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「吟じます」は誰の決めゼリフ?天津木村の元ネタ・誕生秘話と2026年の現在

如月 淳 如月 淳 • 更新: • 公開: • 読了約 21 分
目次

「吟じます!」という掛け声と、独特の節回しで男女の微妙な心理や日常の出来事を表現し、最後に「あると思います!」と締めくくる芸風。これを生み出したのは、お笑いコンビ「天津」の天津木村こと木村卓寛(きむら・たくひろ)です。2008年に「エロ詩吟」で大ブレイクし、全国的な知名度を獲得しました。

実は、この芸風には本格的な詩吟の経験が生かされており、決めゼリフの誕生にも麒麟、ブラックマヨネーズ、サバンナといった先輩芸人の助言が関係しています。加えて、2021年には活動拠点を岩手県に移し、2026年現在は地域密着型のテレビ・ラジオ番組でも活躍しています。

「吟じます」の本当の意味から、エロ詩吟の誕生秘話、2008年のブレイク、2009年の流行語大賞との関係、そして岩手移住後の現在まで、天津木村の歩みを時系列で解説します。

【吟じますは誰の決めゼリフ?意味と元ネタを解説】

吟じます

「吟じます!」の決めゼリフで知られるのは、お笑いコンビ天津の木村卓寛です。


- 本名:木村卓寛
- 生年月日:1976年5月22日
- 出身地:兵庫県
- 所属:吉本興業
- コンビ:天津
- 代表的な芸風:エロ詩吟
2026年11月現在、50歳。


吉本興業の公式プロフィールでも、木村卓寛の特技として詩吟が紹介されています。単なる思いつきの芸ではなく、本人が長年親しんできた技術を笑いに転換したものです。

「吟じます」の意味とは?

「吟じます」は、動詞の「吟ずる」を丁寧な表現にした言葉です。

吟ずるとは、詩や歌を声に出して節をつけながら表現することを指します。

天津木村のネタでは、この言葉を宣言として使います。

基本的な流れは次のとおりです。

1. 「吟じます!」と宣言する。
2. 詩吟独特の節回しで、男女の恋愛や日常のあるあるを表現する。
3. 最後に「あると思います!」と締めくくる。

この一連の流れがエロ詩吟の基本形です。

「あると思います」は何を意味する?

「あると思います!」は、吟じた内容に対して共感や納得を促す決めゼリフです。

たとえば、男女の恋愛にありがちな微妙な心理や、誰もが経験しそうな失敗を大げさに表現し、最後に「あると思います!」と付け加えることで笑いを生み出します。

単なる下ネタではなく、誰かが心の中で思っていそうなことを、詩吟という格式ある表現で語る。このギャップが大きな特徴です。

【詩吟とは何?天津木村のエロ詩吟との意外な関係】

エロ詩吟を理解するには、元になった「詩吟」そのものを知っておく必要があります。

詩吟は、漢詩や和歌などに独特の節をつけ、声によって詩の内容や感情を表現する日本の伝統芸能です。

公益社団法人日本詩吟学院によると、詩吟は詩歌に込められた喜び、悲しみ、憤りなどの感情を声に出して表現する芸術です。現代につながる詩吟のルーツは、江戸時代の漢詩や儒学の学習文化などにも求められます。

天津木村は詩吟の師範代だった

天津木村がエロ詩吟を成立させられた大きな理由は、詩吟が身近な環境で育ったことです。

2015年の日刊ゲンダイのインタビューでは、木村の祖父の代から詩吟教室を開いており、本人も師範代の免許を持っていたことが紹介されています。

父親も詩吟の師範だったといいます。

つまり、詩吟の技術をゼロから身につけて芸にしたわけではありません。

幼いころから親しんできた伝統芸能を、お笑いという別のジャンルに応用したのです。

師範と師範代は違う?

ここは混同されやすいポイントです。

呼称 意味
師範 流派や団体の基準に基づき、指導者として認められた人
師範代 師範を補佐し、指導などを担う立場
吟詠者 詩吟を実践し、吟じる人

木村卓寛について報道で紹介されているのは「師範代」です。父親の「師範」という肩書きと混同しないことが大切です。

なぜ詩吟と下ネタを組み合わせたのか?

伝統的な詩吟は、格調高く、厳かな印象を持たれることが多い芸能です。

一方、エロ詩吟は恋愛や男女の欲望など、日常的でくだけた題材を扱います。

この正反対の要素を組み合わせることで、独特の笑いが生まれました。

特に、内容は俗っぽいのに、声の出し方や節回しは本格的という落差が、ほかの芸人にはない個性になりました。

【エロ詩吟の誕生理由と「あると思います」の誕生秘話】

エロ詩吟が生まれたきっかけは、天津木村が出演した麒麟のラジオ番組でした。

2021年5月のマイナビニュースのインタビューでは、木村本人が誕生の経緯と、決めゼリフを生み出した芸人たちについて語っています。

きっかけは麒麟のラジオ番組

当時の天津は、漫才コンビとして活動していたものの、木村自身は芸人としての方向性を模索していました。

そんなとき、麒麟のラジオ番組で「何か特技はないのか」と話を振られます。

そこで木村が披露したのが、詩吟の技術を使った即興の下ネタでした。

最初から完成された芸風があったわけではありません。

麒麟からは、お笑いとして成立させるために「あるある」を盛り込む方向性について助言を受けました。

木村はもともと性的な話題への関心が強く、そこに詩吟を組み合わせたことで、初めてのエロ詩吟が誕生します。

本人の振り返りによると、その場にいたディレクターや音響スタッフが笑い転げるほどの反応だったそうです。

「あると思います」は失敗から生まれた

実は、最も有名な「あると思います!」も、最初から計算して作られた決めゼリフではありません。

テレビ番組でエロ詩吟を披露した際、ネタがうまく受けず、木村はとっさに「あると思います」と口にしました。

すると、予想外に大きな笑いが起こったのです。

収録後、ブラックマヨネーズの吉田敬から「あれいつも言ってるの?ずっと言った方がいいよ」とアドバイスを受けたといいます。

この出来事が、決めゼリフとして定着するきっかけになりました。

「吟じます」はサバンナ高橋の助言

もう一つの決めゼリフ「吟じます!」にも、先輩芸人の存在がありました。

木村がネタについて相談した相手は、サバンナの高橋茂雄です。

高橋から「吟じますって言ったら?」と提案され、それを取り入れたことで、現在知られるスタイルが完成していきました。

整理すると、次のようになります。

- 麒麟: 詩吟にお笑いの「あるある」を組み合わせる方向性を助言。
- ブラックマヨネーズ・吉田敬: 「あると思います」を定番にするよう助言。
- サバンナ・高橋茂雄: 「吟じます」という掛け声を提案。
- 天津木村: それらを取り入れ、独自の芸風として完成させた。

木村自身も、自分一人で作ったという感覚はなく、周囲の芸人たちに作ってもらった芸だという趣旨の振り返りをしています。

この誕生秘話から見えてくるのは、エロ詩吟が偶然の思いつきだけで成立したものではないということです。

本人の特技、題材の選択、先輩芸人の助言、そして観客の反応が重なり、徐々に完成した芸風でした。

【天津木村のブレイク経緯を年表で整理!2008年から2009年へ】

天津木村の全国的なブレイクは、2007年末から2008年にかけて起こりました。

特に大きな転機となったのが、関西ローカルの深夜番組『オールザッツ漫才』です。

2007年末の放送で注目される

2007年末、MBSの『オールザッツ漫才』で木村がエロ詩吟を披露しました。

その際、番組内で「不適切な表現がありました」という趣旨のお詫びテロップが表示されます。

日刊ゲンダイの2015年のインタビューでは、この出来事が東京のテレビ関係者にも伝わり、『やりすぎコージー』や『爆笑レッドカーペット』などへの出演につながったと木村本人が振り返っています。

つまり、放送上のハプニングが、結果的に芸人としての知名度を押し上げる宣伝効果を生んだのです。

天津木村の主な経歴・転換点

時期 出来事 意味・関係
1998年 NSC大阪校21期生として入門 吉本興業で芸人としての活動を開始
1999年2月 お笑いコンビ天津を結成 相方は向清太朗(現・天津飯大郎)
2007年末 『オールザッツ漫才』出演 お詫びテロップが話題となる
2008年 エロ詩吟で全国的にブレイク 『爆笑レッドカーペット』などで知名度上昇
2008年9月 ネタ本を発売 『天津木村のエロ詩吟、吟じます。』
2009年 「あると思います」が広く浸透 流行語として知られる存在に
2021年3月 岩手県への移住を発表 岩手朝日テレビの番組MC就任
2021年4月 『Go!Go!いわて』放送開始 岩手での地域密着型活動が本格化
2026年 岩手・東北を中心に活動 テレビ、ラジオ、イベントなどに出演

2008年にはエロ詩吟の本も出版

2008年9月15日、木村は『天津木村のエロ詩吟、吟じます。』の発売記念イベントを開催しました。

出版元は河出書房新社です。

本には、比較的ソフトな内容から、テレビでは放送が難しいとされた内容まで、さまざまなネタが収録されました。

翌2009年には第2弾となる『天津木村のエロ詩吟、まだまだ吟じます。』も発売されています。

吉本興業のライブレポートでは、2冊の累計販売部数が15万部に達したことも紹介されています。

「あると思います」は2009年の流行語大賞を受賞した?

ここは誤解されやすい部分です。

「あると思います」は2009年前後に広く知られたフレーズですが、2009年のユーキャン新語・流行語大賞の年間大賞やトップテンには選ばれていません。

2009年の年間大賞は「政権交代」でした。

トップテンには「こども店長」「草食男子」「歴女」「ぼやき」などが選ばれています。

一部の後年の記事では「あると思います」がノミネートされたと紹介されていますが、ノミネートとトップテン受賞は別の話です。少なくとも、天津木村が2009年の流行語大賞を受賞したという説明は正確ではありません。

【天津木村はなぜ岩手県に移住した?ブレイク後の転機】

2008年にエロ詩吟でブレイクした天津木村ですが、その人気が永続したわけではありません。

テレビ出演が減少し、芸人として苦しい時期も経験しています。

2015年の日刊スポーツの報道では、ブーム当時の最高月収が390万円だった一方、ブームが去った後には生活が厳しくなったことを本人がテレビ番組で明かしていました。

その後、木村の人生を変えることになったのが岩手県への移住です。

移住のきっかけは岩手朝日テレビのMCオファー

2021年3月、岩手朝日テレビは新番組『Go!Go!いわて』のMCに天津木村を起用すると発表しました。

番組は同年4月3日にスタート。

木村は当初、東京から岩手へ通うことも考えていましたが、最終的には岩手県への移住を決断しました。

当時、木村はタレントのヒロミの専属運転手を務めていました。

移住を決断するうえで大きな影響を与えたのが、ヒロミからの助言です。

ヒロミは、週に一度だけ岩手に通うのではなく、実際に住んで地域の人々と生活を共有することが大切だと伝えたと、木村は後のインタビューで振り返っています。

この言葉を受け、木村は2021年3月中旬から岩手で暮らし始めました。

エロ詩吟から地域密着型タレントへ

岩手移住後、木村の仕事は大きく変わっていきます。

全国ネットのバラエティー番組で下ネタを披露するスタイルから、地域の魅力を紹介する情報番組のMCやリポーターとしての活動が中心になりました。

2022年のスポニチの報道では、木村は岩手ではエロ詩吟を求められることが少なく、穏やかな詩吟を披露していると説明しています。

その後は岩手の郷土料理や観光スポット、地域の人々との交流を通じて、地元での知名度を高めていきました。

2026年4月の東洋経済オンラインのインタビューでも、岩手移住後の仕事について語っています。

木村は、移住当初からブログで岩手の情報を発信し、地元の店舗や地域の魅力を紹介してきました。その活動がテレビ出演や自治体関連の仕事につながったと振り返っています。

この転換は、単に住む場所を変えただけではありません。

全国的な知名度を持つ芸人が、地域に根を張り、地元の人々との関係を築きながら仕事を作り直したキャリアの転換点でした。

【天津木村の現在は?2026年最新のテレビ・ラジオ活動】

2026年11月現在、天津木村は岩手県を拠点に活動を続けています。

かつての「エロ詩吟の人」という印象だけでは、現在の仕事を十分に説明できません。

テレビ番組のMC、地域情報の発信、ラジオ出演、イベント活動など、仕事の幅は広がっています。

『Go!Go!いわて』のMCとして活動


- 放送局:岩手朝日テレビ
- 放送開始:2021年4月3日
- 放送:毎週土曜日
- 番組MC:天津木村
- 進行:石田瑠美子

岩手朝日テレビの公式番組ページでは、2026年10月31日の放送情報が掲載されています。

番組は土曜日の朝7時30分から11時までの編成で、岩手県内の情報を取り上げています。

木村は「いわて応援芸人」としてMCを務め、アンダーエイジのメンバーらとも共演しています。

『天津木村の、今夜ええコトあると思います!』にも出演


- 放送局:エフエム岩手
- パーソナリティ:木村卓寛
- 放送日時:金曜日19時~19時30分
- 2026年10月30日にも放送情報あり

この番組では、テレビとは異なるリラックスした雰囲気で、リスナーからのメッセージや質問などを取り上げています。

番組名にも「あると思います」というおなじみのフレーズが使われている点が印象的です。

エフエム岩手は2026年9月、10月18日の公開収録イベントを告知し、その模様を10月31日に特別番組として放送する予定も発表していました。

2026年10月の最新インタビューで明らかになった活動状況

2026年10月6日公開のCHANTO WEBのインタビューでは、岩手で『Go!Go!いわて』を含むレギュラー番組を3本持ち、青森でもレギュラー番組に出演していることが紹介されました。

テレビだけでなく、ラジオやイベントなどでも活動している様子が伝えられています。

また、2026年1月に開催された厚生労働省委託事業「LO活」のイベントでも、地方移住や自分らしい仕事・暮らしをテーマに登壇しています。

同イベントの紹介では、岩手での『Go!Go!いわて』のMCや、いわて純情米応援団長としての活動も取り上げられました。

2026年現在の天津木村をどう見るべきか

かつては全国ネットのバラエティー番組で一気に知名度を上げた木村ですが、現在の活動は地域密着型へと変化しています。

特に注目したいのは、エロ詩吟という過去の代表作を完全に捨てたわけではなく、その知名度を生かしながら、別のジャンルでも仕事を成立させている点です。

2008年のブレイクを知る人にとっては意外可能性がありますが、2026年の木村は、岩手・東北の情報を届けるタレントとして新しいキャリアを築いています。

【プロの結論】「吟じます」が長く記憶される理由と天津木村の本当の強み

「吟じます」が現在でも検索される理由は、単に一時期流行したギャグだからではありません。

そこには、芸としての明確な特徴があります。

1. 伝統芸能と現代のお笑いを融合した独自性

詩吟という伝統芸能を下ネタに組み合わせる発想は、非常に強いインパクトを持っていました。

詩吟の技術が本物だからこそ、内容とのギャップが成立します。

単なる物まねや流行の言葉では再現できない、本人ならではの芸でした。

2. 先輩芸人の助言を取り入れる柔軟性

エロ詩吟の誕生には、麒麟、ブラックマヨネーズ、サバンナといった芸人の助言がありました。

木村は周囲のアドバイスを素直に取り入れ、観客の反応を見ながら芸風を磨いています。

これは、芸人としての適応力を示すエピソードでもあります。

3. ブレイク後に新しい活動場所を見つけたこと

一発屋という言葉で語られる芸人は少なくありません。

しかし、木村の場合は2008年のブレイクがキャリアの終着点にはなりませんでした。

2021年の岩手移住によって、テレビ番組のMCや地域情報の発信という新しい仕事を獲得しています。

全国的な人気を追い続けるのではなく、地域で必要とされる存在を目指したことが、現在の活動につながっています。

「吟じます」は天津木村の過去を象徴する言葉であると同時に、現在の活動にもつながる看板フレーズです。

一発のブレイクで終わらず、芸人として培った個性を別の場所で生かしたことこそ、木村のキャリアを評価するうえで見逃せないポイントです。

【吟じます・天津木村に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:「吟じます」は誰のネタですか?

A1:お笑いコンビ天津の天津木村こと木村卓寛の代表的なネタです。詩吟の節回しで日常や恋愛のあるあるを表現する「エロ詩吟」で知られています。

Q2:エロ詩吟の元ネタは何ですか?

A2:木村がもともと身につけていた詩吟の技術と、麒麟のラジオ番組で披露した即興ネタがきっかけです。そこに先輩芸人の助言が加わり、現在知られる芸風になりました。

Q3:「あると思います」は誰が考えたのですか?

A3:テレビ出演時に木村がとっさに口にした言葉が大きな笑いを生み、ブラックマヨネーズの吉田敬から定番にするよう勧められたことが誕生のきっかけです。

Q4:天津木村は詩吟の師範なのですか?

A4:報道で紹介されている肩書きは師範代です。父親は師範で、祖父の代から詩吟教室を開いていた家庭環境で育ちました。

Q5:天津木村は2009年の流行語大賞を受賞しましたか?

A5:受賞していません。2009年の年間大賞は「政権交代」で、トップテンにも「あると思います」は入っていません。

Q6:天津木村はなぜ岩手県に移住したのですか?

A6:2021年に岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』のMCに起用されたことがきっかけです。ヒロミから地域に実際に住んで活動することを勧められ、移住を決断しました。

Q7:天津木村は2026年現在も芸人として活動していますか?

A7:はい。2026年現在も吉本興業所属の芸人として活動しています。岩手を拠点にテレビやラジオ、イベントなどに出演し、地域情報の発信にも取り組んでいます。

まとめ:天津木村の「吟じます」は過去の流行語では終わらない

「吟じます!」は、天津木村こと木村卓寛が生み出したエロ詩吟の象徴的な掛け声です。

その誕生には、詩吟の師範代という本人の特技、麒麟のラジオ番組での即興ネタ、ブラックマヨネーズの吉田敬やサバンナの高橋茂雄の助言がありました。

2007年末の『オールザッツ漫才』をきっかけに注目され、2008年には全国的なブレイクを果たします。

その後、テレビ出演の減少などを経験しながらも、2021年には岩手県へ移住。2026年現在は『Go!Go!いわて』のMCをはじめ、地域に根ざしたテレビ・ラジオ活動を続けています。

かつて「あると思います!」で全国の視聴者を笑わせた天津木村。現在は岩手や東北の魅力を伝える存在として、新たなキャリアを歩んでいます。

「吟じます」という一つの決めゼリフの背景には、伝統芸能をお笑いに変えた発想力と、時代や環境に合わせて自分の仕事を変えていく柔軟さがあったのです。

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如月 淳

芸能・エンタメ領域を10年以上取材してきたデスク。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知を一次情報として確認し、裏付けのない情報は記事にしない方針です。

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