元幕内力士の旭大星(きょくたいせい)こと旭大星託也さんは、北海道旭川市出身の元大相撲力士です。最高位は前頭八枚目。2018年の新入幕では10勝を挙げて敢闘賞を獲得し、通算成績は483勝434敗80休を記録しました。しかし、左膝の大けがによる長期休場と、関取復帰を目指した再挑戦を経て、2025年1月場所をもって17年間の力士生活に幕を下ろしました。
2026年11月現在、旭大星さんは現役時代とは異なる道を歩んでいます。引退直後には東京都内の油そば店「きりん寺」で修業を始め、将来的な飲食店の独立開業を目標に掲げました。その後はSUMOエージェンシーへの加入や、外国人向けの相撲体験コーディネーターなど、相撲の経験を生かした活動も紹介されています。引退理由、左膝の負傷からの復帰、飲食業への挑戦、ドキュメンタリー映画『辛抱』まで、その歩みを振り返ります。
【旭大星の現在】2026年は飲食業と相撲の魅力を伝える活動に挑戦

旭大星さんは2025年1月場所を最後に現役を引退しました。2026年11月現在、現役力士として土俵に上がることはありませんが、相撲界で培った経験を生かし、第二の人生を歩んでいます。
引退後の進路として本人が公表していた目標は、油そば店の経営です。2025年1月8日の引退会見時点で、東京都内の油そば店「きりん寺」で働き始めていました。掃除や皿洗いなど、店舗運営に必要な仕事を一から学び、自分の店を持つことを目指していたのです。
2025年6月13日には、元力士の活動を支援するSUMOエージェンシーへの加入が発表されました。同社の紹介によると、飲食店の独立開業に向けて勤務を続けながら、イベント出演や講演会などにも挑戦する方針でした。
加えて、2025年12月12日付の母校・旭川志峯高校の公式報告では、外国人向けの相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーの仕事に携わり、大相撲の魅力を国内外に伝えていると紹介されています。
2026年には、元幕内力士10人が参加する予定だった「ヤメ力士超相撲」の出場者にも名前が挙がりました。しかし、主催者は2026年4月10日、6月6日に予定していた大会の延期を発表。制作体制の見直しと公演内容の充実を理由に、チケットの払い戻しも案内しました。11月1日現在、公式告知には延期のお知らせが掲載されています。
飲食店の独立開業については、目標が公表されている一方、実際に自身の店舗をオープンしたという確定的な発表は見当たりません。したがって、2026年の旭大星さんの近況は、飲食業への挑戦を軸に、相撲関連の仕事や普及活動にも取り組んでいる段階と捉えるのが適切です。
【公式プロフィール】旭大星託也の本名・年齢・最高位・通算成績
旭大星の四股名で知られる旭大星託也さんの本名は大串拓也(おおぐし・たくや)です。日本相撲協会の公式力士プロフィールには、北海道旭川市出身、1989年10月18日生まれと記録されています。
2026年11月1日時点では37歳です。身長185センチ、現役時代の公式プロフィール上の体重は145.3キロ。得意技は両前ミツや出し投げで、柔道経験を生かした投げや足技も持ち味でした。
旭大星の基本プロフィール
- 四股名:旭大星 託也(きょくたいせい・たくや)
- 本名:大串 拓也
- 生年月日:1989年10月18日
- 出身地:北海道旭川市
- 身長:185.0センチ
- 現役時代の体重:145.3キロ
- 所属部屋:大島部屋
- 初土俵:2008年1月場所
- 新十両:2014年7月場所
- 新入幕:2018年5月場所
- 最高位:前頭八枚目
- 引退場所:2025年1月場所
- 通算成績:483勝434敗80休
- 三賞:敢闘賞1回
注目したいのは、最高位の前頭八枚目だけでなく、17年間にわたる力士生活で積み重ねた通算成績です。日本相撲協会の公式プロフィールでは、生涯戦歴483勝434敗80休、100場所と記録されています。
幕内在位は通算4場所で、幕内戦歴は19勝23敗18休。幕内優勝や金星はありませんが、新入幕場所で敢闘賞を獲得した実績は、旭大星のキャリアを語るうえで欠かせません。
なお、四股名の旭大星託也と本名の大串拓也は別の表記です。検索時に両方の名前が出てくるのは、現役時代の力士名と引退後の本名が使い分けられているためです。
【17年間の相撲人生】大島部屋入門から前頭八枚目、引退までの年表
旭大星の相撲人生は、決して順風満帆ではありませんでした。2008年に初土俵を踏み、十両昇進まで約6年、新入幕まで約10年を要しています。加えて、幕内昇進後には大きなけがに見舞われ、番付を序ノ口まで落としてから再起を目指すことになりました。
主要な出来事を時系列で整理すると、次のようになります。
| 時期 | 人物・組織・出来事 | 実績・関係 |
|---|---|---|
| 2008年1月 | 大島部屋・大串拓也 | 初土俵。18歳で角界入り。 |
| 2014年7月 | 旭大星 | 新十両昇進。関取の地位を獲得。 |
| 2018年5月 | 新入幕 | 10勝を挙げ、敢闘賞を受賞。 |
| 2018年7月 | 最高位更新 | 西前頭八枚目に到達。 |
| 2022年1月以降 | 左膝の大けが | 5場所連続休場。 |
| 2022年11月 | 序ノ口から再出発 | 長期休場後に土俵へ復帰。 |
| 2024年7月 | 東幕下十九枚目 | 関取復帰を目指して番付を回復。 |
| 2024年9月 | 秋場所 | 2勝5敗で負け越し。 |
| 2024年12月25日 | 日本相撲協会 | 引退届を提出し、受理される。 |
| 2025年1月 | 旭大星 | 公式記録上の引退場所。 |
| 2025年6月 | SUMOエージェンシー | 加入を発表。飲食業やイベント活動へ。 |
| 2025年12月 | 旭川志峯高校 | 母校の夢講演会で講師を務める。 |
| 2026年4月 | ヤメ力士超相撲 | 出場予定が公表されたが大会は延期。 |
大島部屋との関係は一度途切れていた
旭大星の所属部屋については、少し複雑な歴史があります。
2008年の入門当時、師匠を務めていたのは元大関・旭國の大島親方でした。しかし、2012年4月に先代の定年退職に伴って大島部屋が閉鎖され、所属力士は友綱部屋へ移籍しています。旭大星もその一人でした。
その後、2017年に友綱部屋を継承した元関脇・旭天鵬が、2022年2月に年寄名跡を交換。友綱部屋は再び大島部屋へと名称を変更しました。
つまり、旭大星は旧大島部屋で入門し、友綱部屋で過ごした時期を経て、再興された大島部屋に所属した経歴を持ちます。日本相撲協会のプロフィールに所属部屋が大島と記されている背景には、こうした部屋の歴史があります。
引退会見には、師匠である元関脇・旭天鵬の大島親方も同席しました。長年にわたり関係を築いた師弟の姿は、17年間の相撲人生を締めくくる象徴的な場面となりました。
【引退理由を検証】左膝の大けがと復帰への挑戦、最後の決断
旭大星の引退を語るうえで避けて通れないのが、2022年に負った左膝の大けがです。
2022年初場所から5場所連続で休場し、番付は十両から幕下、さらに序ノ口まで下がりました。関取の地位を失っただけでなく、長期間にわたって本場所の土俵に立てない状況が続いたのです。
序ノ口からの再出発という厳しい道
2022年九州場所、旭大星は序ノ口から再出発しました。
一度は前頭八枚目まで昇進した力士が、序ノ口から関取復帰を目指すことは容易ではありません。番付を戻すには、毎場所の勝ち越しを積み重ね、厳しい取組を勝ち抜く必要があります。
それでも旭大星は土俵に戻り、少しずつ番付を回復させました。2024年名古屋場所では東幕下十九枚目まで復帰。関取である十両への再昇進が現実的な目標として見えてきた時期でした。
2024年秋場所の負け越しが大きな転換点に
ところが、続く2024年秋場所では2勝5敗と負け越します。さらに九州場所は全休となり、2025年初場所では西三段目二十枚目まで番付が下がりました。
2024年12月26日、日本相撲協会は旭大星の引退を発表しました。引退届は前日の25日に提出され、受理されています。
引退の直接的な判断材料となったのは、けがから復帰した後も関取の地位を取り戻せなかったこと、そして幕下での負け越しなど、競技成績をめぐる状況でした。
ただし、本人は引退前の取材で、膝について次のように説明しています。
「大丈夫です。ただの実力です」
これは2024年12月28日付の日刊スポーツの取材で伝えられた発言です。けがを引退理由のすべてとするのではなく、復帰後の実力や番付をめぐる状況も含めて本人が判断したことが分かります。
また、同じ取材では、9月場所の負け越しを受けて引退を考えたことや、相撲人生に対して後悔はないという思いも語られています。
2025年1月8日の引退会見で語った思い
2025年1月8日、両国国技館で引退会見が開かれました。師匠の大島親方が同席するなか、旭大星は最後まで笑顔を見せ、17年間の力士生活を振り返りました。
「楽しい17年間だった。好きな相撲を取れなくなるのは寂しいけど、引退することに未練はない」
日刊スポーツが報じたこの言葉からは、現役続行への執着よりも、やりきったという達成感が伝わります。
引退理由を単純に「左膝のけがで相撲が取れなくなった」とまとめるのは正確ではありません。大けがによる長期離脱、序ノ口からの復帰、幕下への再昇進、そして関取復帰がかなわなかった競技成績。その一連の経緯を経て、自ら引退を決断したというのが実際の流れです。
【引退後の活動】きりん寺での修業から飲食店開業の夢へ
旭大星が引退後に選んだ道は、相撲界に残って親方や指導者になることではなく、飲食業への挑戦でした。
2024年12月28日付の日刊スポーツの報道では、引退を発表した直後から、将来の油そば店経営を目指して準備を始めていたことが紹介されています。油そば店のオーナーとの以前からのつながりがあり、そこで仕事を学ぶ機会を得たといいます。
きりん寺で掃除や皿洗いからスタート
2025年1月8日の引退会見では、東京都内の油そば店「きりん寺」で修業していることを明かしました。
力士として長年活動してきた旭大星にとって、飲食店の仕事は新しい世界です。引退会見では、掃除や皿洗いなど、できる仕事から取り組む姿勢を示していました。
相撲界での実績があっても、飲食店経営の経験が最初からあるわけではありません。店舗運営、接客、調理、仕入れ、売上管理など、独立には幅広い知識が必要です。まず現場で働き、仕事の基本を覚えるという選択は、独立を目指すうえで現実的な第一歩といえます。
2025年6月には断髪式も開催
2025年6月1日、旭大星は東京都内のホテルで断髪式を行いました。日刊スポーツによると、元横綱・照ノ富士の照ノ富士親方やタレントの熊切あさ美さんら約400人が出席しました。
最後は師匠の大島親方が止めばさみを入れ、17年間続いた力士としての象徴であるまげに別れを告げました。
断髪式でも旭大星は笑顔を見せ、「相撲界で学んだ人とのつながりを大事にしたい」と、これからの人生への思いを語っています。
SUMOエージェンシー加入で活動の幅を広げる
2025年6月13日、SUMOエージェンシーは元旭大星の大串拓也さんが新メンバーとして加入したことを発表しました。
発表内容では、飲食店の独立開業を目指して勤務する一方、イベント出演や講演会などにも積極的に取り組むと説明されています。
加えて、2025年12月12日には母校の旭川志峯高校で夢講演会の講師を務めました。在校生の質問に答えたり、現役柔道部員と力比べをしたりしながら、自身の経験を伝えています。
同校の公式報告では、外国人向けの相撲体験コーディネーターとしての仕事にも触れられています。現役時代に培った技術や経験、人とのつながりを、相撲文化の普及に生かしていることが分かります。
なお、2026年11月時点で、自身の油そば店を開業したという公式発表は確認できません。きりん寺での修業は引退直後に報じられた事実であり、現在も同じ店舗で勤務していると断定することもできません。
【ドキュメンタリー映画『辛抱』】旭大星の入門前後を記録した作品
旭大星には、力士としてのキャリアとは別に、若い頃の姿を記録したドキュメンタリー映画があります。それがフランス人女性監督ジル・クロンによる『辛抱』です。
海外での作品名は『Tu seras sumo』、英語タイトルは『A Normal Life: Chronicle of a Sumo Wrestler』。作品情報では2013年のドキュメンタリーとして紹介され、上映時間は83分です。
18歳の大串拓也が相撲部屋に入門するまで
映画の中心人物は、現役時代の四股名を名乗る前の大串拓也です。
高校卒業後、柔道の道に進みたいと考えていた大串が、周囲の勧めを受けて大島部屋に入門するところから物語が始まります。
作品では、入門後の稽古、力士たちとの共同生活、相撲部屋特有の規律など、若い新弟子が角界に適応していく過程が描かれています。
フランスの映画配給会社Andana Filmsの作品紹介によると、NHKとの共同制作によって相撲部屋への取材が実現し、大串の入門後およそ9か月間を追った作品です。
『辛抱』と17年間の現役生活を重ねて見る意味
この映画の興味深い点は、後に前頭八枚目まで昇進する力士が、入門当初は相撲部屋という特殊な環境に戸惑う一人の青年として記録されていることです。
入門時の大串と、2018年に新入幕を果たした旭大星、そして2022年に序ノ口から再起した旭大星は、同じ人物でありながら、それぞれ異なる人生の局面を映しています。
特に、映画の題名である「辛抱」は、後の競技人生とも重なる言葉です。新十両まで6年、新入幕まで10年をかけ、左膝の大けがからも復帰を目指した歩みを考えると、若い頃から積み重ねてきた忍耐がどれほど大きかったかが分かります。
ただし、映画は入門初期の記録であり、2022年のけがや2025年の引退を描いた作品ではありません。旭大星の17年間を振り返る際には、若き日の記録と、その後の公式戦績や報道を組み合わせて見ると、人物像をより立体的に理解できます。
【プロの結論】旭大星の相撲人生から見える実績と第二の人生の価値
旭大星のキャリアを評価するとき、最高位の前頭八枚目や敢闘賞だけに注目するのでは、17年間の本当の価値を捉えきれません。
2008年の初土俵から2018年の新入幕まで10年。幕内昇進後も長く相撲を取り続け、2022年には左膝の大けがで序ノ口まで転落。それでも土俵に戻り、2024年には幕下十九枚目まで番付を戻しました。
この経歴が示すのは、単に昇進した力士というだけではなく、競技人生の大きな挫折を経験しながら、再挑戦を続けた力士の姿です。
旭大星のキャリアを正しく評価する3つの視点
1. 新入幕場所での敢闘賞は明確な実績
2018年5月場所に10勝を挙げ、敢闘賞を受賞したことは、旭大星のキャリアにおける大きな成果です。新入幕の舞台で結果を残したことは、最高位だけでは表せない実力の証しでもあります。
2. 左膝のけがから序ノ口で再出発した経験
2022年の長期休場後、序ノ口から幕下まで復帰した経緯は、旭大星の相撲人生を特徴づける重要な転換点です。関取復帰こそ実現しませんでしたが、再び幕下まで戻ったこと自体が大きな挑戦でした。
3. 引退後も相撲経験を仕事につなげている
飲食業への挑戦に加え、講演会や外国人向け相撲体験などの活動は、現役時代の経験を新しい仕事へと転換する取り組みです。相撲だけを人生のすべてにせず、別の分野で経験を積み重ねる姿勢にも注目できます。
旭大星の現在を調べる読者にとって、判断の要点は3つあります。引退したのは事実か、引退後に公表された仕事は何か、そして目標と実現済みの活動を混同していないかです。
特に飲食店については、開業を目指していることと、実際に店舗を開いたことは別の情報です。また、2026年のヤメ力士超相撲も出場予定と開催実績を区別する必要があります。
こうした点を整理すると、旭大星は単に引退した元幕内力士ではなく、17年間の相撲経験を土台に、飲食業と相撲文化の普及という新しい可能性を模索している人物だと分かります。
旭大星の現在と引退に関するよくある質問(FAQ)
Q1:旭大星は現在何をしていますか?
A1:2026年11月現在、現役力士ではありません。2025年の母校の公式報告では、外国人向けの相撲体験コーディネーターやSUMOエージェンシーの仕事に携わり、大相撲の魅力を広めていると紹介されています。飲食店の独立開業も目標にしています。
Q2:旭大星の引退理由は左膝のけがですか?
A2:左膝の大けがによる5場所連続休場は、引退に至る重要な背景です。ただし、復帰後は幕下十九枚目まで番付を戻しており、2024年秋場所の負け越しや関取復帰がかなわなかったことも引退判断につながりました。本人は取材で膝は大丈夫だと説明しています。
Q3:旭大星はきりん寺で働いているのですか?
A3:2025年1月の引退会見時点では、東京都内の油そば店「きりん寺」で修業していました。将来的に自分の店を持ちたいという夢も公表しています。ただし、2026年11月現在の勤務先や独立開業の実現について、新たな確定情報は確認できません。
Q4:旭大星の最高位と通算成績は?
A4:最高位は前頭八枚目。日本相撲協会の公式記録による通算成績は483勝434敗80休、100場所です。2018年5月場所の新入幕では10勝を挙げ、敢闘賞を受賞しました。
Q5:旭大星が出演したドキュメンタリー映画『辛抱』とは?
A5:フランス人監督ジル・クロンが手がけた作品で、18歳の大串拓也が大島部屋に入門し、力士としての生活を始める過程を追っています。上映時間は83分で、NHKとの共同制作による作品です。
まとめ:旭大星は17年間の相撲人生を経て新たな挑戦へ
旭大星託也さんは、北海道旭川市出身の元幕内力士です。2008年に初土俵を踏み、2014年に新十両、2018年に新入幕を果たしました。最高位は前頭八枚目で、新入幕場所では10勝を挙げて敢闘賞を獲得。公式記録には483勝434敗80休という戦績が残っています。
2022年の左膝の大けがによって5場所連続休場し、序ノ口からの再出発を余儀なくされました。その後、幕下十九枚目まで復帰したものの、関取への再昇進はかなわず、2024年12月に引退を決断。2025年1月場所をもって17年間の力士生活を終えました。
引退後は油そば店「きりん寺」での修業から飲食業への道を歩み始め、SUMOエージェンシーへの加入や講演活動、外国人向け相撲体験の仕事にも取り組んでいます。2026年には元力士による相撲イベントへの出場予定も公表されましたが、大会は延期となりました。
自分の店を持つという夢がどのような形で実現するのか、今後の活動にも関心が集まります。土俵で培った忍耐力と人とのつながりを、新しい人生でどう生かしていくのか。旭大星の第二の人生は、まだ続いています。