スノーボード・ハーフパイプで世界的な実績を残してきた平野歩夢選手。実は、歩夢選手には同じくボードスポーツに打ち込んできた兄・平野英樹さんと弟・平野海祝選手がおり、3人ともスノーボードやスケートボードに関わってきたアスリートです。新潟県村上市で育った平野3兄弟は、幼少期から互いの滑りを見ながら技術を磨き、北京2022冬季オリンピックでは歩夢選手と海祝選手が同じ男子ハーフパイプに出場しました。
2026年のミラノ・コルティナ五輪では、前回王者の歩夢選手が男子ハーフパイプで7位入賞。大会直前の大けがを乗り越えて出場したことも、大きな注目を集めました。この記事では、平野歩夢・英樹・海祝の3兄弟のプロフィール、競技経歴、幼少期のエピソード、北京五輪での共演、2026年の歩夢選手の結果と現在の活動までを整理します。
【結論】ハーフパイプ平野兄弟は英樹・歩夢・海祝の3人

「ハーフパイプ平野兄弟」と呼ばれるのは、平野英樹さん、平野歩夢選手、平野海祝選手の3兄弟です。
3人は新潟県村上市にゆかりがあり、幼い頃からスケートボードとスノーボードに親しんできました。長男の英樹さんが先に競技を始め、その背中を追うように歩夢選手が成長。さらに末っ子の海祝選手もボードスポーツの世界に進みました。
3人に共通するのは、単に同じ競技をしていることだけではありません。スケートボードで身につけた空中感覚やバランス感覚を、冬のスノーボードにも生かしてきた点です。
ただし、3人の競技実績や活動の方向性は同じではありません。兄の英樹さんは早くからプロスノーボーダーとして活動し、歩夢選手は冬季五輪の金メダリストに成長。海祝選手も北京五輪に出場し、世界に強烈な印象を残しました。
平野兄弟を理解するうえでは、3人を一括りにするのではなく、それぞれが異なるキャリアを築いてきた点に注目する必要があります。
【3兄弟のプロフィール比較】生年月日・競技歴・主な実績
平野3兄弟の基本プロフィールを整理しました。生年月日や競技歴は、SAJ競技データバンク、日本オリンピック委員会、日本大学などの公開情報を参考にしています。
| 項目 | 長男・英樹 | 次男・歩夢 | 三男・海祝 |
|---|---|---|---|
| 生年月日 | 1995年7月1日 | 1998年11月29日 | 2002年10月14日 |
| 読み方 | えいじゅ | あゆむ | かいしゅう |
| 出身 | 新潟県 | 新潟県村上市 | 新潟県 |
| 主な競技 | スノーボード | スノーボード・スケートボード | スノーボード・スケートボード |
| 代表的な実績 | 12歳でプロスノーボーダーに | 北京五輪ハーフパイプ金メダル | 北京五輪ハーフパイプ9位 |
| 競技上の特徴 | 弟たちの競技の原点となった存在 | 世界最高峰の大会で活躍するトップライダー | 高いエアと攻めの滑り |
長男・平野英樹(えいじゅ)
平野英樹さんは1995年7月1日生まれの長男です。SAJ競技データバンクでは、英樹さんの英語表記をHIRANO Eijuとして登録しています。
日本テレビの2022年11月の特集によると、英樹さんは当時最年少となる12歳でプロスノーボーダーになりました。弟たちより先に競技の世界へ入り、幼い歩夢選手にとっては身近な目標となる存在でした。
SAJの競技記録には、2013年の全日本スキー選手権ハーフパイプ4位などの成績が残っています。2017年の全日本選手権にも出場しており、競技者として長く活動してきたことが分かります。
現在は歩夢選手や海祝選手ほど国際大会で大きく取り上げられる機会は多くありませんが、平野家のボードスポーツの歴史を語るうえで欠かせない人物です。
次男・平野歩夢
平野歩夢選手は1998年11月29日生まれ。3兄弟の次男で、スノーボード・ハーフパイプを代表する日本人選手の一人です。
4歳からスケートボードとスノーボードを始め、小学4年生でプロ契約を結びました。2014年ソチ五輪で銀メダルを獲得し、2018年平昌五輪でも銀メダル。2020年東京五輪ではスケートボードの男子パークに出場し、夏冬両方の競技に挑戦しました。
そして2022年北京五輪では96.00点を記録し、日本スノーボード界初となる男子ハーフパイプの金メダルを獲得。2026年ミラノ・コルティナ五輪では7位に入賞しています。
三男・平野海祝
平野海祝選手は2002年10月14日生まれ。歩夢選手の弟で、兄と同じくスノーボード・ハーフパイプを主戦場としています。
日本大学の北京五輪特集によると、12歳頃から本格的にスノーボードに取り組み、2017年のJOCジュニアオリンピックカップで優勝。2018年の世界ジュニア選手権で3位、2020年冬季ユースオリンピックでは銀メダルを獲得しました。
2022年北京五輪では兄とともに日本代表入り。決勝で高さ7.4mのエアを披露し、最終順位は9位でした。兄とは違う大胆な滑りで、世界の観客に強い印象を残しています。
【原点は新潟県村上市】父が整えたスケートパークと幼少期
平野3兄弟の競技人生を語る際に欠かせない場所が、新潟県村上市です。
3人の父・英功さんはサーフィンを好み、息子たちが幼い頃からボードスポーツに触れる環境をつくってきました。兄弟は家の前でスケートボードを楽しみ、冬にはスノーボードに取り組む生活を送っていました。
父・英功さんが約800万円を投じて整備した施設
日刊スポーツや日本テレビの取材によると、父・英功さんは息子たちが練習できる環境をつくるため、村上市の古い体育館を活用してスケートパークを整備しました。投じた資金は約800万円と報じられています。
当時は現在のように地方に充実したスケートボード施設がある時代ではありません。東京などの都市部まで移動しなければ十分な練習環境を確保しにくい状況でした。
父が地元に練習場所をつくったことで、兄弟は日常的にボードに触れられるようになりました。これは単なる趣味の場所ではなく、3人の競技人生を支えた重要な拠点だったのです。
リフト券が買えず、歩いて山を登った時代
平野家の幼少期は、決して恵まれた競技環境ばかりではありませんでした。
日本テレビの特集では、英樹さんが当時を振り返り、リフト券を購入できずに雪山を歩いて登り、滑ることを繰り返していたと紹介されています。練習量は1日200本に及んだといいます。
遠征にも費用がかかり、父が運転や仕事を掛け持ちして息子たちを支えたエピソードも報じられています。
こうした環境のなかで、兄弟は練習を重ねていきました。歩夢選手が後に世界の頂点へ到達するまでの背景には、本人の努力だけでなく、家族が整えてきた練習環境と長年の積み重ねがありました。
【二刀流から世界の舞台へ】平野3兄弟のハーフパイプ経歴
平野兄弟の強さを考えるうえで注目したいのが、スケートボードとスノーボードを並行して経験してきたことです。
両競技には、空中での姿勢制御、重心移動、回転の感覚、着地の安定性など共通する要素があります。特にハーフパイプでは、壁を利用して高さを出し、空中で複雑な技を決めるため、こうした身体感覚が競技力に結びつきます。
兄・英樹の背中を追った歩夢
歩夢選手がボードスポーツを始めたきっかけには、兄・英樹さんの存在がありました。
2018年に掲載されたインタビューで歩夢選手は、幼少期には兄を追いかけていたことや、毎日のようにスケートボードに取り組んでいたことを振り返っています。
2014年ソチ五輪で15歳74日の銀メダリストとなった歩夢選手は、2018年平昌五輪でも銀メダルを獲得。さらに北京五輪では悲願の金メダルを手にしました。
スノーボードだけに競技を限定せず、スケートボードにも挑戦したことは、歩夢選手のキャリアを特徴づける大きな要素です。
海祝も兄の背中を追って競技の世界へ
海祝選手も、幼少期からスケートボードに親しんでいました。本格的にスノーボードへ取り組み始めたのは12歳頃です。
2014年ソチ五輪で歩夢選手が銀メダルを獲得したことも、海祝選手がスノーボードに力を注ぐきっかけの一つになりました。
その後、ジュニア大会やユースオリンピックで結果を残し、2022年には北京五輪代表に選出されます。兄の実績に続くだけではなく、自分自身の高いエアと積極的な演技で評価される選手へと成長しました。
【北京五輪で兄弟共演】歩夢の金メダルと海祝の7.4mエア
平野3兄弟の歴史のなかでも、特に大きな出来事となったのが2022年北京冬季オリンピックです。
男子ハーフパイプには、次男の歩夢選手と三男の海祝選手がそろって出場しました。兄弟が同じ五輪の舞台に立つだけでなく、決勝でそれぞれが印象的な滑りを披露したことが話題になりました。
歩夢は96.00点で日本勢初の金メダル
2022年2月11日の男子ハーフパイプ決勝で、歩夢選手は96.00点を記録して優勝しました。
この金メダルは、1998年長野五輪から正式種目となったスノーボードにおいて、日本勢初の男子ハーフパイプ金メダルでした。
ソチ、平昌と2大会連続で銀メダルを獲得していた歩夢選手にとって、3度目の冬季五輪でつかんだ悲願の頂点です。
海祝は高さ7.4mのエアで世界を驚かせた
一方の海祝選手は、決勝1本目で高さ7.4mのエアを披露しました。
この高さはハーフパイプの上端であるリップから測ったもので、日本大学の五輪特集では、コースの底から測ると14.6mに相当すると説明されています。
最終順位は75.50点の9位。メダルには届きませんでしたが、五輪初出場で世界に強烈なインパクトを与えました。
大会後、海祝選手は兄弟2人で五輪の舞台に立てたことへの喜びと、次の大会では金メダルを目指したいという意欲を語っています。
北京五輪は、歩夢選手が金メダリストとして歴史をつくった大会であると同時に、海祝選手が世界的な選手として認知されるきっかけにもなりました。
【2026年ミラノ・コルティナ五輪】歩夢は7位入賞、現在の活動は?
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで、歩夢選手は男子ハーフパイプに出場しました。
北京五輪の金メダリストとして連覇が期待されていましたが、大会直前のけがが大きな影響を与えました。
大会直前の骨折を乗り越えて出場
報道によると、歩夢選手は2026年1月末の大会で激しく転倒し、骨盤など複数箇所を骨折する大けがを負いました。五輪出場自体が心配される状態でしたが、リハビリを経てミラノ・コルティナ五輪の舞台に立ちました。
2026年2月13日(現地時間)の男子ハーフパイプ決勝では、2本目に86.50点を記録。3本目で逆転を狙いましたが転倒し、最終順位は7位入賞となりました。
日本オリンピック委員会の公式結果でも、男子ハーフパイプ7位、86.50点と記録されています。
今大会の日本勢では戸塚優斗選手が95.00点で金メダル、山田琉聖選手が92.00点で銅メダルを獲得。平野流佳選手も91.00点で4位に入りました。
歩夢選手は4大会連続の五輪メダル獲得こそ逃しましたが、大けがを負った状態から五輪決勝まで進んだことは、2026年大会を振り返るうえで要点です。
2026年の現在は回復と競技活動の再始動が焦点
2026年3月5日、歩夢選手は自身がアンバサダーを務める自動車ブランドの発表会に出席し、けがの状態について「日に日に回復に向かっている」と説明しました。
同月には米コロラド州で開催されたザ・スノーリーグにも出場。五輪後も競技への取り組みを続けていることが報じられています。
また、2026年4月15日にはユニクロ主催の「平野歩夢スペシャルトークイベント supported by UNIQLO」に登壇しました。兄・英樹さん、弟・海祝選手もゲストとして参加し、五輪直前のけがや復帰までの道のり、兄弟の思い出などを語りました。
平野歩夢選手の公式サイトでは、2026年4月15日付で公式ドキュメンタリー「AYUMU」特別編#2に関する情報も掲載されています。
2026年の歩夢選手を理解するうえでは、五輪7位という順位だけでなく、けがからの回復、競技への再挑戦、そして自身の経験を発信する活動にも注目したいところです。
平野流佳と平野歩夢は兄弟なのか?
もう一つ、検索時に混同されやすいのが平野流佳選手との関係です。
平野流佳選手も男子ハーフパイプで活躍する日本人選手で、歩夢選手と同じ「平野」という名字を持っています。しかし、歩夢・英樹・海祝の3兄弟の構成に流佳選手は含まれません。
2026年ミラノ・コルティナ五輪では、平野流佳選手が4位、平野歩夢選手が7位という結果でした。大会結果に同じ名字が並んだことから、兄弟関係を疑問に思った人もいる可能性がありますが、競技上の同姓選手として区別する必要があります。
【兄弟の絆】幼少期のライバル関係と仲良しエピソード
平野兄弟の関係を象徴するのが、競技を通じて互いに刺激を与えてきた歴史です。
歩夢選手にとって英樹さんは、幼い頃から追いかけてきた存在でした。一方、海祝選手にとって歩夢選手は、五輪で金メダルを獲得した身近な目標でもあります。
兄との競争が歩夢の成長を支えた
2026年4月のユニクロのトークイベントでは、歩夢選手が幼少期の英樹さんとの関係について振り返りました。
「言葉というより、背中で学ばせてもらう関係だった」
これは、兄弟で夢中になってボードに取り組み、ときにはけんかもした幼少期を振り返った発言です。
また、新潟のテレビ局による2025年のインタビューでは、歩夢選手が子どもたちからの質問に答えるなかで、兄の存在について「お兄ちゃんがいなかったら、続けられなかった」と振り返っています。
兄を追いかけ、競争し、ときには衝突しながら成長してきた関係が伝わるエピソードです。
2026年に3兄弟がそろってトークイベントに登壇
2026年4月15日のイベントには、歩夢選手だけでなく英樹さんと海祝選手も参加しました。
FASHIONSNAPの報道では、3人そろってのトークショーは初めてと紹介されています。幼少期の思い出や、競技に打ち込んできた時間について語り合う姿からも、3兄弟の関係がうかがえました。
特に注目したいのは、3人が同じ競技をしていても、互いの成績だけを競い合う関係ではないことです。それぞれの経験を持ち寄り、同じボードスポーツを楽しんできた家族としてのつながりがあります。
北京五輪で兄弟が同じ舞台に立ったこと、そして2026年には3人そろって公の場で過去と未来を語ったことは、その関係を示す象徴的な出来事です。
【よくある質問】ハーフパイプ平野兄弟に関するFAQ
Q1:平野歩夢の兄弟構成は?
A1:平野歩夢選手は3人兄弟の次男です。長男が平野英樹さん、三男が平野海祝選手で、3人ともスノーボードやスケートボードに関わってきました。
Q2:平野歩夢の兄・平野英樹はどんな選手?
A2:平野英樹さんは1995年7月1日生まれの長男で、12歳でプロスノーボーダーになった経歴を持ちます。弟の歩夢選手が競技を始めるうえでも大きな影響を与えた存在です。
Q3:平野海祝の北京オリンピックの成績は?
A3:2022年北京五輪の男子ハーフパイプで9位でした。決勝では高さ7.4mのエアを披露し、初出場ながら大きな注目を集めました。
Q4:平野歩夢の2026年ミラノ・コルティナ五輪の順位は?
A4:男子ハーフパイプで86.50点を記録し、7位に入賞しました。大会直前に骨盤などを骨折する大けがを負いながら出場しました。
Q5:平野歩夢と平野流佳は兄弟?
A5:歩夢選手の実兄弟は英樹さんと海祝選手です。平野流佳選手は同じハーフパイプで活躍する別の選手で、平野3兄弟の一員ではありません。
Q6:平野兄弟はどこで育った?
A6:3兄弟は新潟県村上市にゆかりがあり、地元のスケートパークを練習の拠点として育ちました。父・英功さんが整備した施設が、幼少期の競技生活を支えました。
まとめ:平野3兄弟の実績と家族の絆が示すもの
ハーフパイプ平野兄弟とは、長男・平野英樹さん、次男・平野歩夢選手、三男・平野海祝選手の3人です。
英樹さんが12歳でプロスノーボーダーとなり、その背中を追うように歩夢選手と海祝選手が競技の世界へ進みました。新潟県村上市で父が整えたスケートパークは、3人の原点となる場所です。
北京2022冬季オリンピックでは、歩夢選手が金メダル、海祝選手が9位という結果を残しました。そして2026年ミラノ・コルティナ五輪では、歩夢選手が大けがを乗り越えて7位に入賞しています。
3兄弟の歩みから見えてくるのは、一人のスター選手だけでは語りきれない家族の競技史です。兄の背中を追った弟、弟たちの挑戦を見守る兄、そしてそれぞれの道を歩みながら同じ舞台に集う3人。平野兄弟の魅力は、個々の実績と長年積み重ねてきた家族のつながりの両方にあります。
2026年以降も、歩夢選手の競技復帰と新たな挑戦、海祝選手のさらなる成長、そして英樹さんを含めた3兄弟の活動に注目が集まりそうです。
【プロの結論】平野兄弟を評価する際は、五輪のメダル数だけでなく、3人が育った環境、競技を始めた順番、それぞれが築いた実績を分けて見ることが大切です。兄弟であることは共通点ですが、選手としての個性とキャリアはそれぞれ異なります。その違いを知ることで、平野3兄弟の歩みをより深く理解できます。
主な参照資料:日本オリンピック委員会、スポーツ庁、日本スキー連盟競技データバンク、日本大学、日本テレビ、日刊スポーツ、FASHIONSNAP、平野歩夢公式サイト、ユニクロ公式発表。