スノーボードのオリンピック金メダリストとして知られる平野歩夢は、実はスケートボードでもオリンピックに出場した選手です。4歳でスケートボードを始め、2019年には日本スケートボード選手権の男子パークで優勝。さらに2021年の東京オリンピックでは、スケートボード男子パークの日本代表として世界の舞台に立ちました。
東京五輪での結果は14位。決勝進出には届かなかったものの、冬季五輪のメダリストが夏季五輪のスケートボードにも挑戦した経歴は、国内外から注目を集めました。2026年のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、スノーボード男子ハーフパイプで7位に入賞。現在の競技活動や、スケートボードとスノーボードの二刀流に挑んだ理由も含め、その歩みを振り返ります。
【結論】平野歩夢はスケボーでも五輪に出場!東京五輪男子パーク14位の記録

最初に、最も気になる疑問への答えは明確です。平野歩夢はスノーボードだけでなく、スケートボードでもオリンピックに出場しています。
出場したのは、2021年に開催された東京2020オリンピックのスケートボード男子パークです。平野は冬季五輪のスノーボード男子ハーフパイプで、2014年ソチ大会と2018年平昌大会の2大会連続銀メダルを獲得していました。その実績を持つ選手が、夏季五輪の新競技に挑戦したこと自体が大きな話題になりました。
2021年8月5日に行われた男子パーク予選で、平野は3回の試技に挑戦。最高得点は62.03点、順位は14位でした。上位8人による決勝には進めませんでした。
日本オリンピック委員会(JOC)の大会記録にも、東京2020の男子パーク14位として掲載されています。つまり、平野歩夢はスケートボードで五輪出場を果たしたものの、メダル獲得や決勝進出には至らなかったというのが正確な経歴です。
この結果を単純に成功・失敗だけで評価するのは適切ではありません。平野は当時、すでに世界トップクラスのスノーボーダーとして確立した地位を持っていました。その選手が別競技の国際大会に向けて準備し、実際に五輪の舞台に立ったことに挑戦の価値があります。
なお、東京2020という大会名称ですが、実際の開催は2021年です。この点も、平野歩夢の競技歴を調べる際に押さえておきたいポイントです。
出場歴と結果はJOCの選手プロフィールおよび東京大会の公式記録で確認できます。
【原点】平野歩夢が4歳でスケートボードを始めた理由とは?兄と父の影響
平野歩夢のスケートボード歴は、オリンピックを目指して始まったものではありません。競技との出会いは幼少期にさかのぼります。
1998年11月29日、新潟県に生まれた平野は、4歳の頃に兄の影響でスケートボードを始めました。兄の英樹もスノーボード選手として活動しており、平野にとって兄の存在は幼い頃から大きな刺激になっていました。
日本大学のスポーツ関連インタビューでは、4歳で兄の影響を受けてスケートボードを始め、その約半年後にスノーボードも始めた経歴が紹介されています。
父親が関わったスケートパークも成長の舞台に
平野の幼少期を語るうえで、父親の存在も欠かせません。
父親はスケートパークの運営に関わっており、平野は日常的にスケートボードに触れられる環境で育ちました。兄の背中を追いながら練習できる環境が整っていたことは、幼少期から技術を身につけるうえで大きな要素だったと考えられます。
スポーツ専門メディアのREAL SPORTSによる取材記事では、父親が夏場のトレーニングにも活用できるスケートボードに着目し、新潟県村上市にスケートパークを築いていった背景が紹介されています。
スケートボードとスノーボードを並行して習得
平野の幼少期の特徴は、どちらか一方の競技だけに取り組んでいたわけではないことです。
雪がある時期にはスノーボード、雪のない時期にはスケートボードという環境で、2つの競技に触れ続けてきました。
スケートボードで培われるボードコントロールや空中での身体感覚は、スノーボードにも通じる部分があります。ただし、競技として必要な技術や道具の扱いは異なります。幼少期から両方を経験したことが、平野独自の身体感覚を育てた背景の一つと考えられます。
平野歩夢の二刀流は、大人になってから突然始めた挑戦ではありません。4歳から続く競技経験が、その土台になっています。
【経歴・年表】2019年日本選手権優勝から東京五輪、北京五輪、2026年まで
平野歩夢の競技歴を整理すると、スケートボードとスノーボードの挑戦が交差する転換点が見えてきます。
特に重要なのは、2019年の日本選手権優勝と、2021年の東京オリンピック出場です。日本選手権での優勝によって国内で実力を示し、その後、国際大会でのランキング争いを経て五輪代表の座を獲得しました。
平野歩夢の競技経歴とオリンピック出場歴
出典:JOC、ワールドスケートジャパン、日本大学、平野歩夢公式プロフィール。
2019年、日本選手権の男子パークで優勝
スケートボードでの大きな転機となったのが、2019年5月10日から12日に新潟県村上市の村上市スケートパークで開催された第3回日本スケートボード選手権大会です。
平野は男子パークに出場し、国内の有力選手を抑えて初優勝を飾りました。
この大会での結果は、単なる国内タイトル獲得にとどまりません。東京オリンピックに向けた強化選手の選考にもつながり、夏季・冬季両方の五輪を目指す挑戦が現実味を帯びました。
JOCの2019年5月12日の報道でも、日本選手権優勝によって東京五輪出場に向けて大きく前進したと伝えられています。ワールドスケートジャパンの公式記録にも、男子パークの優勝者として平野の名前が掲載されています。
2021年、国際大会を経て東京五輪代表へ
日本選手権での優勝後も、平野は東京五輪の出場権獲得に向けた競争を続けました。
日本大学の紹介によると、国際大会でもポイントを積み重ね、2021年5月のデュー・ツアーの結果によって世界ランキングで日本勢トップとなり、東京五輪出場を決めています。
そして2021年8月5日、東京オリンピックの男子パーク予選に出場。結果は14位でしたが、冬季五輪と夏季五輪の両方に出場するという挑戦を実現しました。
2022年、スノーボードで北京五輪金メダル
東京五輪から約半年後、平野は北京2022冬季オリンピックに出場しました。
男子ハーフパイプでは、トリプルコーク1440を含む高難度の演技を成功させ、念願の金メダルを獲得。ソチ、平昌と続いた銀メダルから、ついに頂点へと到達しました。
夏季五輪のスケートボードと冬季五輪のスノーボードという異なる舞台を経験しながら、専門競技でも世界の頂点に立ったことは、平野のキャリアを象徴する出来事です。
【競技分析】スケートボードのパークとスノーボード・ハーフパイプは何が違う?
平野歩夢の二刀流を理解するためには、スケートボードとスノーボードの競技特性を知っておく必要があります。
どちらもボードに乗って滑り、ジャンプや回転などの空中技を披露する競技ですが、使用する道具やコース、採点の考え方には違いがあります。
スケートボードのパークとは?
スケートボードのパークは、くぼみや曲面、さまざまな高さのセクションを組み合わせたコースで行われる競技です。
選手はコース内を自由に滑走し、壁面を利用したジャンプや回転、ボードを操るトリックなどを披露します。
評価の対象になるのは、技の難易度だけではありません。スピード、高さ、完成度、技の組み合わせ、コース全体の使い方なども重要です。
平野が東京五輪で出場したのは、このパーク種目でした。ストリート種目ではありません。
スノーボードのハーフパイプとは?
一方、平野が長年の主戦場としてきたスノーボードのハーフパイプは、雪で作られた半円筒状のコースを左右に往復しながら技を披露する競技です。
コースの両側の壁を利用して高く飛び上がり、空中での回転やグラブなどの技を連続して行います。
ジャンプの高さ、技の難易度、完成度、演技全体の構成などが評価されます。平野は、この種目でソチ、平昌、北京と3大会連続でメダルを獲得してきました。
2つの競技を比較すると見える平野歩夢の強み
2競技に共通するのは、ボードの上で身体のバランスを保ちながら、空中で複雑な動きを制御する能力です。
しかし、スノーボードで高難度の技を成功させられるからといって、スケートボードでも同じように結果を残せるわけではありません。
実際、平野自身も日本大学のインタビューで、スケートボードの難しさとして大会ごとにパークの設計が異なり、セクションの形状によって実行できる技が変わる点を挙げています。
これは二刀流の本質を示しています。共通する身体能力を持っていても、それぞれの競技に特有の環境への適応が必要なのです。
【2026年最新】ミラノ・コルティナ五輪7位!平野歩夢の現在と今後の競技活動
2026年10月現在、平野歩夢の競技活動を考えるうえで大きな節目となったのが、2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックです。
平野はスノーボード男子ハーフパイプに出場し、最終順位は7位、得点は86.50点でした。北京五輪金メダリストとして連覇を目指した大会でしたが、今回は表彰台に届きませんでした。
五輪直前の大けがを乗り越えて出場
今回の大会を語るうえで欠かせないのが、直前に負った大けがです。
2026年1月17日、スイスで行われたワールドカップ第5戦の決勝で転倒。全日本スキー連盟は1月21日、平野が複数箇所の骨折や打撲と診断されたことを発表しました。
その後の報道では、骨盤の右腸骨や鼻骨などの骨折が明らかになっています。オリンピック出場そのものが危ぶまれる状態でした。
それでも平野は大会に戻り、男子ハーフパイプ決勝に進出。決勝2回目にはダブルコーク1620を成功させ、86.50点を記録しました。3回目は転倒し、最終的に7位となりました。
4大会連続の冬季五輪出場でメダル獲得はなりませんでしたが、大きなけがを抱えながら決勝で高難度の技に挑んだことは、2026年大会を象徴する出来事となりました。
2026年3月、2030年大会への意欲を表明
五輪後の3月5日、平野は東京都内で開かれたイベントに出席しました。
JOCが共同通信の報道として伝えた内容によると、平野は次の2030年大会について、4年後に向けて再び戦っていくことを見据え、次こそはピークを合わせられるよう準備したいという意欲を示しています。
けがの状態についても、同日の報道では回復に向かっていると説明。2月末には米国で開催されたザ・スノーリーグにも出場しており、競技復帰に向けて動き始めていました。
つまり、2026年の7位は競技生活の終わりを意味するものではありません。むしろ次の冬季五輪を見据えた新たなスタートとして捉えることができます。
現在の活動はスノーボードが中心
2026年5月21日には、新潟県の村上地域振興局が平野の訪問を公式に紹介しています。
同県の発表によると、平野は今後も故郷の村上市を拠点に、スノーボード競技をはじめとする活動に取り組んでいく意向を示しました。
また、平野の公式サイトでは2026年4月15日に公式ドキュメンタリー「AYUMU」特別編の情報が掲載されています。
一方、東京五輪後にスケートボードの主要大会へ継続参戦していることを示す新たな公式競技記録は、現在の公開プロフィールからは確認できません。したがって、現在の競技活動はスノーボードを軸に捉えるのが自然です。
スケートボードへの挑戦が終わったと断定することはできませんが、2026年の平野歩夢を代表する競技実績は、やはりスノーボードです。
【誤解を整理】平野歩夢はスケボーを引退した?二刀流の挑戦と現在地
平野歩夢のスケートボード歴については、いくつか混同されやすいポイントがあります。特に、東京五輪での14位という結果と、2026年現在の競技活動は分けて考える必要があります。
誤解1:スケートボードでオリンピックに出場していない?
これは誤りです。
平野は東京2020オリンピックの男子パークに正式に出場しています。予選14位で決勝進出を逃しましたが、出場記録はJOCにも残っています。
誤解2:2019年の日本選手権優勝はスノーボードの大会?
これも誤りです。
2019年5月に平野が優勝したのは、日本スケートボード選手権の男子パークです。スノーボードのハーフパイプとは別競技であり、スケートボード選手として獲得したタイトルです。
誤解3:スノーボードが得意ならスケートボードでも簡単に勝てる?
必ずしもそうではありません。
空中での身体操作やバランス感覚など、両競技に共通する技術はあります。しかし、スケートボードには車輪付きのボードならではの操作技術や、パークの形状に応じた滑走戦略が必要です。
平野が東京五輪で決勝に進めなかったことは、競技ごとに異なる専門性があることを示しています。
誤解4:東京五輪後、スケートボードを完全にやめた?
東京五輪以降、平野の競技活動はスノーボードが中心になっています。ただし、スケートボードを完全に引退したという公式発表があるわけではありません。
2026年現在の公開情報では、スノーボードを軸に2030年の冬季五輪を見据えた活動が確認できます。今後スケートボードの競技大会に再び出場するかどうかは、別途発表を待つ必要があります。
ここで大切なのは、東京五輪出場という過去の実績と、現在の競技活動を混同しないことです。
平野歩夢の二刀流は、単に2種類のボードに乗れるという話ではありません。世界トップレベルの専門競技を持ちながら、まったく異なる競技の五輪出場まで実現した挑戦の記録なのです。
【よくある質問】平野歩夢のスケボーに関するFAQ
Q1:平野歩夢はスケートボードでオリンピックに出場しましたか?
A1:はい。2021年開催の東京2020オリンピックで、男子パークに出場しました。予選の最高得点は62.03点で、14位という結果でした。
Q2:平野歩夢は何歳からスケートボードを始めましたか?
A2:4歳です。兄の影響で始め、約半年後にはスノーボードにも取り組むようになりました。
Q3:平野歩夢は2019年の日本選手権で優勝しましたか?
A3:はい。2019年5月に新潟県村上市で開催された第3回日本スケートボード選手権大会の男子パークで優勝しました。
Q4:平野歩夢のスケートボードの種目は何ですか?
A4:パークです。東京五輪では、曲面やくぼみなどのセクションを利用して技を披露する男子パークに出場しました。ストリート種目ではありません。
Q5:平野歩夢のオリンピック出場歴は?
A5:ソチ2014、平昌2018、東京2020、北京2022、ミラノ・コルティナ2026の計5大会です。夏季五輪1大会、冬季五輪4大会に出場しています。
Q6:平野歩夢の2026年最新成績は?
A6:ミラノ・コルティナ冬季五輪のスノーボード男子ハーフパイプで7位、86.50点でした。五輪直前の骨折を乗り越えて決勝に出場しています。
Q7:2026年現在、平野歩夢はスケートボードを続けていますか?
A7:現在の公表情報では、スノーボードを中心に活動しています。東京五輪後のスケートボード競技への継続参戦や、引退について明確な公式発表は確認されていません。
Q8:平野歩夢は次の2030年冬季五輪にも出場する予定ですか?
A8:2026年3月に、次の2030年大会に向けて再び挑戦する意欲を示しています。ただし、実際の出場は今後の選考や競技活動によって決まります。
まとめ:平野歩夢のスケボー挑戦は二刀流の原点、次の舞台は2030年へ
平野歩夢は、スノーボードのオリンピックメダリストであると同時に、スケートボードでも日本選手権優勝と東京五輪出場を実現した選手です。
4歳で兄の影響を受けてスケートボードを始め、幼少期から2つの競技に親しんできました。2019年の日本選手権男子パーク優勝を経て、2021年の東京五輪では男子パーク14位。その後、北京2022冬季五輪でスノーボード男子ハーフパイプの金メダルを獲得しました。
2026年のミラノ・コルティナ冬季五輪では、直前の大けがを乗り越えて7位に入賞。3月には2030年大会への意欲も示しています。
平野歩夢のキャリアを評価する際に注目したいのは、メダルの数だけではありません。異なる競技に挑戦し、それぞれの競技に必要な技術を追求してきた姿勢こそが、二刀流の価値を示しています。
東京五輪のスケートボード挑戦は、平野歩夢の競技人生における重要な一章です。そして現在は、スノーボードを中心に次の大舞台を見据えています。2030年に向けて、どのような進化を見せるのか。今後の活動にも注目が集まります。