2026年4月、障害競走の名手として長年活躍してきた石神深一が、25年にわたる騎手生活に幕を下ろした。オジュウチョウサンの主戦騎手として中山グランドジャンプ5連覇を成し遂げ、JRA通算218勝、J・GⅠ11勝という輝かしい実績を残した人物だ。引退後は美浦の柄崎将寿厩舎で調教助手に転身し、現在も競馬の現場で馬と向き合っている。
気になるのは、43歳という年齢で現役引退を決断した理由だろう。本人は成績への悩みや騎手としての情熱の変化を率直に語っている。加えて、2026年4月18日に行われた引退式では、オジュウチョウサンとの出会いや25年間の競馬人生についても振り返った。引退の経緯から現在の仕事内容、歴史に残る記録まで、2026年の最新報道と本人の発信をもとに整理する。
この記事の重要ポイントまとめ
- 引退日: 2026年4月30日付で騎手免許が取り消され、現役を引退。
- 引退理由: 成績への悩みと、騎手として燃え上がる情熱が薄れてきたという本人の判断。
- 現在の仕事: 美浦・柄崎将寿厩舎の調教助手として活動。
- 騎手時代の実績: JRA通算218勝、重賞26勝、J・GⅠ11勝。
- 最大の功績: オジュウチョウサンとのコンビで中山グランドジャンプ5連覇を達成。
- 引退式: 2026年4月18日、中山競馬場で開催。
【2026年最新】石神深一は4月に騎手を引退!現在は柄崎将寿厩舎の調教助手

石神深一の引退は、2026年4月8日にJRAから正式発表された。
本人から騎手免許の取り消し申請があり、2026年4月30日付で騎手免許が取り消されることになった。引退後の所属先として発表されたのは、美浦の柄崎将寿厩舎。新たな職業は調教助手だ。
単に競馬界から離れるのではなく、騎手として培った経験を生かし、馬を育てる側に回る道を選んだのである。
引退発表から最終騎乗までの経緯
石神深一の引退に関する主な出来事は次のとおり。
- 4月8日: JRAが騎手引退と柄崎将寿厩舎への転身を発表。
- 4月18日: 中山競馬場で引退式を開催。
- 4月26日: 京都競馬場の4Rで最後の騎乗を終える。
- 4月30日: 騎手免許取り消し。騎手生活に正式に幕を下ろす。
- 5月以降: 柄崎将寿厩舎で調教助手として新たな仕事を開始。
ここで押さえておきたいのが、4月18日の引退式と4月26日の最終騎乗は別の出来事だという点だ。
引退式は中山競馬場で先に開催されたが、その時点ではまだ騎手としての仕事が残っていた。
4月26日の京都4R、フジフォンテに騎乗したレースがJRA最後の騎乗となり、7着でゴール。これをもって実際の騎乗活動を終えた。
JRAの公式発表と最終騎乗後の報道によって、引退までの流れが明らかになっている。
2026年8月には新しい仕事への取り組みも報道
引退後の石神深一については、2026年8月5日付のnetkeibaの特集記事が詳しく伝えている。
同記事によれば、石神は現在、美浦・柄崎将寿厩舎の新人調教助手として奮闘中だ。
騎手時代とは異なる立場で、調教師を支える仕事に取り組んでいる。
つまり、2026年11月現在の石神深一は、元騎手として競馬界を離れた人物ではない。現役時代とは異なる立場で競馬の最前線に残っている人物なのである。
【引退理由を本人が告白】成績への悩みと騎手としての情熱の変化
石神深一の引退理由について、本人は2026年4月8日の取材で率直に語っている。
その内容から見えてくるのは、突然のけがや外部からの引退勧告ではなく、自分自身の騎乗内容や競技への向き合い方を見つめ直した末の決断だったということだ。
1. 自分の騎乗に納得できなくなっていた
日刊スポーツの2026年4月8日の報道によると、石神は前年末ごろから、レース後に映像を見返して自分の騎乗に問題を感じるようになっていた。
本人が挙げた背景は主に次の3点だ。
- 昨夏以降、思うように勝てなくなった。
- 2025年は年間10勝を目標にしていたが、実際には7勝にとどまった。
- 2026年に入ってから気持ちを切り替えて頑張ろうとしたものの、期待した成績が出なかった。
特に注目したいのは、勝利数だけではなく、自分のレース内容に納得できなくなっていた点である。
騎手という仕事は、馬の能力を引き出すだけではなく、レース中の判断や飛越のタイミング、位置取りなど、細かな技術の積み重ねが結果を左右する。
障害競走では、わずかな判断の違いが馬と騎手の安全にも影響する。長年その世界で戦ってきた石神だからこそ、自分の騎乗に対する評価も厳しかったのだろう。
2. 本人が語った「燃えたぎるもの」の変化
引退理由を象徴するのが、本人の次の言葉だ。
「燃えたぎるものが薄まってきたのを感じて、引退を決意しました」
日刊スポーツが2026年4月8日に掲載したインタビューでの発言である。
この言葉は、石神の決断を理解するうえで重要だ。
単に勝てなくなったから辞めるという話ではない。騎手として勝利を追い求める気持ちや、自分の騎乗に対する納得感が以前とは変わってきたことを、自分自身で認識していた。
競馬の世界では、騎手を続けることも、調教師や厩舎スタッフへ転身することも、それぞれ異なる覚悟が必要になる。
石神の場合、騎手としての実績が十分にあるからこそ、現役にこだわり続けるのではなく、新しい役割へ進む判断ができたとも考えられる。
3. 引退後の仕事を決めたのは幼なじみとの縁
引退後の所属先となった柄崎将寿厩舎にも、重要な背景がある。
柄崎将寿調教師と石神は、幼稚園時代からの幼なじみ。さらに競馬学校17期の同期でもある。
柄崎調教師は石神を迎えることについて、助手が少ない状況もあり、厩舎にとって貴重な戦力になると期待を示した。
石神本人も、柄崎調教師から「何月になっても待つ」と声をかけてもらったことが転身の決め手になったと説明している。
長年の友人関係と競馬学校時代からのつながりが、第二のキャリアをスタートさせる後押しになったわけだ。
【騎手時代の成績】JRA通算218勝・J・GⅠ11勝の記録と経歴
石神深一の騎手人生を振り返ると、平地競走から障害競走へと主戦場を移し、障害界を代表する騎手へ成長していった経緯が見えてくる。
JRAの公式プロフィールによると、石神は1982年6月3日生まれ、茨城県出身。2001年3月1日に騎手免許を取得した。
石神深一のプロフィールと主要実績
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 石神深一 |
| 生年月日 | 1982年6月3日 |
| 出身地 | 茨城県 |
| 騎手デビュー | 2001年3月3日 |
| 障害競走への本格転向 | 2007年ごろ |
| 騎手引退 | 2026年4月30日 |
| JRA通算勝利 | 218勝 |
| 障害競走勝利 | 140勝 |
| 重賞勝利 | 26勝 |
| J・GⅠ勝利 | 11勝 |
| 代表的な騎乗馬 | オジュウチョウサン |
| 引退後 | 柄崎将寿厩舎の調教助手 |
2001年にデビュー、2007年ごろから障害競走で頭角を現す
石神は2001年3月3日にJRA初騎乗を経験した。
デビュー当初は平地競走にも騎乗していたが、2007年ごろから障害競走を主戦場にするようになり、徐々に実績を積み上げていく。
障害競走は、平地競走とは求められる技術が異なる。
馬の飛越能力を把握し、障害を越えるタイミングを見極め、着地後の加速まで考えなければならない。騎手には馬との意思疎通やコースへの理解、危険を回避する判断力が求められる。
石神はこの分野で専門性を高め、やがてJ・GⅠを制するトップジョッキーへと成長した。
2016年から2020年まで中山グランドジャンプ5連覇
石神のキャリアを語るうえで欠かせないのが、オジュウチョウサンとのコンビである。
2016年に中山グランドジャンプを制してJ・GⅠ初勝利を挙げると、その後も同レースで勝利を重ね、2016年から2020年まで5連覇という偉業を成し遂げた。
さらに2018年にはニホンピロバロン、2023年にはマイネルグロンとのコンビで中山大障害も制覇している。
特定の名馬だけに依存した実績ではなく、異なる馬でも大舞台で結果を残したことが、石神の技術を評価するうえで要点だ。
2022年には障害重賞完全制覇も達成
2022年8月27日、小倉競馬場で行われた小倉サマージャンプ。
石神はアサクサゲンキに騎乗し、見事に勝利した。
この勝利によって、当時JRAで実施されていた障害重賞をすべて勝つという記録を達成した。
ラジオNIKKEIの競馬実況webによると、石神は通常障害重賞が開催される6競馬場すべてで勝利しただけでなく、開催場変更によって障害重賞が行われた中京競馬場でも勝利していた。
そのため、競馬場単位では7場制覇となる。
また、JRAで実施されていた障害重賞の全競走を勝利したことも、史上初の記録だった。
【オジュウチョウサンとの関係】主戦騎手として築いた障害競走の歴史
石神深一の名前と切り離せない競走馬が、障害界の絶対王者と呼ばれたオジュウチョウサンだ。
両者のコンビは、単なる名馬と名騎手の組み合わせではない。障害競走の歴史に残る長期的な成功を築き上げたパートナー関係だった。
最初の出会いは決して順調ではなかった
2026年4月18日の引退式で、石神はオジュウチョウサンとの最初の出会いを振り返っている。
JRAが公表した引退式でのコメントによれば、最初の印象は決して良いものではなかった。
馬が言うことを聞かず、怒ったり、振り落とされたり、うまくできたときには褒めたりすることを繰り返したという。
そうした積み重ねを経て、やがて障害界を代表する名コンビへと成長していった。
石神は引退式で、オジュウチョウサンについて次のように語っている。
「あんな頼もしい相棒には中々出会えないと思います」
この言葉からも、単に勝利数を重ねた馬というだけではない、特別な存在だったことがうかがえる。
オジュウチョウサンと達成した主な記録
| 記録・実績 | 内容 |
|---|---|
| 中山グランドジャンプ | 2016~2020年の5連覇 |
| J・GⅠ勝利 | 石神とのコンビで9勝 |
| 2016年 | 中山グランドジャンプ初制覇 |
| 2017年 | 中山グランドジャンプ連覇 |
| 2018年 | 中山グランドジャンプ3連覇 |
| 2019年 | 中山グランドジャンプ4連覇 |
| 2020年 | 中山グランドジャンプ5連覇 |
| 2022年 | 中山グランドジャンプで最後のJ・GⅠ勝利 |
2022年の中山グランドジャンプが忘れられない理由
石神が思い出のレースとして挙げたのが、2022年の中山グランドジャンプだ。
当時のオジュウチョウサンは年齢を重ね、全盛期と同じ状態を維持することが簡単ではなくなっていた。
それでも同馬は復活を遂げ、石神とのコンビで勝利をつかんだ。
本人は、馬がよく復活してくれたこと、自分もうまく導けたことを振り返っている。
このレースが特別なのは、単にGⅠを勝ったからではない。
長年ともに戦ってきたパートナーの能力を信じ、最後まで力を引き出そうとした騎手と馬の関係が表れた一戦だったからだ。
オジュウチョウサンだけではない中山大障害の実績
石神の実績はオジュウチョウサンとのコンビだけに限られない。
- 2018年:ニホンピロバロンで中山大障害を制覇。
- 2023年:マイネルグロンで中山大障害を制覇。
この2勝は、石神が複数の馬の能力を引き出し、大舞台で勝利できる騎手だったことを示している。
J・GⅠ通算11勝という記録の内訳を考える際にも、オジュウチョウサンとの9勝に加え、別の馬との勝利があったことを忘れてはならない。
【引退式の全貌】2026年4月18日に中山競馬場で行われた最後のセレモニー
石神深一の引退式は、2026年4月18日、中山競馬場のウイナーズサークルで開催された。
JRAの発表によれば、当初から予定されていた開始時刻は午後4時45分ごろ。引退式だけでなく、メモリアル展示や記念リーフレットの配布なども実施された。
引退式で語った25年間の騎手人生
JRAが公表した引退式でのコメントでは、石神は騎手生活を振り返り、さまざまな良い馬に出会えたこと、ファンや関係者に応援してもらえたことへの感謝を述べている。
特に印象的だったのが、障害競走への応援を呼びかけたことだ。
本人は、自分が障害界からいなくなっても、障害ジョッキーたちは競走を盛り上げようと努力していると話した。
引退する本人の功績だけではなく、障害競走そのものの未来を気にかけていた点に、長年この分野で活躍してきた騎手としての思いが表れている。
最後は騎手仲間から胴上げ
引退式の最後には、騎手仲間たちから胴上げされ、3度宙を舞った。
長年にわたって同じ競馬場で戦ってきた仲間たちに見送られる姿は、石神の競馬界での歩みを象徴する場面となった。
なお、引退式の後も最終騎乗は残っており、4月26日の京都競馬場で最後のレースを迎えている。
JRAの公式記録には、引退式での本人のコメントも掲載されている。
【現在の仕事を解説】柄崎将寿厩舎で調教助手として何をしている?
2026年現在の石神深一を理解するうえで、特に注目したいのが調教助手としての仕事内容だ。
騎手時代はレースで馬の能力を引き出す立場だったが、現在は馬のコンディションを整え、日々の調教や厩舎運営を支える立場に変わった。
2026年8月5日付のnetkeibaの特集記事では、石神は柄崎将寿厩舎の「攻め専」の調教助手として紹介されている。
調教助手としての具体的な仕事内容
調教助手の仕事は、単に馬に乗って運動させるだけではない。
石神自身が2026年6月13日に公開したブログでも、新しい仕事について詳しく説明している。
主な業務は次のようなものだ。
| 仕事内容 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 調教準備 | 馬の運動や調教に向けた準備 |
| 馬体チェック | 馬の状態や変化を確認 |
| 脚元の確認 | 脚を触り、腫れや左右のバランスなどを調べる |
| 厩舎ミーティング | その日の作業や調教予定を共有 |
| 馬の管理 | 担当者と連携して馬の状態を把握 |
| 事務作業 | 入厩・検疫・退厩・出走関連の手続き |
騎手時代より1時間早い午前4時30分から仕事
石神本人のブログで興味深いのが、朝の仕事開始時間だ。
騎手時代は午前5時30分ごろに厩舎へ到着するスケジュールだったが、調教助手になってからは午前4時30分に到着するようになったという。
理由は、騎手として馬に乗る前の準備だけでなく、他のスタッフとのミーティングや厩舎全体の作業準備が必要になったためだ。
特に本人が苦戦していると説明したのが、事務手続きと馬の脚元を触って状態を確認する作業だった。
騎手時代にも馬の状態を確認していたが、それは主に馬に乗った状態での感覚によるものだった。
現在は馬の脚を直接触り、左右のバランスや腫れの状態などを把握する必要がある。
同じ馬の状態を確認する仕事でも、求められる感覚が違うのである。
本人は新しい仕事に充実感を感じている
2026年8月のnetkeibaの取材では、石神は騎手として馬に乗れない寂しさがある一方、新しい仕事にはそれを埋めるほどの楽しさがあると語っている。
また、本人の6月のブログでも、調教助手になって初めて知ることが多く、学びながら仕事を覚えている様子が紹介されている。
ここで重要なのは、騎手時代の経験がすべてそのまま通用するわけではないという点だ。
騎乗中に感じる違和感と、馬の脚を直接触って把握する違和感は別物である。
石神は障害競走で培った経験を持ちながらも、新人調教助手として新たな知識を身につけようとしている。
【プロの結論】石神深一の本当の功績は218勝だけではない
石神深一の競馬人生を評価するとき、JRA通算218勝やJ・GⅠ11勝という数字は非常に分かりやすい指標になる。
しかし、その数字だけでは石神の功績を十分に説明できない。
特に評価したいのは、障害競走という専門性の高い分野で長期間にわたり結果を残し、さらに複数の馬で大舞台を制してきたことだ。
石神深一の記録を正しく理解する3つの視点
1. オジュウチョウサンとの5連覇は騎手と馬の相互理解の成果
中山グランドジャンプ5連覇は、馬の能力だけで説明できる記録ではない。
飛越のタイミングやレース運び、馬の状態に応じた判断など、騎手との相互理解が欠かせない障害競走だからこそ、長期的に同じコンビで結果を残した意味は大きい。
2. 11勝のJ・GⅠ実績は複数の馬との勝利で築かれた
オジュウチョウサンとの9勝だけでなく、ニホンピロバロンやマイネルグロンとの勝利もある。
特定の名馬に恵まれただけではなく、騎手としての技術と経験を異なる馬でも発揮したことが評価されるべきだ。
3. 引退後の転身は競馬への関わり方を変えた選択
騎手として勝利を追い求める仕事から、馬の状態を把握して育成や調教を支える仕事へ。
石神は競馬界を去ったわけではない。むしろ、馬に関わる経験を別の形で積み重ねている。
このキャリアの転換は、長く競馬に携わる専門家の働き方を考えるうえでも興味深い事例だ。
石神深一に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石神深一はなぜ騎手を引退したのですか?
A1:本人によると、2025年夏以降に思うような成績が出ず、自分の騎乗内容にも納得できなくなっていたことが背景にあります。「燃えたぎるものが薄まってきた」と感じたことが、引退を決意した理由です。
Q2:石神深一は2026年現在、何をしていますか?
A2:美浦・柄崎将寿厩舎で調教助手をしています。馬の調教準備や馬体・脚元の確認、厩舎スタッフとの連携などに取り組んでいます。
Q3:石神深一のJRA通算成績は何勝ですか?
A3:JRA通算218勝です。内訳は障害140勝、平地78勝。重賞26勝のうちJ・GⅠは11勝です。
Q4:オジュウチョウサンとのコンビで何を達成しましたか?
A4:2016年から2020年まで中山グランドジャンプ5連覇を達成しました。また、オジュウチョウサンとのコンビでJ・GⅠを9勝しています。
Q5:石神深一の引退式はいつ開催されましたか?
A5:2026年4月18日に中山競馬場のウイナーズサークルで開催されました。なお、騎手としての最終騎乗は4月26日の京都競馬場です。
Q6:石神深一は障害重賞全場制覇を達成していますか?
A6:達成しています。2022年8月27日、アサクサゲンキで小倉サマージャンプを制し、障害重賞が実施される6競馬場すべてで勝利しました。さらに中京を含む7場でも勝利しています。JRAの障害重賞完全制覇も史上初の記録です。
まとめ:石神深一は騎手から調教助手へ、新たな競馬人生をスタート
石神深一は2026年4月30日付で騎手を引退し、現在は美浦・柄崎将寿厩舎の調教助手として活動している。
引退理由は、成績への悩みと騎手としての情熱の変化だった。本人が自らの気持ちと向き合い、25年間の騎手生活に区切りをつけた決断である。
騎手時代に残した主な実績は次のとおりだ。
- JRA通算218勝
- 障害競走140勝
- 重賞26勝
- J・GⅠ11勝
- オジュウチョウサンとの中山グランドジャンプ5連覇
- 障害重賞全場制覇・JRA障害重賞完全制覇
そして2026年8月の取材や本人のブログからは、新しい仕事に前向きに取り組む姿が伝わってくる。
石神深一の競馬人生は、騎手引退によって終わったわけではない。これからは馬に乗って勝利を目指す立場から、馬を育て、調教師を支える立場へと変わっていく。
オジュウチョウサンと築いた障害競走の歴史は、騎手・石神深一の功績として残り続ける。そして調教助手・石神深一の新たな挑戦は、まだ始まったばかりだ。
主な情報源:JRA公式発表(2026年4月8日・18日)、日刊スポーツ(2026年4月8日)、ラジオNIKKEI(2022年8月27日)、netkeiba(2026年4月26日・8月5日)、ウマフリ掲載・石神深一本人のブログ(2026年6月13日)。