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ハイヒールモモコの若い頃はヤンキー?中学・高校時代からNSC、結成秘話まで徹底解説

橘 宗 橘 宗 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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ハイヒール・モモコさんの若い頃は、現在の明るく華やかなイメージとはひと味違う、派手なファッションと行動力が印象的な姿でした。中学・高校時代にはヤンキーだったことを本人が明かしており、高校1年生で中退した後、18歳で吉本総合芸能学院(NSC)大阪校の1期生となっています。

実は、最初から芸人を目指していたわけではありません。東京の竹の子族に憧れて出演したテレビ番組がきっかけで吉本興業にスカウトされ、大学生だったハイヒール・リンゴさんと出会い、1982年にコンビを結成しました。2025年には19歳当時の写真もテレビで公開されています。2026年現在の活動と比較しながら、モモコさんの知られざる青春時代と芸人人生の原点を振り返ります。

【1】ハイヒールモモコの若い頃はどんな姿?中学・高校時代のヤンキーエピソード

ハイヒールモモコ若い頃

幼少期から高校中退までの歩み

ハイヒール・モモコさんの若い頃を語るうえで欠かせないのが、本人も公言しているヤンキー時代です。

2025年8月30日掲載の「CHANTO WEB」のインタビューでは、幼少期の家庭環境から中学・高校時代の生活、芸能界に入るまでの経緯を本人が詳しく語っています。

中学時代は生活環境が大きく変化

モモコさんは1964年2月21日生まれ、大阪府大阪市阿倍野区出身です。

幼い頃に両親が離婚し、父親に育てられました。

本人のインタビューによると、2歳のときに両親が離婚し、小学2年生のときには父親が再婚。その後、家庭環境が大きく変わったといいます。

加えて、中学2年生のときに実の母親に引き取られ、生活が一変しました。

本人は、母親のもとに移ってから自由になったことで、それまで抑えていた気持ちが表に出たと振り返っています。

周囲の環境が変わった中学生時代は、後のやんちゃな生活につながる転換期だったようです。

高校1年生で中退、暴走族に入っていた

モモコさんは高校に進学したものの、高校1年生で中退しています。

その後は働き始め、本人の証言によると、暴走族に入り、バイクで走り回る生活を送っていました。

当時は「なめ猫」に代表されるような、ヤンキー文化が広く知られていた時代です。

本人は2025年のインタビューで、当時の流行に敏感だったことや、雑誌・マスコミの取材を受けることもあったと話しています。

興味深いのは、本人が当時の自分を単に不良だったと振り返るのではなく、流行に敏感で、時代の雰囲気を楽しんでいた若者として語っている点です。

また、子どもに昔の暴走族時代の写真を見られた際には、ハロウィンの写真だと説明したという微笑ましいエピソードも披露しています。

出典:CHANTO WEB「ハイヒール・モモコ《ヤンキー上等》両親離婚、高校中退、スピード婚」2025年8月30日。本人インタビュー。

ヤンキー時代は現在の芸風にもつながっている?

モモコさんの若い頃の経験は、芸人としてのキャラクター形成にも影響を与えています。

ハイヒール結成当初の売り出し文句は、「現役女子大生と元スケバン」でした。

知的で落ち着いた雰囲気のリンゴさんと、派手で勢いのあるモモコさん。

正反対の個性を並べたことで、女性漫才コンビとして強い印象を残すことに成功しました。

ヤンキー時代の経験は、単なる過去の話題ではなく、若い頃からのモモコさんの個性を芸能界で伝える重要な要素になっていたのです。

【2】ハイヒールモモコの若い頃の写真が話題!昔はかわいかった?

「ハイヒールモモコ 昔 かわいい」という検索が多い背景には、現在の姿からは想像しにくい若い頃のファッションや、テレビ出演当時の写真への関心があります。

実際に、過去の写真を確認できる機会もありました。

19歳当時の写真が2025年にテレビで公開

2025年6月21日放送の関西テレビ「おかべろ」では、モモコさんが19歳だった頃の写真が紹介されました。

写真は、関西テレビの深夜番組「エンドレスナイト」に出演していた時期のものです。

若い頃のモモコさんを知るうえで貴重な資料であり、NSC時代からテレビで活動し始めた頃の雰囲気を伝えるものとなりました。

同番組では、当時のオーディションやダウンタウンとの交流についても話題になっています。

ヤンキー時代の写真も公開されている

2025年8月のCHANTO WEBの特集では、モモコさんの昔の写真が複数掲載されました。

写真ギャラリーには「ヤンキー時代のモモコさん」と紹介された写真もあります。

つまり、若い頃の姿は単なるネット上の噂ではなく、本人の取材記事やテレビ番組を通して実際に紹介されているのです。

ただし、中学時代の写真と高校時代の写真、芸能活動を始めた19歳当時の写真は、それぞれ撮影時期が異なります。

すべてを同じ年代の写真として扱わないことが大切です。

昔と現在で変わったもの、変わらないもの

若い頃のモモコさんは、派手なファッションやヤンキーらしい雰囲気が特徴的でした。

一方、現在は華やかな衣装やファッションを楽しみながら、テレビ番組の司会やコメンテーターとしても活躍しています。

変わったのはファッションや仕事上の立ち位置です。

一方で、人を楽しませることが好きな性格や、思ったことを率直に話すスタイルは、若い頃から現在まで一貫しているように見えます。

昔の写真が注目されるのは、単に若かったからではなく、現在のキャラクターにつながる個性がすでに表れているからでしょう。

【3】18歳でNSC大阪校1期生に!芸人を目指した意外なきっかけ

モモコさんが芸能界に入ったきっかけは、少し意外なものでした。

最初から漫才師になりたかったわけではなく、当時の若者文化への憧れが出発点だったのです。

竹の子族に憧れて東京へ行きたかった

当時、モモコさんが憧れていたのが、東京の代々木公園周辺で派手な衣装を着て踊っていた「竹の子族」でした。

竹の子族は1970年代後半から1980年代にかけて若者の間で人気を集めた文化です。

モモコさんは、東京で販売されている竹の子族の衣装に興味を持ち、どうしても東京に行きたいと考えていました。

そこで利用したのが、フジテレビのバラエティー番組「笑ってる場合ですよ!」のコーナー「お笑い君こそスターだ!」です。

友人とコンビを組んで出演すれば、東京へ行くきっかけになると考えたのです。

テレビ出演が吉本興業のスカウトにつながる

番組への出演が、モモコさんの人生を大きく変えました。

出演した姿を見た吉本興業の関係者から、NSCという養成所への入学を勧められたのです。

本人によれば、芸人を目指していたわけではなかったものの、この誘いをきっかけにNSCへ入学しました。

当時のモモコさんは18歳。

高校1年生で中退した後、芸能活動への道が開けたことになります。

NSC時代には辞めようと思ったことも

意外なのは、NSCに入ってからも順風満帆だったわけではないことです。

婦人公論の2019年の対談では、モモコさん自身がNSCの授業に面白さを感じられず、辞めようと思った経験を語っています。

そのとき、先生から紹介されたのが、3歳年上で大学に通っていたリンゴさんでした。

リンゴさんは当時、ラジオのパーソナリティーを志望してNSCに入学していました。

ところが、希望していたDJコースがなくなり、漫才コースに進んでいたのです。

それぞれ異なる目的でNSCに入った2人が、ここで出会うことになります。

【4】ハイヒールモモコとリンゴの出会い!1982年のコンビ結成秘話

ハイヒールの結成は、芸能界でも少し珍しい経緯をたどっています。

友人同士で組んだコンビではなく、吉本興業の紹介によって知り合った2人がコンビを組んだのです。

初対面は喫茶店!派手なモモコと大学生のリンゴ

婦人公論のインタビューでは、初めて会ったときの様子が詳しく語られています。

当時のモモコさんは18歳。リンゴさんは21歳で大学生でした。

モモコさんは友人を何人も連れて待ち合わせ場所に現れました。

一方のリンゴさんは、前髪をそろえた髪型に、当時流行していたハマトラ系のファッション。

服装も雰囲気も、まったく違う2人だったといいます。

加えて、モモコさんがリンゴさんに「走りに行かない?」と誘った際、リンゴさんはジョギングだと思ったというエピソードもあります。

実際には、車で環状線を走るという意味でした。

リンゴさんは翌日に試験があったため誘いを断り、最初から2人の価値観の違いが表れていたようです。

友達ではなく仕事仲間としてスタート

モモコさんとリンゴさんは、最初から親友だったわけではありません。

吉本興業の紹介で出会い、先生の勧めもあってNSC寄席に出演することになりました。

すると、舞台で予想以上の反応を得ます。

この経験を経て、2人はコンビとして活動することを決めました。

本人たちも、もともと友達ではなかったからこそ、仕事上のルールを決めて長く続けられたと振り返っています。

ハイヒールの結成は1982年11月

吉本興業の公式プロフィールによると、ハイヒールの結成年月は1982年11月です。

その後、1983年6月には、なんば花月下席の「フレッシュコーナー」で初舞台を踏みました。

当初の売り出し方は「女子大生と元スケバン」。

現役女子大生のリンゴさんと、元ヤンキーのモモコさんという対照的な組み合わせが、コンビの大きな個性となりました。

【5】エンドレスギャルズで人気に!ダウンタウンとの同期エピソード

ハイヒールが活動を始めた1980年代は、吉本興業にとっても新しい芸人育成の時代でした。

その象徴ともいえるのが、NSC大阪校の1期生です。

ハイヒールとダウンタウンはNSC同期

1982年に開校したNSC大阪校の1期生には、次のような芸人がいました。

- ハイヒール(モモコ・リンゴ)
- ダウンタウン(松本人志・浜田雅功)
- トミーズ(健・雅)
- 内場勝則さん

現在の関西お笑い界を代表する芸人たちが、同じ時期にNSCで学んでいたのです。

モモコさんは2026年9月のラジオ出演でも、18歳だったNSC時代に松本人志さんから聞いた言葉を振り返っています。

当時、早く売れたいと話していたモモコさんに対し、松本さんは、忙しくなってからではネタを作る時間がなくなるため、今のうちにたくさん作っておくべきだという趣旨の助言をしたといいます。

売れる前から将来を見据えていた同期の考え方が、現在も印象に残っているようです。

エンドレスナイトのエンドレスギャルズに選ばれる

ハイヒールの活動初期、モモコさんにとって大きな転機となったのが、関西テレビの深夜番組「エンドレスナイト」でした。

NSC時代には数多くのオーディションを受けていたと本人が振り返っています。

その中で、モモコさんだけが女性リポーターの「エンドレスギャルズ」に合格しました。

コンビで活動していた時期に、モモコさんだけがテレビ番組のレギュラーを獲得したのです。

この出来事は、当時の女性漫才コンビとしても珍しいものでした。

リンゴさんは、相方が先に仕事を獲得したことで複雑な気持ちもあったと考えられます。

そこで気遣いを見せたのが、同期のダウンタウンでした。

ダウンタウンがリンゴを気遣ったエピソード

2025年6月の関西テレビ「おかべろ」では、モモコさんが当時のエピソードを紹介しています。

モモコさんが「エンドレスナイト」に出演することになった際、ダウンタウンの2人は、リンゴさんがショックを受けないように気遣い、ドライブに誘ったといいます。

リンゴさんも過去の番組出演で、このときの思いやりを振り返っています。

同じNSCで学び、仕事が少ない時期を過ごした仲間同士だからこそ生まれた関係だったのでしょう。

ハイヒールの経歴・関係者を年表で整理

ここまでの出来事を整理すると、モモコさんの若い頃から現在につながる歩みが見えてきます。

時期 出来事・関係者 ポイント 1964年 モモコ誕生 大阪市阿倍野区出身 中学時代 生活環境の変化 実母に引き取られる 高校1年 高校中退 働き始め、暴走族に入る 18歳・1982年 NSC大阪校1期生 ダウンタウン、トミーズと同期 1982年11月 ハイヒール結成 リンゴとコンビを組む 1983年6月 なんば花月で初舞台 フレッシュコーナーに出演 19歳ごろ エンドレスギャルズ テレビで単独レギュラーを獲得 1993年 結婚 一般男性と結婚 2026年 芸能活動継続 テレビ・ラジオなどで活躍

参考:吉本興業公式プロフィール、読売テレビ、婦人公論、CHANTO WEB、各報道記事。結婚年は資料により表記差があります。

【6】ハイヒールモモコの現在は?2026年最新の活動と若い頃との違い

2026年10月現在、モモコさんは62歳。

若い頃のヤンキーキャラクターとは異なり、現在は関西のテレビ・ラジオを中心に、幅広い世代に親しまれるタレントとして活動しています。

2026年10月「徹子の部屋」に27年ぶり出演

2026年10月6日には、テレビ朝日系「徹子の部屋」に出演しました。

実に27年ぶりの登場で、結成44年を迎えたハイヒールの歩みや家族について語りました。

番組では、夫との出会いや3人の子どもたちの近況も紹介されています。

かつては若手女性漫才師として注目されたモモコさんですが、現在は60代の人生や仕事についても語る存在になっています。

2026年現在の主な出演番組

2026年10月末時点で確認できる主な活動は次のとおりです。

- 「モモコのOH!ソレ!み〜よ!」:関西テレビの番組。毎週土曜日午後1時59分から放送。
- 「よ〜いドン!」:関西テレビの情報番組にも出演。
- 「真夜中市場〜ハイヒールの本音でイイすぎます〜」:ハイヒールとして出演する通販バラエティー。
- 「ますます!ハイヒール」:MBSラジオで放送されるコンビの番組。
- 「ハイヒール・モモコの寝てる場合やあれへんで」:ラジオ大阪で担当する番組。

特に「モモコのOH!ソレ!み〜よ!」は、2026年10月31日にも放送が確認できる現在のレギュラー番組です。

本名は小林聡!1993年に結婚し3人の子どもの母に

モモコさんの本名は小林聡(こばやし・さとり)です。

2026年3月には、関西テレビの番組で自身の本名について話題になったことも報道されました。

私生活では、テレビ番組の公開お見合い企画を通じて知り合った一般男性と結婚しています。

結婚については、1993年とする吉本興業関連の紹介や読売テレビの記録、ORICON NEWSの報道があります。一方、スポニチなどには1992年とする報道もあります。

2025年の本人インタビューでは、結婚32年目と紹介されており、年の表記には資料による違いがあります。

子どもは長男、次男、長女の3人です。2025年には長男の結婚も報告されました。

若い頃から現在まで変わらないモモコさんの魅力

若い頃のモモコさんは、ヤンキー文化の中で目立つ存在でした。

その後、NSCに入り、リンゴさんとの出会いを経て漫才師として活動を始めます。

現在はファッションや買い物、旅行などの話題も発信しながら、テレビやラジオで活躍しています。

注目したいのは、若い頃の経験を隠すのではなく、テレビやインタビューで自然体で語っていることです。

過去の失敗ややんちゃな時代も笑いに変えられる姿勢は、長く芸能界で活動してきたモモコさんならではの魅力です。

【7】ハイヒールモモコの若い頃に関するよくある質問(FAQ)

Q1:ハイヒールモモコは若い頃、本当にヤンキーだったのですか?

A1:はい。本人が2025年のCHANTO WEBのインタビューで、中学・高校時代のやんちゃな生活や暴走族に入っていた経験を語っています。

Q2:ハイヒールモモコは高校を中退したのですか?

A2:はい。本人によると高校1年生で中退し、その後は働き始めています。

Q3:ハイヒールモモコは何歳でNSCに入りましたか?

A3:18歳です。1982年にNSC大阪校1期生として入り、ダウンタウンやトミーズと同期になりました。

Q4:ハイヒールモモコとリンゴの出会いは?

A4:吉本興業の関係者から紹介されたことがきっかけです。最初は喫茶店で待ち合わせをしており、友人関係ではなく仕事仲間としてコンビをスタートさせました。

Q5:ハイヒールの結成は何年ですか?

A5:1982年11月です。1983年6月には、なんば花月の「フレッシュコーナー」で初舞台を踏みました。

Q6:若い頃の写真はどこで見られますか?

A6:2025年の関西テレビ「おかべろ」では19歳当時の写真が紹介されました。また、CHANTO WEBの2025年8月のインタビュー特集にもヤンキー時代の写真が掲載されています。

Q7:ハイヒールモモコは2026年現在何歳ですか?

A7:1964年2月21日生まれなので、2026年10月現在は62歳です。現在もテレビやラジオなどで芸能活動を続けています。


まとめ:ハイヒールモモコの若い頃は芸人人生の原点だった

ハイヒール・モモコさんの若い頃を振り返ると、現在の明るくエネルギッシュなキャラクターにつながる数々の経験が見えてきます。

中学時代の家庭環境の変化、高校1年生での中退、暴走族に入っていた経験。そして、竹の子族への憧れから出演したテレビ番組がきっかけとなり、18歳でNSC大阪校1期生になりました。

その後、リンゴさんと出会い、1982年にハイヒールを結成。エンドレスギャルズとしてテレビ出演を果たし、ダウンタウンやトミーズら同期とともに関西のお笑い界で存在感を高めていきました。

若い頃の写真には、現在とは異なるファッションや雰囲気が残されています。しかし、そこに映っているのは、後に長く芸能界で活躍することになるモモコさんの原点でもあります。

2026年現在も62歳で現役。 40年以上にわたって活動を続けている背景には、若い頃から持ち続けてきた行動力、人を楽しませる姿勢、そしてリンゴさんとの仕事上の信頼関係があります。

ヤンキー時代からNSC、そして現在までの歩みを知ると、ハイヒール・モモコという芸人の魅力が、より深く伝わってきます。

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