「以前は優しかった親が、急に怒るようになった」「些細な注意にも反発するようになった」という変化は、認知症の初期症状の一つである可能性があります。
政府広報オンラインが紹介する認知症の早期発見の目安にも、性格や行動の変化として、些細なことで怒りっぽくなる、頑固になる、自分の失敗を人のせいにするといった特徴が挙げられています。
ただし、怒りっぽさだけで認知症と判断することはできません。ほかの認知機能の変化や、日常生活への影響も含めて確認する必要があります。
認知症の初期に現れやすい怒りのサイン
次のような変化が複数見られる場合は、認知症の可能性も考えて専門家に相談しましょう。
① 些細なことで怒るようになった
以前なら気にしなかった言葉に強く反応したり、家族の何気ない指摘に激怒したりします。
② 同じことを何度も注意されると怒る
同じ失敗を繰り返していることを覚えていないため、家族から何度も指摘されると、責められているように感じる場合があります。
③ 自分の間違いを認めなくなった
料理の手順や買い物の金額を間違えても、本人は間違いに気づかず、指摘した家族に反発することがあります。
④ 物を盗まれたと疑い、怒る
財布や通帳などを自分でしまった場所を忘れ、家族や周囲の人を疑うことがあります。
⑤ 介護や身の回りの世話を嫌がる
入浴や着替え、服薬などを勧めると強く拒否し、怒鳴ったり手を振り払ったりすることがあります。
⑥ 不安が強くなり、落ち着かなくなる
一人でいることを怖がる、何度も家族を呼ぶ、同じ質問を繰り返すなどの変化も見られます。
単なる性格の変化と認知症の違いは?
認知症による怒りっぽさを見分ける際は、怒りそのものよりも、同時に起きている変化に注目することが大切です。
| 確認する項目 | 性格や一時的なストレスの変化 | 認知症が疑われる変化 |
|---|---|---|
| 記憶 | おおむね保たれている | 同じ質問や失敗を繰り返す |
| 判断力 | 状況に応じて判断できる | 金銭管理や段取りが難しくなる |
| 時間・場所 | 通常は正しく把握できる | 日付や場所が分からなくなる |
| 怒り方 | 特定のストレスに反応する | 些細なことでも反応しやすくなる |
| 日常生活 | 基本的な生活を維持できる | 家事や身支度などに支障が出る |
この比較は診断基準ではなく、家族が変化に気づくための目安です。
認知症は徐々に進行する場合が多い一方、せん妄などでは数時間から数日で急激な変化が現れることがあります。急な怒りっぽさを年齢や認知症のせいにして放置しないことが重要です。
怒りっぽさが出たら何科を受診する?
認知症が疑われる場合は、次の診療科や医療機関が相談先になります。
- かかりつけ医:まず身体の不調や服薬状況を確認する。
- もの忘れ外来:認知機能の検査や認知症の診断を受ける。
- 脳神経内科:認知機能の低下や脳の病気について調べる。
- 老年精神科・精神科:不安、妄想、興奮などの精神症状について相談する。
本人が受診を嫌がる場合は、家族だけで先に医師へ相談する方法もあります。
【実践できる対処法】認知症の人が怒ったときの声かけと家族の接し方

認知症の人が怒ったとき、家族が最初に意識したいのは、怒りをその場で収めようと無理をしないことです。
本人が興奮しているときに正論を伝えても、状況を理解できず、かえって反発が強まる場合があります。
まずは安心できる距離と環境を確保し、落ち着いてから本人の困りごとを確認しましょう。
怒ったときに使いたい5つの声かけ
1.本人の気持ちを受け止める
例えば、財布がなくなったと怒っている場合は、次のように声をかけます。
「大切なものが見つからなくて心配だったね。一緒に探してみようか」
盗まれたという本人の認識を頭ごなしに否定せず、不安な気持ちに寄り添うことがポイントです。
2.安心できる言葉を使う
「大丈夫だよ。ここにいるからね」
「ゆっくりでいいよ。急がなくて大丈夫」
本人が状況を理解できずに不安になっている場合は、短く分かりやすい言葉で安心感を伝えます。
3.選択肢を減らして伝える
「お風呂に入る?それとも入らない?」と迫るのではなく、
「今入るのと、少し休んでから入るのと、どちらがいい?」
というように、本人が選びやすい伝え方に変えます。
4.無理に説得せず、時間を置く
「今は嫌なんだね。少し休んでからにしよう」
介護を拒否しているときは、一度距離を置くことも有効です。時間を空けてから、別の家族が声をかけると受け入れられる場合もあります。
5.本人のペースに合わせる
「急がなくていいよ」
「一つずつやっていこうね」
認知症の人は、複数の情報を同時に処理することが難しくなる場合があります。一度に多くの指示を出さず、動作を一つずつ伝えることが大切です。
暴言や暴力が出たときの対処法
認知症の人が怒りを爆発させ、暴言を吐いたり、物を投げたり、家族に手を出したりすることもあります。
この場合、本人の気持ちを受け止めることと、家族の安全を守ることを両立させなければなりません。
対応の基本は次のとおりです。
- 大声で言い返さない。
- 正論で追い詰めない。
- 本人を囲んで複数人で説得しない。
- 急に身体に触れたり、腕をつかんだりしない。
- 危険な物や周囲の人を遠ざける。
- 安全な距離を取り、出口を確保する。
- 興奮が収まるまで無理に介護を続けない。
暴力が激しい場合は、介護者がその場から離れ、安全な場所に移動してください。
本人を力で押さえつけたり、無理に部屋へ閉じ込めたりする対応は、けがや興奮の悪化につながる危険があります。
家族だけで対処しようとせず、医療機関、ケアマネジャー、地域包括支援センターに相談してください。差し迫った危険や重大なけががある場合は、緊急通報を優先します。
反対に避けたいNG対応5つ
| 避けたい対応 | 問題点 | 望ましい対応 |
|---|---|---|
| 「さっきも言ったでしょ」 | 本人を責める形になる | 短く穏やかに説明する |
| 「そんなことはない」と否定する | 不安や不信感を強める | 気持ちを受け止める |
| 大声で怒鳴り返す | 興奮が強まる可能性がある | 声の大きさと話す速度を落とす |
| 無理やり介護する | 恐怖や抵抗につながる | 時間を置いて再度試す |
| 家族だけで抱え込む | 介護者の疲労が蓄積する | 専門職や介護サービスを利用する |
特に避けたいのが、本人の記憶違いを何度も訂正することです。
例えば、本人が「今日は仕事に行く」と言ったとき、すでに退職していることを繰り返し説明しても、本人がその事実を理解できず、怒りにつながる場合があります。
必要以上に現実を突きつけるのではなく、「仕事のことが気になるんだね」と本人の気持ちに寄り添う方が、落ち着いて会話できる場合があります。
怒りやすい時間帯・場面を把握する
怒りが起きる状況には、一定のパターンがある場合があります。
例えば、次のような場面です。
- 朝起きてすぐ、着替えを促されたとき。
- 夕方になり、疲れや空腹が出てきたとき。
- 入浴や排泄など、身体に触れられるとき。
- 来客や騒音で普段の環境が変わったとき。
- 予定を急に変更されたとき。
- 複数の家族から一度に話しかけられたとき。
怒りが起きた時間、直前の出来事、本人の体調、対応した声かけ、その後どうなったかを記録すると、引き金を見つけやすくなります。
重要なのは、怒りを完全になくすことだけを目標にしないことです。本人が安心して過ごせる時間を増やし、家族も安全に介護を続けられる環境をつくることが現実的な目標になります。
【受診・相談の目安】認知症の怒りを家族だけで抱え込まないために
認知症の人が怒る場合、家庭での接し方を工夫することは大切ですが、医療機関や介護の専門家による支援が必要なケースもあります。
特に、怒り方が急激に変わった場合や、暴力が出始めた場合は、早めに相談が必要です。
すぐに医療機関へ相談したい症状
次のような変化があれば、早めに医師へ連絡してください。
- 数日以内に突然怒りっぽくなった。
- 急に話が通じなくなった。
- 発熱や食欲低下を伴っている。
- 尿や便の状態に明らかな変化がある。
- 夜間に激しく興奮するようになった。
- 幻覚や妄想が突然強くなった。
- 新しい薬を飲み始めてから行動が変わった。
- 暴言や暴力が増え、家族だけでは対応できなくなった。
突然の意識障害、顔や手足の片側の麻痺、ろれつが回らない、激しい頭痛などがある場合は、認知症の症状と考えず、脳卒中などの緊急疾患も疑って119番通報してください。
急激な変化は、感染症や脱水、薬剤の影響によるせん妄など、治療できる原因が隠れている可能性があります。
受診前に家族が準備しておきたい情報
医師に相談するときは、「最近怒りっぽい」という説明だけではなく、具体的な状況を伝えることが役立ちます。
次の項目をメモしておきましょう。
- 怒りっぽくなったのはいつからか。
- どのような場面で怒るのか。
- 1日に何回程度怒るのか。
- 怒りがどのくらい続くのか。
- 食事や水分摂取に変化はあるか。
- 睡眠や排便に問題はないか。
- 服薬内容に変更はあったか。
- 暴言や暴力がある場合、どのような行動が見られるか。
可能であれば、怒る前後の出来事も記録してください。
こうした情報は、BPSDの原因を探るうえでも、身体疾患や薬剤の影響を確認するうえでも役立ちます。
地域包括支援センターはどんな相談に乗ってくれる?
認知症の介護で困ったときに利用したいのが、地域包括支援センターです。
地域包括支援センターは、高齢者の生活や介護、健康について幅広く相談できる公的な窓口です。
厚生労働省によると、地域包括支援センターは全ての市町村に設置されており、保健・医療・介護に関する相談を受け付けています。
相談内容に応じて、認知症疾患医療センターや認知症初期集中支援チームなどの関係機関と連携し、必要な支援につなげてもらえます。
例えば、次のような悩みを相談できます。
- 親が突然怒るようになり、対応に困っている。
- 暴言や暴力があり、家族だけでは介護できない。
- 認知症かもしれないが、どこを受診すればよいか分からない。
- 介護サービスを利用したいが、手続きが分からない。
- 家族の介護疲れが限界に近づいている。
介護保険サービスの利用やケアマネジャーへの相談など、具体的な支援につなげてもらえることもあります。
家族の介護ストレスを軽減する方法
認知症の人の怒りに毎日向き合うことは、家族にとって大きな精神的負担になります。
何度も怒鳴られたり、暴言を浴びたりすると、本人に優しく接する余裕がなくなってしまうこともあります。
しかし、介護者が疲れ切った状態では、本人の変化に気づくことも難しくなります。
厚生労働省も、介護者が休養できる環境を整えることや、デイケア、ショートステイ、訪問介護などの介護保険サービスを活用することを紹介しています。
家族が実践したい対策は次のとおりです。
デイサービスを利用する
本人が日中に施設で過ごすことで、家族が介護から離れる時間を確保できます。
ショートステイを活用する
短期間、施設で生活してもらうことで、家族の休息や仕事、家庭の用事に充てる時間をつくれます。
介護を一人に集中させない
家族間で役割を分担し、通院の付き添いや食事の準備などを協力して行います。
認知症の家族会に参加する
同じような経験を持つ人と話すことで、対応方法や介護サービスの情報を得られます。
介護者自身も医療機関に相談する
不眠、食欲不振、気分の落ち込みなどが続く場合は、自分の健康を守るために医師へ相談しましょう。
介護を休むことは、本人を見捨てることではありません。家族が無理なく介護を続けるために必要な選択です。
【認知症の人が怒ることに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:認知症になると、誰でも怒りっぽくなるのでしょうか?
A1:誰もが怒りっぽくなるわけではありません。認知症の種類や進行の程度、本人の性格、身体状態、心理状態、生活環境によって症状は異なります。怒りっぽさはBPSDの一つですが、現れ方には個人差があります。
Q2:認知症の人が家族にだけ怒るのはなぜですか?
A2:家族には遠慮なく感情を表現できることや、介護や着替えなど身体に関わる場面が多いことが関係している場合があります。また、本人の不安や混乱が身近な人に対する反発として現れることもあります。家族を嫌っていると決めつけず、怒る場面やきっかけを確認しましょう。
Q3:認知症の人が怒ったとき、無視してもよいのでしょうか?
A3:本人の興奮が強いときに、無理に会話を続ける必要はありません。安全を確保したうえで少し距離を置き、落ち着いてから声をかける方法があります。ただし、身体の痛みや体調不良、強い不安などが隠れている可能性もあるため、怒りの原因を放置しないことが大切です。
Q4:認知症の人の怒りを抑える薬はありますか?
A4:症状や原因によっては、医師が薬物療法を検討する場合があります。ただし、まず身体疾患、薬の副作用、不安、環境などの要因を確認することが基本です。薬には眠気やふらつきなどの副作用もあるため、専門医と相談して慎重に判断する必要があります。
Q5:認知症の人が急に怒り出したら、認知症が進行したということでしょうか?
A5:必ずしもそうではありません。感染症、便秘、脱水、痛み、薬の影響などによって、急に怒りっぽくなる場合があります。特に数時間から数日で急激に変化した場合は、せん妄などの可能性もあるため、速やかに医療機関へ相談してください。
まとめ:認知症の人が怒る理由を知り、本人と家族の安心を守る
認知症の人が怒る背景には、記憶障害や判断力の低下だけでなく、不安、焦燥、身体の痛み、便秘、感染症、薬の副作用、周囲の環境など、さまざまな要因があります。
怒りっぽくなったからといって、本人の性格が悪くなった、家族を嫌っていると判断する必要はありません。
家族が意識したいのは、次の5つです。
1. 怒りの背景を探る: 痛み、便秘、感染症、薬の影響などを確認する。
2. 本人を否定しない: 怒りの感情を頭ごなしに否定せず、不安や困りごとを受け止める。
3. 声かけを工夫する: 短く穏やかに伝え、無理な説得や介護を避ける。
4. 変化を記録する: 怒る時間帯、頻度、きっかけ、身体状態を記録して受診に役立てる。
5. 専門家に相談する: 医療機関や地域包括支援センター、介護サービスを活用する。
特に覚えておきたいのは、怒りは本人が抱えている不快感や不安を知らせるサインである可能性があるということです。
家族だけで怒りを抑えようとするのではなく、本人の身体と心の状態を確認し、必要に応じて医療・介護の専門家の力を借りてください。
介護する家族自身の心身を守ることも、認知症の人が安心して暮らし続けるための大切な条件です。