2026年現在、元競泳日本代表の入江陵介さんは、現役引退後も水泳界の第一線に関わりながら、会社員、特別コーチ、スポーツ団体の役員、メディア出演者として幅広く活動しています。1990年1月24日生まれの36歳。2012年ロンドン五輪で3個のメダルを獲得した日本競泳界のレジェンドは、2024年4月の現役引退を経て、新しいキャリアを歩んでいます。
現在の主な活動は、株式会社ナガセの人事部での勤務、イトマンスイミングスクールの特別コーチ、アミューズスポーツエージェンシーを通じたテレビ・イベント出演、JOCアスリート委員会副委員長、日本水泳連盟アスリート委員などです。2026年にもテレビ出演や水泳普及活動、スポーツ界の組織運営に携わっており、競技生活を終えた後もその経験を生かしています。
【2026年最新】入江陵介の現在の仕事は?会社員・特別コーチ・テレビ出演の実態

入江陵介さんの引退後の生活を理解するうえで重要なのは、活動が一つの職業に限定されていないことです。
2025年10月、入江さん本人が自身の仕事について説明し、株式会社ナガセの人事部に所属する会社員であることや、イトマンでの特別コーチ活動、メディア出演、スポーツ団体での役職を明らかにしました。
さらに2026年には、所属するアミューズスポーツエージェンシーの公式プロフィールにも新しい出演情報が掲載されています。競技者から複数の分野を横断するスポーツ人材へと活動の幅を広げている状況です。
1.株式会社ナガセの人事部で会社員として勤務
入江陵介さんは、近畿大学を卒業した2012年に株式会社ナガセへ入社しています。
ナガセは、イトマンスイミングスクールなどを展開する教育関連企業です。入江さんは現役時代から同社との関係を持ち、競技活動と企業での所属を両立してきました。
2025年10月13日、スポニチが報じた本人のSNSでの説明によると、当時はナガセの人事部に配属され、主に次の業務を担当していました。
- インターン向けの会社説明会
- 社内の各種委員会への参加
- 社内会議への出席
- 人事部門に関連する業務
本人が公表した仕事内容からは、単に元オリンピック選手として名前を貸す立場ではなく、一般企業の社員として組織運営にも関わっていることが分かります。
競技生活では、毎日の練習、遠征、大会への出場が中心でした。一方、会社員としての仕事では、組織の一員として他の社員と協力しながら業務を進める必要があります。
トップアスリートとして培った目標管理能力や継続力、チームワークを、企業活動に生かすキャリア選択としても興味深いものです。
2.イトマンスイミングスクールの特別コーチ
入江さんの引退後の活動で、競技人生とのつながりが最も分かりやすいのがイトマンスイミングスクールの特別コーチです。
入江さんは小学2年生だった1997年に、イトマンスイミングスクール玉出校で水泳を始めました。つまり、幼少期から長年関わってきた場所に、今度は指導する側として戻ってきたことになります。
イトマンの公式プロフィールでは、2024年に特別コーチへ就任したことが紹介されています。活動内容には全国での水泳教室や水泳の普及活動が含まれています。
この活動の意義は、単に有名選手が子どもたちに泳ぎを教えることだけではありません。
世界大会やオリンピックを経験した選手だからこそ伝えられる、練習への向き合い方、目標を持つことの意味、試合で実力を発揮するための心構えなどがあります。
2025年12月から2027年2月まで実施されるイトマンとポケモンの水泳関連企画でも、入江さんは特別コーチとしてコメントを寄せています。子どもたちが水に親しむきっかけをつくる活動にも参加しています。
3.アミューズスポーツエージェンシー所属でメディア出演
入江さんはアミューズスポーツエージェンシーに所属し、テレビ番組、ラジオ、イベント、インタビューなどにも出演しています。
2025年10月に本人が紹介したレギュラー番組は、次の2番組でした。
- フジテレビ「サン!シャイン」水曜レギュラー
- 朝日放送「newsおかえり」木曜レギュラー
これらは2025年10月時点で本人が説明した出演情報です。2026年10月現在のレギュラー継続を示す情報とは区別する必要があります。
一方、2026年の所属事務所の公開情報では、次のような出演・活動が確認できます。
- 2026年2月:TOKYO FM「SPORTLIGHT」に出演
- 2026年4月:日本テレビ「踊る!さんま御殿!!」出演
- 2026年9月:Number Webの企画「POWER of VOICE エールの力 2025-26」に掲載
- 2026年10月:読売テレビ「サタデーLIVE ニュース ジグザグ」の出演情報を掲載
特に2026年10月23日に更新された所属事務所のプロフィールには、翌24日放送の「サタデーLIVE ニュース ジグザグ」の出演情報が掲載されています。
競泳選手時代の知名度を生かした出演だけでなく、スポーツ経験やオリンピックの舞台裏を伝える役割も期待されています。
4.JOCアスリート委員会副委員長・日本水泳連盟アスリート委員
2026年現在の入江さんを語るうえで、特に注目したいのがスポーツ団体での活動です。
2025年にJOCアスリート委員会の副委員長に選任され、2026年3月に開催されたJOC・NFアスリート委員会合同ミーティングでも、副委員長として活動報告を行っています。
また、日本水泳連盟のアスリート委員も務めています。
2026年3月のJOC公式報告によると、入江さんは日本水泳連盟のアスリート委員として、同委員会の活動や課題について紹介しました。自身は「普及」を担当しており、大会期間中のトークショーや保護者向け企画などに携わっていることも説明しています。
ここで重要なのは、入江さんの役割が競技経験を語るだけにとどまらない点です。子どもたちがトップレベルの競技会を体験できる始泳式やエスコートキッズの取り組みなど、次世代の選手や水泳ファンを育てる活動にも関わっています。
現役時代に日本代表として世界と戦った経験が、今度はスポーツ界全体の環境づくりに使われているのです。
【引退理由を検証】入江陵介はなぜ2024年4月に現役を引退したのか?
入江陵介さんが現役引退を発表したのは、2024年4月3日です。当時34歳でした。
引退発表の直前には、2024年3月に開催されたパリ五輪代表選考会に出場していました。入江さんは5大会連続となるオリンピック出場を目指していましたが、代表入りを逃しています。
JOCの報道によると、選考会では100m背泳ぎで2位、200m背泳ぎで3位という結果でした。また、2023年には左肩の痛みに苦しんでいたことも伝えられています。
引退の大きな転換点となったパリ五輪代表選考会
入江さんにとって、パリ五輪は単なる次の大会ではありませんでした。
2008年の北京大会から2021年の東京大会まで、4大会連続でオリンピックに出場してきた選手にとって、5大会連続出場は競技人生の大きな目標だったと考えられます。
しかし、2024年3月の選考会で代表入りの条件を満たせず、パリ五輪への道は閉ざされました。
長年、日本の男子背泳ぎをけん引してきた選手であっても、オリンピックの代表枠を獲得するには、その時点での競技成績が大切です。過去の実績だけでは代表になれないという、トップスポーツの厳しさが表れた結果でした。
左肩の痛みと長年の競技生活
もう一つの要素が身体面です。
JOCの2024年4月3日の報道では、入江さんが前年から左肩痛に苦しんでいたことが紹介されています。背泳ぎは肩関節を大きく動かす競技であり、100m・200mの両種目で高いパフォーマンスを維持するには、身体のコンディションが欠かせません。
ただし、引退を単純に肩の故障だけで説明することはできません。代表選考会の結果、長年の競技生活、今後の人生設計など、複数の要素が重なった転換点だったと捉えるのが適切です。
本人が語った引退後の心境
2024年4月3日の引退会見について、所属事務所のアミューズは次の発言を紹介しています。
長く競技生活を送ることができ、本当に心から幸せだった。
また、入江さんは本来パリ五輪で引退したかったという思いも明かしました。その一方、最後のレースを東京の地で多くの人の前で泳ぎ切れたことへの感謝も語っています。
引退後の2024年6月に行われたJ-WAVEのインタビューでは、毎日の練習がなくなったことへの不思議な感覚を話しながらも、「やりきった」という思いが強く、競技人生に悔いはないと説明しました。
この発言から読み取れるのは、五輪出場を逃した悔しさと、競技人生を最後までやり切ったという納得感が両立していたことです。
引退は必ずしも競技に対する情熱を失った結果ではありません。むしろ、水泳との関わり方を選手から指導者・普及活動へ移す、新しい出発点だったといえます。
【競技人生の年表】入江陵介の経歴と関係者・所属組織を整理
入江陵介さんは、幼少期から水泳に取り組み、高校時代に全国レベルの選手として頭角を現しました。その後、日本代表として長期間にわたり世界大会で活躍しています。
ここでは競技人生の主要な転換点と、引退後の所属組織との関係を整理します。
入江陵介の主要経歴・所属関係一覧
経歴はJOC、アミューズ、イトマンの公式プロフィールを中心に整理しています。
引退後に関わる5つの組織・活動の関係
現在の入江さんの活動を理解するには、それぞれの組織が異なる役割を持っている点を押さえる必要があります。
- 株式会社ナガセ: 会社員として所属し、人事部門の業務を担当していると2025年10月に本人が説明。
- イトマンスイミングスクール: 幼少期からの縁があり、特別コーチとして水泳教室や普及活動を担当。
- アミューズスポーツエージェンシー: テレビ、ラジオ、イベントなどの出演・活動を支える所属先。
- JOC: アスリート委員会の副委員長として、アスリートの意見やスポーツ界の課題に関わる。
- 日本水泳連盟: アスリート委員として水泳の普及や競技大会に関する取り組みを推進。
これらは競合する仕事ではありません。企業で働くこと、子どもたちに水泳を教えること、スポーツ界の制度や普及活動に関わること、メディアで経験を伝えることが、それぞれ異なる方向から水泳界を支えています。
【ロンドン五輪の栄光】入江陵介のメダル実績と日本記録は今も残っている?
入江陵介さんの競技人生を象徴する大会が、2012年のロンドンオリンピックです。
男子背泳ぎのスペシャリストとして出場した入江さんは、個人種目だけでなく、日本代表のメドレーリレーでも結果を残しました。
ロンドン五輪で獲得した3個のメダル
| 種目 | 成績 | 記録 |
|---|---|---|
| 男子100m背泳ぎ | 52秒97 | |
| 男子200m背泳ぎ | 1分53秒78 | |
| 男子4×100mメドレーリレー | 3分31秒26 |
この3種目で獲得したメダルは銀2個、銅1個です。JOCの公式競技記録にも、それぞれの成績が掲載されています。
特に200m背泳ぎでは銀メダルを獲得し、個人種目で世界のトップレベルに到達したことを証明しました。
さらに男子4×100mメドレーリレーでは、日本代表の一員として銀メダル獲得に貢献しています。個人の技術だけでなく、チームとして結果を出す力も入江さんの大きな実績です。
100m背泳ぎ・200m背泳ぎの日本記録
入江さんの競技人生を語る際、欠かせないのが2009年に樹立した2つの日本記録です。
| 種目 | 日本記録 | 樹立日 |
|---|---|---|
| 男子100m背泳ぎ | 52秒24 | 2009年9月5日 |
| 男子200m背泳ぎ | 1分52秒51 | 2009年7月31日 |
これらは、単なる自己ベストではなく、男子長水路の日本記録です。
日本水泳連盟が公表した2025年11月30日現在の競泳日本記録一覧にも、100m・200m背泳ぎの保持者として入江陵介さんの名前が掲載されています。2026年の日本記録一覧でも同じ記録が掲載されています。
つまり、現役を引退した後も、入江さんが残した記録は日本競泳史に刻まれています。
4大会連続オリンピック出場という実績
入江さんは2008年北京、2012年ロンドン、2016年リオデジャネイロ、2021年東京と、4大会連続でオリンピックに出場しました。
東京大会では男子200m背泳ぎで7位、男子4×100mメドレーリレーで6位という成績を残しています。
2024年のパリ大会で目指していたのは、5大会連続の出場でした。代表選考会で敗退したため実現しませんでしたが、4大会にわたって日本代表を務めたこと自体が、非常に大きな競技実績です。
【引退後の活動を深掘り】入江陵介が水泳界に残すものとは?
入江陵介さんの現在の活動には、単なるセカンドキャリア以上の意味があります。
競泳選手として長く活動した人が、引退後にどのような形でスポーツに関わるのか。その一つのモデルを示しているのが、入江さんの現在の仕事です。
競技者から指導者への転換
現役時代の入江さんは、自身の記録や順位を追求する立場でした。
しかし、特別コーチとしての役割では、指導を受ける子どもたちや一般の参加者が主役になります。
水泳の楽しさを伝えること、泳力を伸ばすきっかけを与えること、スポーツを続ける意味を伝えることなど、成果の基準も変わります。
イトマンが紹介する特別コーチとしての活動や、JOC・日本水泳連盟での普及活動は、こうした変化を具体的に示しています。
JOCの活動で競技者の声を届ける
トップアスリートは、競技団体や大会運営の制度について、実際に選手として経験した立場から意見を伝えられます。
入江さんがJOCアスリート委員会の副委員長を務めていることは、その経験を組織運営に生かす役割を担っていることを意味します。
2026年3月のJOC合同ミーティングでは、委員会への参加によって競技の枠を超えた知見や人とのつながりを得られたことについても説明しています。
日本水泳連盟での普及活動では、競技大会と子どもたちを結びつける企画にも関わっています。現役時代の経験を、次の世代が競技に触れる機会へとつなげている点が特徴です。
メディア出演でスポーツの魅力を伝える
テレビやラジオへの出演も、引退後の重要な活動です。
オリンピックを経験した選手がメディアに出演する意義は、競技結果を解説することだけではありません。選手がどのような準備をして大会に臨むのか、プレッシャーとどう向き合うのか、競技生活の中で何を学んだのかを一般の視聴者に伝えることができます。
入江さんの場合、長期間にわたる日本代表経験があり、複数のオリンピックや世界選手権を知っています。スポーツを専門的に理解しながら、一般視聴者にも分かりやすく伝えられることが強みです。
2026年も所属事務所の出演情報が更新されており、メディア活動は継続しています。
引退後のキャリアとして注目したい3つのポイント
入江さんの活動からは、アスリートの引退後に必要なキャリア形成について、次の3点が見えてきます。
1. 専門性を残すこと: 長年積み重ねた競技経験を指導や普及活動に転換する。
2. 競技以外の仕事を持つこと: 会社員として組織運営や人事業務に関わる。
3. スポーツ界との接点を維持すること: JOCや日本水泳連盟で、次世代の選手や競技環境を支える。
一つの仕事だけに依存するのではなく、複数の分野で経験を生かす働き方は、長く競技に取り組んできたアスリートのキャリアを考えるうえで参考になります。
【誤解を整理】入江陵介の現在について間違われやすい4つのポイント
入江陵介さんについて検索すると、「引退した後は何をしているのか」「なぜ五輪に出られなかったのか」「現在も日本記録保持者なのか」といった疑問が多く見られます。
ここでは、事実関係を整理します。
誤解1:引退したので水泳界から離れた?
これは正確ではありません。
競技選手としては2024年4月に引退しましたが、イトマン特別コーチとして水泳教室に参加し、日本水泳連盟やJOCでも普及活動に関わっています。
選手として泳ぐ立場から、水泳を教え、広め、支える立場へ変わったという理解が適切です。
誤解2:パリ五輪に出場した?
入江さんはパリ五輪への出場を目指していましたが、2024年3月の代表選考会で代表入りを逃しています。
実際に出場したオリンピックは北京、ロンドン、リオデジャネイロ、東京の4大会です。5大会連続出場は目標として掲げていたもので、実現した記録ではありません。
誤解3:引退後はテレビタレントになった?
メディア出演が増えているのは事実ですが、テレビ出演だけが仕事ではありません。
本人が2025年10月に説明した人事部での会社員業務や、イトマン特別コーチ、JOCアスリート委員会副委員長など、複数の役割を持っています。
テレビ出演は、引退後の活動の一部です。
誤解4:現役引退によって日本記録も失われた?
競技から引退したことと、記録の保持者であることは別です。
100m背泳ぎ52秒24、200m背泳ぎ1分52秒51という長水路の男子日本記録は、日本水泳連盟の公表資料にも入江さんの名前とともに掲載されています。
このように、現在の活動、過去の実績、競技記録をそれぞれ分けて見ることで、引退後の入江さんの姿がより正確に理解できます。
【入江陵介に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:入江陵介は2026年現在、何をしている?
A1:株式会社ナガセでの会社員業務、イトマンスイミングスクールの特別コーチ、アミューズスポーツエージェンシーを通じたメディア出演、JOCアスリート委員会副委員長、日本水泳連盟アスリート委員などの活動をしています。会社員としての人事部配属は2025年10月に本人が公表した内容です。
Q2:入江陵介が引退したのはいつ?
A2:2024年4月3日に現役引退を発表しました。34歳のときです。直前の2024年3月に行われたパリ五輪代表選考会で代表入りを逃したことが、大きな転換点になりました。
Q3:入江陵介の引退理由は何?
A3:パリ五輪代表選考会で5大会連続出場を逃したこと、前年からの左肩痛、長年の競技生活などが背景にあります。本人は引退後のインタビューで競技をやり切ったという思いを語っています。
Q4:入江陵介は株式会社ナガセの何部に所属している?
A4:本人が2025年10月に公表した内容では、人事部に配属されていました。インターン向けの説明会や社内委員会への参加、会議などを担当していると説明しています。
Q5:入江陵介は現在もイトマンのコーチをしている?
A5:はい。イトマンスイミングスクールの公式プロフィールで特別コーチとして紹介されています。水泳教室や水泳の普及活動に取り組んでいます。
Q6:入江陵介はロンドン五輪で何個のメダルを獲得した?
A6:合計3個です。男子100m背泳ぎで銅メダル、200m背泳ぎで銀メダル、男子4×100mメドレーリレーで銀メダルを獲得しました。
Q7:入江陵介は現在も日本記録保持者?
A7:男子長水路100m背泳ぎ52秒24、200m背泳ぎ1分52秒51の記録は、日本水泳連盟の公表資料に入江さんの記録として掲載されています。
Q8:入江陵介は結婚している?
A8:今回確認した公式プロフィールや競技関連の公表情報では、結婚に関する確定情報は確認できません。競技実績や現在の仕事と、プライベートに関する情報は分けて捉える必要があります。
まとめ:入江陵介の現在は競技者から水泳界を支える存在へ
入江陵介さんは2024年4月に現役を引退しましたが、水泳との関係が途切れたわけではありません。
2026年現在は、株式会社ナガセでの会社員としてのキャリア、イトマン特別コーチとしての指導・普及活動、アミューズスポーツエージェンシーを通じたメディア出演、JOCアスリート委員会副委員長、日本水泳連盟アスリート委員としての活動など、複数の分野に携わっています。
2012年ロンドン五輪で獲得した3個のメダル、100m・200m背泳ぎの日本記録、4大会連続のオリンピック出場という競技実績は、現在も高く評価されるものです。
引退理由についても、単にパリ五輪に出場できなかったからという一言では説明できません。左肩の痛み、代表選考会の結果、長年にわたる競技生活、そして本人が語った「やりきった」という思いが重なった決断でした。
特に注目したいのは、現役時代に培った経験を、次世代の育成やスポーツ組織の運営に生かしている点です。選手として世界の舞台に立った経験を、今度は子どもたちや競技者を支える側から還元しているのです。
入江陵介さんの2026年の姿を理解するなら、元オリンピックメダリストという肩書だけでなく、会社員、指導者、メディア出演者、スポーツ団体の運営に関わる人という複数の側面を見ることが大切です。
現役引退は競技人生の終わりであっても、水泳人生の終わりではありません。今後も水泳の普及や次世代の育成、スポーツ界への貢献を通じて、入江陵介さんがどのような役割を果たしていくのか注目されます。