2026年現在、元サッカー日本代表のラモス瑠偉さんの結婚歴は2回です。1984年に最初の妻・初音さんと結婚し、長年連れ添いましたが、2011年7月19日に初音さんが52歳で亡くなりました。その後、ラモスさんを精神的に支えた俊子さんと2015年11月23日に再婚しています。
再婚の背景には、最愛の妻を失った悲しみから立ち直る過程で俊子さんと出会い、再び人生を歩む決意を固めた出来事がありました。加えて、再婚翌年の脳梗塞、2025年に公表されたステージ3の直腸がんなど、夫婦で乗り越えてきた大きな試練もあります。2026年の最新の報道まで振り返りながら、結婚の経緯、子供たち、現在の夫婦関係を整理します。
【結婚歴は2回】ラモス瑠偉が再婚したのは2015年11月23日

ラモス瑠偉さんが現在の妻・俊子さんと再婚したのは、2015年11月23日です。
最初の結婚相手は初音さんでした。1984年に結婚し、2人の子供にも恵まれましたが、2011年7月に初音さんと死別しています。
再婚までには、最愛の妻を失った悲しみと、そこから立ち直るための時間がありました。
ラモス瑠偉の結婚歴を時系列で整理
これまでの結婚歴を
| 時期 | 出来事 | 関係者・詳細 |
|---|---|---|
| 1984年 | 初婚 | 初音さんと結婚 |
| 1985年 | 長男誕生 | ファビアノさん |
| 1988年 | 長女誕生 | ファビアナさん |
| 2011年7月19日 | 初音さんが死去 | 52歳。後年の報道では転移性肝がんと伝えられた |
| 2013〜2014年ごろ | 俊子さんとの関係が深まる | 食事などを通じて親交を深める |
| 2015年11月23日 | 再婚 | 俊子さんと結婚 |
| 2016年12月29日 | 脳梗塞を発症 | 俊子さんが異変に気づき救急車を呼ぶ |
| 2017年2月14日 | リハビリ病院を退院 | 妻の支えもあり回復 |
| 2025年2月 | 直腸がんが判明 | ステージ3と診断 |
| 2025年7月・10月 | 手術と治療 | 直腸の一部切除、人工肛門の造設と除去 |
| 2026年4〜5月 | テレビ番組に出演 | 妻への感謝と体調の回復について語る |
出典:日刊スポーツ、スポーツニッポン、週刊女性PRIMEなどの報道。
再婚後の結婚式は2016年にも行われた?
2015年11月に入籍したラモスさんですが、2016年10月の女性自身の報道では、同年2月に沖縄で身内だけの結婚式を挙げたと紹介されています。
つまり、再婚した年と、親族などに向けて結婚式を行った時期は異なります。
この違いから、再婚時期について2015年と2016年の情報が混在することがありますが、婚姻時期として報じられているのは2015年11月です。
【前妻・初音さんとの27年間】死別と家族に残された思い
ラモス瑠偉さんの最初の妻は、初音さんです。
2人は1980年ごろから交際を始め、1984年に結婚しました。長男と長女を育てながら家庭を築き、サッカー選手として活躍するラモスさんを長年支え続けました。
初音さんとの出会いと結婚
ラモスさんは1977年にブラジルから来日し、読売サッカークラブでプレーを始めました。
来日後、友人の紹介を通じて初音さんと出会います。日本テレビの番組『人生が変わる1分間の深イイ話』でも、2人の出会いは友人の紹介だったと紹介されました。
ラモスさんは初音さんに一目惚れし、電話で積極的にアプローチしたといいます。
1981年にはバイク事故で左足を複雑骨折し、選手生命の危機に直面しました。このとき、リハビリを支えたのも初音さんでした。
週刊女性PRIMEの2022年のインタビューでは、ラモスさんが当時の初音さんについて、4か月間、ほぼ毎日病院に来てくれたと振り返っています。
2人は1984年2月にブラジルで挙式し、同年6月には東京・四谷の聖イグナチオ教会でも挙式しました。
初音さんの死去は2011年7月19日
幸せな家庭生活を送っていた2人でしたが、2011年に悲しい別れが訪れます。
初音さんは2011年7月19日、52歳で亡くなりました。
後年のテレビ朝日系『徹子の部屋』出演に関する報道では、転移性肝がんによる死去だったと伝えられています。
初音さんの葬儀・告別式は、2人が1984年に挙式した聖イグナチオ教会で営まれました。
日刊スポーツによると、ラモスさんは喪主として参列者に向けて挨拶し、初音さんについて、サッカー選手としても人間としても成長させてくれた大きな存在だったと語っています。
27年間にわたる夫婦の歴史は、突然の別れによって終わりました。
子供はファビアノさんとファビアナさんの2人
初音さんとの間には、1男1女がいます。
- 長男:ラモス・ファビアノさん
- 長女:ラモス・ファビアナさん
日刊スポーツの2011年の報道によると、ファビアノさんは1985年生まれ、ファビアナさんは1988年生まれです。
長男のファビアノさんはサッカーに関わり、長女のファビアナさんは音楽活動でも知られています。
2026年には、2人とも成人した世代です。
初音さんの死後も、ラモスさんにとって子供たちは大切な家族であり、人生を支える存在となっています。
【俊子さんとの馴れ初め】再婚を決めた本当の理由とは?
ラモス瑠偉さんと現在の妻・俊子さんの関係を知るうえで重要なのが、初音さんを亡くした後のラモスさんの生活です。
最愛の妻を失ったショックは非常に大きく、ラモスさん自身も当時の生活について、自暴自棄になっていたと振り返っています。
そんな時期に、彼を立ち直らせたのが俊子さんでした。
俊子さんとの出会いは知人の誕生会
2016年の女性自身のインタビュー報道によると、俊子さんは大阪出身で、ラモスさんとは知人の誕生会で知り合いました。
初音さんが亡くなってから1〜2年ほどたったころ、ラモスさんが大阪に行った際、俊子さんから厳しい言葉をかけられたといいます。
ラモスさんは週刊女性PRIMEの2022年9月のインタビューで、そのときの出来事を具体的に語っています。
俊子さんは、初音さんが亡くなった後のラモスさんの振る舞いについて、次のように伝えたそうです。
「それ、初音さん喜んでないよ」
出典:週刊女性PRIME「ラモス瑠偉『このままでは終わらない』脳梗塞で命の危機」(2022年9月3日)。
この言葉にラモスさんはハッとしたといいます。
悲しみから抜け出せず、自分自身を大切にできなくなっていたラモスさんにとって、俊子さんの言葉は大きな転機になりました。
再婚を決めた理由は俊子さんの存在だった
その後、2人は一緒に食事をするようになります。
俊子さんはラモスさんに対して、自分が面倒を見るという趣旨の言葉も伝えたそうです。
「あなたの面倒見るの、私しかいないよ」
ラモスさんは、この言葉を受けて、俊子さんこそ自分に必要な人だと感じたと振り返っています。
ここで注目したいのは、俊子さんが単に新しい恋愛相手だったわけではないことです。
ラモスさんにとっては、初音さんを失った後の生活を見直し、再び人とのつながりを大切にするきっかけを与えてくれた存在でした。
また、初音さんの死後にすぐ再婚したわけではありません。ラモスさんは2016年の女性自身の取材で、初音さんの三回忌を過ぎてから真剣に交際するようになったと説明しています。
2015年11月に結婚するまで、俊子さんは約3年間待ってくれたとも語っています。
初音さんへの思いを大切にした再婚
ラモスさんの再婚には、もう一つ印象的なエピソードがあります。
2017年2月の日刊スポーツの報道によると、ラモスさんは俊子さんとの結婚について、2人で初音さんの墓前に報告したとされています。
これは、初音さんとの結婚生活をなかったことにするのではなく、亡き妻への思いを抱えながら新しい人生を始めたことを示すエピソードです。
また、2016年の女性自身の取材では、初音さんの母親や娘夫婦との関係についても触れられていました。
ラモスさんは、初音さんの母親も大切な家族だという考えを示しており、亡き妻の家族とのつながりを大切にしていたことがうかがえます。
【脳梗塞と妻の支え】再婚翌年に起きた命の危機
2015年に俊子さんと再婚したラモスさんですが、翌2016年には大きな病気に襲われました。
それが脳梗塞です。
2016年12月29日に脳梗塞を発症
日刊スポーツの2017年2月15日の報道によると、ラモスさんは2016年12月29日の朝、自宅のベッドから転落しました。
異変に気づいた俊子さんが救急車を呼び、病院に搬送された結果、脳梗塞と診断されました。
病状は深刻で、後遺症によって歩行が難しくなる可能性もありました。
しかし、迅速な救急対応と治療、そしてリハビリによって回復へ向かいます。
俊子さんは入院中も献身的に付き添い、退院後のリハビリにも関わりました。
俊子さんを「命の恩人」と呼んだ理由
2017年2月14日、ラモスさんは都内のリハビリテーション病院を退院しました。
発症から約1か月半での退院です。
退院時には、俊子さんに対して感謝の気持ちを伝えています。
日刊スポーツによると、ラモスさんは俊子さんについて「奥さんは命の恩人」と語りました。
この出来事は、夫婦の関係を語るうえでも大きな意味を持っています。
俊子さんは再婚前にラモスさんの精神的な立ち直りを支え、結婚後には命に関わる病気の際にも迅速に対応しました。
2022年の週刊女性PRIMEのインタビューでも、ラモスさんは俊子さんがいなければ現在の自分はいなかったという趣旨の発言をしています。
脳梗塞を経験したことで、ラモスさん自身も周囲の人々に支えられることの大切さを実感したと振り返っています。
【直腸がんの闘病と2026年現在】俊子さんと乗り越えた新たな試練
ラモス瑠偉さんと俊子さんには、脳梗塞の後にも大きな試練が訪れました。
それが2025年に判明したステージ3の直腸がんです。
2025年2月にステージ3の直腸がんが判明
2025年12月19日、ラモスさんは自身の公式サイトを通じて、直腸がんを患っていたことを公表しました。
日刊スポーツの報道によると、がんが判明したのは2025年2月です。
前立腺の検査を受けた際に直腸がんが発見されたといいます。
当初はブラジルの家族や親しい友人にも病気を知らせず、治療を続けていました。
公表時には、治療と術後の経過が良好で、順調に回復していることも説明されました。
約10か月に及んだ闘病生活
2026年4月15日放送のフジテレビ系『ノンストップ!』では、ラモスさんが闘病生活について詳しく語りました。
報道された治療の経緯は次のとおりです。
- 2025年2月:ステージ3の直腸がんが判明。
- その後:25回の放射線治療と抗がん剤治療を受ける。
- 2025年7月:7時間半に及ぶ手術で直腸の一部を切除し、人工肛門を造設。
- 2025年10月:人工肛門を取り除く手術を受ける。
- 2025年12月:治療と術後の経過が良好であることを公表。
闘病中には体重が約20キロ減少するなど、身体への負担も大きかったといいます。
ラモスさんは、がんの治療を決断した際、妻と相談したことも明かしています。
直腸がんの闘病でも妻の支えが大きかった
2026年4月15日のスポーツニッポンの報道では、ラモスさんが闘病中に俊子さんや子供たち、仲間の支えを受けていたことが紹介されました。
特に俊子さんは、食事や栄養面について勉強し、日々の生活をサポートしていたそうです。
ラモスさんは妻について、単なる感謝を超えた尊敬の気持ちを語っています。
また、2026年5月11日放送のNHK『鶴瓶の家族に乾杯』では、現在の体調について「全然大丈夫です」と話し、妻のおかげであることにも触れました。
2026年のテレビ出演を見る限り、ラモスさんは治療を終えた後も回復に向けた生活を続けています。
ただし、定期的な経過観察なども含め、健康状態については今後の本人や公式発表を確認する必要があります。
2026年現在の仕事とサッカー界での活動
ラモスさんは、1957年2月9日生まれです。
ブラジル・リオデジャネイロ出身で、1977年に来日。1989年に日本国籍を取得し、日本代表として活躍しました。
JFAの日本サッカー殿堂によると、2018年には第15回日本サッカー殿堂入りを果たしています。
また、2025年12月11日のJリーグアウォーズでは、セルジオ越後さん、木村和司さんとともにチェアマン特別賞を受賞しました。
2026年現在も、サッカー界で長年築いてきた実績と存在感は健在です。
直腸がんの闘病を経て、妻や家族への感謝を公の場で語る機会も増えています。
【プロの結論】ラモス瑠偉の再婚が示す家族への思い
ラモス瑠偉さんの再婚を理解するうえで、最も大切なのは、初音さんとの結婚と俊子さんとの結婚を別々の人生として切り離さないことです。
初音さんは、1984年から2011年までラモスさんの人生をともに歩んだ最愛の妻でした。選手生命の危機を支え、2人の子供を育て、長い家庭生活を築きました。
一方、俊子さんは、初音さんを亡くした後のラモスさんに再び前を向くきっかけを与えた女性です。
加えて、脳梗塞や直腸がんという人生の大きな試練でも、そばで支え続けてきました。
ここから読み取れるのは、再婚が単に新しいパートナーを得る出来事ではなく、過去の大切な思い出を抱えながら、新しい人生を築く決断だったということです。
ラモスさんの人生には、サッカーだけでは語り尽くせない家族との深い結びつきがあります。
【よくある質問】ラモス瑠偉の再婚に関するFAQ
Q1:ラモス瑠偉が再婚したのは何年ですか?
A1:2015年11月23日です。現在の妻である俊子さんと再婚しました。
Q2:ラモス瑠偉の前妻・初音さんはいつ亡くなりましたか?
A2:2011年7月19日です。52歳で亡くなりました。後年の報道では転移性肝がんだったと伝えられています。
Q3:現在の妻・俊子さんとの馴れ初めは?
A3:知人の誕生会で知り合ったと報じられています。初音さんの死後、ラモスさんが自暴自棄になっていた時期に俊子さんが声をかけ、食事をするようになったことが関係を深めるきっかけでした。
Q4:ラモス瑠偉に子供は何人いますか?
A4:初音さんとの間に1男1女の2人がいます。長男はファビアノさん、長女はファビアナさんです。
Q5:俊子さんは脳梗塞のときに何をしたのですか?
A5:2016年12月29日にラモスさんが脳梗塞を発症した際、異変に気づいて救急車を呼びました。その後も入院やリハビリを支え、2017年2月の退院につながる大きな支えとなりました。
Q6:ラモス瑠偉は2026年現在、直腸がんの治療を続けていますか?
A6:2025年10月に人工肛門を取り除く手術を受け、治療を終了したと報じられています。2026年4月には主だった治療をしていないと伝えられ、同年5月のテレビ出演でも体調は良好だと話しています。
Q7:ラモス瑠偉の結婚歴は離婚を含めて何回ですか?
A7:結婚歴は2回です。初音さんとの結婚は離婚ではなく死別によるもので、その後2015年に俊子さんと再婚しました。
まとめ:ラモス瑠偉は俊子さんと新しい人生を歩んでいる
ラモス瑠偉さんの再婚は、2015年11月23日です。
1984年に初音さんと結婚し、長男ファビアノさん、長女ファビアナさんを育てました。しかし、2011年に初音さんと死別。深い悲しみから立ち直る過程で俊子さんと出会い、再婚を決意しました。
その後、2016年の脳梗塞、2025年に判明したステージ3の直腸がんと、夫婦で乗り越えるべき困難が続きました。
2026年にはテレビ番組で回復した姿を見せ、妻への感謝と尊敬の気持ちも語っています。
初音さんとの思い出を大切にしながら、俊子さんや子供たちと新しい人生を歩むラモス瑠偉さん。サッカー界での功績だけでなく、家族とともに歩んできた人生にも、多くの人が関心を寄せる理由があります。
主な事実確認資料
- 日本サッカー協会「日本サッカー殿堂・ラモス瑠偉」
- 日刊スポーツ(2011年7月、2017年2月、2025年12月)
- 週刊女性PRIME(2022年9月3日)
- テレビ朝日POST(2022年3月28日)
- スポニチ(2026年4月15日、5月11日)
- Jリーグ公式「2025 Jリーグアウォーズ」
※2026年11月時点の健康状態については、2026年5月までに確認できる本人のテレビ出演・報道内容を基準にしています。