手越祐也のサッカー経験は、幼稚園の年少だった4歳ごろに始まった。本人は2020年のスポーツ総合誌「Number」のインタビューで、近所のクラブチームに入り、サッカーの楽しさを覚えたと振り返っている。
きっかけの一つとして挙げているのが、当時の読売クラブ(現・東京ヴェルディ)でプレーしていたラモス瑠偉の姿だった。幼いころから自分の意思でサッカーを始め、次第にプロ選手を目指すほど夢中になっていったという。
小学生時代は神奈川県の大会で2位
小学生時代は地元のクラブチームに所属。神奈川県内の大会にも出場し、ヴェルディや横浜F・マリノスのユースチームと試合をする機会もあった。
2020年7月の「Smart FLASH」のインタビューでは、神奈川県の大会で2位になった経験も明かしている。単にサッカーを習っていたというレベルではなく、競技として大会に参加し、勝敗を意識してプレーしていたことが分かる。
ポジションは小学生時代にフォワードを務めた後、ゴールキーパーも約2年間経験。Numberの取材では、得点を取ることに飽きて守備側に興味を持ったというエピソードも紹介されている。
中学時代は東京都選抜の審査にも挑戦
中学では私立のスポーツ推進校に進み、サッカー部に所属した。本人の話によれば、東京都大会への出場を目指す地区大会では決勝まで進んだものの、惜しくも敗退している。
さらに興味深いのが、東京都選抜の選考にも挑戦していたことだ。一次審査は通過していたが、二次審査と地区大会決勝の日程が重なり、手越は選抜の審査よりチームの決勝戦を優先した。
この選択には、個人の評価よりもチームで戦うことを大切にする当時の姿勢が表れている。
なぜJリーガーの夢を諦めたのか
少年時代の手越が目指していたのは、芸能人ではなくJリーガーだった。しかし、中学2年から3年になるころ、周囲の選手の技術が急速に伸びていく現実に直面。プロを目指すことの厳しさを感じるようになったという。
その後、新しい目標として芸能界を志す。高校1年生でNEWSのメンバーになり、仕事に集中するため、18~19歳ごろまではサッカーから離れていた。
この経緯は、2020年7月25日公開の「Smart FLASH」で本人が語った内容に基づく。サッカーを嫌いになって辞めたのではなく、競技者としての進路と芸能活動という二つの道を比較したうえで、人生の選択をしたことがうかがえる。
【サッカー経歴年表】番組出演からフットサル優勝までの歩み

手越祐也のサッカー経歴を理解するには、少年時代のプレー経験と、芸能界に入ってからの活動を分けて見る必要がある。特に2006年の競技復帰、2012年のサッカー番組への本格進出、2026年の大型イベント参加は、それぞれ大きな転換点だ。
主な経歴は本人インタビュー、番組情報、公式発表などをもとに整理。
【サッカー番組キャスターの実績】W杯とサッカーアースで築いた専門性
手越祐也のサッカー好きが広く知られるようになった理由の一つが、日本テレビ系のサッカー番組で長年キャスターを務めたことだ。
「手越祐也&城彰二のサッカーアース」
2012年からは、元日本代表FWの城彰二とともに「手越祐也&城彰二のサッカーアース」に出演。国内外のサッカー情報を紹介する番組でMCを担当した。
芸能人がスポーツ番組に出演する場合、一般的には進行や応援コメントを担うケースも多い。しかし手越の場合は、実際にプレーしてきた経験を生かし、試合の展開やゴールの技術、選手の特徴について自分の言葉で語れることが強みだった。
Numberの2020年の取材では、欧州サッカーの試合を取材し、選手へのインタビューも経験してきたことが紹介されている。リオネル・メッシと実際に会った際には、その体格からは想像できない突破力に強い衝撃を受けたという。
FIFAクラブワールドカップのメインキャスター
2012年には、日本テレビ系「FIFAクラブワールドカップ ジャパン2012」のメインキャスターに就任した。
当時の本人のコメントでは、サッカーによって培われた負けず嫌いな性格やチームワーク、体力が現在の自分の基盤になっていると説明。自分を育ててくれたサッカーに恩返ししたいという思いも語っていた。
その後もクラブワールドカップ関連番組への出演を重ね、2015年大会では日本テレビ公式の出演者紹介にもメインキャスターとして掲載されている。2018年大会でも番組キャスターを担当した。
2014年・2018年はFIFAワールドカップのメインキャスター
手越のキャスター経歴で特に大きな実績となったのが、FIFAワールドカップの日本テレビ系メインキャスターだ。
2014年ブラジル大会と2018年ロシア大会の2大会連続で担当。世界最高峰の大会を伝える立場として、日本代表への応援や世界のスター選手の魅力を視聴者に届けた。
2018年の就任時には、前回のブラジル大会に続いて大役を務められることへの喜びを語っている。サッカー好きという個人的な趣味が、全国放送の大型スポーツ番組での継続的な仕事につながった点は見逃せない。
ただし、キャスターと元プロ選手の解説者は役割が異なる。手越の強みは、プロとしての戦術分析を専門にすることではなく、プレーヤーとしての実感、選手への関心、ファンとしての熱量を視聴者に伝えることにある。
【2026年最新】THE GAME CENTER・Google応援団・シューイチ出演
2026年は、手越祐也のサッカー活動を語るうえで重要な年になった。競技イベントへの選手参加、企業のサッカー応援プロジェクト、テレビ番組でのW杯解説という、異なる3つの形でサッカーに関わっている。
1.THE GAME CENTER -FOOTBALL DREAM MATCH-に出場
2026年4月4日・埼玉スタジアム2002
2026年4月4日、埼玉スタジアム2002で開催された「THE GAME CENTER -FOOTBALL DREAM MATCH- in Saitama Stadium 2OO2」に手越が参加した。
このイベントは、アーティストと元日本代表選手らがサッカーで対決する大型エンターテインメント企画。サッカーの試合だけでなく、観客参加型のゲームやライブパフォーマンスも組み込まれていた。
手越が所属したのは、元日本代表の本田圭佑が選手兼監督を務める「JAPAN DREAMS」。本田をはじめ、柿谷曜一朗、佐藤寿人、鈴木啓太、中澤佑二、松井大輔らと同じチームに名を連ねた。
特に目を引くのが背番号だ。手越は自身で選んだ番号として1054番を背負ってピッチに立つことになった。サッカー経験者としての参加に加え、ハーフタイムには本人のライブパフォーマンスも予定され、スポーツと音楽の両方でイベントを盛り上げた。
この企画で重要なのは、単なるゲスト出演ではなく、サッカー対決の選手として参加した点だ。少年時代から続けてきた競技経験を、エンターテインメントの舞台で披露する機会になった。
2.Googleの日本サッカー応援団に選出
2026年6月発表
2026年6月には、Googleが発表した「Googleの日本サッカー応援団」のメンバーに手越が選ばれた。
この応援団は総勢9人で構成され、実際の現役選手である堂安律、長谷川唯、元日本代表の内田篤人、丸山桂里奈、俳優の高橋文哉、影山優佳、お笑い芸人の狩野英孝、手越祐也、さらにアニメ「ブルーロック」の主人公・潔世一が参加した。
注目したいのは、競技者だけでなく、俳優、タレント、アニメキャラクターまでが同じプロジェクトに参加していることだ。サッカーをプレーする人だけでなく、観戦する人、応援する人にも楽しんでもらうというGoogleの企画意図が反映されている。
Google公式チャンネルでは、手越と狩野英孝が出演する「Google検索|日本のサッカーを応援しよう」関連CMも公開された。応援メシをテーマに、試合のハーフタイムに楽しめる料理をGoogleのAIモードに尋ねる内容だ。
なお、ここは制度上の区別が必要になる。Googleの応援団は、Googleが結成したサッカー応援プロジェクトのメンバーであり、手越が日本代表選手や日本サッカー協会の役員に就任したという意味ではない。
一方、JFAは2026年5月13日にGoogleとJFAソーシャルバリューパートナー契約を締結。キッズ世代の普及事業や指導者養成にGoogle検索やGeminiを活用する取り組みを発表している。日本サッカーを広く支援する動きの中で、手越も広告・応援活動の側から参加した形だ。
3.「シューイチ」に初のスタジオ生出演
2026年6月13日
2026年6月13日には、日本テレビ系情報番組「シューイチ」に手越祐也がスタジオ生出演した。
TVガイドWebの放送情報によると、これは手越にとって同番組で初めてのスタジオ生出演。午前6時台のスポーツコーナーから登場し、FIFAワールドカップ2026の見どころを独自の視点で解説した。
特に注目されたのは、日本代表の注目選手や初戦の対戦相手であるオランダの選手について、豊富なサッカー知識を使って紹介する役割だった。
ここで整理しておきたいのが、2026年のW杯における出演の位置づけだ。手越が出演したのは「シューイチ」のゲスト解説であり、2014年・2018年のような日本テレビ系W杯メインキャスターへの就任発表とは別のもの。大会全体の公式解説者や実況担当になったという意味でもない。
それでも、試合を長年見続けてきた経験と、自身の競技経験を組み合わせて大会を紹介する機会を得たことは、サッカーとの関係が現在も続いている証拠の一つだ。
【手越祐也のフットサル】TGSと音蹴杯で見せた本気の実力
手越のサッカー愛を語るうえで、フットサルの存在も欠かせない。サッカー番組に出演するだけでなく、芸能活動と並行して実際にボールを蹴る時間を大切にしてきた。
自身がキャプテンを務めるフットサルチーム「TGS」
Numberの2020年のインタビューでは、手越がフットサルチーム「TGS」のキャプテンを務めていることが紹介されている。
このチームとの縁は、2006年のドラマ「マイボス マイヒーロー」にさかのぼる。出演者の中にサッカー好きが集まっており、撮影後のフットサルを通じてTGSとの交流が生まれたという。
同誌の取材では、手越がドリブルやフェイントを披露し、子どもたちとのミニゲームにも真剣に取り組む様子が描かれている。本人によると、現在のポジションはウィングや左サイドハーフが中心。攻撃的なプレーを好むスタイルは、少年時代のフォワード経験にもつながっている。
2017年の音蹴杯で優勝とMVPを獲得
フットサルでの代表的な実績が、音楽業界のサッカー好きが集まる大会「音蹴杯」だ。
大会公式アーカイブによると、2017年の音蹴杯チャンピオンズリーグでTGSが優勝。さらに手越自身も個人賞のMVPを獲得している。
これは、単にサッカー好きの芸能人として参加しただけではなく、チームの中心選手として大会に臨み、結果を残したことを示す実績だ。
翌2018年の大会では、TGSは決勝まで進出したものの、PK戦の末に敗れたことが週刊女性PRIMEで報じられている。勝利だけでなく、敗戦も含めて競技に真剣に取り組んできた様子が伝わる。
サッカーから離れた時期を経ても続く情熱
手越は芸能活動が忙しくなった時期に、一度サッカーから離れている。しかし、2006年にフットサルを再開し、以降はチーム活動や大会参加、サッカー番組への出演を通じて競技との接点を維持してきた。
2020年には江戸川区の子ども向けサッカー教室にもゲスト講師として参加。中高生18人を相手にプレーや指導を行ったことがNumberとSmart FLASHで報じられた。
プロ選手にならなかったからこそ、プレーヤーとして楽しむことと、メディアを通じて競技を伝えることの両方を続けている。手越のサッカー愛は、特定の番組や大会だけに依存していない。
【プロの結論】手越祐也のサッカー愛は本物なのか?
手越祐也のサッカー経歴を整理すると、評価すべき要点は大きく3つある。
1.4歳からの競技経験がキャスター活動の土台になっている
第一に、サッカーを始めた年齢だけでなく、少年時代に実際の大会へ出場し、中学時代には選抜を目指すほど競技に打ち込んでいたことだ。
ポジションの変遷やフットサルでのプレー経験も含め、サッカーの基礎を身体で理解している。試合を見るだけのファンとは違い、選手がプレー中に感じる難しさや、チーム内での役割を自身の経験に置き換えて語れる点が特徴だ。
2.芸能活動とサッカーを組み合わせた独自のポジション
第二に、キャスター、フットサル選手、イベント出演者、応援団メンバーという複数の立場を持っていること。
特に2026年の活動は、その特徴をよく表している。THE GAME CENTERでは実際にピッチに立ち、Googleの企画では観戦者に近い目線で応援を盛り上げ、「シューイチ」ではW杯の見どころを伝えた。
同じサッカーというテーマでも、イベントではプレーヤー、広告ではファンの代表的存在、テレビでは解説ゲストと役割を切り替えている。これは、アーティストとしての知名度と競技経験を両立させてきた手越ならではの活動スタイルだ。
3.プロ選手と芸能人の立場を混同しないことが大切
一方で、手越はJリーガーや日本代表選手として活動してきた人物ではない。少年時代にプロを目指していたこと、サッカー番組のメインキャスターを務めたこと、フットサル大会で優勝したことは、それぞれ異なる実績だ。
ネット上で経歴を調べる際は、次の3点を基準にすると情報を整理しやすい。
- 競技経験:本人のインタビューや大会記録で、実際にどの年代・チームでプレーしたかを確認する。
- キャスター実績:番組の公式出演者情報で、メインキャスター、MC、ゲスト解説の違いを確認する。
- 2026年の応援活動:Googleの広告企画やイベント参加を、日本代表への正式な選手登録やJFAの役職と混同しない。
また、2026年11月時点の手越は音楽活動も精力的に続けている。公式プロフィールでは、5月の新曲「SUPER STAR」リリースと全国ツアーが掲載され、9月12日にはツアーファイナルを開催。WOWOWでは11月11日に同公演の放送も予定されている。
サッカー専門のレギュラーキャスターに復帰したという状況ではないものの、2026年にも複数のサッカー関連企画に参加したことから、音楽を中心とする活動の中でサッカーとの関係を継続していることが分かる。
【手越祐也のサッカー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:手越祐也は何歳からサッカーを始めた?
A1:4歳ごろから。幼稚園の年少時代に地元のクラブチームへ入り、小学生時代は神奈川県の大会にも出場していた。
Q2:手越祐也はサッカーのプロを目指していた?
A2:目指していた。中学時代までJリーガーを夢見ていたが、周囲の選手との実力差などを感じ、中学2~3年ごろに芸能界を目指すようになった。
Q3:手越祐也のサッカー番組は何?
A3:代表的なのは、日本テレビ系の「手越祐也&城彰二のサッカーアース」。また、FIFAクラブワールドカップや2014年・2018年のFIFAワールドカップでも日本テレビ系メインキャスターを務めた。
Q4:手越祐也はフットサルも上手い?
A4:実際にチームを率いて大会に出場している。2017年の音蹴杯ではTGSがチーム優勝し、手越自身もMVPを獲得した。
Q5:2026年のTHE GAME CENTERで手越祐也は何をした?
A5:4月4日に埼玉スタジアム2002で開催されたイベントに、JAPAN DREAMSの選手として参加。本田圭佑が選手兼監督を務めるチームでプレーし、ハーフタイムのライブにも出演した。
Q6:手越祐也は2026年のW杯解説を担当した?
A6:6月13日放送の「シューイチ」にスタジオ生出演し、FIFAワールドカップ2026の見どころや日本代表の注目選手などを解説した。大会全体の公式メインキャスターではなく、番組内のゲスト解説としての出演である。
Q7:手越祐也は現在もサッカーを続けている?
A7:本人は2020年のNumberのインタビューで、フットサルチームTGSのキャプテンとして活動していることを語っている。2026年もTHE GAME CENTERなどサッカー関連企画に参加している。
まとめ:手越祐也のサッカー活動は2026年も継続
手越祐也のサッカー歴は、4歳での競技開始から始まり、小学生時代の大会出場、中学時代のプロ志向、芸能界入り後のフットサル再開へと続いてきた。
2012年のサッカーアースやクラブワールドカップのキャスター就任、2014年・2018年のW杯メインキャスター、2017年の音蹴杯優勝とMVP獲得など、プレーヤーとメディアの両面で実績を積み重ねている。
そして2026年は、4月のTHE GAME CENTER、6月のGoogleの日本サッカー応援団、6月13日の「シューイチ」出演と、サッカーに関わる活動が再び幅広く展開された。
特に注目したいのは、手越がサッカーを単なる芸能活動の題材として扱っていないことだ。競技経験があり、フットサルでも結果を残し、長年にわたって試合や選手を追い続けてきた。だからこそ、プレーヤーとしても、観戦者としても、サッカーの魅力を伝えられる。
4歳から続くサッカーとの関係は、プロ選手という夢から形を変えながら、2026年現在も続いている。今後も音楽活動を軸にしながら、サッカーイベントや日本代表応援、スポーツ番組などでどのような新しい姿を見せるのか注目したい。