長渕剛の嫁は、元アクション女優の志穂美悦子です。2人は1986年のテレビドラマ『親子ゲーム』での共演をきっかけに交際し、1987年8月に結婚しました。志穂美悦子は結婚を機に芸能活動から退き、その後は花創作家として独自の道を歩んできました。
一方、長渕剛には前妻・石野真子との結婚歴があり、1981年に結婚、1983年に離婚しています。さらに2025年には志穂美悦子の事務所役員退任や夫婦の別居報道が相次ぎ、2人の関係に注目が集まりました。2026年現在は、志穂美悦子が「鬼無里まり」の名前でシャンソン歌手としても活動するなど、新たな展開を見せています。
【結論】長渕剛の嫁は志穂美悦子!年齢・プロフィールと女優時代の経歴

長渕剛の現在の妻は、志穂美悦子です。結婚から約39年となる2026年現在も、彼女は花創作家やシャンソン歌手として活動しています。
志穂美悦子のプロフィール
志穂美悦子は1955年10月29日生まれ、岡山県出身です。2026年11月時点で71歳になります。本名は旧姓の塩見悦子で、結婚後は長渕悦子の名前でも知られています。
- 名前:志穂美悦子(しほみ・えつこ)
- 生年月日:1955年10月29日
- 出身地:岡山県
- 職業:元女優・花創作家・シャンソン歌手
- 別名義:鬼無里まり(きなさ・まり)
- 夫:長渕剛
- 結婚:1987年8月
- 子供:2男1女
志穂美悦子は1973年に映画『ボディガード牙』でデビューしました。千葉真一が率いたジャパンアクションクラブ(JAC)で活動し、日本を代表する本格派アクション女優の一人として知られるようになります。
特に1970年代から1980年代にかけては、身体能力を生かしたアクションやスタントをこなし、映画・テレビドラマの両方で活躍しました。
代表的な出演作品には、次のようなものがあります。
- 『女必殺拳』シリーズ
- 『蒲田行進曲』
- 『里見八犬伝』
- 『二代目はクリスチャン』
- テレビドラマ『親子ゲーム』
- 『男はつらいよ 幸福の青い鳥』
1987年に長渕剛と結婚した後は、女優としての活動を休止しました。人気絶頂期に表舞台から離れたこともあり、当時のファンにとっては大きな転機でした。
ただし、芸能活動を離れた後も表現活動そのものを手放したわけではありません。後年、花の世界に魅了され、芸術活動を通じて再び自身の名前を広めていきます。
【馴れ初め】長渕剛と志穂美悦子はドラマ『親子ゲーム』で出会った
長渕剛と志穂美悦子の出会いは、1986年にTBS系で放送されたドラマ『親子ゲーム』です。
この作品で2人は共演し、物語の中ではラーメン店を営む夫婦を演じました。ドラマでの共演を通じて親交を深め、やがて交際に発展したと日刊スポーツなどが伝えています。
俳優としての共演が結婚につながった
当時の長渕剛は、シンガーソングライターとして人気を確立しながら、俳優としても活動の幅を広げていた時期でした。
一方の志穂美悦子は、JAC出身のアクション女優として確固たるキャリアを築いていました。異なる分野で活躍していた2人が、ドラマの現場で出会ったことが関係の始まりです。
2017年1月に志穂美悦子がテレビ朝日系『徹子の部屋』に出演した際も、長渕との交際はドラマ共演がきっかけだったと振り返っています。
当時の結婚のきっかけについて、彼女は長渕に対して俳優とは異なる不思議な感覚を持ったことを明かしました。
1987年8月に結婚、志穂美悦子は芸能活動を休止
2人は1987年8月に結婚しました。
結婚後、志穂美悦子は女優としての仕事から離れ、家庭生活と子育てに力を注ぐようになります。
当時の彼女は30代前半。アクション女優として人気を集めていた時期だっただけに、結婚を機に活動を休止した選択は注目を集めました。
一方、長渕剛は音楽活動を続け、全国ツアーなどを通じてアーティストとしての存在感を強めていきます。
2017年の日刊スポーツのインタビュー記事では、長渕が志穂美に自分の活動現場を見てほしいと伝えていたことも紹介されました。家庭と仕事を完全に切り離すのではなく、互いの活動を理解することを重視していた時期があったことがうかがえます。
【結婚歴を時系列で整理】前妻・石野真子との結婚と離婚、志穂美悦子との再婚
長渕剛の結婚歴を調べると、志穂美悦子だけでなく、歌手・女優の石野真子の名前も登場します。
石野真子は長渕剛の最初の妻です。2人は1981年に結婚しましたが、1983年に離婚しています。その後、長渕は志穂美悦子と出会い、1987年に再婚しました。
石野真子との結婚は1981年、離婚は1983年
石野真子は1970年代後半から1980年代にかけて人気を集めた歌手・女優です。長渕剛との結婚は1981年で、夫婦生活は長く続かず、1983年に離婚しました。
2017年8月、長渕剛はラジオ番組『伊集院光とらじおと』に出演し、石野真子との離婚について振り返っています。日刊スポーツの報道によると、本人は離婚を自身の人生や音楽性の変化にも関わる出来事として語りました。
つまり、石野真子との結婚と志穂美悦子との結婚は、別々の時期に起きた出来事です。検索結果で2人の名前が並ぶことがありますが、同じ結婚の相手として混同しないことが大切です。
長渕剛の結婚・離婚に関する年表
| 時期 | 出来事 | 人物・詳細 |
|---|---|---|
| 1981年 | 最初の結婚 | 長渕剛と石野真子が結婚 |
| 1983年 | 離婚 | 石野真子との婚姻関係が終了 |
| 1986年 | ドラマで共演 | 志穂美悦子と『親子ゲーム』で出会う |
| 1987年8月 | 再婚 | 長渕剛と志穂美悦子が結婚 |
| 2010年 | 花の活動を本格化 | 志穂美悦子がフラワーアートの師事を開始 |
| 2011年 | 写真集を発刊 | 『INSPIRE』を通じて被災地支援 |
| 2024年 | シャンソン歌手として活動 | 鬼無里まり名義で歌手デビュー |
| 2025年8月 | 別居・役員退任報道 | 志穂美悦子の事務所取締役退任などが報じられる |
| 2026年 | 芸術・音楽活動を継続 | 花創作家、シャンソン歌手として活動 |
この年表から分かるのは、長渕剛の最初の結婚と現在の妻との結婚の間に、明確な時間的な区切りがあることです。
石野真子との離婚後、1986年のドラマ共演を経て、1987年に志穂美悦子と結婚したという流れが、公開されている報道と一致しています。
【2025年の別居報道】志穂美悦子の取締役退任理由と夫婦関係の真相
長渕剛と志穂美悦子の夫婦関係が大きく注目されたのが、2025年8月の別居報道です。
週刊文春は2025年8月26日、志穂美悦子が長渕剛の個人事務所「オフィスレン」を含む関連会社3社の取締役を2024年4月に退任していたと報じました。
2023年末から別居状態にあったとの報道
週刊文春の記事では、長渕剛が2023年末に自宅を出て、都内の別のマンションを生活拠点にしていたとツアースタッフの証言を紹介しています。
また、2025年8月の取材に対し、志穂美悦子は夫との生活について、行き来があるという趣旨の説明をしました。
ここで重要なのは、別居状態という報道と、夫婦が正式に離婚したという事実は別であることです。2025年の記事は生活拠点の変化や会社役員の退任を扱ったもので、離婚成立を伝えたものではありません。
取締役を退任した理由は何だったのか
志穂美悦子本人は、取締役を退いたことを認めたうえで、その理由について新しい活動に集中したいという趣旨の説明をしています。
「いま私は新しいことをやり始めているので、そこに没入したい」
これは週刊文春が2025年8月26日に掲載した本人への電話取材で伝えられた言葉です。
一方、同記事には、長渕側が役員報酬の削減を考えて退任を働きかけたという知人女性の証言も掲載されました。ただし、これは匿名関係者による説明であり、志穂美本人が退任理由として認めた内容ではありません。
したがって、退任の事実と、その背景について報じられた関係者の見解は分けて理解する必要があります。
2026年現在、離婚は成立しているのか
2026年11月時点で、長渕剛と志穂美悦子の離婚が正式に発表されたという確認できる情報はありません。
2025年の別居報道は存在しますが、その後の夫婦の具体的な生活状況について、本人たちが詳細を公表しているわけではありません。
また、2026年9月には長女の文音が父・長渕剛の70歳の誕生日を祝う写真を公開し、10月には長男WATARUが父のライブの舞台裏の姿を紹介しました。
こうした発信から家族間の交流は確認できますが、夫婦が現在同居しているかどうかを直接証明するものではありません。
現状を整理すると、2025年に別居状態が報じられ、志穂美悦子の事務所役員退任も確認された一方、離婚発表はなく、夫婦関係の詳細は公表されていないという状況です。
【2026年最新】志穂美悦子の現在は花創作家・シャンソン歌手の鬼無里まり
志穂美悦子の現在を語るうえで欠かせないのが、花創作家としての活動と、鬼無里まり名義でのシャンソン歌手活動です。
かつてアクション女優として活躍した彼女は、結婚後に花の世界へ進み、さらに70歳を迎える時期にも新しい表現分野へ挑戦しています。
2010年から花の世界へ、東日本大震災の支援活動も
志穂美悦子の公式プロフィールによると、彼女は2010年からフラワーデザインの専門家に師事しました。
その後、フラワーアートを自身のライフワークとして確立し、2011年には作品をまとめた写真集『INSPIRE』を発刊。売上金を東日本大震災の被災地支援などに寄付しました。
加えて、花を通じた社会貢献にも取り組み、2016年にはJA長生と協力して「ひまわりプロジェクト」を立ち上げています。
このプロジェクトでは全国から集まったボランティアがひまわりを育て、宮城県、福島県、熊本県などの被災地へ届けました。
2014年には奈良薬師寺で花展を開催。2015年から2023年にかけては世界らん展でも展示やパフォーマンスを披露しています。
鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビュー
2024年からは「鬼無里まり」という名前でシャンソン歌手としても活動を始めました。
2024年11月27日に開催された日本シャンソンコンクール2024では優秀賞を受賞。翌2025年には第12回東京シャンソンコンクールでグランプリを獲得し、日本シャンソンコンクール2025でも優秀賞を受賞しています。
2026年2月18日に公開されたNHK文化センターの案内でも、花創作家・シャンソン歌手として紹介されました。同年2月には第100回記念の国風盆栽展関連式典で国歌独唱を務めたことも紹介されています。
2026年の主な活動と評価
2026年現在、志穂美悦子の公式サイトには、ソロライブやNHK文化センターでの講座、世界らん展2026関連の出演情報などが掲載されています。
彼女の現在の活動は、次の3つに整理できます。
- 花創作家:フラワーアートの制作、展示、ワークショップなど。
- シャンソン歌手:鬼無里まり名義でのライブ、コンサート、歌唱活動。
- 社会貢献活動:花を通じた被災地支援やチャリティー活動。
また、2026年秋にはインド滞在中のトレーニング姿が報道され、70代を迎えても鍛錬を続ける姿に反響が集まりました。
志穂美悦子の現在の評価を考える際には、長渕剛の妻という肩書だけでなく、アクション女優から花創作家、そしてシャンソン歌手へと活動領域を広げてきた経歴にも注目したいところです。
【子供は3人】長渕剛と志穂美悦子の息子・娘の現在
長渕剛と志穂美悦子の間には、長女1人と息子2人の合計3人の子供がいます。
それぞれが芸能・音楽分野で活動しており、両親とは異なる個性を持ったキャリアを築いています。
長女・文音は女優として活動
長女は女優の文音(あやね)です。
2026年4月1日には芸能事務所ツインプラネットへの所属が発表されました。テレビや映画、舞台などで活動してきた彼女にとって、新たな所属先でのスタートとなりました。
同年9月には、父・長渕剛の70歳の誕生日を祝う写真も公開しています。
長男・WATARUはミュージシャン
長男はミュージシャンのWATARUです。
音楽活動を続ける一方、2021年には結婚を発表。2人の娘の父親でもあります。
2026年10月には、父・長渕剛がライブ本番へ向かう舞台裏の姿をSNSで紹介しました。親子の音楽的なつながりがうかがえる発信として話題になっています。
次男・ReNはシンガーソングライター
次男はReN(長渕蓮)です。
シンガーソングライターとして活動し、長渕剛とは別の音楽スタイルを追求しています。2025年には父との親子ショットも公開されました。
3人の子供はそれぞれ独立した活動を展開しており、長渕家の芸術的な環境を背景にしながらも、自身の道を歩んでいます。
2026年現在の家族構成を整理すると、次のようになります。
- 父:長渕剛(シンガーソングライター)
- 母:志穂美悦子(花創作家・シャンソン歌手)
- 長女:文音(女優)
- 長男:WATARU(ミュージシャン)
- 次男:ReN(シンガーソングライター)
【長渕剛の嫁に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:長渕剛の現在の妻は誰ですか?
A1:現在の妻は元アクション女優の志穂美悦子です。1986年のドラマ『親子ゲーム』での共演をきっかけに交際し、1987年8月に結婚しました。
Q2:長渕剛の前妻は石野真子ですか?
A2:はい。長渕剛は1981年に石野真子と結婚し、1983年に離婚しています。その後、1987年に志穂美悦子と再婚しました。
Q3:長渕剛と志穂美悦子は2026年現在、離婚していますか?
A3:2026年11月時点で、2人の正式な離婚発表は確認されていません。2025年には別居状態が報じられましたが、別居報道と離婚成立は異なります。
Q4:志穂美悦子は現在何歳ですか?
A4:1955年10月29日生まれで、2026年11月時点では71歳です。花創作家やシャンソン歌手として活動しています。
Q5:鬼無里まりとは志穂美悦子のことですか?
A5:はい。鬼無里まりは志穂美悦子がシャンソン歌手として活動する際の名前です。2024年に歌手デビューし、2025年には東京シャンソンコンクールでグランプリを受賞しました。
Q6:志穂美悦子と長渕剛の子供は何人ですか?
A6:3人です。長女は女優の文音、長男はミュージシャンのWATARU、次男はシンガーソングライターのReNです。
Q7:志穂美悦子が事務所の取締役を辞めた理由は何ですか?
A7:2025年の週刊文春の取材に対し、本人は新しい活動に集中したいという趣旨を説明しています。一方、退任の背景については関係者による別の証言も報じられましたが、双方の説明は区別して捉える必要があります。
まとめ:長渕剛の嫁・志穂美悦子は2026年も独自の道を歩んでいる
長渕剛の妻は、1987年に結婚した志穂美悦子です。2人の出会いは1986年のドラマ『親子ゲーム』で、長渕剛には1981年に結婚し1983年に離婚した石野真子との過去の婚姻歴があります。
2025年には志穂美悦子の事務所役員退任や夫婦の別居状態が報じられました。本人も取締役を退いたことを認めていますが、2026年11月現在、正式な離婚発表は確認されていません。夫婦の現在の生活状況については、報道された内容と本人たちが公表した事実を分けて見る必要があります。
一方、志穂美悦子自身は、花創作家としての実績に加え、鬼無里まり名義でシャンソン歌手としても活躍しています。2025年のコンクール受賞や2026年の音楽・文化活動は、彼女が新たな表現者として歩み続けていることを示しています。
長渕剛の妻という立場だけで志穂美悦子を捉えるのではなく、アクション女優、花創作家、シャンソン歌手という複数の顔を持つ一人の表現者として見ることが、彼女の現在を理解するポイントです。
主な事実確認資料
- 志穂美悦子公式プロフィール・公式活動情報
- 日刊スポーツ(2017年1月・2017年8月)
- 週刊文春(2025年8月26日)
- NHK文化センター(2026年2月18日)
- TBS NEWS DIG(2026年4月1日)
- テレビ朝日ニュース(2026年9月・10月)