元サッカー日本代表のラモス瑠偉さんは、2015年に現在の妻・俊子さんと再婚しています。最初の妻である初音さんとは1984年に結婚しましたが、2011年7月に初音さんが52歳で亡くなり、長年連れ添った夫婦生活に別れを告げることになりました。その後、深い悲しみの中にいたラモスさんを支えたのが俊子さんです。
再婚後の2016年にはラモスさん自身が脳梗塞を発症。さらに2025年にはステージ3の直腸がんが判明し、手術や治療を経験しました。2026年のテレビ出演では、闘病中に支えてくれた妻への尊敬と感謝も語っています。二度の結婚の経緯から、再婚を決意した理由、現在の夫婦関係まで、報道された内容を時系列で整理します。
【結論】ラモス瑠偉の再婚相手は俊子さん!2015年11月に結婚

ラモス瑠偉さんの現在の妻は、俊子さんという一般女性です。2人が結婚したのは2015年11月。1984年に結婚した初音さんとの死別から約4年後のことでした。
2017年3月のデイリースポーツのインタビューでは、ラモスさん自身が俊子さんとの再婚について語っています。2016年2月には沖縄で親族を中心とした結婚式も挙げたと報じられました。
再婚に至るまでには、前妻との別れによる深い喪失感と、それを乗り越える過程がありました。俊子さんは、ラモスさんが精神的に不安定だった時期から寄り添っていた人物です。
俊子さんはどんな人?
俊子さんは芸能活動をしている人物ではなく、一般女性です。2016年に掲載された女性自身のインタビュー記事では、大阪出身であることが紹介されています。
一方、職業や詳しい経歴、生年月日など、個人的なプロフィールは広く公表されていません。テレビ出演や報道で注目されるのも、主にラモスさんの闘病を支えた妻としての姿です。
注目したいのは、単に再婚相手というだけではない点です。ラモスさんは、脳梗塞や直腸がんという大きな病気を経験するたびに、俊子さんの存在について公の場で言及しています。
【最初の結婚】前妻・初音さんとの出会いと2011年の死別
ラモスさんの最初の妻は初音さんです。2人は1980年ごろから交際を始め、1984年に結婚しました。
日本テレビの番組「人生が変わる1分間の深イイ話」では、ラモスさんと初音さんの出会いについても紹介されています。友人の紹介で知り合った2人ですが、ラモスさんは初音さんに一目ぼれ。毎日のように電話をかける積極的なアプローチを続け、交際に発展したと伝えられています。
選手生命の危機を支えた初音さん
交際中の1981年8月、ラモスさんはバイク事故で左足のすねを複雑骨折しました。選手生命が危ぶまれるほどの大けがでしたが、初音さんが献身的に看病したことが日刊スポーツの報道に記されています。
2人は1984年2月にブラジルで挙式。同年6月には東京都内の聖イグナチオ教会でも式を挙げました。初音さんは、サッカー選手としてのラモスさんを長年支え続けた存在だったのです。
2人の間には子どもも誕生しています。1985年に長男のファビアノさん、1988年に長女のファビアナさんが生まれました。
初音さんの死因は転移性肝がん
2011年7月19日、初音さんは東京都内の病院で亡くなりました。52歳でした。
当時の日刊スポーツの第一報では死因は明らかにされていませんでしたが、その後のスポーツニッポンやMANTANWEBなどの報道では、転移性肝がんによる死去と伝えられています。
初音さんの訃報を受け、ラモスさんは予定していたビーチサッカー日本代表のブラジル遠征への同行を取りやめました。葬儀・告別式は、2人が1984年に結婚式を挙げた聖イグナチオ教会で営まれました。
葬儀で喪主を務めたラモスさんは、初音さんについて、サッカー選手としても人間としても自分を成長させてくれたと振り返り、深い悲しみを表しました。
この死別は、ラモスさんの人生に大きな影響を与えました。2017年のインタビューでは、当時の心境を次のように振り返っています。
「魂から愛した女。もう結婚はしないと思った」
初音さんを失った悲しみがどれほど大きかったか、この言葉からも伝わってきます。
【結婚歴を時系列で整理】1984年から2016年までの転機
ラモスさんの結婚歴は、初音さんとの最初の結婚と、俊子さんとの再婚の2回です。重要なのは、最初の結婚が離婚ではなく死別だったことです。
2人の女性との関係や、病気を経験した時期を整理すると、再婚に至った経緯が分かりやすくなります。
| 時期 | 出来事 | 詳細・背景 |
|---|---|---|
| 1980年ごろ | 初音さんと交際開始 | 友人の紹介で出会い、交際に発展。 |
| 1981年 | バイク事故 | 左足を複雑骨折。初音さんが看病。 |
| 1984年2月・6月 | 初音さんと結婚 | ブラジルと東京の教会で挙式。 |
| 1985年・1988年 | 子どもが誕生 | 長男ファビアノさん、長女ファビアナさん。 |
| 2011年7月19日 | 初音さんと死別 | 転移性肝がんにより52歳で逝去。 |
| 2015年11月 | 俊子さんと再婚 | 前妻との死別を経て新たな結婚生活へ。 |
| 2016年2月 | 沖縄で結婚式 | 親族を中心とした式を挙げたと報道。 |
| 2016年12月 | 脳梗塞を発症 | 俊子さんが異変に気づき救急搬送につながった。 |
| 2022年3月 | 「徹子の部屋」に出演 | 再婚の理由や脳梗塞の闘病生活を振り返る。 |
| 2025年 | 直腸がんの治療 | ステージ3と診断され、放射線・抗がん剤治療と手術を経験。 |
| 2026年 | 回復後の活動 | 妻への感謝を語り、サッカー関連の活動にも復帰。 |
この年表から分かるように、初音さんとの結婚生活は約27年間続きました。そして2015年の再婚は、前妻との関係をなかったことにするものではなく、死別後の人生を再び歩み始める大きな転機でした。
なお、2015年11月の入籍と、2016年2月の結婚式は別の出来事です。ネット上では再婚年と挙式年が混同されることがありますが、スポーツ紙の報道では2015年11月の結婚が確認できます。
【再婚した理由】俊子さんとの馴れ初めは知人の誕生会だった
ラモスさんと俊子さんの出会いは、知人の誕生会だったと報じられています。
2016年に掲載された女性自身の記事によると、俊子さんは大阪出身。2人は知人の誕生会で知り合い、初音さんの三回忌を過ぎてから真剣に交際するようになったといいます。
俊子さんは、初音さんを亡くしたラモスさんが悲しみから立ち直れず、自暴自棄になっていた時期にも寄り添っていました。
「もう結婚しない」と考えていたラモスさんの心境
初音さんとの死別後、ラモスさんは再び結婚することを考えられないほど深く傷ついていました。
しかし、俊子さんとの出会いが転機になります。女性自身の報道では、ラモスさんが自暴自棄になっていたとき、俊子さんが初音さんの気持ちを考えるよう促したエピソードも紹介されています。
ラモスさん自身も2017年のインタビューで、俊子さんと結婚せずに一人で暮らし続けていたら、飲み歩く生活から抜け出せなかったかもしれないと振り返っています。
再婚を決めた理由は、単に新しい恋愛を始めたかったからではありません。自分を立て直し、これからの人生を大切に生きるために、俊子さんの存在が大きな意味を持ったと考えられます。
再婚前に初音さんの墓前へ報告
再婚に関して印象的なのが、初音さんへの墓前報告です。
女性自身のインタビューによると、ラモスさんは俊子さんと一緒に初音さんのお墓参りをし、再婚を報告したと語っています。
また、俊子さんとの結婚式は2016年2月に沖縄で親族を中心に行われたと報じられています。
過去の家族とのつながりを大切にしながら、新しい生活を始めたことがうかがえるエピソードです。
初音さんの存在と俊子さんとの新しい夫婦関係は、ラモスさんの人生の中で対立するものではありません。前妻との思い出を大切にしながら、現在の妻と人生を歩んでいる点に注目したいところです。
【脳梗塞と徹子の部屋】俊子さんがラモス瑠偉を救った出来事
2015年に再婚したラモスさんを、翌2016年12月に大きな病気が襲います。脳梗塞です。
発症したのは2016年12月29日の朝。ラモスさんは寝ている間に異変を起こし、けいれんしてベッドから落ちました。自力で立ち上がることができず、異変に気づいた俊子さんが救急車を呼ぶ判断をしました。
2017年3月のデイリースポーツのインタビューでは、ラモスさんが当時の状況を振り返っています。発症時に俊子さんが救急搬送を促したことが、命を救う重要な判断になりました。
厳しいリハビリを経て復帰
脳梗塞の発症後、ラモスさんは入院とリハビリを経験しました。
入院当初は車いすでの生活となり、左手や左足にも不自由さが残っていました。しかし、リハビリを積極的に続け、サッカーボールを使った練習にも取り組みます。
2017年2月には退院し、同年3月には復帰会見を開きました。俊子さんは入院中の付き添いや生活面での支えを続けていたといいます。
ラモスさんは俊子さんについて、命の恩人という趣旨の言葉で感謝を示してきました。
2022年3月29日放送「徹子の部屋」で再婚と闘病を語る
ラモスさんが再婚の理由や脳梗塞の闘病について改めて語ったのが、2022年3月29日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」です。
約10年ぶりの出演となったこの回では、初音さんとの死別後に俊子さんと出会ったこと、2015年の再婚、そして翌2016年に脳梗塞を発症した経緯が取り上げられました。
番組では、俊子さんが異変を察知して救急車を呼ぶ判断をしたことや、ラモスさんがリハビリを乗り越えた過程も紹介されています。
また、EXILE HIROさんや元日本代表監督の岡田武史さんとの友情も闘病を支えた要素として語られました。
この放送を通じて広く伝わったのは、再婚相手の俊子さんが単なる生活上のパートナーではなく、人生の危機を一緒に乗り越えてきた存在だということです。
【2026年最新情報】直腸がんの闘病と俊子さんとの現在の夫婦関係
2026年のラモスさんを語るうえで欠かせないのが、直腸がんの闘病です。
ラモスさんは2025年2月10日にステージ3の直腸がんと診断されました。ただし、病気を公表したのは同年12月19日です。本人がブラジルの家族や親しい友人にも心配をかけたくないという思いから、公表を控えていたと公式サイトを通じて説明されました。
25回の治療と7時間に及ぶ手術
スポーツニッポンの2025年12月19日の報道によると、ラモスさんは25回の放射線治療と抗がん剤治療を受けました。
その後、2025年8月に約7時間に及ぶ手術で直腸の一部を切除し、人工肛門を造設。さらに10月には人工肛門を取り除く手術を受け、主な治療を終えました。
闘病中には体重が一時約20キロ減少するなど、厳しい時期を過ごしました。2025年12月の報道時点では寛解の状態とされ、週1回程度の通院による経過観察が続いていました。
2026年4月、妻への思いを「尊敬している」と告白
2026年4月15日放送のフジテレビ系「ノンストップ!」では、ラモスさんが直腸がんの闘病を振り返りました。
このとき、俊子さんだけでなく、子どもたちや岡田武史さんら仲間の存在が支えになったと説明しています。
特に妻については、栄養面のサポートも受けていることを明かし、次のように語りました。
「感謝よりは尊敬している。感謝しきれない」
この発言は、長年の夫婦関係を象徴する言葉です。脳梗塞のときだけでなく、直腸がんという新たな試練でも俊子さんが寄り添っていたことが分かります。
2026年5月・10月のテレビ出演で見えた回復後の姿
2026年5月11日放送のNHK「鶴瓶の家族に乾杯」でも、ラモスさんは現在の体調について語りました。
がんで苦しんだ時期を振り返りながら、妻への感謝を口にすると、笑福亭鶴瓶さんとのやり取りの中で「最初からだよ!」と返す場面もありました。妻を大切にする気持ちは、病気を経験してから始まったものではないというラモスさんらしい発言でした。
加えて、2026年10月2日放送のフジテレビ系「ノンストップ!」では、直腸がんからの回復後の活動が紹介されました。
ラモスさんは、毎年訪れていたサッカー大会「EXILE CUP」の決勝会場に姿を見せました。前年は闘病のため参加できませんでしたが、約2年ぶりに会場のピッチに立ち、元気な様子を見せています。
2026年9月にはTBS系「KICK OFF! J」にも出演し、日本代表や若い選手たちへの思いを語っています。サッカー界での活動を少しずつ広げている近況が確認できます。
現在の夫婦関係は?
2026年11月時点で確認できる報道では、ラモスさんと俊子さんは夫婦として生活を続けています。特に、直腸がんの治療を終えた後も妻の食事面でのサポートを受けていることが報じられています。
ただし、日常生活の詳しい様子や夫婦間のプライベートな会話、現在の生活拠点などは広く公表されていません。
公の場で確認できるのは、ラモスさんが妻への感謝を繰り返し語っていることです。2026年4月には尊敬という言葉を使い、5月には妻のおかげで回復できたという趣旨の発言もしています。
長年の夫婦生活を経て、病気という困難を共に乗り越えてきた2人の関係は、現在も良好であることをうかがわせます。
【プロの結論】ラモス瑠偉の再婚から分かる人生の転機と家族の支え
ラモスさんの再婚を理解するうえで大切なのは、結婚歴を単純に2回と数えるだけではなく、それぞれの結婚が異なる人生の局面にあったことです。
初音さんとの結婚は、選手としての成長と家族形成を支えた約27年間でした。一方、俊子さんとの再婚は、最愛の妻との死別後に人生を立て直す過程で生まれた新しい関係です。
加えて、脳梗塞と直腸がんという2つの大きな病気を経験したことで、夫婦の支え合いがより明確に表れました。
ここで押さえておきたいのは、再婚したからといって初音さんとの思い出が消えたわけではないという点です。ラモスさんは再婚前に墓前へ報告したと語っており、前妻への思いと現在の妻への愛情を両立させています。
また、現在の夫婦関係を判断するときは、次の3点が参考になります。
- 本人の発言:妻について感謝や尊敬を公に語っているか。
- 具体的な出来事:脳梗塞やがんの闘病で、どのような支えがあったと報じられているか。
- 情報の時期:2016年や2022年の過去のエピソードと、2026年の近況を混同していないか。
こうした視点で見ると、ラモスさんの再婚は単なる芸能ニュースではなく、死別後の再出発と家族の絆を考えるうえでも印象的な出来事です。
【ラモス瑠偉の再婚】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ラモス瑠偉の再婚相手は誰ですか?
A1:2015年11月に結婚した俊子さんです。一般女性で、大阪出身と報じられています。
Q2:ラモス瑠偉はいつ再婚しましたか?
A2:2015年11月です。2016年2月には沖縄で親族を中心とした結婚式を挙げたと報じられています。
Q3:前妻の初音さんの死因は何ですか?
A3:2011年7月19日に52歳で亡くなりました。後年の報道では転移性肝がんが死因とされています。
Q4:ラモス瑠偉が再婚した理由は何ですか?
A4:初音さんとの死別後、精神的につらい時期を過ごしていたラモスさんを俊子さんが支えたことが大きな理由です。本人も、再婚せず一人でいたら自暴自棄の生活を続けていたかもしれないと振り返っています。
Q5:ラモス瑠偉は再婚後に脳梗塞になったのですか?
A5:はい。2016年12月29日に脳梗塞を発症しました。俊子さんが異変に気づき、救急車を呼んだことで迅速な治療につながりました。
Q6:「徹子の部屋」で再婚について語ったのはいつですか?
A6:2022年3月29日です。初音さんとの死別、俊子さんとの再婚、脳梗塞の闘病について語りました。
Q7:ラモス瑠偉は2026年現在、妻とどのような関係ですか?
A7:妻の俊子さんと夫婦生活を続けています。2026年4月のテレビ出演では、闘病を支えた妻について「尊敬している」と語り、同年5月の番組でも妻への感謝を示しました。
Q8:ラモス瑠偉は2026年現在、直腸がんの治療を続けていますか?
A8:2025年10月に人工肛門を取り除く手術を受け、主な治療は終了したと報じられています。2026年4月時点では主だった治療をしていないとされ、経過観察や回復後の活動を続けています。
まとめ:ラモス瑠偉の再婚は悲しみからの再出発だった
ラモス瑠偉さんは、1984年に初音さんと結婚し、2011年に死別しました。その後、知人の誕生会で出会った俊子さんと交際を深め、2015年11月に再婚しています。
再婚の背景には、初音さんを失った深い悲しみと、俊子さんによる献身的な支えがありました。2016年の脳梗塞では救急搬送につながる判断をし、その後のリハビリにも寄り添っています。
2025年にはステージ3の直腸がんという新たな試練に直面しましたが、治療と手術を終え、2026年にはサッカー関連の活動にも復帰しています。闘病を支えた俊子さんについて、ラモスさんは感謝だけでなく尊敬の気持ちも明かしました。
ラモス瑠偉さんの再婚は2015年。現在の妻は俊子さんであり、2人は数々の困難を共に乗り越えてきた夫婦です。前妻・初音さんとの思い出を大切にしながら、現在の家族と新しい人生を歩む姿が、2026年の近況報道からも伝わってきます。
主な参考報道・情報源
- 日刊スポーツ:2011年7月、初音さんの訃報と結婚歴
- デイリースポーツ:2017年3月、脳梗塞からの復帰と再婚についての本人インタビュー
- スポーツニッポン:2022年3月、「徹子の部屋」出演と再婚の経緯
- テレビ朝日・MANTANWEB:初音さんとの死別と闘病エピソード
- スポーツニッポン:2025年12月、直腸がんの公表と治療経過
- スポーツニッポン:2026年4月・5月、妻への感謝と回復後の近況
- TBS NEWS DIG:2026年9月、サッカー関連番組への出演
- フジテレビ「ノンストップ!」:2026年10月2日、回復後の活動と岡田武史さんとの交流