井納翔一は現在、どこで何をしているのか。2022年にプロ野球選手としての現役生活に幕を下ろした井納翔一は、引退後、読売ジャイアンツが運営する「ジャイアンツアカデミー」で指導者として活動している。2026年2月にも宮崎県で開催された野球教室にコーチとして参加しており、現役時代とは異なる立場で野球界に携わっている。
横浜DeNAベイスターズで先発投手として実績を積み、2020年オフには国内FA権を行使して読売ジャイアンツへ移籍。しかし、巨人では期待された結果を残せず、2022年10月に戦力外通告を受けた。最終的な通算成績は180試合登板、51勝61敗1セーブ、防御率3.98。FA移籍からわずか2年での退団と引退は、プロ野球ファンの記憶にも残る出来事だった。
【2026年最新】井納翔一の現在はジャイアンツアカデミーのコーチ

現在の井納翔一は、プロ野球選手ではなく、子どもたちに野球の技術や楽しさを伝える指導者として活動している。
現役引退を発表した2022年12月27日、井納は今後の進路について、読売ジャイアンツが運営するジャイアンツアカデミーで指導者の道に進むことを明らかにした。
日刊スポーツの報道によると、井納は巨人からの誘いを受け、これまでの経験を生かして球団に恩返ししたいという考えを示していた。
2026年2月にも宮崎の野球教室に参加
2026年の井納翔一の活動を示す具体的な情報が、2月7日に宮崎県宮崎市の清武体育館で開催された野球教室だ。
このイベントは、ジャイアンツアカデミーとホークスジュニアアカデミーの創設20周年を記念して企画された合同イベントで、読売巨人軍、NPO法人ホークスジュニアアカデミー、宮崎市観光協会の共催によって実施された。
主な内容は次のとおり。
- 開催日:2026年2月7日
- 会場:宮崎県宮崎市・清武体育館
- 対象:年中から小学6年生まで
- 使用用具:ティーボール、スポンジボール
- ジャイアンツアカデミーの参加コーチ:井納翔一、和田恋、黒澤和
- ホークスジュニアアカデミーの参加コーチ:帆足和幸、釜元豪、髙橋純平
ホークスジュニアアカデミーの2026年1月の開催告知と、株式会社オファサポートの2月10日の開催報告の双方で、井納のコーチ参加が確認できる。
野球経験の有無を問わず参加できる内容で、プロ野球OBを含む指導者たちが子どもたちに野球の魅力を伝える機会となった。
ジャイアンツアカデミーでは何をしている?
ジャイアンツアカデミーは、読売巨人軍が運営する野球普及・育成活動の一つだ。
主な対象は幼児から小学生までで、初心者向けの基礎練習から、競技レベルの向上を目指す技術指導まで幅広く取り組んでいる。
井納の場合、現役時代に培った投手としての経験は、子どもたちへの投球指導や野球の基本動作を伝えるうえで生かせる。
ただし、アカデミーのコーチはNPB球団の一軍投手コーチとは役割が異なる。プロ選手の勝敗や順位を左右する指導ではなく、野球の普及や子どもたちの成長を支える活動が中心となる。
2026年10月時点で公表情報から確認できる直近の活動は、同年2月の合同野球教室への参加である。
【原点を振り返る】井納翔一のプロフィールと上武大学・NTT東日本時代
井納翔一は、社会人野球を経て26歳でプロ入りした右投右打の投手だ。
NPBの公開プロフィールによると、1986年5月1日生まれ、東京都出身。身長188センチ、体重94キロの大型右腕として、横浜DeNAベイスターズでプロ野球生活をスタートさせた。
木更津総合高校から上武大学、NTT東日本へ
井納のプロ入りまでの経歴は、次のとおりだ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 生年月日 | 1986年5月1日 |
| 出身地 | 東京都 |
| 投打 | 右投右打 |
| 身長・体重 | 188cm・94kg |
| 高校 | 木更津総合高校 |
| 大学 | 上武大学 |
| 社会人野球 | NTT東日本 |
| ドラフト | 2012年ドラフト3位 |
| プロ初所属 | 横浜DeNAベイスターズ |
高校卒業後は上武大学へ進学。大学4年時には関甲新学生野球リーグで実績を残し、2季連続で最優秀防御率のタイトルを獲得したと報じられている。
大学卒業後はNTT東日本に進み、社会人野球で経験を積んだ。
プロ入りしたのは2012年のドラフト会議。横浜DeNAベイスターズから3位指名を受けた。
注目すべきなのは、プロ入り時点ですでに26歳だったことだ。
高校卒業後すぐにプロ入りする選手と比べると、井納は大学と社会人野球を経由した遅咲きの選手だった。その分、学生野球や社会人野球で培った経験を持ってプロの世界に入った。
2013年、26歳でプロ野球デビュー
2013年、井納は横浜DeNAベイスターズでプロ1年目を迎えた。
NPBの年度別成績によると、初年度は18試合に登板し、5勝7敗、防御率5.34を記録している。
翌2014年には25試合に登板して11勝9敗、防御率4.01を記録。プロ2年目で初の2桁勝利を達成した。
このシーズンは、井納が先発投手として存在感を示した重要な転換点だった。
【DeNA時代】井納翔一は横浜の先発ローテーションをどう支えたのか
井納翔一のプロ野球人生を語るうえで、2013年から2020年まで在籍した横浜DeNAベイスターズ時代は欠かせない。
DeNAでは8年間プレーし、先発ローテーションの一角として複数のシーズンで一定の投球回数を記録した。
特に2014年から2017年にかけては、先発投手として安定した登板機会を確保していた。
2014年の11勝が示した先発投手としての実力
井納がプロで最初に大きな実績を残したのは2014年だ。
25試合に登板して11勝9敗、防御率4.01。前年の5勝から大きく数字を伸ばし、チームの先発陣を支えた。
さらに2016年には23試合で7勝11敗、防御率3.50、2017年には25試合で6勝10敗、防御率3.84を記録。
2016年は151回2/3、2017年は152回1/3を投げている。
勝ち星だけを見ると負け越したシーズンもあるが、150イニングを超える投球回数は、先発投手として一定の役割を担っていたことを示す数字だ。
先発から中継ぎへの役割変更も経験
2018年は24試合に登板し、6勝3敗、防御率3.54を記録した。
この年は先発だけでなく救援でも起用され、8ホールドを記録している。
チーム事情や投手陣の構成に応じて役割を変えた経験は、井納のキャリアを理解するうえで重要だ。
一方、2019年は4勝5敗、防御率4.76、2020年は6勝7敗、防御率3.94だった。
2020年は新型コロナウイルスの影響を受けたシーズンでもあり、17試合に登板して89イニングを投げている。
DeNA時代の象徴的な実績
井納は、DeNAがチームとして初めてクライマックスシリーズに進出した際にも重要な役割を担った。
FA権を行使して退団する際、球団を通じて発表したコメントでは、クライマックスシリーズ初戦を東京ドームで任されたことや、ファンの歓声が印象に残っていると振り返っている。
本当に濃い8年間でした。ありがとうございました。
このコメントからも、DeNA時代が井納にとってプロ野球人生の大きな基盤だったことがうかがえる。
【FA移籍の経緯】井納翔一がDeNAから巨人を選んだ理由
2020年オフ、井納翔一は国内FA権を行使した。
移籍先として名前が挙がったのは読売ジャイアンツと東京ヤクルトスワローズ。古巣DeNAも宣言残留を認めていたため、複数の選択肢が存在していた。
巨人移籍の決め手は原辰徳監督の言葉
2020年12月、巨人は井納の獲得を正式発表した。
当時の報道によると、巨人が提示した契約は2年総額約2億円とされ、背番号は21だった。
当時の巨人は菅野智之のMLB移籍の可能性もあり、先発投手の補強が課題となっていた。
DeNAで2020年に6勝7敗、防御率3.94を記録していた井納は、先発陣を補強する選手として期待された。
移籍の決め手について、入団会見では原辰徳監督から直接、翌シーズンの戦力になってほしいという言葉をもらったことを挙げている。
巨人時代は期待に応えられず
巨人移籍1年目の2021年、井納は開幕ローテーション入りを果たしたものの、シーズン成績は5試合登板、0勝1敗、防御率14.40だった。
開幕前にはジャイアンツ球場のフェンスで頭部に裂傷を負うアクシデントも発生していた。
本人も引退発表時に、この出来事について自分の不注意だったと振り返っている。
2022年は7試合に登板し、1勝0敗、防御率1.80を記録。数字だけを見れば前年から改善している。
しかし、登板数は7試合にとどまり、先発投手としてのポジションを確立するには至らなかった。
巨人での2年間を合計すると、12試合登板、1勝1敗、防御率8.10となる。
【通算成績を検証】井納翔一の51勝61敗・防御率3.98の実力
井納翔一の現役時代を評価する際、巨人での2年間だけを取り上げると、DeNA時代の実績が見えにくくなる。
NPBが公開している2025年シーズン終了時点の年度別記録では、井納の通算成績は次のとおりだ。
NPB通算投手成績51勝
61敗
3.98
180試合
投球回
917回1/3
奪三振
640
セーブ
1
DeNAと巨人の成績を比較
| 所属球団 | 在籍期間 | 登板 | 勝敗 | 防御率 |
|---|---|---|---|---|
| 横浜DeNA | 2013~2020年 | 168 | 50勝60敗 | 約3.85 |
| 読売巨人 | 2021~2022年 | 12 | 1勝1敗 | 8.10 |
| 通算 | 2013~2022年 | 180 | 51勝61敗 | 3.98 |
※DeNAの通算成績はNPBの年度別記録から集計した値。巨人の成績は2021年と2022年の合算。
この比較から分かるのは、井納のプロとしての実績の大部分がDeNA時代に形成されたということだ。
51勝という数字をどう評価するべきか
通算51勝61敗という数字だけを見ると、負け越しという印象が先行するかもしれない。
しかし、投手の評価には勝敗以外にも防御率、投球回、奪三振、登板数など複数の指標がある。
井納の場合、DeNA時代には2014年の11勝や2016年、2017年の150イニング超えなど、先発投手として評価できる実績がある。
一方、通算防御率3.98は、長期にわたって登板した成績の平均であり、シーズンごとの調子や所属球団の環境も反映されている。
巨人時代の数字だけを切り取って、現役生活全体を評価するのは適切ではない。
【戦力外通告から引退へ】井納翔一が2022年に現役生活を終えた理由
井納翔一の現役引退は、2022年10月の戦力外通告をきっかけに進んだ。
巨人は2022年10月7日、井納と来季の契約を結ばないことを発表した。
FAで加入した選手が、移籍からわずか2年で戦力外となったことは大きな注目を集めた。
2022年10月7日に巨人から戦力外通告
井納は巨人で2年間プレーしたものの、期待された先発投手としての役割を十分に果たせなかった。
2021年は5試合で防御率14.40。2022年は7試合で防御率1.80だったが、一軍での登板機会そのものが限られていた。
結果として、2022年シーズン終了後に球団から来季契約を結ばないと通告された。
12球団合同トライアウトにも参加
戦力外通告を受けた井納は、すぐに現役引退を決めたわけではない。
2022年11月8日に開催された12球団合同トライアウトに参加し、他球団での現役続行を模索した。
日刊スポーツの報道によると、トライアウトでは最速147キロを記録している。
本人は当時、1年でも長く現役を続けたいという意欲を持っていた。
そのため、引退は戦力外通告を受けた瞬間に決めたものではなく、現役続行の可能性を探ったうえでの判断だった。
2022年12月27日に引退を正式発表
2022年12月27日、井納は自身のSNSを通じて現役引退を表明した。
同日には横浜市内で開催されたトークイベントにも出演し、ファンに直接引退を報告している。
日刊スポーツによると、将来について家族とも話し合い、最終的な決断に至ったという。
また、引退発表では巨人時代についても振り返り、移籍1年目のアクシデントなどを含めて自分自身の反省を語っていた。
引退を決断した背景には、次のような要素があった。
- 巨人からの戦力外通告
- 一軍での登板機会の減少
- トライアウトを経ても現役続行の道筋が定まらなかったこと
- 家族との話し合いを含めた今後の人生設計
- 球団から提示された指導者としての新しい進路
ただし、特定の一つの出来事だけを引退理由とすることはできない。本人は現役続行への未練にも触れながら、10年間のプロ生活への感謝を示していた。
引退後は巨人への恩返しとして指導者の道へ
引退後の進路として発表されたのが、ジャイアンツアカデミーでの指導活動だった。
井納は引退を報告した際、巨人に誘ってもらいながら十分に貢献できなかったことへの申し訳なさと、今後できることを通じて恩返ししたいという思いを語っている。
「これから自分ができることで少しでも恩返しができればと思います」
この言葉は、選手としてのキャリアが終わった後も、野球との関係を続けていくという決意を示すものだった。
【プロの結論】井納翔一のキャリアから分かるFA移籍と引退後のセカンドキャリア
井納翔一の経歴には、プロ野球選手のキャリアを考えるうえで興味深い転換点がいくつもある。
26歳でのプロ入り、DeNAでの8年間、FAによる巨人移籍、そして戦力外通告を経た指導者への転身だ。
FA移籍の成否と選手としての実績は分けて考える
井納の巨人移籍は、結果だけを見れば成功したとは言い難い。
しかし、それによってDeNA時代に積み重ねた51勝のうち50勝までを否定することはできない。
FA移籍は、球団と選手の双方が将来の戦力や役割を見込んで行う契約だ。
巨人は井納の先発経験や実績を評価し、先発陣の補強を目的として獲得した。一方、井納自身も原監督の言葉を決断の理由に挙げていた。
移籍後に期待どおりの結果が出なかったことと、移籍を決断した当時の判断が存在したことは、別の問題として捉える必要がある。
戦力外通告は野球人生の終わりではない
もう一つ注目したいのは、引退後の進路だ。
井納は戦力外通告を受けた後もトライアウトに参加し、現役続行を模索した。その後、引退を決断してジャイアンツアカデミーのコーチになった。
この経緯は、プロ野球選手のセカンドキャリアが必ずしも解説者やテレビ出演だけではないことを示している。
選手としての実績を生かして、子どもたちの育成や野球普及に携わる道もある。
特に井納は、社会人野球からプロ入りした経験や、DeNA・巨人という異なる環境でプレーした経験を持つ。
こうした経験は、技術だけでなく、野球を続けることの難しさやチームでの役割を伝える際にも生かせるはずだ。
井納翔一に関する情報を調べる際の判断基準
現在の活動や経歴を調べるときには、情報の種類を分けて確認すると理解しやすい。
| 調べたい内容 | 優先して確認したい情報 |
|---|---|
| 現在の活動 | ジャイアンツアカデミーや野球教室の開催報告 |
| 現役引退の時期 | 2022年12月27日の本人発表 |
| 戦力外通告 | 2022年10月の巨人の発表 |
| FA移籍の背景 | 2020年の入団会見と本人コメント |
| 通算成績 | NPB公式年度別記録 |
| 大学・社会人時代 | NPBプロフィールや社会人野球関連資料 |
とりわけ、現役時代の成績についてはNPBの公式記録、引退後の活動については球団やイベント主催者の開催報告を優先すると、過去と現在の情報を混同しにくい。
【井納翔一の現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:井納翔一は2026年現在、何をしていますか?
井納翔一は、現役引退後にジャイアンツアカデミーのコーチとして活動しています。2026年2月7日には宮崎県で開催されたジャイアンツ・ホークス合同野球教室にも参加しました。
Q2:井納翔一はなぜ現役を引退したのですか?
2022年10月に巨人から戦力外通告を受け、その後12球団合同トライアウトに参加しました。現役続行を模索したものの、家族とも将来について話し合い、同年12月27日に引退を発表しました。
Q3:井納翔一の通算成績は何勝ですか?
NPB公式記録によると、通算51勝61敗1セーブ、防御率3.98です。180試合に登板し、917回1/3を投げて640奪三振を記録しました。
Q4:井納翔一はなぜDeNAから巨人に移籍したのですか?
2020年オフに国内FA権を行使し、読売ジャイアンツへ移籍しました。入団会見では、原辰徳監督から直接、翌シーズンの戦力になってほしいという言葉をもらったことを決断理由として挙げています。
Q5:井納翔一は巨人で何勝しましたか?
巨人では2021年に0勝1敗、2022年に1勝0敗を記録し、2年間の通算成績は1勝1敗、防御率8.10でした。
まとめ:井納翔一は現在も野球界で指導者として活動している
井納翔一は2022年12月に現役引退を発表した後、ジャイアンツアカデミーのコーチとして新しいキャリアをスタートさせた。
2026年2月には宮崎県で開催されたジャイアンツ・ホークス合同野球教室に参加しており、引退後も野球の普及や子どもたちへの指導に携わっている。
現役時代を振り返ると、木更津総合高校、上武大学、NTT東日本を経て26歳でプロ入り。DeNAでは8年間プレーし、2014年には11勝を挙げた。
2020年オフにはFAで巨人へ移籍したものの、期待された結果を残せず、2022年に戦力外通告を受けた。その後、トライアウトへの参加を経て引退を決断している。
通算51勝61敗、防御率3.98という記録は、DeNA時代の実績を含む井納翔一の10年間のプロ生活を示す数字だ。
巨人での2年間だけを見れば厳しい結果だったが、プロ野球選手として積み重ねた経験は、現在の指導者としての活動にもつながっている。
2026年の野球教室への参加は、選手としてのキャリアを終えた井納が、別の立場から野球界に関わり続けていることを示す近況だ。今後もジャイアンツアカデミーでの指導活動を通じて、次世代の野球選手や野球を楽しむ子どもたちに経験を伝えていく姿が注目される。