要がある。
Instagramで闘病を発信し続ける理由
桃華絵里は、病気を公表した後もInstagramを通じて入院中の様子や術後の気持ちを発信してきた。
そこには、病気を隠さず共有することで、同じ境遇の女性や手術を控えて不安を抱える人の力になりたいという思いがある。
また、治療を決断した後も、仕事や日常生活をできる範囲で続けたいという姿勢を見せている。
芸能人の闘病発信は、本人の近況を伝えるだけでなく、病気に関する情報を知るきっかけにもなる。一方で、本人の治療内容や回復速度を、ほかの患者の治療選択と比較することはできない。桃華絵里自身も、主治医との相談を経て治療方針を決めている。
【知っておきたいポイント】ももえりの経験から考える子宮体がんと検診の違い
今回の公表で特に注目したいのは、桃華絵里が以前から子宮頸がんの検査を受けていたにもかかわらず、子宮体がんが見つかったことだ。
ここには、子宮頸がんと子宮体がんの違いを理解するうえで大切なポイントがある。
子宮頸がんと子宮体がんは別の病気
国立がん研究センターの「がん情報サービス」によると、子宮がんは、発生する場所によって子宮頸がんと子宮体がんに分類される。
子宮頸がんは子宮の入り口に近い子宮頸部に発生する。一方、子宮体がんは子宮の奥にある子宮体部の内膜から発生するものが大部分を占める。
このため、子宮頸がん検診を受けていることだけで、子宮体がんまで十分に調べられているとは限らない。
子宮体がんには不正出血が代表的な症状としてある
国立がん研究センターは、子宮体がんの主な自覚症状として出血を挙げている。
月経以外の出血や閉経後の出血だけでなく、おりものに血が混ざって褐色になる程度の変化が見られることもある。
また、子宮体がんについては、国の指針で定められた一般向けの対策型検診が現在確立されていない。そのため、定期的な子宮頸がん検診だけではなく、気になる症状が出た場合に婦人科を受診することが大切だ。
桃華絵里のケースでも、4年前から不正出血が続き、徐々に症状が悪化していたことがインタビューで明らかになった。
もちろん、出血があれば必ずがんというわけではない。しかし、不正出血や月経の異常が続く場合は、次回の定期検診を待たずに医療機関へ相談することが国立がん研究センターからも勧められている。
彼女が病気を公表した背景には、こうした経験をほかの女性にも知ってほしいという思いがあった。
【ももえりの現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ももえりこと桃華絵里は2026年現在何歳ですか?
A1:1981年8月28日生まれで、2026年11月現在45歳です。静岡県出身で、モデル・実業家として活動しています。
Q2:桃華絵里は小悪魔agehaを卒業したのですか?
A2:はい。2006年にモデルとして活動を始め、2009年5月に『小悪魔ageha』を卒業しています。その後は実業家としての活動に力を入れてきました。
Q3:桃華絵里が経営している会社は何ですか?
A3:株式会社mocoa's(モコアズ)です。アパレルや美容関連の商品を展開しており、2026年10月のCHANTO WEBのプロフィールでは代表取締役会長として紹介されています。
Q4:桃華絵里の病気は何ですか?
A4:2026年8月に子宮体がんを公表しました。子宮と両卵巣を摘出する手術を受け、術後の病理検査結果を踏まえて抗がん剤治療を受ける決断をしています。
Q5:桃華絵里はなぜ子宮と卵巣を全摘したのですか?
A5:医師から卵巣を残す選択肢も説明されたものの、将来的に再手術が必要になる可能性などを考慮し、本人が子宮と両卵巣を同時に摘出することを選びました。今後子どもを望んでいなかったことも、本人が挙げた判断材料です。
Q6:桃華絵里の抗がん剤治療はいつから始まりますか?
A6:2026年10月9日の発信によると、初回は11月3日から8日間の入院で開始する予定です。2027年2月までの約4か月間に、全6クールの治療と6回の入院を予定しています。
Q7:桃華絵里のInstagramはどこで確認できますか?
A7:本人のInstagramアカウントは「@_momoka828_」です。手術後の報告や仕事、日常生活、治療に関する本人の発信を確認できます。なお、ストーリーズは掲載期間が限られるため、過去の発言は本人の公開投稿や報道記事も参考になります。
まとめ:ももえり桃華絵里の現在は、実業家としての活動と新たな治療への挑戦
桃華絵里は『小悪魔ageha』の人気モデルとして注目を集めた後、2007年に株式会社Moeryを設立。2018年の退任を経て、現在は株式会社mocoa'sの代表取締役会長としてアパレル・美容関連の事業に携わっている。
2026年は、彼女にとって人生の大きな転換期となった。4年前から続いていた不正出血を経て子宮体がんが発覚し、子宮と両卵巣の全摘手術を受けた。その後の病理検査でがんが血管を通じて血液中にも及んでいたことが分かり、息子との話し合いを経て抗がん剤治療を決断した。
2026年11月3日から初回治療を開始し、2027年2月まで全6クールを予定している。今後の体調や治療経過は、本人の発信や信頼できる報道を通じて見守っていきたい。
今回の病気公表で特に印象的なのは、自身の経験を通じて、ほかの女性が婦人科を受診するきっかけをつくりたいと考えたことだ。
華やかなモデル時代から起業、ブランド運営、そして闘病へ。桃華絵里の現在を理解するうえで大切なのは、過去の知名度や病気のニュースだけに注目するのではなく、自分の人生を自分で選び続けてきた歩みに目を向けることだろう。
今は何よりも治療と体調を優先しながら、再び元気な姿を見せてくれることを願いたい。
主な取材・確認資料
- 桃華絵里の詳細な経歴・プロフィール:ザテレビジョン、アドウェイズの2009年公式プレスリリース。
- Moery退任時の本人説明:日刊スポーツ(2018年6月1日)。
- 子宮体がんの発覚経緯、手術、息子との話し合い、抗がん剤治療の決断:CHANTO WEB(2026年10月10日、本人インタビュー)。
- 手術後の報告と抗がん剤治療の開始予定:テレビ朝日NEWS、日刊スポーツ(2026年9月~10月)。
- MOCOA'Sの事業内容:株式会社mocoa's公式サイト・公式オンラインショップ。
- 子宮体がんの症状・検診に関する医学情報:国立がん研究センター「がん情報サービス」。