巨人の原監督として長年チームを率いた原辰徳氏は、2023年10月に監督を退任しました。2026年11月現在は、読売ジャイアンツの「オーナー付特別顧問」を務める一方、サンリオベースボールアカデミーの総監督として、子どもたちへの野球普及活動にも携わっています。現場の監督を離れた後も、野球界との関わりは続いています。
監督通算17年、1291勝1025敗91分け、リーグ優勝9回、日本一3回という実績は、巨人の歴代監督の中でも際立っています。一方、退任直前には2年連続Bクラスという厳しい結果も残しました。さらに2026年には、後任の阿部慎之助氏も監督を辞任し、松井秀喜氏が次期監督に就任するなど、巨人の体制は大きく変化しています。原氏の現在の活動から退任の背景、歴代監督との比較まで整理します。
【2026年最新】原辰徳は現在何をしている?巨人の特別顧問としての活動

2026年11月1日時点
原辰徳氏は、2023年の監督退任後も読売ジャイアンツとの関係を保っています。
現在の肩書は「読売巨人軍オーナー付特別顧問」です。
2023年10月4日の退任発表後、球団の伝統を次世代に伝える立場として、特別顧問に就くことが報じられました。
これは監督やコーチとして試合の指揮を執る役職とは異なります。球団の歴史や経験を伝える立場であり、現在のチーム編成や日々の采配を担当しているわけではありません。
サンリオベースボールアカデミーの総監督に就任
2025年から始まった「サンリオベースボールアカデミー」では、原氏が総監督を務めています。
この活動は、野球を通じて子どもたちにスポーツの楽しさを伝え、将来の野球界を担う世代を育てることを目的としたものです。
2026年4月27日には、5月31日に開催予定だった「サンリオベースボールアカデミー in 横浜」に関連して、原氏らが横浜市役所を訪問しました。
横浜市の公式フォトダイアリーによると、原氏は子どもたちへの指導について、次の思いを伝えています。
子供たちにとって道しるべとなれるよう全力で頑張りたい
5月31日には横浜スタジアムで野球教室が開催され、原氏を総監督として、高橋由伸氏、松井稼頭央氏、斎藤雅樹氏、内川聖一氏ら球界の経験豊富なOBが指導に参加しました。
参加したのは神奈川県内の33チーム、339人の小学生です。かつて巨人を率いた名将が、今度は子どもたちに野球を伝える側に回っています。
2026年も続く野球界での活動
原氏の活動は野球教室だけではありません。
- 2026年1月1日: ニッポン放送の特別番組で江本孟紀氏とプロ野球について対談。
- 2026年2月13日: 2009年WBCの優勝経験について、二宮和也氏との対談企画で当時の舞台裏を語る。
- 2026年3月14日: 巨人・長野久義氏の引退試合に姿を見せ、かつての指揮官として労いの言葉を送る。
- 2026年5月31日: サンリオベースボールアカデミー in 横浜に総監督として参加。
加えて、2026年11月23日には、エスコンフィールド北海道で開催される北広島市スポーツフェスティバルにおいて、2009年WBC優勝監督の原氏と、2023年WBC優勝監督の栗山英樹氏らによるトークショーが予定されています。
こうした活動から分かるのは、原氏が監督という肩書を離れても、野球の普及、後進の育成、プロ野球の魅力を伝える仕事を続けているということです。
【2023年退任の真相】原辰徳が巨人監督を辞めた理由と経緯
原辰徳氏が監督を退任したのは、2023年10月4日です。
退任の背景には、2022年から続いた成績不振と、チームの世代交代という課題がありました。
退任直前の巨人は2年連続Bクラス
原氏の第3次政権は、2019年の監督復帰から始まりました。
2019年、2020年にはリーグ連覇を達成。再び巨人を強豪チームへと導きました。
しかし、その後は順位が下降します。
| 年度 | 順位 | 主な状況 |
|---|---|---|
| 2019年 | 1位 | リーグ優勝 |
| 2020年 | 1位 | リーグ連覇 |
| 2021年 | 3位 | 優勝を逃す |
| 2022年 | 4位 | Bクラス |
| 2023年 | 4位 | 2年連続Bクラス |
NPBの年度別成績でも、2022年と2023年はともに4位。2023年は71勝70敗2分けで勝ち越したものの、優勝争いには加われませんでした。
特に問題視されたのは、同一監督の下で2年連続Bクラスに終わったことです。
2023年は3年契約の2年目でした。契約を1年残しての退任であり、球団にとっても大きな決断でした。
2023年10月4日、本人が辞任を表明
退任が発表されたのは、2023年10月4日のDeNA戦終了後に行われた東京ドームの最終戦セレモニーでした。
この試合で巨人は1対0で勝利しましたが、シーズン4位はすでに確定していました。
原氏は自らマイクを握り、ファンに向かって辞任を表明しました。
奪回という目標の中、懸命に戦ってまいりました。道のりは険しいものでした。監督であり私の指導不足、私の責任である。本当に申し訳ありませんでした。辞任します。
日刊スポーツやTBS NEWS DIGなどの報道によると、原氏は山口寿一オーナーとの間で、辞任することと、阿部慎之助氏にチームを託すことを決断していました。
ここで重要なのは、原氏が単に契約満了を迎えて退任したわけではないという点です。
自ら成績不振の責任を認め、契約期間を残して身を引いたのです。
退任理由は成績不振だけだったのか
退任の背景を整理すると、主に次の3点が挙げられます。
1. 2年連続Bクラスという結果
2022年、2023年と続けて4位に終わり、巨人が求める優勝という目標を達成できませんでした。
2. チームの世代交代
長年チームを率いてきた原氏から、現役時代に巨人の中心選手だった阿部慎之助氏へ指揮権を引き継ぐ時期でもありました。
3. 指導者としての責任
原氏自身が最終戦で「私の責任」と述べています。成績不振について監督として責任を負う姿勢を明確にしました。
監督交代の背景には、成績面と次世代への継承という2つの課題が重なっていたと考えられます。
【17年間の軌跡】原辰徳の第一次・第二次・第三次政権を徹底整理
原辰徳氏の巨人監督としてのキャリアは、2002年から2023年までの3つの政権に分かれています。
合計17年間という長さだけでなく、それぞれの時代に異なるチーム事情を抱えながら結果を残してきた点が特徴です。
原辰徳の監督歴・年表
監督通算成績は次のとおりです。
- 監督在任期間:17年間
- 指揮試合数:2407試合
- 勝利数:1291勝
- 敗戦数:1025敗
- 引き分け:91試合
- リーグ優勝:9回
- 日本一:3回
通算勝利数1291は、巨人の歴代監督で最多です。
第一次政権(2002~2003年)
2002年、原氏は44歳で巨人の監督に就任しました。
現役時代は巨人の主力打者として活躍し、引退後はコーチを経験。その後、若い指導者としてチームを率いることになります。
就任1年目の2002年にはリーグ優勝を達成。日本シリーズでも西武を破り、日本一に輝きました。
監督としての第一歩から結果を残したことは、原氏の評価を高める大きな要因になりました。
しかし、翌2003年は3位に終わり、同年限りで一度監督を退任します。
第二次政権(2006~2015年)
原氏の監督としての評価を決定づけたのが第二次政権です。
2006年に監督へ復帰すると、2007年から2009年にかけてリーグ3連覇を達成しました。
特に2009年は、リーグ優勝に加えて日本シリーズでも日本ハムを破り、日本一を獲得しています。
さらに2012年から2014年にもリーグ3連覇を達成。2012年には日本一にも輝きました。
この時代の原巨人は、長期間にわたって優勝争いを続けるチームとして存在感を示しました。
2015年に2位でシーズンを終え、原氏は2度目の退任を迎えます。
第三次政権(2019~2023年)
2019年、原氏は再び巨人の監督に就任します。
復帰初年度からリーグ優勝を達成し、翌2020年も優勝。2年連続でセ・リーグの頂点に立ちました。
2020年には、監督通算勝利数で川上哲治氏の球団記録を更新しています。
しかし、2021年以降は優勝から遠ざかり、2022年と2023年は連続4位となりました。
2023年10月、原氏は自ら辞任を発表。通算17年に及ぶ巨人監督としてのキャリアに幕を下ろしました。
【2009年WBC優勝】原辰徳の采配と監督としての評価
原辰徳氏の実績を語るうえで、巨人の監督成績と並んで重要なのが2009年のWBCです。
2009年、第2回ワールド・ベースボール・クラシックで原氏は日本代表監督を務めました。
日本代表は決勝で韓国を破り、大会連覇を達成します。
野球殿堂博物館の公式プロフィールにも、原氏が第2回WBCで日本代表を連覇に導いた実績が記録されています。
WBCで評価された監督としての経験
国際大会の監督は、プロ野球のペナントレースとは違った難しさがあります。
短期間で選手をまとめ、異なる球団でプレーする選手たちを一つのチームとして機能させなければなりません。
原氏は巨人での監督経験を生かし、日本代表を率いて世界一を達成しました。
2026年2月13日に公開された二宮和也氏との対談でも、2009年大会の重圧について振り返っています。
当時の韓国戦を前に、初めて試合開始前に胃が痛くなり、監督室で胃薬を飲んだというエピソードを明かしました。
華やかな優勝の裏側には、代表監督としての大きなプレッシャーがあったことがうかがえます。
原辰徳の采配は高く評価されているのか
原氏の采配に対する評価は、実績と晩年の成績を分けて考える必要があります。
評価できる要点は、主に次の3つです。
① 長期間にわたって優勝チームを作ったこと
第一次から第三次まで、異なる時代の巨人でリーグ優勝を達成しています。17年間という長期にわたり結果を残したことは、大きな強みです。
② 大舞台で結果を出したこと
巨人で3度の日本一を経験し、2009年には日本代表をWBC優勝に導きました。短期決戦と長期のペナントレースの両方で実績があります。
③ 監督としての責任を明確にしたこと
2023年の退任時には、成績不振について自ら責任を認めました。長年の実績に甘んじることなく、監督交代を決断した点も注目されます。
一方、課題として残ったのは、リーグ優勝の回数と日本一の回数に差があることです。
リーグ優勝9回に対して日本一は3回。リーグ戦で強いチームを作る力と、日本シリーズで最後まで勝ち切る力は、必ずしも同じではありません。
また、第三次政権の終盤に2年連続Bクラスとなったことも、評価を分ける要因です。
原氏の采配を評価するなら、優勝回数だけでなく、通算成績、短期決戦の結果、政権後半のチーム状況まで見る必要があります。
【巨人歴代監督と比較】原辰徳はどれほどの名将なのか
巨人には、川上哲治氏、長嶋茂雄氏、王貞治氏など、球界を代表する監督が名を連ねています。
その中で原氏は、どのような位置にいるのでしょうか。
巨人の歴代名監督と優勝実績
日刊スポーツが2026年10月に掲載した歴代監督の記録を基に比較すると、次のようになります。
| 監督 | リーグ優勝 | 日本一 |
|---|---|---|
| 川上哲治 | 11回 | 11回 |
| 原辰徳 | 9回 | 3回 |
| 水原茂 | 8回 | 4回 |
| 長嶋茂雄 | 5回 | 2回 |
| 藤田元司 | 4回 | 2回 |
この比較で分かるのは、原氏が巨人の監督として歴代2位のリーグ優勝回数を記録していることです。
一方、川上哲治氏は1965年から1973年まで9年連続日本一というV9を達成しており、日本一の回数では原氏を大きく上回ります。
長嶋茂雄氏はスター性と球団の象徴としての存在感が際立ち、水原茂氏は日本シリーズ4度の制覇を記録しています。
原辰徳の最大の強みは通算勝利数
原氏の特徴は、優勝回数だけではありません。
監督通算1291勝という記録は、巨人の歴代監督で最多です。
2020年9月には川上哲治氏が保持していた1066勝の球団記録を更新しました。
これは、一時的に強いチームを作っただけでは達成できない数字です。
長期間にわたり監督を務め、複数の世代の選手を指導し、勝利を積み重ねてきたことを示しています。
巨人の歴代監督を比較すると、川上氏は日本一の継続性、長嶋氏は球団の象徴性、原氏は長期政権での勝利数と優勝実績に強みがあると整理できます。
【後任は阿部慎之助から松井秀喜へ】2026年の巨人と原辰徳の関係
2023年の原氏退任後、巨人の新監督に就任したのが阿部慎之助氏でした。
阿部氏は現役時代に巨人の正捕手、主将として活躍し、引退後は二軍監督や一軍コーチを経験。原氏の後任として2024年シーズンからチームを率いました。
2024年にはリーグ優勝を達成し、原氏から引き継いだチームを再びセ・リーグの頂点に導いています。
ただし、2026年には巨人の監督体制に再び大きな変化が起こりました。
2026年5月、阿部慎之助氏が辞任
2026年5月26日、巨人は阿部慎之助監督の辞任を発表しました。
球団が公表した不祥事を受けたもので、シーズン途中での監督交代という異例の事態になりました。
後任が決まるまでの間は、橋上秀樹オフェンスチーフコーチが監督代行を務めることになりました。
NPBも同日、橋上氏が監督代行を務めることを公示しています。
2026年10月23日、松井秀喜氏が新監督に就任
2026年10月23日、巨人は松井秀喜氏の新監督就任を発表しました。
松井氏は背番号90、契約期間3年で、来季のチームを率いることになります。
10月30日には秋季練習が始まり、新体制が動き出しました。
高橋由伸氏がヘッドコーチに就任するなど、過去の巨人を知るOBが新しい指導体制に加わっています。
この変化を時系列で見ると、原氏から阿部氏への継承、そして阿部氏の辞任を経て松井氏へと、巨人の監督人事は大きく動いています。
ただし、原氏が監督に復帰するという発表はありません。
2026年11月現在、原氏は球団の特別顧問としての立場を持ち、松井新監督とは異なる役割で巨人と関わっています。
【プロの結論】原辰徳の現在と監督時代をどう評価すべきか
原辰徳氏のキャリアを振り返ると、単純に「優勝回数が多い名将」という説明だけでは、その実績の全体像を捉えきれません。
評価する際には、次の3つの視点が重要です。
第一に、長期的なチーム運営の実績です。
17年間で1291勝を挙げ、9度のリーグ優勝を経験したことは、巨人の歴代監督の中でも特筆すべき成果です。第一次、第二次、第三次と異なる時代で結果を出したことに価値があります。
第二に、国際大会での実績です。
2009年WBCで日本を世界一に導いたことは、巨人の監督成績とは別の評価軸になります。国内の球団運営だけでなく、日本代表を率いた経験も原氏のキャリアを特徴づけています。
第三に、退任後の役割です。
2026年現在、原氏は現場の監督としてではなく、球団の特別顧問や野球普及活動の総監督として活動しています。
ここで誤解してはいけないのは、特別顧問という肩書が、実質的な監督復帰を意味するわけではないことです。
監督としての仕事を終えた後も、野球界に経験を還元する立場へ移ったと捉えるのが自然です。
原氏の監督時代を評価する人にとっては、9度のリーグ優勝と1291勝が大きな判断材料になります。一方、日本シリーズでの勝ち切り方や第三次政権後半の成績を重視する場合には、異なる評価になるでしょう。
この両面を理解することが、原辰徳という監督を正しく評価するためのポイントです。
【原辰徳に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:原辰徳は2026年現在、巨人の監督ですか?
A1:いいえ。2023年10月に監督を退任し、現在は読売巨人軍のオーナー付特別顧問です。野球教室や野球関連のイベントにも参加しています。
Q2:原辰徳の監督通算成績は何勝ですか?
A2:巨人の監督として1291勝1025敗91分けです。監督在任期間は通算17年で、リーグ優勝9回、日本一3回を記録しています。
Q3:原辰徳が巨人監督を退任した理由は何ですか?
A3:2022年、2023年と2年連続でBクラスに終わったことが大きな背景です。2023年10月4日の最終戦セレモニーで、自ら指導不足と責任を認め、辞任を表明しました。
Q4:原辰徳の後任監督は誰ですか?
A4:2023年の後任は阿部慎之助氏でした。ただし、阿部氏は2026年5月に辞任しています。2026年10月23日には松井秀喜氏の新監督就任が発表されました。
Q5:原辰徳は2026年も野球に関わっていますか?
A5:はい。巨人のオーナー付特別顧問として活動するほか、サンリオベースボールアカデミーの総監督を務めています。野球教室やメディアでの対談・解説などにも参加しています。
Q6:原辰徳はWBCで優勝したことがありますか?
A6:あります。2009年の第2回WBCで日本代表監督を務め、日本を大会連覇に導きました。
まとめ:原辰徳は巨人の名将から次世代を育てる立場へ
原辰徳氏は2023年10月に巨人監督を退任しましたが、2026年現在もオーナー付特別顧問として球団との関係を続けています。
監督通算17年、1291勝、リーグ優勝9回、日本一3回という実績は、巨人の歴史に残るものです。2009年WBCで日本代表を世界一に導いたことも、原氏の大きな功績です。
退任の背景には2年連続Bクラスという成績面の課題がありましたが、本人が責任を認めて次世代にチームを託したことも、監督人生の重要な節目でした。
2026年には阿部慎之助氏の辞任と松井秀喜氏の新監督就任があり、巨人は新しい時代へ進み始めています。
一方の原氏は、サンリオベースボールアカデミーなどを通じて、これまで培った経験を次の世代へ伝える活動を続けています。
原辰徳の現在を理解するうえで大切なのは、監督を辞めたことと、野球界から離れたことを混同しないことです。
巨人を17年間率いた指導者としての実績は、今後も球団の歴史を振り返る際の重要な基準であり続けるでしょう。