カレーハウスCoCo壱番屋(ココイチ)の創業者・宗次徳二氏には息子がいます。しかし、創業者の息子が会社を継いで社長になったという事実はありません。実際に壱番屋の経営を引き継いだのは、創業当初から店で働いていた浜島俊哉氏でした。
なぜ宗次徳二氏は、実の息子ではなく、長年会社を支えてきた社員に経営を託したのでしょうか。2025年に掲載された東洋経済オンラインの本人証言や、過去の経営者インタビュー、壱番屋の公式人事発表をたどると、その背景には創業期の家族の考え方、同族経営からの脱却、そして後継者に求めた人間性という3つの要素が浮かび上がります。
【結論】ココイチ社長の息子は経営を継いでいない!創業者本人が語った真相

最初に結論を整理すると、ココイチの創業者・宗次徳二氏の息子は、壱番屋の社長にも経営者にもなっていません。
この事実を明らかにしているのが、2025年9月21日に東洋経済オンラインで掲載された宗次徳二氏の証言です。記事では、創業当時の家族の状況と、息子に会社を継がせなかった経緯が紹介されています。
宗次氏は、妻の直美氏との間に息子がいることを認めたうえで、後継者にする考えはなかったと説明しています。
「この子にはやらせたくないね」
これは、息子が生まれた頃の創業者夫妻の考えを表した言葉です。
当時はココイチを立ち上げて間もない時期。夫婦ともに仕事に追われる毎日で、家庭と事業を両立させることが簡単ではありませんでした。そのため、息子にまで同じ苦労をさせたくないという思いがあったといいます。
さらに宗次氏は、息子が成長した後も、本人から会社を継ぎたいという意思表示はなかったと明かしています。
つまり、息子が後継者にならなかった背景には、創業者側の意向だけでなく、本人の希望も関係していました。
息子は壱番屋の経営に関与していたのか
2021年に公開された経営者通信Onlineのインタビューでも、宗次氏は息子について言及しています。
このインタビューでは、息子は経営に関与していなかったこと、また、相続を目的として息子に壱番屋の株式を譲ることも考えなかったことを説明しています。
したがって、息子が社内で経営経験を積んだ末に後継者候補から外れた、あるいは社長就任をめぐって父子間で対立したという話ではありません。
そもそも宗次氏が目指していたのは、家族に経営権を引き継ぐ会社ではなく、創業者が退いた後も組織として成長できる会社でした。
息子の氏名や職業、現在の生活などについては、本人の経営インタビューや壱番屋の公式資料で詳しく紹介されていません。公表されている重要な事実は、息子が会社経営に参加しておらず、後継社長にもなっていないという点です。
【宗次徳二の家族構成】妻・宗次直美氏もココイチを築いた創業者だった
ココイチの創業者と聞くと宗次徳二氏の名前を思い浮かべる人が多い可能性があります。しかし、壱番屋の歴史を正しく理解するには、妻の宗次直美氏の存在も欠かせません。
宗次夫妻は、1974年に喫茶店「バッカス」を開業しました。その後、喫茶店で提供していたカレーライスが評判となり、1978年1月にカレーハウスCoCo壱番屋の1号店をオープンしています。
壱番屋の公式企業紹介でも、宗次徳二氏と直美氏の夫妻が営んでいた喫茶店をココイチの原点として紹介しています。
宗次徳二氏と宗次直美氏のプロフィール
宗次徳二氏は1948年10月生まれ。石川県出身で、1978年にココイチを創業しました。1982年7月には株式会社壱番屋を設立し、代表取締役社長に就任しています。
一方、妻の宗次直美氏は1950年生まれ。大和ハウス工業での勤務を経て、夫とともに喫茶店を開業し、ココイチの創業にも携わりました。
直美氏は単に創業者の妻という立場ではありません。実際に社長を務め、夫が経営から離れた後も会社を支えた人物です。
息子を含む家族について公表されていること
宗次家について公に確認できる家族関係は、宗次徳二氏、妻の直美氏、そして息子の存在です。
ただし、息子の氏名や職業、詳しい経歴などは広く公表されていません。宗次夫妻は企業経営や社会貢献活動については積極的に発信してきましたが、息子の私生活を前面に出してきたわけではありません。
注目したいのは、息子に経営を継がせなかった一方で、宗次氏が家族との関係を断ったわけではないということです。2021年のインタビューでは、妻が息子のために資産を残すことにも触れています。
会社の経営権を引き継がせることと、家族として財産を考えることは別の問題だったのです。
【息子に継がせなかった3つの理由】宗次徳二氏が重視した経営の考え方
宗次氏が息子を後継者にしなかった理由は、本人の複数のインタビューを照らし合わせると、単純な親子関係の問題ではなかったことが分かります。
理由1:創業期の苦労を息子に経験させたくなかった
最も直接的な理由は、創業当初の過酷な仕事環境です。
1978年にココイチ1号店を開業した宗次夫妻は、店舗の運営から事業の拡大まで、経営のあらゆる部分に携わっていました。
創業期の飲食店経営は、店舗を開けているだけで成立するものではありません。接客、調理、仕入れ、資金繰り、人材確保など、日々の業務を夫婦で支える必要があります。
息子が生まれたのも、まさにその忙しい時期でした。
宗次氏の証言によれば、夫婦は当時から息子に事業を継がせるつもりがなかったといいます。自分たちが選んだ商売の苦労を、子どもに当然のように引き継がせる考えではなかったのでしょう。
理由2:息子自身も会社を継ぎたいとは言わなかった
2025年の東洋経済オンラインのインタビューでは、成長した息子も会社を継ぎたいとは言わなかったと説明されています。
この点は、事業承継をめぐる誤解を解くうえで重要です。
創業者の息子が後継者にならなかったという結果だけを見ると、父親が息子を経営者として認めなかったようにも受け取れます。しかし、本人の証言から読み取れるのは、そもそも親子の双方に親族承継を進める意思がなかったということです。
本人が望まない経営者の座を、創業家の血縁だけを理由に引き継がせる必要はありません。宗次氏は、そうした考え方を実際の経営判断に反映させました。
理由3:同族経営から脱却し、組織として成長する会社を目指した
さらに重要なのが、宗次氏が壱番屋の株式公開を決めた際の考え方です。
2021年の経営者通信Onlineのインタビューで、宗次氏は、同族企業から脱却するために株式を公開したと説明しています。
株式公開によって会社を開かれた組織にし、創業者一族だけではなく、さまざまな人々の協力を得ながら成長させる。その方向性と、息子に経営を継がせない判断は一致していました。
ここで押さえておきたいのは、宗次氏が家族経営そのものを否定していたわけではないということです。実際、妻の直美氏は経営の中心を担っています。
しかし、会社を永続的に成長させるには、血縁よりも経営能力や組織への適性を重視する必要があると判断したのです。
【ココイチ歴代社長と事業承継の経緯】宗次夫妻から浜島俊哉氏、葛原守氏へ
ココイチの社長交代を理解するには、1998年、2002年、2019年という3つの転換点を押さえる必要があります。
宗次徳二氏が突然会社を離れたわけではありません。まず妻に社長を引き継ぎ、その後、長年会社を支えてきた浜島俊哉氏に経営を託すという段階的な承継でした。
ココイチの歴代社長と主要な経営交代
| 時期 | 社長・関係者 | 主な出来事 |
|---|---|---|
| 1978年 | 宗次徳二・直美夫妻 | ココイチ1号店を開業。夫妻で事業をスタート。 |
| 1982年 | 宗次徳二氏 | 株式会社壱番屋を設立し、代表取締役社長に就任。 |
| 1998年6月 | 宗次直美氏 | 徳二氏から社長を引き継ぐ。徳二氏は代表取締役会長へ。 |
| 2000年2月 | 壱番屋 | 株式を店頭公開。 |
| 2002年6月1日 | 浜島俊哉氏 | 代表取締役社長に就任。直美氏は取締役会長へ。 |
| 2010年 | 宗次直美氏 | 相談役に就任。 |
| 2015年12月 | ハウス食品グループ本社 | 公開買付けにより壱番屋を子会社化。 |
| 2019年3月1日 | 葛原守氏 | 浜島氏から社長を引き継ぐ。 |
| 2026年11月現在 | 葛原守氏 | 代表取締役社長として経営を担当。 |
この年表から分かるのは、ココイチの事業承継が一度の社長交代で完結したものではないという点です。
1998年:宗次徳二氏から妻・直美氏へ
最初の大きな転換点は1998年6月です。
宗次氏は、それまで自ら担っていた社長職を妻の直美氏に譲り、代表取締役会長に就任しました。
この交代は、当初から経営を引退するためのものではありませんでした。東洋経済オンラインの2020年のインタビューで、宗次氏は株式公開を決断したことがきっかけだったと説明しています。
当時、ココイチは500店舗規模に成長しており、宗次氏は会社をより開かれた組織にするため、株式公開の準備を進めていました。
社長交代と株式公開のタイミングを重ねることで、経営意欲を失って退任したという誤解を避けたい考えもあったといいます。
実際、壱番屋は2000年2月に株式を店頭公開しました。
2002年:浜島俊哉氏が正式に経営を引き継ぐ
次の転換点が2002年です。
壱番屋が2002年4月5日に公表した「代表取締役の異動に関するお知らせ」には、同年6月1日付で浜島俊哉氏が代表取締役社長に就任し、宗次直美氏が取締役会長に異動することが明記されています。
宗次徳二氏は同年5月31日付で役員を退任しました。
会社側は、浜島氏について創業期から従事してきた生え抜きの役員であり、壱番屋の理念を受け継ぎ、フランチャイズオーナーからの信頼も厚い人物だと評価しています。
つまり、親族ではなく、企業文化と現場を熟知した社内人材に経営を任せたのです。
2019年:浜島俊哉氏から葛原守氏へ
浜島氏は2002年から2019年まで、約17年間にわたって代表取締役社長を務めました。
2018年10月に発表された社長交代人事では、2019年3月1日付で葛原守氏が社長に昇格し、浜島氏は取締役会長に就任することが決まりました。
流通ニュースなどの報道によれば、浜島氏の社長在任期間が16年を超え、60歳を迎える節目だったことも交代の背景にありました。
葛原氏は1992年に壱番屋へ入社し、海外事業部長、海外事業本部長、常務取締役、代表取締役副社長などを歴任しています。
この交代も創業家への回帰ではなく、社内で経験を積んだ人材へのバトンタッチでした。
【浜島俊哉氏とは何者?】アルバイトからココイチ社長になった後継者の実力
宗次徳二氏の息子ではなく、浜島俊哉氏が後継者に選ばれたことには、明確な理由がありました。
浜島氏は、最初から経営幹部として壱番屋に入社した人物ではありません。1980年2月、19歳のときにココイチでアルバイトを始めています。
現場経験を積み、経営幹部へ昇進
浜島氏は店舗運営の現場を経験した後、店長やスーパーバイザーなどを務め、徐々に責任ある役職へ進みました。
1982年7月に株式会社壱番屋へ入社し、1990年には中日本本部長、1992年には取締役全国統轄本部長に就任しています。
さらに1998年には専務取締役、2000年には代表取締役副社長へと昇進しました。
この経歴は、浜島氏が創業者の個人的な知人や親族として抜擢されたのではなく、長年の勤務を通じて組織の中で信頼を築いたことを示しています。
宗次氏が評価したのは経営能力だけではなかった
2013年12月号の経営者通信に掲載されたインタビューで、宗次氏は浜島氏を後継者に選んだ理由を詳しく語っています。
宗次氏が承継を考え始めたのは2001年の春でした。浜島氏に出店戦略などの意思決定を任せたところ、自分が判断する場合と変わらないほど的確な仕事をしていたことが大きなきっかけだったといいます。
ただし、宗次氏が最も重視したのは、単純な仕事の能力ではありませんでした。
「人間性です」
宗次氏は、裏表がなく、公明正大で、まじめで誠実な人物でなければ、社員はついてこないという考えを示しています。
浜島氏については、19歳でアルバイトとして入社して以来、20年以上にわたって人柄を見てきたことが信頼につながったと説明しました。
能力が高いだけの人物ではなく、社員やフランチャイズオーナーから信頼される人物を後継者にする。この判断基準は、ココイチの事業承継を理解するうえで要点です。
2001年11月5日に承継を発表、翌年6月に社長就任
宗次氏は2001年春頃から浜島氏への承継を考え、本人に将来社長になってほしいと伝えていました。
その後、浜島氏自身が社長を引き受けたいと申し出たことで、承継が具体化します。
2001年11月5日に後継人事が発表され、2002年6月1日に正式に社長へ就任しました。
興味深いのは、宗次氏が社長を退いた後、浜島氏の経営に口を出さないことを徹底した点です。
2025年の東洋経済オンラインのインタビューでも、経営を任せた以上は助言や指示を控え、後継者にすべてを任せたと振り返っています。
後継者を選ぶだけでなく、退任後に経営権を本当に渡し切ったことも、壱番屋の事業承継を特徴づけています。
【2015年の株式譲渡と2026年の現在】ココイチ事業承継のもう一つの真相
ココイチの事業承継を考える際、2002年の社長交代と2015年の株式譲渡は分けて理解する必要があります。
2002年は経営を誰が担うかという問題でした。一方、2015年は会社の株式を誰が保有するかという資本面の問題です。
2015年、宗次夫妻は保有株をハウス食品側へ譲渡
2015年10月、ハウス食品グループ本社は壱番屋株式に対する公開買付け(TOB)を発表しました。
壱番屋の株式を取得して連結子会社化することを目指したもので、同年12月に子会社化が実現しています。
宗次氏は2021年のインタビューで、創業以来、夫婦が保有してきた株式を相続目的で息子に譲ることは考えなかったと説明しています。
また、ハウス食品との提携については、壱番屋の海外展開を強化するための協力関係という側面がありました。カレー原料を供給する食品メーカーと、飲食店舗を展開する壱番屋が協力することで、世界市場での成長を目指したのです。
宗次氏自身も、ハウス食品とのTOBを友好的な取引と位置づけ、保有株の譲渡によって社会貢献活動に使う資金を得られたと振り返っています。
この出来事は、ココイチの承継が単なる親族間の相続ではなく、経営、株式、企業の成長戦略を分けて考えた取り組みだったことを示しています。
宗次徳二氏は2026年現在、何をしている?
宗次氏は2002年に壱番屋の経営から完全に退いた後、社会貢献やクラシック音楽の普及に力を入れてきました。
2003年にはNPO法人イエロー・エンジェルを設立して理事長に就任。2007年には名古屋市内にクラシック音楽専用ホール「宗次ホール」を開設しています。
2026年4月には、中部学院大学の公開講座で講演したことが大学公式サイトで紹介されました。同大学では客員教授としても紹介されており、NPO法人イエロー・エンジェルの理事長としての活動も続けています。
2026年7月掲載の中央公論の記事でも、宗次ホールを拠点とした活動や、経営者から社会貢献活動へと軸足を移した現在の姿が取り上げられています。
創業者としてココイチの経営に戻るのではなく、退任後の人生を音楽文化や社会への還元に充てているのが現在の宗次氏です。
2026年11月現在のココイチ社長は葛原守氏
2026年11月現在、株式会社壱番屋の代表取締役社長を務めているのは葛原守氏です。
壱番屋の公式会社概要によると、葛原氏は2019年3月に社長へ就任し、2026年3月からは全国統括本部長、マーケティング本部、商品本部を担当しています。
2026年2月期の会社概要では、直営店とフランチャイズ店を含む全業態の店舗売上高は1,183億円と公表されています。国内だけでなく海外事業も含めた企業運営が続いています。
現在の経営体制を見ても、創業者の息子が社長に就任するという親族承継は行われていません。
宗次夫妻から浜島氏へ、そして浜島氏から葛原氏へ。現場経験と社内での実績を重視する承継の流れが続いています。
【プロの結論】ココイチの事業承継が成功した本当の理由とは
ココイチの事業承継から読み取れる本質は、創業者の家族が経営を引き継がなかったことだけではありません。
注目すべきなのは、創業者が会社の成長段階に合わせて、自分以外の人間が経営を担う体制を整えていったことです。
親族承継をしないことと、後継者育成をしないことは違う
宗次氏は息子に経営を継がせませんでしたが、後継者の育成を放棄したわけではありません。
浜島氏は19歳でアルバイトとして入社し、店舗運営から経営幹部まで段階的に経験を積みました。宗次氏はその働きぶりを長期間観察し、経営能力だけでなく人間性も評価したうえで社長を任せています。
これは、後継者を血縁で決めるのではなく、会社の中で信頼を築いた人物から選ぶという経営判断です。
経営権を譲った後に口を出さないことも重要だった
事業承継では、後継者を社長に就任させても、創業者が実質的な意思決定を続けるケースがあります。
しかし、宗次氏は浜島氏に経営を任せた後、干渉を避けました。
これは、後継者の権限を明確にし、新しい経営者が自分の判断で会社を動かせる環境をつくることにつながります。
創業者が会社に残り続けることだけが、企業を守る方法ではありません。適切な人物を選び、権限を渡し、退任後は新しい経営体制を尊重する。ココイチの承継には、その一連の流れがありました。
ココイチの事例から学べる事業承継の判断基準
ココイチの歴史から、事業承継を考える企業が参考にできる判断基準は次の3つです。
- 本人の意思を確認する:血縁関係だけで後継者を決めず、引き継ぐ本人が経営を望んでいるかを確認する。
- 能力と人間性の両方を見る:数字を動かす能力だけでなく、社員や取引先から信頼される人物かを評価する。
- 引き継いだ後の権限を明確にする:創業者が過度に介入せず、新しい経営者が責任を持って意思決定できる環境を整える。
ココイチの成功例は、親族承継を選ばないこと自体が正解だと示しているわけではありません。親族に適任者がいる企業なら、親族承継も有力な選択肢です。
ただし、会社を長く成長させるという目的から考えれば、血縁と経営者としての適性を切り離して判断することには大きな意味があります。
【ココイチ社長の息子】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ココイチ創業者・宗次徳二の息子は誰ですか?
A1:宗次徳二氏には息子がいます。ただし、息子の氏名や詳しい職業、経歴などは広く公表されていません。本人のインタビューでは、息子は壱番屋の経営に関与していなかったと説明されています。
Q2:宗次徳二の息子はココイチの社長になったのですか?
A2:いいえ。息子は社長に就任していません。2002年6月に代表取締役社長へ就任したのは、創業当初から働いていた浜島俊哉氏です。
Q3:宗次徳二が息子に会社を継がせなかった理由は何ですか?
A3:創業期が非常に忙しく、夫婦で息子に同じ苦労をさせたくないと考えていたこと、成長した息子自身も会社を継ぎたいと言わなかったことが本人の証言から分かっています。また、宗次氏は同族経営からの脱却を目指していました。
Q4:宗次徳二の妻・宗次直美はココイチの社長だったのですか?
A4:はい。直美氏は1998年6月に社長に就任し、2002年6月に会長へ異動しました。2010年には相談役となっています。夫とともにココイチを創業した重要人物です。
Q5:浜島俊哉は宗次徳二の親族ですか?
A5:親族ではありません。1980年にアルバイトとしてココイチで働き始め、店長や本部役員などを経験した生え抜きの経営者です。2002年から2019年まで社長を務めました。
Q6:2026年現在のココイチ社長は誰ですか?
A6:2026年11月現在の代表取締役社長は葛原守氏です。2019年3月に浜島俊哉氏の後任として就任し、2026年3月から全国統括本部長なども担当しています。
Q7:ココイチは2015年に創業家からハウス食品へ経営が移ったのですか?
A7:2015年にはハウス食品グループ本社による公開買付けが行われ、壱番屋は同年12月に同社の子会社となりました。これは2002年の社長交代とは別の、株式保有と資本関係に関する変化です。
まとめ:ココイチは息子ではなく実力ある社員へ経営を引き継いだ
ココイチ創業者・宗次徳二氏の息子は、父親の会社を継いで社長になったわけではありません。
宗次氏本人の証言によれば、創業期の忙しさから息子に同じ苦労をさせたくないという思いがあり、成長した息子自身も会社を継ぐ意思を示しませんでした。加えて、宗次氏は株式公開を通じて同族経営から脱却し、会社を組織として成長させる道を選びました。
1998年には妻の宗次直美氏へ社長を引き継ぎ、2002年には浜島俊哉氏へ経営を託しました。その後、2019年には葛原守氏が社長に就任し、2026年現在も経営を担っています。
ココイチの事業承継で特に注目したいのは、後継者の選定に血縁関係ではなく、経営能力、人間性、現場で積み重ねた信頼を重視したことです。
創業者が自分の名前や家族に会社を残すことよりも、会社そのものが成長し続けることを優先した。その判断こそが、ココイチの事業承継の核心です。
宗次徳二氏の息子が社長にならなかったという事実は、単なる創業家の後継者問題ではありません。創業者が築いた企業を、次の世代の経営者へどう引き継ぐのか。その答えを考えるうえで、ココイチは興味深い事例を残しています。
主な取材・確認資料: 東洋経済オンライン(2020年・2025年の宗次徳二氏インタビュー)、経営者通信Online(2013年・2021年のインタビュー)、株式会社壱番屋の2002年人事発表・会社概要・沿革、ハウス食品グループ本社の公開買付け資料、中部学院大学の2026年度講演報告、中央公論(2026年7月掲載)。