『逆賊の幕臣』は、NHK大河ドラマ第66作として制作される幕末歴史ドラマです。2025年3月3日に制作と主演が発表され、2026年7月29日に初回放送日が公表されました。
2026年11月3日時点で判明している作品情報は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 逆賊の幕臣 |
| 放送年 | 2027年 |
| 放送開始日 | 2027年1月10日(日) |
| 放送局 | NHK |
| 主人公 | 小栗忠順(小栗上野介) |
| 主演 | 松坂桃李 |
| 勝海舟役 | 大沢たかお |
| 脚本 | 安達奈緒子 |
| 時代設定 | 幕末 |
| 作品番号 | 大河ドラマ第66作 |
| 初回放送 | 15分拡大版 |
特に注目したいのは、2026年11月2日に発表された最新情報です。キービジュアルと音楽担当が公開され、作曲家には大間々昂が起用されました。また、語りを青木崇高が担当することも発表されています。
初回は15分拡大版となる予定です。放送開始を目前に控え、作品のビジュアルや音楽を含めた制作情報が具体化してきました。
脚本・安達奈緒子が描く「幕臣側から見た幕末」
脚本を担当するのは、安達奈緒子です。
これまでにNHKドラマ10『透明なゆりかご』や連続テレビ小説『おかえりモネ』などを手がけてきた脚本家で、大河ドラマの脚本を担当するのは今回が初めてです。
制作発表時、安達は小栗忠順という人物の視点から、もう一つの歴史を描きたいという趣旨を語っています。政治や歴史を正面から扱う大河ドラマを目指す姿勢も示しました。
これまでの幕末ドラマでは、坂本龍馬、西郷隆盛、勝海舟など、明治維新につながる側の人物が中心になることが少なくありませんでした。今回は、敗れた幕府の側に立って歴史を見直す構成です。視点が変わることで、同じ出来事でも政治的な意味合いが違って見える可能性があります。
【キャスト一覧・人物相関図】松坂桃李と大沢たかおを中心とする豪華出演者

『逆賊の幕臣』のキャストは、主人公を取り巻く小栗家、勝家、江戸幕府、朝廷、薩摩・長州の人物という複数のグループで構成されています。
2026年10月9日の第8弾までに、主演を含む32人の出演者が発表されました。10月30日には人物相関図の初期版「ver.0」も公開されています。
発表済みキャスト・役柄一覧
以下は、2026年11月3日時点で公表されている出演者と役柄を整理したものです。
出演者発表をもとに編集。役柄の詳しい説明はNHK財団のステラnetによる各出演者発表を参照。
人物相関図の見どころは3つの対立軸
1.小栗家と勝家
物語の中心となるのは、小栗忠順と勝海舟です。小栗家には父・忠高、母・くに、妻・みち、養子・忠道がいます。一方、勝家では妻のたみが海舟を支えます。
小栗の家庭生活と勝家の人間関係を並行して描くことで、政治家・幕臣としての顔だけではない人物像が浮かび上がる構成です。
2.江戸幕府と朝廷
江戸幕府側には徳川家慶、徳川家定、徳川家茂、井伊直弼、阿部正弘らが登場します。朝廷側には孝明天皇、明治天皇、岩倉具視らが配置され、開国や攘夷をめぐる政治的な緊張を描きます。
3.薩摩・長州と幕府
吉田松陰、高杉晋作、島津斉彬、島津久光といった人物は、幕府の政治体制を揺るがす重要な存在です。小栗の近代化構想と、倒幕を目指す側の政治思想がどのように衝突するのかが見どころになります。
なお、相関図の「ver.0」は完成版ではなく、発表済みの人物を整理したものです。今後の追加発表によって人物関係が広がる可能性があります。
11月2日の最新発表で注目したい青木崇高の役割
2026年11月2日には、青木崇高が本作の「語り」を担当することが発表されました。
青木は小栗の盟友・栗本鋤雲役も務めています。登場人物として演じるだけでなく、語り手として作品全体をつなぐ立場にも就くことになりました。
主人公と長年の関係を持つ人物を演じる俳優が語りも担当する点は、作品の構成上興味深いところです。小栗の人生をどのような距離感から語るのかにも注目です。
【小栗上野介は何をした人?】遣米使節・財政改革・近代化への功績
小栗上野介は、江戸幕府の財政・外交・軍事を支えた幕臣です。本名は小栗忠順。上野介は官職に由来する呼称で、忠順は1827年に生まれ、1868年に亡くなりました。
国立国会図書館の「近代日本人の肖像」によると、小栗は目付、外国奉行、勘定奉行、軍艦奉行などを歴任しています。特に重要なのは、海外の制度を学び、それを日本の行政や産業に取り入れようとした点です。
1860年の遣米使節で何を学んだのか
1860年、小栗は万延元年遣米使節団の一員としてアメリカへ渡りました。目的は、1858年に締結された日米修好通商条約の批准書を交換することです。
使節団は正使・新見正興を中心とする公式外交団で、小栗は目付として参加しました。国立国会図書館の記録では、同年1月から9月にかけて渡米した経歴が確認できます。
外務省の外交史料によれば、一行は1860年2月に出航し、ハワイやサンフランシスコ、パナマを経由してワシントンへ向かいました。5月には条約批准書の交換が行われています。
この訪米で小栗が接したのは、外交儀礼だけではありません。西洋の軍事力、産業技術、金融、行政制度など、国の仕組みそのものです。帰国後の幕府改革に、こうした経験が生かされました。
小栗忠順の功績は横須賀製鉄所にある
小栗の代表的な功績が、横須賀製鉄所の建設を推進したことです。
1853年のペリー来航以降、幕府は欧米列強の軍事力を強く意識するようになりました。日本の海を守るには、軍艦を購入するだけではなく、自国で修理・建造できる設備が必要です。
小栗はフランス公使レオン・ロッシュらと協力し、フランスの技術を導入した大規模な造船施設の整備を進めました。建設の技術責任者には、フランス人技師フランソワ・レオンス・ヴェルニーが選ばれています。
1865年11月15日に横須賀製鉄所の起工式が行われました。第1号ドックは1871年に完成しています。完成時にはすでに江戸幕府は存在していませんでしたが、建設事業そのものは明治政府に引き継がれました。
ここで注意したいのは、「製鉄所」という名称から、鉄を製造するだけの工場を想像しないことです。財務省の解説によると、当時のフランス語の「Arsenal(アルスナル)」を「製鉄所」と訳したことに由来します。実際には造船・修理・機械加工などを担う総合的な工業施設でした。
つまり小栗が目指したのは、単なる軍備増強ではありません。外国から軍艦を買うだけの国から、自国の技術で船を造り、修理し、人材を育てられる国への転換でした。
横須賀製鉄所は、後の横須賀造船所、横須賀海軍工廠へとつながります。小栗の構想が幕府滅亡後も日本の産業基盤として残った点は、歴史的に大きな意味を持っています。
【なぜ逆賊と呼ばれた?】小栗上野介の生涯と最期、歴史的評価の真相
小栗上野介の生涯を理解するうえで避けて通れないのが、明治維新と戊辰戦争です。
小栗は日本の近代化を推進した人物でしたが、政治的には最後まで徳川幕府を支える立場にありました。新しい時代を見据えながらも、幕府という政治体制を維持・改革しようとしたことが、後の悲劇につながります。
小栗上野介の生涯を年表で整理
- 1827年: 江戸に生まれる。
- 1855年: 小栗家の家督を継ぐ。
- 1859年: 目付に就任。
- 1860年: 万延元年遣米使節団の一員として渡米。
- 1860年: 帰国後、外国奉行などを歴任。
- 1862年: 勘定奉行に就任し、軍制改革にも取り組む。
- 1864~1865年: 軍艦奉行などを務める。
- 1865年: 横須賀製鉄所の建設を推進。
- 1867年: 大政奉還。幕府の政治体制が大きく揺らぐ。
- 1868年1月: 徹底抗戦論が受け入れられず、幕府の役職を解かれる。
- 1868年4月6日: 上野国権田村で処刑される。
これらの経歴は国立国会図書館の小栗忠順関係資料や人物紹介に記録されています。
逆賊と呼ばれた理由は何だったのか
最大の理由は、戊辰戦争に際して小栗が新政府軍との徹底抗戦を主張したことです。
1867年の大政奉還によって徳川幕府は政権を朝廷に返しました。しかし、政治の主導権をめぐる対立は解消されず、翌1868年には鳥羽・伏見の戦いが発生します。
徳川慶喜が新政府への恭順を選ぶなか、小栗は薩摩・長州を中心とする新政府軍に対して戦うべきだと主張しました。しかし、この意見は受け入れられず、小栗は役職を解かれます。
その後、小栗は領地の上野国権田村(現在の群馬県高崎市倉渕町)へ移りました。幕府の要職から離れた後、村で生活を始めていた時期に新政府軍に捕らえられています。
1868年4月6日、取り調べを受けずに処刑
小栗の最期については、高崎市の指定文化財「小栗上野介忠順終焉の地」に具体的な記録があります。
慶応4年(1868年)閏4月5日、小栗と家臣3人が捕縛され、翌6日に水沼河原で斬首されました。小栗は42歳でした。
高崎市の公式説明で特に注目されるのは、捕縛後に何の取り調べも行われず、翌日に処刑されたという点です。終焉の地には、1932年に地元有志によって建立された「偉人小栗上野介罪なくして此所に斬らる」と刻まれた碑があります。
この記録から読み取れるのは、小栗が新政府の政治的な敵として処断されたという歴史的な構図です。新政府側が掲げた反逆の疑いと、近代化に貢献した幕臣という後世の評価には、大きな隔たりがあります。
ただし、徹底抗戦を唱えたこと自体も歴史上の事実です。小栗を単純に「無実の英雄」とだけ捉えるのではなく、徳川幕府を守ろうとした政治家としての立場と、新政府による処刑の経緯を分けて考える必要があります。
小栗上野介の歴史的評価はどう変わったのか
小栗は幕府の敗北とともに政治の表舞台から姿を消しました。しかし、彼が進めた横須賀製鉄所の建設は明治政府に引き継がれ、後の日本の造船・軍事産業を支える基盤となりました。
ここに小栗の歴史的評価を考える要点があります。
政治的には敗者となった人物の政策が、勝者である新政府のもとで継続され、国家の発展に利用されたのです。政権交代によって人物の評価が変わっても、政策や技術基盤の価値は残り続けました。
小栗は幕府のために働きながら、日本という国全体の将来を見据えていた人物でした。だからこそ、現代の歴史研究でも、幕末の近代化を考えるうえで欠かせない存在として扱われています。
【小栗上野介と勝海舟の関係】ライバルだった2人の決定的な違い
『逆賊の幕臣』でもう一つの大きな見どころとなるのが、小栗忠順と勝海舟の関係です。
NHK財団のステラnetは、勝海舟を小栗と最も対極にいながら、最も理解し合ったライバルとして紹介しています。演じるのは松坂桃李と大沢たかおです。
1860年のアメリカ渡航で見えた2人の違い
2人の関係を知るには、まず1860年の遣米使節を理解する必要があります。
小栗は米艦ポーハタン号に乗った公式使節団の一員でした。一方、勝海舟は日本側の船・咸臨丸に乗船し、使節団に随行しています。
つまり、2人は同じ外交事業に関わりながら、別々の船でアメリカへ向かっていたのです。
この点は、幕末の歴史を知るうえで意外に見落とされやすい部分です。咸臨丸の太平洋横断は広く知られていますが、条約批准書の交換を目的とする公式外交使節団の活動にも、小栗が重要な役割を果たしていました。外務省の外交史料でも、ポーハタン号と咸臨丸の役割は区別されています。
小栗は幕府を改良し、勝は幕府の解体も視野に入れた
2人の決定的な違いは、幕末の政治危機をどう解決するかという考え方にありました。
小栗は、徳川幕府の組織を改革し、近代的な行政・軍事・産業の仕組みを構築することを重視しました。既存の政府を改良して国を強くしようとしたのです。
一方の勝海舟は、幕府という組織を解体してでも、新しい時代にふさわしい人材や仕組みを生かそうとする方向へ進みました。最終的には江戸無血開城に大きな役割を果たした人物として知られています。
NHKの作品紹介でも、小栗と勝は対照的な政治思想を持ちながら、互いの能力を認め合う存在として説明されています。
2人の関係を理解する3つのポイント
- 小栗は幕府を維持・改革する方向を重視した。
- 勝は幕府の解体も視野に入れ、新しい政治体制への移行を模索した。
- 2人とも西洋の脅威を理解し、日本の将来を考えて行動した開明派だった。
この関係は、単純な敵対関係ではありません。国家の近代化という目標は共有しながら、政治体制をどう変えるべきかという方法論が異なっていたのです。
ドラマでは、小栗と勝の議論や協力、そして最終的に異なる道を選ぶまでの過程が、物語の重要な軸になると考えられます。
【小栗上野介大河ドラマの見どころ】史実とドラマをどう見分ける?
歴史ドラマを楽しむ際には、実際に確認できる歴史的事実と、脚本上の演出を区別することが大切です。『逆賊の幕臣』は実在人物を中心とする作品ですが、すべての会話や人物描写が史料に残っているわけではありません。
史実として押さえておきたいポイント
最初に、次の4点は公的資料で確認できる歴史的な出来事です。
- 小栗忠順が1860年の遣米使節団に参加したこと。
- 勘定奉行など幕府の要職を歴任したこと。
- 横須賀製鉄所の建設を推進したこと。
- 戊辰戦争時に徹底抗戦を主張し、1868年に処刑されたこと。
これらは国立国会図書館、外務省、横須賀市、高崎市の資料に基づくものです。
ドラマで注目したい演出上のポイント
一方、遣米使節の船上での会話、幕府内の人間関係、家族との日常、勝海舟との個人的な議論などは、残された記録をもとに脚本で再構成される部分もあります。
特に注目したいのは、主人公が近代化を進める一方で、最後まで幕府の幕臣であり続けたという矛盾です。新しい国の形を構想しながら、古い政治体制を守ろうとした小栗の姿には、幕末という時代の難しさが表れています。
2026年11月時点での最新動向
放送開始前の主な動きを整理すると、次のようになります。
- 2025年3月3日:松坂桃李主演と作品制作を発表。
- 2025年10月23日:大沢たかおの勝海舟役を発表。
- 2026年2月以降:小栗家、幕府、朝廷、薩摩・長州の出演者を順次発表。
- 2026年10月9日:中村倫也、寛一郎、斎藤工、西岡德馬の出演を発表。
- 2026年10月30日:人物相関図ver.0を公開。
- 2026年11月2日:キービジュアル、作曲家、語りを発表。
- 2027年1月10日:初回放送予定。
このように、作品は歴史上の人物を紹介する段階から、映像・音楽・人物関係を含めた具体的な制作情報を公開する段階へ進んでいます。
【小栗上野介の大河ドラマ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2027年の大河ドラマ『逆賊の幕臣』はいつから放送されますか?
A1:2027年1月10日(日)に放送開始予定です。初回は15分拡大版と発表されています。
Q2:小栗上野介を演じる俳優は誰ですか?
A2:松坂桃李です。演じるのは小栗忠順(小栗上野介)で、2027年の大河ドラマの主演を務めます。
Q3:勝海舟役は誰ですか?
A3:大沢たかおです。小栗忠順のライバルであり、互いの能力を認め合う重要人物として登場します。
Q4:『逆賊の幕臣』の脚本家は誰ですか?
A4:安達奈緒子です。『透明なゆりかご』『おかえりモネ』などを手がけた脚本家で、本作が初めての大河ドラマ脚本となります。
Q5:小栗上野介は何をした人ですか?
A5:幕末の幕臣で、遣米使節としてアメリカに渡り、帰国後は幕府の財政・外交・軍事改革に取り組みました。特に横須賀製鉄所(後の横須賀造船所)の建設を推進した功績が知られています。
Q6:小栗上野介が逆賊と呼ばれた理由は何ですか?
A6:戊辰戦争で新政府軍への徹底抗戦を主張し、徳川幕府への忠誠を貫いたためです。明治新政府に反逆の疑いを持たれ、1868年に捕縛・処刑されました。
Q7:小栗上野介と勝海舟は仲が悪かったのですか?
A7:単純な敵同士ではありません。政治的な考え方は異なりましたが、互いに能力を認め合ったライバルであり、同じ日本の近代化を目指した人物です。
Q8:横須賀製鉄所は現在も残っていますか?
A8:横須賀製鉄所は明治政府に引き継がれ、横須賀造船所などへ発展しました。現在の横須賀市には、ヴェルニー公園など関連する歴史を伝える場所があります。旧造船所のドックなどは米海軍横須賀基地内に位置するため、一般公開の条件には注意が必要です。
まとめ:『逆賊の幕臣』は敗者の歴史を見直す2027年の注目大河
2027年のNHK大河ドラマ『逆賊の幕臣』は、幕末の幕臣・小栗上野介忠順を主人公にした作品です。主演は松坂桃李、勝海舟役は大沢たかお、脚本は安達奈緒子が担当します。
放送開始日は2027年1月10日(日)。2026年11月2日にはキービジュアルや音楽担当、語りの発表も行われ、初回15分拡大版での放送が予定されています。
小栗上野介の人生を理解するために押さえておきたいのは、次の3つです。
第一に、遣米使節として海外の文明を学び、日本の近代化を構想したこと。 第二に、横須賀製鉄所の建設を推進し、後の日本の造船産業につながる基盤を築いたこと。そして第三に、幕府への忠誠を貫いた結果、新政府から逆賊と見なされ、42歳で命を落としたことです。
小栗は政治的には敗者でした。しかし、彼が推進した事業は新政府に引き継がれ、日本の近代化に役立てられました。ここに、単なる幕末の悲劇では終わらない小栗忠順の歴史的な価値があります。
『逆賊の幕臣』を見る際には、勝海舟との対比だけでなく、幕府の内部から新しい日本をつくろうとした小栗の政治思想にも注目したいところです。勝者の歴史だけでは見えなかった幕末のもう一つの姿が、2027年の大河ドラマでどのように描かれるのか期待が高まります。