長年別居していた2人の関係が大きく揺れたのが、1981年の離婚騒動です。
この年、内田裕也さんが樹木希林さんの了承を得ないまま離婚届を提出しました。夫婦としてすでに別々の生活を送っていたとはいえ、樹木さんにとって婚姻関係を一方的に終わらせることは受け入れられないことでした。
そこで樹木さんは、提出された離婚届による離婚を認めず、離婚無効を求める訴訟を起こします。
樹木希林が離婚無効訴訟で勝訴
裁判の結果、樹木さん側の主張が認められ、離婚は無効となりました。つまり、内田さんが離婚届を提出しても、2人の婚姻関係は終了しなかったのです。
この出来事は、当時の芸能ニュースでも大きく取り上げられました。離婚届を提出した夫と、離婚を認めない妻という構図は、長年別居していた2人の関係を象徴する出来事になりました。
スポニチやデイリースポーツの過去の報道でも、1981年の離婚届提出と樹木さんによる離婚無効訴訟、そして樹木さんの勝訴が確認できます。
なぜ樹木希林は離婚しなかったのか?
樹木さんが離婚を選ばなかった理由について、後年のインタビューや家族の証言から、いくつかの背景が浮かび上がります。
2011年の報道では、樹木さんは内田さんについて「純なものがひとかけら見えるから」という趣旨の説明をしていたと紹介されています。破天荒な振る舞いだけではなく、内田さんの中にある純粋さを見ていたということです。
また、2016年にNHKの「あさイチ」に出演した際には、夫がいることで自分自身の激しさが修正されるという趣旨の話をしています。樹木さんは内田さんの存在を、自分にとっての「重し」と表現していました。
ここで注目したいのは、樹木さんが必ずしも一般的な意味での円満な同居生活を望んでいたわけではない点です。別々に暮らしながら、夫婦という関係を続けることに、自分なりの意味を見いだしていたのです。
【長女・内田也哉子の証言】母と父の本当の夫婦関係とは?

樹木希林さんと内田裕也さんの関係を理解するうえで、重要な存在が長女の
1976年2月11日生まれの也哉子さんは、両親が別居していた家庭で育ちました。母親と暮らす時間が長く、父親とは年に数回会う程度だったと、本人が複数のインタビューで語っています。
也哉子さんはエッセイストとして活動し、俳優の本木雅弘さんと結婚。両親とは異なる家庭を築いています。
母親に「なぜ父と別れないの?」と尋ねた
2024年3月の『週刊文春WOMAN』の対談で、也哉子さんは思春期に母親へ抱いていた疑問を振り返っています。
父親が家にいないことが当たり前だった一方、母親は父親を尊敬すべき人物として語っていました。也哉子さんには、その姿勢が理解できず、なぜ別れないのかと問いかけたそうです。
そのとき、樹木さんが伝えたのは、内田さんにはどれほど破天荒でも純粋な部分がある、という考えでした。
加えて、也哉子さんは母親が最初の結婚を解消した後、深い虚無感を抱き、内田さんという予測できない人物と出会ったことで、その空虚さを紛らわせようとしたのではないかと、母親から聞いた話を振り返っています。
つまり、樹木さんにとって内田さんとの結婚は、単なる恋愛感情や世間体だけでは説明できない、自分自身の人生観にも関わる選択だったのです。
父親の悪口を娘の前で言わなかった樹木希林
也哉子さんが語った母親の姿で印象的なのは、父親の悪口をほとんど口にしなかったことです。
2019年にMBS系の番組で也哉子さんが明かしたところによると、両親は激しく口論することもありました。それでも樹木さんは、内田さんのための住まいを用意し、父親としての立場を保っていたといいます。
また、幼い也哉子さんは父の日になると、母親ではなく自分だけで父親に会いに行っていました。母親と父親が一緒に行動すると、けんかになってしまうからです。
子どもにとっては複雑な家庭環境でしたが、樹木さんは娘に父親の存在を否定させることなく、自分たちなりの家族関係を維持していました。
夫婦愛を感じさせるエピソードはあった?
長年別居していた2人にも、夫婦としてのつながりを感じさせるエピソードが残っています。
2015年、樹木さんはテレビ番組『SMAP×SMAP』に出演し、内田さんと会う頻度について、保険関係の手続きなどで年に2回ほどと説明しました。
それでも、結婚してよかったかと聞かれると、迷わず肯定。内田さんが自分にとって必要な存在だったという趣旨の発言をしています。
加えて、2013年には内田さんから「別れなくてよかった」と言われたことを明かしました。長年離れて暮らしていても、お互いの存在を認め合っていたことが伝わるエピソードです。
ただし、夫婦愛を語る際には、激しい口論や娘が感じていた家庭内の緊張も忘れてはいけません。2人の関係は、単純に理想的な夫婦の物語として片づけられるものではありませんでした。
【2018年・2019年】樹木希林と内田裕也が相次いで死去
長年別居を続けてきた2人に、最後の別れが訪れます。
2018年9月15日、樹木希林が75歳で死去
樹木希林さんは2018年9月15日、75歳で亡くなりました。
晩年は病気と向き合いながらも、俳優として活動を続けていました。映画『万引き家族』などでも存在感を発揮し、亡くなる直前まで日本映画界で大きな存在感を示していました。
妻の訃報を受け、内田さんは追悼コメントを発表しました。
「啓子、今までありがとう。人を助け、人のために祈り、人に尽くしてきたので天国に召されると思う。見事な女性でした」
これはテレビ朝日が2018年9月20日に報じた内田さんのコメントです。長い別居生活を送っていた夫からの言葉には、樹木さんへの感謝と敬意が込められていました。
2019年3月17日、内田裕也も79歳で死去
樹木さんの死から約半年後、内田裕也さんも2019年3月17日に肺炎のため亡くなりました。79歳でした。
所属事務所は、同日午前5時33分に永眠したことを発表。長年にわたる闘病生活を送りながらも、ロックへの情熱を持ち続けた人生を伝えました。
内田さんは、樹木さんが亡くなった後も、2018年末から2019年初頭にかけて開催された「NEW YEARS WORLD ROCK FESTIVAL」に出演していました。最後まで音楽活動への意欲を失わなかったことも報じられています。
長女が明かした2人の遺影の距離
2025年4月、也哉子さんはテレビ朝日系の番組で、両親の遺影が自宅の同じ部屋に約1メートル離して置かれていることについて説明しました。
その理由は、生前に一緒に過ごす時間が少なかったから。亡くなった後に急に写真を並べてしまうと、かえって不自然に感じるという趣旨の話をしています。
このエピソードは、両親の関係を長年見てきた娘ならではの視点です。遺影の配置にまで、2人が生きてきた距離感が反映されているのは印象的です。
45年近く別々の生活を送りながら、最後まで夫婦であり続けた2人。その関係は、結婚や愛情の形が一つではないことを考えさせます。
【樹木希林の旦那に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:樹木希林の旦那は誰ですか?
A1:ロック歌手・俳優の内田裕也さんです。1973年10月10日に築地本願寺で結婚式を挙げました。
Q2:樹木希林と内田裕也は何年間別居していましたか?
A2:約43〜45年とされています。報道や本人の回想によって年数に差がありますが、結婚後まもなく別居し、その後は長期間にわたり別々の生活を送っていました。
Q3:樹木希林と内田裕也は離婚したのですか?
A3:離婚していません。1981年に内田さんが離婚届を提出しましたが、樹木さんが離婚無効訴訟を起こして勝訴し、婚姻関係は継続しました。
Q4:樹木希林と内田裕也の娘は誰ですか?
A4:長女の内田也哉子さんです。1976年2月11日生まれのエッセイスト・翻訳家で、俳優の本木雅弘さんと結婚しています。
Q5:樹木希林の前夫は誰ですか?
A5:俳優の岸田森さんです。1964年に結婚し、1968年に離婚。その後、1973年に内田裕也さんと再婚しました。
Q6:樹木希林と内田裕也は現在も存命ですか?
A6:2人とも亡くなっています。樹木さんは2018年9月15日に75歳で、内田さんは2019年3月17日に79歳で亡くなりました。
Q7:樹木希林が内田裕也と離婚しなかった理由は何ですか?
A7:樹木さんは内田さんを自分の人生に必要な存在と考えていました。娘の也哉子さんには、父親の中に純粋な部分があることや、母自身の人生観に関わる思いを伝えていたとされています。
まとめ:【プロの結論】樹木希林と内田裕也が残した夫婦関係の意味
樹木希林さんの旦那は、ロック歌手・俳優の内田裕也さんです。1973年に結婚した2人は、結婚後まもなく別居し、1981年には離婚届提出と離婚無効訴訟という騒動を経験しました。それでも、2018年に樹木さんが亡くなるまで婚姻関係を維持していました。
2人の人生を振り返るうえで、特に押さえておきたい要点は次の3つです。
- 結婚の形: 1973年に結婚し、約45年に及ぶ別居生活を送りながら夫婦であり続けた。
- 離婚しなかった理由: 樹木さんにとって内田さんは、単なる配偶者ではなく、自分の人生に必要な存在だった。
- 家族の証言: 長女・也哉子さんの言葉からは、両親の複雑な関係と、それぞれが抱いていた思いが見えてくる。
樹木さんは、夫婦であれば常に一緒に暮らすべきだという考え方にとらわれていませんでした。内田さんとの関係を、自分自身の人生を形づくる一つの要素として受け止めていたのです。
一方で、也哉子さんの証言には、両親の激しい口論や父親が不在だった子ども時代の寂しさも記録されています。夫婦が別れなかったことだけを美談にするのではなく、その選択が家族にどのような影響を与えたのかも考える必要があります。
2026年現在、2人はすでにこの世を去っています。しかし、約45年の別居、離婚騒動、娘への言葉、そして互いの死後に残されたエピソードは、今も多くの人の関心を集めています。
樹木希林と内田裕也が示したのは、夫婦の幸せには決まった形式がないということ。そして、他人には理解しきれない関係にも、当事者にしか分からない意味が存在するということなの可能性があります。