2026年現在、参議院議員として岩手県を代表し、国政に取り組んでいる横沢たかのり(横沢高徳)。モトクロスの国際A級ライダーから、1997年の事故による脊髄損傷、チェアスキー選手としてのパラリンピック出場を経て、政治家へと転身した異色の経歴を持つ人物だ。
2019年の参議院選挙で初当選し、2025年の参院選でも岩手県選挙区で再選。現在は立憲民主党に所属し、農林水産政策、東日本大震災からの復興、障がい者福祉、地方活性化などに取り組んでいる。参議院の公式議員プロフィールによると、2026年10月31日現在も参議院議員として活動している。
この記事では、横沢高徳の生い立ちからスポーツ選手時代、事故後の挑戦、政治家としての実績、2025年の選挙結果、2026年の国会での役職までを時系列で整理する。
【人物像を解説】横沢たかのり(横沢高徳)はどんな政治家なのか?

横沢たかのりは、岩手県を地盤とする参議院議員であり、スポーツ選手としての経験と障がい当事者としての視点を政治活動に生かしている人物だ。
戸籍上の氏名表記として参議院公式プロフィールに掲載されているのは「横沢 高徳」。一方、政治活動や選挙では「横沢たかのり」というひらがな表記も使用している。読み方は「よこさわ・たかのり」だ。
横沢高徳の基本プロフィール
- 氏名:横沢高徳(よこさわたかのり)
- 政治活動での表記:横沢たかのり
- 生年月日:1972年3月6日
- 出身地:岩手県紫波郡矢巾町
- 出身高校:岩手県立盛岡工業高等学校
- 前職・スポーツ歴:スズキ株式会社テストライダー、モトクロス国際A級ライダー、パラリンピック選手
- 所属:立憲民主党
- 選挙区:参議院岩手県選挙区
- 当選歴:2019年、2025年
1972年生まれのため、2026年11月時点で54歳。地元の矢巾町で育ち、盛岡工業高校を卒業した後、スズキ株式会社に入社した。
政治家としての特徴は、障がい者福祉を単独の政策分野として扱うだけでなく、防災、交通、雇用、教育、地域づくりなどと結び付けて考えている点にある。
政治理念は「つよくやさしい日本をつくる」
横沢氏の公式サイトでは、政治理念として「つよくやさしい日本をつくる」を掲げている。
政治とは生活そのもの
これは同氏が公式サイトで示している政治姿勢の中心にある考え方だ。
障がいのある人だけでなく、女性、子ども、高齢者、子育て世代など、さまざまな立場の人が安心して暮らせる社会を目指すという方向性が示されている。
本人が車いすを利用する生活を送っていることもあり、制度を利用する側の視点から社会の仕組みを考えることが、政治活動の重要な特徴になっている。
【経歴・年表】モトクロス選手から参議院議員になるまでの歩み
横沢高徳の経歴を理解するうえで重要なのは、政治家になる以前に、モータースポーツとパラスポーツという二つの競技人生を歩んでいることだ。
特に1997年の事故は、その後の人生を大きく変える転換点となった。しかし、スポーツから離れるのではなく、チェアスキーという新しい競技に挑戦したことが、後の政治活動にもつながっている。
横沢高徳の経歴一覧
| 時期 | 出来事 | 主な内容・実績 |
|---|---|---|
| 1972年3月 | 誕生 | 岩手県紫波郡矢巾町生まれ |
| 1990年3月 | 高校卒業 | 岩手県立盛岡工業高校を卒業 |
| 1990年4月 | スズキ入社 | テストライダーなどを経験 |
| 1995年 | モトクロス国際A級取得 | 全日本モトクロス選手権などに参戦 |
| 1997年 | 練習中の事故 | 脊髄を損傷し、車いす生活となる |
| 1999年 | チェアスキーとの出会い | 新たな競技人生をスタート |
| 2010年3月 | バンクーバー・パラリンピック | アルペンスキー日本代表、大回転21位 |
| 2014年 | ソチ・パラリンピック | NHK解説者を務める |
| 2019年7月 | 参議院議員に初当選 | 岩手県選挙区、無所属で出馬 |
| 2020年9月 | 立憲民主党に入党 | 所属政党を変更 |
| 2025年7月 | 参議院議員に再選 | 立憲民主党の現職候補として当選 |
| 2026年 | 国会活動を継続 | 農林水産委員会の理事などを務める |
この経歴から分かるのは、横沢氏が単にスポーツ経験を持つ政治家ではないということだ。競技者としてのキャリアを積み上げた後、身体的な大きな変化を経験し、別の競技で国際舞台に立ち、その後、政治の世界に進んでいる。
スズキのテストライダーからモトクロス国際A級へ
横沢氏は1990年に盛岡工業高校を卒業し、同年4月にスズキ株式会社へ入社した。
その後、テストライダーなどを経験し、1995年にはモトクロス国際A級ライセンスを取得。全日本モトクロス選手権などに参戦する競技者となった。
モトクロスは、未舗装のコースに設けられた起伏やジャンプセクションを走行するモータースポーツだ。高い運転技術に加え、瞬時の判断力や身体能力も求められる。
こうした競技経験は、後にチェアスキーへ挑戦する際にも生かされたと考えられる。
【1997年の事故】脊髄損傷と車いす生活、チェアスキーへの転身
横沢高徳の人生を語るうえで欠かせないのが、1997年に起きたモトクロスの練習中の事故だ。
当時25歳だった横沢氏は、練習中の事故で脊髄を損傷し、車いすで生活することになった。東京新聞系のウェブメディア「東京すくすく」に掲載された2023年の本人による寄稿では、事故は1997年12月だったと説明されている。
事故によって競技人生が大きく変わる
事故当時、横沢氏はモトクロス選手として上を目指していた時期だった。
長年積み上げてきた技術と経験を競技に生かそうとしていた中で、脊髄損傷という大きな転機を迎えた。身体の状態が変わったことで、従来と同じ形でモトクロスを続けることは難しくなった。
しかし、競技への情熱そのものが失われたわけではなかった。
1999年、チェアスキーとの出会い
1999年、横沢氏はチェアスキーと出会った。
チェアスキーは、座位で競技するための専用器具を使用するアルペンスキーの一種。選手は専用のシートやサスペンションを備えた器具を操作し、雪上のコースを滑走する。
横沢氏は国内大会で上位入賞を重ね、国際大会にも挑戦するようになった。
モトクロスとチェアスキーは異なる競技だが、スピードを制御する感覚や、コース状況を読み取る判断力など、共通する要素もある。競技者として培った経験を新しい分野で生かした歩みといえる。
2010年バンクーバー・パラリンピックに日本代表として出場
横沢氏のチェアスキー選手としての大きな到達点が、2010年のバンクーバー・パラリンピックだ。
アルペンスキー日本代表として出場し、男子大回転の座位種目で21位という成績を残した。
一度は事故によってモータースポーツの競技人生が大きく変わったものの、別の競技で世界の舞台に立ったことは、横沢氏の経歴を特徴付ける出来事になっている。
さらに2014年にはソチ・パラリンピックでNHK解説者を務めた。選手としてだけでなく、競技を伝える立場でもパラスポーツに関わってきた。
この経験が、後の障がい者スポーツ振興やスポーツを通じた社会参加の政策に結び付いている。
【横沢たかのりの政策】障がい者福祉だけではない5つの重点分野
横沢氏の公式サイトでは、政治活動の重点政策として5つの分野を掲げている。
特徴的なのは、障がい者福祉やバリアフリーだけに政策を限定していないことだ。岩手県のような地方が抱える人口減少、産業の維持、防災、雇用、教育など、生活に密接した課題を幅広く扱っている。
1.災害・震災対策と生活者視点の復興
一つ目は、災害・震災対策だ。
東日本大震災の被災地である岩手県にとって、復興と防災は継続的に取り組む必要がある課題である。
横沢氏は、日本海溝・千島海溝沿いで想定される地震や津波への備えを重視している。
特に注目したいのが、災害時に支援が必要な人たちの避難体制だ。
高齢者、障がい者、医療的な支援を必要とする人などは、一般的な避難計画だけでは十分な対応が難しい場合がある。福祉や医療の視点を取り入れた防災体制を構築することが政策の柱になっている。
2.農林水産業と中小企業の支援
二つ目は、農林水産業と中小企業の振興だ。
岩手県は農業、林業、水産業が地域経済や雇用を支える重要な産業となっている。
横沢氏は、食料安全保障の観点から農林水産業を支援することに加え、地域の中小企業や小規模事業者が事業を継続できる環境づくりを掲げている。
具体的な政策テーマには、次のようなものがある。
- 農林水産業の持続的な経営支援
- 食料安全保障の強化
- 中小企業の社会保険料負担の軽減
- 地域企業の人材確保
- 事業承継の支援
- 生産性向上への取り組み
地方では、事業者の高齢化や後継者不足が地域経済の維持に影響する。農林水産業と中小企業を一体的に支える姿勢は、岩手県の地域事情にも関連する政策分野だ。
3.社会保障と働き方改革
三つ目は、社会保障と働き方だ。
子育て世代をはじめ、個人の生活状況や家庭環境に応じて働き方を選択できる社会を目指している。
働き方の多様化を進めるだけではなく、そこで働く人の生活基盤を守るための社会保障制度の改革も政策に含まれている。
この分野では、仕事と子育ての両立、雇用の安定、社会保障の充実などが重要な論点となる。
4.街づくり・福祉とバリアフリー
四つ目は、街づくりと福祉だ。
横沢氏の政治活動を理解するうえで、特に注目される政策分野といえる。
障がい者だけでなく、高齢者、妊婦、子ども、外国人など、さまざまな人が利用しやすい街づくりを目指している。
具体的には、バリアフリー化やユニバーサルデザインの推進、多様な人が安心して暮らせる地域づくりなどが挙げられる。
車いすを利用する本人の経験は、段差や移動経路、施設の構造といった日常生活の問題を考える際の重要な視点になる。
ただし、バリアフリー政策は施設の整備だけで完結するものではない。交通機関、行政窓口、避難所、雇用環境など、社会全体の仕組みを変えることが必要になる。
5.教育・文化・健康とスポーツ振興
五つ目は、教育、文化、健康だ。
子どもから大人まで学び続けられる環境を整え、誰もがスポーツや文化活動を楽しめる社会を目指している。
横沢氏自身がモトクロスとチェアスキーという異なる競技を経験していることから、スポーツの持つ可能性は政治活動との関係でも重要なテーマになっている。
競技スポーツだけでなく、生涯にわたって運動や文化活動に参加できる環境を整えることも、この政策分野の特徴だ。
【2019年・2025年参院選】岩手県選挙区で2度当選した理由と政党の変遷
横沢たかのりは、2019年と2025年の参議院議員通常選挙で岩手県選挙区から当選している。
2019年の初当選時は無所属で出馬し、その後、国民民主党を経て立憲民主党に入党した。2025年の選挙では立憲民主党の現職候補として再選を果たしている。
2019年の参院選で初当選
2019年7月21日に行われた第25回参議院議員通常選挙で、横沢氏は岩手県選挙区から無所属で出馬した。
当時は野党統一候補として選挙戦を戦い、288,239票、得票率49.0%を獲得して初当選した。
当選後は国民民主党に入党。2020年9月には立憲民主党に入党している。
この政党の変遷は、横沢氏の政治活動を理解するうえで押さえておきたいポイントだ。
2025年の参院選で再選
2025年7月20日に投開票された第27回参議院議員通常選挙では、立憲民主党の現職候補として岩手県選挙区から出馬した。
結果は278,888票、得票率48.4%。定数1の選挙区で当選し、2期目に入った。
次点となった自由民主党の平野達男氏は178,958票であり、横沢氏は約10万票の差をつけて勝利した。
2019年の初当選時と比較すると得票数は減少したものの、2025年も約27万9,000票を獲得している。現職としての政治活動や岩手県内での支持基盤が、再選を支える要素になったと考えられる。
選挙結果の比較
| 項目 | 2019年 | 2025年 |
|---|---|---|
| 選挙 | 第25回参議院選挙 | 第27回参議院選挙 |
| 投票日 | 2019年7月21日 | 2025年7月20日 |
| 所属・立場 | 無所属・新人 | 立憲民主党・現職 |
| 得票数 | 288,239票 | 278,888票 |
| 得票率 | 49.0% | 48.4% |
| 結果 | 初当選 | 再選 |
選挙結果の数値は選挙ドットコム掲載の岩手県選挙区の開票データに基づく。
立憲民主党で取り組む政策課題
横沢氏は立憲民主党への入党後、障がい・難病、東日本大震災からの復興、過疎対策、ひとり親支援、子ども・若者支援などに関連する党内活動にも携わってきた。
これらのテーマは、本人の競技経験や障がい当事者としての視点だけでなく、岩手県の地域課題とも関連している。
なお、所属政党と参議院での所属会派は区別する必要がある。参議院の2026年10月31日現在のプロフィールでは、所属会派は「立憲民主・無所属」と掲載されている。
【2026年最新】横沢たかのりの現在と国会での役職・活動
2026年11月現在、横沢高徳は参議院議員として活動を続けている。
2025年の参院選で再選され、現在は2期目。参議院公式サイトに掲載されている2026年10月31日現在の議員プロフィールでは、農林水産委員会の理事などの役職が確認できる。
2026年10月31日現在の参議院での役職
- 農林水産委員会:理事
- 災害対策及び東日本大震災復興特別委員会:委員
- 資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会:委員
特に農林水産委員会の理事という立場は、岩手県の農林水産業を考えるうえで注目される。
農林水産委員会では、農業政策、食料安全保障、林業、水産業、地域の生産基盤など、地方経済に直結する課題が扱われる。
また、災害対策及び東日本大震災復興特別委員会に所属していることから、被災地の復興や防災政策にも関わる立場にある。
2026年には特別委員会の委員長も務める
2026年7月14日現在の参議院公式委員名簿では、横沢氏は「沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員会」の委員長を務めていた。
ただし、役職は国会の会期や委員会構成によって変わる。2026年10月31日現在の参議院議員プロフィールでは、前述の農林水産委員会などが掲載されている。
したがって、2026年11月時点の現職を確認する際には、過去の委員長職と10月末時点の役職を混同しないことが大切だ。
障がい当事者議員としての国会活動
横沢氏の政治活動で注目される実績の一つが、国会施設のバリアフリー化に関する取り組みだ。
参議院公式プロフィールでは、障がい当事者議員として本会議場へのスロープ設置など、院内のバリアフリーを進めてきたことが紹介されている。
議員が政策を議論する場所そのものに、誰もが利用できる環境を整えるという取り組みは、社会の制度と物理的な環境の両方を改善する必要性を示している。
障がい者の社会参加を進めるには、法律や支援制度を整えるだけでなく、議会や公共施設などの空間も利用しやすくする必要がある。
横沢氏の経験は、こうした課題を国会の内部から提起できる点に特徴がある。
【誤解を整理】横沢たかのりについて知っておきたい事実と評価のポイント
横沢氏について調べる際には、スポーツ選手としての経歴と政治家としての活動を分けて理解することが大切だ。
誤解1:事故後にスポーツを完全に辞めた?
これは正確ではない。
1997年の事故で脊髄を損傷した後、従来のモトクロス競技とは異なるチェアスキーに挑戦している。2010年にはバンクーバー・パラリンピックにも出場した。
事故によって競技人生が終わったのではなく、競技の形を変えて新しい目標に向かったという経歴だ。
誤解2:2019年から立憲民主党所属だった?
これも正確ではない。
2019年の初当選時は無所属で、その後、国民民主党に入党。2020年9月に立憲民主党へ入党した。
2025年の参院選では立憲民主党の候補として再選されている。
誤解3:2026年も沖縄・北方問題及び地方に関する特別委員長なのか?
2026年7月14日現在の委員名簿では委員長だったが、参議院公式プロフィールの10月31日現在の役職一覧には同委員長職は掲載されていない。
2026年11月時点の役職を調べる場合は、最新の日付が付いた参議院公式情報を優先する必要がある。
横沢高徳の政治家としての評価基準
横沢氏を評価する際には、パラリンピック出場という知名度や個人の経験だけで判断するのではなく、実際の国会活動や政策の進捗を確認することが重要だ。
具体的には、次の4点が判断材料になる。
- 政策実現力:障がい者福祉やバリアフリーについて、具体的な制度改善につなげているか。
- 地元への貢献:岩手県の農林水産業、地域経済、復興、防災の課題にどう取り組んでいるか。
- 国会活動:委員会での質問、法案審議、政策提言などにどのような実績があるか。
- 説明責任:公約や重点政策について、実施状況や成果を有権者に説明しているか。
パラリンピック選手としての経験は政治家としての大きな特徴だが、政治的な評価は最終的に政策の実行力や成果によって判断されるべきものだ。
【横沢たかのりの現在・経歴・政策】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:横沢たかのりの本名は何ですか?
A1:参議院公式プロフィールに掲載されている氏名は「横沢高徳」です。読み方は「よこさわたかのり」で、選挙や政治活動では「横沢たかのり」というひらがな表記も使用しています。
Q2:横沢たかのりはなぜ車いす生活になったのですか?
A2:1997年のモトクロス練習中の事故で脊髄を損傷したためです。その後、1999年にチェアスキーと出会い、競技を再開。2010年にはバンクーバー・パラリンピックに日本代表として出場しました。
Q3:横沢たかのりはパラリンピックで何位でしたか?
A3:2010年のバンクーバー・パラリンピックにアルペンスキー日本代表として出場し、男子大回転の座位種目で21位となりました。
Q4:横沢たかのりは現在も参議院議員ですか?
A4:はい。2019年に初当選し、2025年7月の参院選で再選されています。2026年10月31日現在の参議院公式プロフィールでも現職議員として掲載されています。
Q5:横沢たかのりの所属政党はどこですか?
A5:立憲民主党です。2019年の初当選時は無所属で、その後、国民民主党を経て2020年9月に立憲民主党へ入党しました。
Q6:横沢たかのりの2026年現在の国会での役職は?
A6:2026年10月31日現在の参議院公式プロフィールでは、農林水産委員会の理事、災害対策及び東日本大震災復興特別委員会の委員、資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会の委員として掲載されています。
Q7:横沢たかのりの主な政策は何ですか?
A7:災害・震災対策、農林水産業・中小企業支援、社会保障・働き方、街づくり・福祉、教育・文化・健康の5分野です。特にバリアフリーやユニバーサルデザインの推進を重視しています。
まとめ:横沢たかのりの2026年の活動と今後の注目点
横沢たかのり(横沢高徳)は、岩手県矢巾町出身の参議院議員であり、モトクロス国際A級ライダー、チェアスキー選手、パラリンピック日本代表という経歴を持つ政治家だ。
1997年の事故による脊髄損傷を経験した後も、1999年からチェアスキーに取り組み、2010年のバンクーバー・パラリンピックに出場した。その後、2019年の参院選で初当選し、2025年にも再選を果たしている。
2026年11月現在は参議院議員として2期目を務め、農林水産委員会の理事などとして国会活動を続けている。
今後注目したいのは、本人の経験を生かした障がい者福祉やバリアフリー政策だけではない。岩手県の農林水産業、地域経済、防災、東日本大震災からの復興といった地域に直結する課題について、どのような成果を生み出すかという点だ。
横沢氏の政治家としての本当の評価は、これまでの挑戦の物語だけで決まるものではない。国会での活動、政策の実現度、そして岩手県民の生活にどれだけ具体的な変化をもたらせるか。2025年の再選を経た2期目の活動が、その評価を左右する重要な期間となる。
2026年の横沢たかのりを理解するキーワードは、「スポーツから政治へ」「障がい当事者の視点」「岩手の地域課題」「政策の実行力」の4つだ。
主要な事実確認資料
- 参議院公式プロフィール(2026年10月31日現在):経歴、当選回数、現在の役職。
- 横沢たかのり公式サイト:5つの重点政策、政治理念、スポーツ・政治経歴。
- 選挙ドットコム:2019年・2025年の岩手県選挙区の得票結果。
- 東京すくすく(東京新聞系):1997年の事故についての本人の寄稿。