2026年10月現在、俳優・歌手として活躍する寺尾聰さんは79歳です。1947年5月18日生まれで、2026年の誕生日を迎えたことで満79歳になりました。代表曲「ルビーの指環」で知られる歌手としての顔だけでなく、『黒部の太陽』での俳優デビュー以降、黒澤明監督作品や数々の映画・ドラマで存在感を発揮してきた人物です。
現在も俳優業と音楽活動を続けており、2025年公開の映画『父と僕の終わらない歌』では16年ぶりの映画主演を務め、2026年にはテレビドラマ『おコメの女』『俺たちの箱根駅伝』にも出演しています。父は名優・宇野重吉さん、妻は元女優の星野真弓さんとして知られています。生年月日や年齢の計算方法から、若い頃の音楽活動、俳優としての受賞歴、最新の出演情報まで整理します。
【2026年最新】寺尾聰の年齢は79歳!生年月日と誕生日を確認

寺尾聰さんの年齢を確認するとき、まず押さえておきたいのが生年月日です。
公式プロフィールには1947年5月18日生まれと記載されています。2026年10月31日現在、誕生日をすでに迎えているため、満年齢は79歳です。
寺尾聰の基本プロフィール
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 寺尾聰(てらお あきら) |
| 生年月日 | 1947年5月18日 |
| 2026年10月現在の年齢 | 79歳 |
| 次の誕生日 | 2027年5月18日 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長 | 176cm |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | 俳優・歌手・ミュージシャン |
| 父 | 宇野重吉 |
| 妻 | 星野真弓 |
| 活動開始 | 1964年 |
生年月日や出身地は本人の公式プロフィール、日本タレント名鑑などで確認できます。身長は176cmと掲載されています。
2026年10月現在79歳、数え年では80歳
寺尾聰さんは1947年5月18日生まれなので、2026年5月18日に79歳の誕生日を迎えました。
ここで注意したいのが、満年齢と数え年の違いです。
- 満年齢:79歳
- 数え年:80歳
- 2027年5月18日:満80歳
数え年は生まれた年を1歳とし、元日を迎えるたびに年齢を加える昔ながらの計算方法です。
そのため、インターネット上で「寺尾聰は80歳」と紹介されている情報を見かけても、必ずしも生年月日が間違っているわけではありません。満年齢と数え年の違いによって生じる数字です。
現在の芸能人プロフィールやテレビ番組の出演者紹介では、基本的に満年齢が使われています。したがって、2026年10月現在の正しい年齢は79歳です。
【若い頃の経歴】寺尾聰はザ・サベージのベーシストとしてデビュー
現在は落ち着いた雰囲気のベテラン俳優として知られる寺尾聰さんですが、芸能活動の出発点は俳優ではなく音楽でした。
1964年にグループサウンズのバンド「ザ・サベージ」を結成。ベースを担当し、1966年に「いつまでもいつまでも」でレコードデビューを果たしています。
1960年代:ザ・サベージで音楽活動を開始
ザ・サベージは、グループサウンズが日本の音楽シーンを盛り上げていた時代に活動したバンドです。
寺尾聰さんはベースを担当し、ボーカルとしても活動しました。
1966年には「いつまでもいつまでも」を発表し、続いて「この手のひらに愛を」などの楽曲でも知られるようになります。
この時期の寺尾さんは、現在の俳優としてのイメージとは異なる、ミュージシャンとしてのキャリアを築いていました。
1970年代:ソロ活動と俳優としての成長
1970年にはソロ活動を開始します。
音楽活動を続ける一方、俳優としても出演作品を増やしていきました。
1976年には山田洋次監督の映画『同胞』に出演。テレビドラマでは『大都会』や『西部警察』などにも出演し、俳優としての知名度を高めていきます。
興味深いのは、寺尾聰さんが歌手としての成功だけにとどまらず、映像作品でも長期的なキャリアを築いた点です。
音楽と演技という異なる表現分野を経験してきたことが、その後の独特な存在感につながっています。
【俳優デビューから現在まで】寺尾聰の経歴・年表を整理
寺尾聰さんの俳優デビュー作品は、1968年公開の映画『黒部の太陽』です。
熊井啓監督が手がけた同作は、黒部ダム建設に関わる人々の苦闘を描いた大作映画。寺尾さんにとって、映画俳優としての出発点となりました。
その後、黒澤明監督や小泉堯史監督など、名だたる映画監督の作品に出演していきます。
寺尾聰の年代別キャリア一覧
これまでの経歴を年代順に
この年表は寺尾聰さんの公式プロフィール、日本タレント名鑑、各作品の公式情報をもとに整理したものです。
父・宇野重吉との関係も俳優人生を語る重要な背景
寺尾聰さんの父親は、俳優・演出家として知られる宇野重吉さんです。
宇野重吉さんは劇団民藝の創立者の一人としても知られ、日本の演劇界に大きな足跡を残した人物です。
寺尾さんは芸能界に入る以前から、演劇や映画に縁のある家庭環境で育ちました。
ただし、寺尾さん自身のキャリアはザ・サベージでの音楽活動から始まっています。父親の知名度だけで説明できるものではなく、歌手としての経験と俳優としての実績を積み重ねてきた点に特徴があります。
【ルビーの指環】寺尾聰の代表曲と俳優としての受賞歴
寺尾聰さんの名前を聞いて、まず「ルビーの指環」を思い浮かべる人も多いのと考えられます。
1981年に発表されたこの曲は、歌手としての寺尾さんを代表する作品です。
1981年「ルビーの指環」が日本レコード大賞を受賞
「ルビーの指環」は、寺尾聰さん自身が作曲を担当し、松本隆さんが作詞、井上鑑さんが編曲を担当した楽曲です。
1981年12月31日に開催された第23回日本レコード大賞で、見事に大賞を受賞しました。
さらに寺尾さん自身も作曲賞を受賞しています。
この楽曲が特別なのは、単なる歌唱力だけでなく、寺尾さん自身の音楽的な感性が作品の核になっている点です。
落ち着いた歌声や印象的なサウンドは、当時の歌謡曲の中でも独自の存在感を放ちました。
日本作曲家協会の公式記録にも、歌唱者・作曲者として寺尾聰さんの名前が記載されています。
俳優としても数々の賞を獲得
歌手として大きな成功を収めた寺尾さんですが、俳優としての評価も非常に高いものがあります。
代表的な映画作品には、次のようなものがあります。
『乱』(1985年)
黒澤明監督作品。一文字太郎孝虎役を演じ、壮大な歴史劇の世界に参加しました。
『夢』(1990年)
黒澤明監督作品。監督の分身ともいえる「私」を演じました。
『雨あがる』(2000年)
小泉堯史監督作品。主演を務め、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞などを受賞しました。
『半落ち』(2004年)
重厚な人間ドラマで存在感を示し、2005年のブルーリボン賞主演男優賞などを受賞しました。
『博士の愛した数式』(2006年)
記憶に制約を抱える数学者を演じた作品。繊細な演技が印象に残る代表作です。
主な受賞歴
公式プロフィールに掲載されている主な受賞歴は以下のとおりです。
- 1981年:第23回日本レコード大賞・大賞
- 1981年:第12回日本歌謡大賞・大賞
- 2000年:イラン・ファジル国際映画祭・優秀男優賞
- 2001年:第24回日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞
- 2005年:第47回ブルーリボン賞・主演男優賞
- 2005年:第28回日本アカデミー賞・最優秀主演男優賞
- 2008年:紫綬褒章
- 2018年:旭日小綬章
歌謡界と映画界の双方で主要な賞を受けていることが、寺尾聰さんのキャリアの大きな特徴です。
【2026年最新】寺尾聰の現在の活動は?近年の出演作とライブ情報
79歳を迎えた2026年も、寺尾聰さんは俳優・ミュージシャンとして活動を続けています。
特に2025年から2026年にかけては、映画や連続ドラマへの出演に加え、音楽ライブの開催も確認できます。
2025年:映画『父と僕の終わらない歌』で16年ぶりの主演
2025年5月23日公開の映画『父と僕の終わらない歌』では、寺尾聰さんが主演の間宮哲太を演じました。
共演は松坂桃李さん、松坂慶子さん、佐藤栞里さん、ディーン・フジオカさんなどです。
この作品は、アルツハイマー型認知症を患った父親と、その息子の絆を音楽を通じて描いたヒューマンドラマです。
寺尾さんにとっては、2009年公開の『さまよう刃』以来、16年ぶりの映画主演作として紹介されました。
歌手として長いキャリアを持つ寺尾さんが、音楽を愛する父親を演じたことも作品の見どころです。
2025年のその他の出演映画
2025年には、ほかにも次の映画に出演しています。
- 『アンジーのBARで逢いましょう』(2025年4月4日公開)
- 『金子差入店』(2025年5月16日公開)
主演作だけでなく、さまざまな作品に参加していることからも、俳優としての活動が続いていることが分かります。
2026年:ドラマ『おコメの女』で松嶋菜々子の父親役
2026年1月8日から3月5日まで放送されたテレビ朝日系ドラマ『おコメの女-国税局資料調査課・雑国室-』にも出演しました。
寺尾さんが演じたのは、主人公・米田正子(松嶋菜々子さん)の父親である米田田次です。
新潟の田園で家庭菜園をしながら暮らす人物で、主人公との親子関係も物語の重要な要素となっています。
松嶋菜々子さんとの共演も話題になった作品です。
2026年10月:『俺たちの箱根駅伝』に出演
2026年10月10日から放送が始まった日本テレビ系ドラマ『俺たちの箱根駅伝』にも出演しています。
寺尾さんの役は、明誠学院大学陸上競技部の監督・諸矢久繁です。
主演の大泉洋さんをはじめ、伊藤沙莉さん、山下智久さん、山本耕史さん、竹中直人さんなど、多彩な出演者が集まる作品です。
箱根駅伝に挑む学生たちと、彼らを支えるテレビ局のスタッフを描く物語で、寺尾さんは経験豊かな監督役を担当しています。
2026年10月31日時点で放送が続いている作品であり、79歳の現在もテレビドラマのレギュラー放送枠で活躍していることが分かります。
歌手活動も継続!2026年のカバーライブ情報
俳優業だけでなく、音楽活動も継続しています。
本人の公式サイトでは、2026年10月18日・19日に開催された「寺尾聰 Cover Live in October 2026」の情報が掲載されています。
加えて、12月13日・14日には東京・六本木のAbbey Road Tokyoでカバーライブを開催する予定で、10月26日の公式発表では両公演とも完売となっています。
このように、映画やテレビの出演だけでなく、ライブステージにも立ち続けているのが2026年の寺尾聰さんです。
【家族・人物像】寺尾聰の父は宇野重吉、妻は星野真弓
寺尾聰さんの人物像を知るうえで、父親の宇野重吉さんや妻の星野真弓さんとの関係も気になるところです。
父親は名優・宇野重吉
寺尾聰さんの父は、俳優・演出家の宇野重吉さんです。
宇野さんは劇団民藝の創立者の一人として知られ、舞台や映画、テレビで長く活動しました。
寺尾さんは、こうした演劇界と縁の深い家庭に生まれています。
ただし、寺尾さん自身はザ・サベージで音楽活動を始めた後、映画『黒部の太陽』で俳優としてデビューしています。父親とは異なる道筋でキャリアを築いた点も特徴です。
妻は元女優の星野真弓
寺尾聰さんの妻として知られているのが、星野真弓さんです。
星野さんは過去に女優として活動していた人物で、寺尾さんとは1981年に結婚したと報じられています。
女性自身などの報道でも、星野真弓さんとの結婚について紹介されています。
芸能活動を続けながら長年家庭生活を送ってきた寺尾さんですが、家族のプライベートについては、仕事上のプロフィールほど詳しく公表されていません。
身長は176cm!現在も印象的な存在感
日本タレント名鑑によると、寺尾聰さんの身長は176cmです。
若い頃のグループサウンズ時代から、俳優として活動する現在まで、落ち着いた雰囲気と独特の存在感が印象的です。
また、俳優だけでなくミュージシャンとしても活動しているため、役柄によって異なる表情を見せられることも魅力の一つです。
【プロの結論】寺尾聰の魅力は79歳でも続く二つのキャリアにある
寺尾聰さんの経歴を振り返ると、単に「ルビーの指環を歌った歌手」や「有名なベテラン俳優」という一つの肩書きだけでは、その魅力を説明しきれません。
1960年代にはグループサウンズの一員として音楽活動を始め、1981年には日本レコード大賞を受賞。その一方、1968年の映画デビューから俳優としても経験を重ね、黒澤明監督作品や『雨あがる』『半落ち』などの映画で評価を確立しました。
特に注目したいのは、歌手として成功した後も俳優業を継続し、両方の活動を現在まで結びつけていることです。
2025年の『父と僕の終わらない歌』では音楽を愛する父親を演じ、2026年には『おコメの女』『俺たちの箱根駅伝』といったテレビドラマにも出演しています。
79歳という年齢だけに注目するのではなく、音楽と演技の両方で長年にわたり表現を続けてきた人物として見ると、寺尾聰さんのキャリアの奥深さがより伝わってきます。
【寺尾聰の年齢・プロフィール】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:寺尾聰は2026年現在何歳ですか?
A1:2026年10月31日現在、79歳です。1947年5月18日生まれで、2026年5月18日に79歳の誕生日を迎えています。
Q2:寺尾聰の誕生日はいつですか?
A2:5月18日です。生年月日は1947年5月18日で、2027年5月18日に80歳になります。
Q3:寺尾聰の身長は何cmですか?
A3:日本タレント名鑑によると176cmです。
Q4:寺尾聰は若い頃、何をしていましたか?
A4:1964年に結成されたグループサウンズのザ・サベージでベースを担当し、1966年に「いつまでもいつまでも」でレコードデビューしました。その後、1968年に『黒部の太陽』で俳優デビューしています。
Q5:寺尾聰の妻は誰ですか?
A5:妻は元女優の星野真弓さんです。1981年に結婚したと報じられています。
Q6:寺尾聰は2026年現在も芸能活動をしていますか?
A6:はい。2026年にはテレビドラマ『おコメの女』『俺たちの箱根駅伝』に出演し、カバーライブも開催しています。俳優・歌手として活動を継続しています。
まとめ:寺尾聰は2026年現在79歳!俳優・歌手として現役で活躍
寺尾聰さんは1947年5月18日生まれで、2026年10月現在79歳です。
ザ・サベージのベーシストとして音楽活動を始め、1981年の「ルビーの指環」で日本レコード大賞を受賞。その後は『黒部の太陽』を出発点に俳優としても活躍し、黒澤明監督作品や『雨あがる』『半落ち』など、数多くの作品に出演してきました。
2025年の映画『父と僕の終わらない歌』、2026年のドラマ『おコメの女』『俺たちの箱根駅伝』など、現在も出演作が続いています。
寺尾聰さんの魅力は、年齢を重ねても俳優と歌手という二つの表現活動を続けていることです。 2027年5月18日には80歳を迎えますが、今後の出演作品や音楽ライブにも注目が集まります。