星野さんが走ることを決めた背景には、娘との生活を通じて抱くようになった社会への願いがあった。
2026年6月21日、日本テレビ系の「Golden SixTONES」内で、星野さんが「24時間テレビ49」のチャリティーランナーを務めることが発表された。発表時の年齢は44歳。本番を迎えた8月には45歳だった。
今回の企画は、単に長距離を走って完走を目指すものではない。募金企画「できた!を増やす子ども募金」と連動し、子どもたちの可能性を広げることを目的としていた。
娘との11年間で変化した社会への思い
星野さんは、娘が先天性ミオパチーという指定難病を抱えていることを公表している。
娘との日々を通じて、障がいの有無によって子どもたちの選択肢が狭められず、それぞれが自分の居場所を選べる社会になってほしいという願いを持つようになった。
ランナー発表時には、次のような趣旨を伝えている。
娘と過ごしてきた10年間の中で、すべての子どもたちが分けられることなく、子どもたち自身が自分の居場所を選べる世の中になってほしいという願いを持つようになりました。
このコメントは日本テレビを通じて発表されたものだ。
注目したいのは、星野さんが自分の完走だけを目的にしていなかった点である。走る姿を通じて、子どもたちの生活環境や社会参加について考えるきっかけをつくりたいという意思が、挑戦の中心にあった。
1000人の応援ランナーを募集した理由
2026年7月14日には、星野さんと一緒に走る約1000人の応援ランナーの募集も発表された。
参加者は高校生以上を対象とし、星野さんとともに約3~5キロを走る企画だった。
星野さんは、同じ思いを持つ仲間と走ることへの期待を示し、一緒に挑戦を楽しもうと呼びかけた。
この取り組みには、チャリティーをテレビの中だけで完結させず、一般の参加者が実際に行動する機会に変える意味がある。
1000人が参加したことは、星野さん個人の挑戦を社会全体の応援へと広げる象徴的な出来事だった。
【過去のマラソン経験】2008年のホノルルマラソンと20代の挑戦

星野真里さんは、2026年に初めてフルマラソン級の距離に挑戦したわけではない。
本人への過去の経験に関する取材では、20代の頃にバラエティー番組をきっかけとしてフルマラソンに挑戦したことが紹介されている。
明石家さんまとの共演がきっかけ
2026年8月29日公開のマイナビニュースのインタビューによると、星野さんがフルマラソンに興味を持ったことを番組で明石家さんまさんに伝えたのが、最初の大きなきっかけだった。
その後、実際にフルマラソンに挑戦する番組企画が実現した。
本人は当時の経験について、人生で最も体力的に頑張った経験だったと振り返っている。
このエピソードから分かるのは、2026年の挑戦が突然始まったものではないということだ。以前から長距離走に関心があり、実際に42.195キロを経験していた。
2008年ホノルルマラソンの記録は?
星野さんの過去のマラソンについて検索すると、2008年のホノルルマラソンという情報や、4時間24分台というタイムが紹介されることがある。
一方、2026年の本人取材で確認できるのは、20代の番組企画によるフルマラソン挑戦と、ホノルルマラソンへの出場経験までだ。
2008年という年や具体的な完走タイムについては、本人の発言や大会の公式記録を直接確認できる裏付けが十分ではない。そのため、2008年の記録を確定した公式タイムとして扱うのは適切ではない。
ただし、ホノルルマラソンへの挑戦経験があったこと自体は、2026年のENCOUNTの本人取材でも紹介されている。
過去と2026年の挑戦を比較
| 比較項目 | 20代の頃 | 2026年 |
|---|---|---|
| 挑戦のきっかけ | 明石家さんまとの番組共演 | チャリティーランナーへのオファー |
| マラソン経験 | フルマラソン | 80キロのチャリティーラン |
| 主な目的 | フルマラソンへの挑戦 | 子どもたちの未来を支援 |
| 支援体制 | 番組企画による挑戦 | コーチ・医療チームなど |
| 結果 | フルマラソン完走経験 | 24時間テレビで完走 |
過去のフルマラソンと2026年のチャリティーマラソンは、距離だけでなく目的も異なる。
特に2026年は、長時間走るための身体づくりに加え、暑さへの対応や休憩、補給など、24時間テレビ特有の準備が必要だった。
過去の経験は大きな財産だったものの、それだけで80キロを走り切れるわけではなかったのである。
【練習距離400キロの実態】130キロ以上のチーム練習とトレーニング内容
今回の挑戦で特に注目された数字が、練習期間中の走行距離だ。
2026年9月7日、星野さんは自身のInstagramのストーリーズで、マラソン練習期間の総走行距離について振り返った。
本人の投稿を紹介した日刊スポーツによると、チームとの練習は19回、走行距離は130キロ以上。自主練習を合わせると約400キロに達していたという。
星野真里さんの2026年練習実績
19回
チーム練習の回数130km超
チーム練習の走行距離約400km
自主練習を含めた総走行距離
3キロから始まった段階的な練習
2026年8月29日のマイナビニュースのインタビューでは、星野さん自身が練習の過程を詳しく説明している。
最初は約3キロを走っては歩くという繰り返しだった。
その後、少しずつ距離を延ばし、歩く時間を減らしながら走力を高めていった。
練習の流れを整理すると、次のようになる。
- 2月: ランナーのオファーを受け、自主的にトレーニングを開始。
- ゴールデンウィーク明け: 本格的なマラソンチームとの練習に合流。
- 初期段階: 3キロ程度を走る・歩く練習からスタート。
- 7月下旬: 練習の集大成となる合宿で30キロ超を走破。
- 8月: 本番に向けてコンディションを整え、長時間走行に備える。
特に7月下旬の合宿は大きな転換点だった。
30キロを超える距離を走り切った経験によって、星野さんは自分の身体が変化していることを実感したという。苦しさを感じるまでの時間が長くなり、走れる距離が伸びていくことが自信につながった。
トレーニングで重視された3つのポイント
1.距離を急激に伸ばさない
最初から長距離を走るのではなく、3キロ程度から段階的に距離を増やしていった。これは長時間走行に身体を慣らすための準備でもあった。
2.休息を積極的に取り入れる
星野さんは、2日走ったら2日休むといったアドバイスを受けていたことを明かしている。また、3日以上練習の間隔を空けないことも意識していた。
走ることだけでなく、疲労を回復させることもトレーニングの一部だった。
3.暑さへの対策と専門家のサポート
24時間テレビのマラソンは、通常の大会とは異なり、長時間にわたる屋外走行が想定される。
そのため、暑さへの順応や休憩、エネルギー補給なども重要だった。
星野さんは本番前のインタビューで、速く走ることよりも長い時間走り続けるための練習を重視していると説明していた。
400キロという数字だけを見ると、単純な走行距離の多さに目が向きがちだ。しかし、今回のトレーニングの本質は、距離を稼ぐことだけではなかった。
走る、休む、回復する、再び走る。このサイクルを専門家のサポートのもとで繰り返したことが、本番の完走を支えたと考えられる。
【2026年の全経緯】ランナー発表から1000人とのスタート、80キロ完走まで
星野さんのチャリティーマラソンは、発表から本番まで約2か月、準備期間を含めればさらに長い取り組みだった。
関係者や出演者とのつながりも含めて、主要な出来事を整理する。
星野真里マラソンの関係者・出来事一覧
| 時期 | 人物・団体 | 関係・出来事 |
|---|---|---|
| 2026年2月 | 星野真里 | オファーを受け、自主練習を開始 |
| 2026年6月21日 | 日本テレビ・Golden SixTONES | チャリティーランナーとして正式発表 |
| 2026年7月 | 約1000人の応援ランナー | 星野さんと走る参加者を募集 |
| 2026年7月下旬 | 練習チーム・コーチ | 合宿で30キロ超を走破 |
| 2026年8月29日 | 星野真里・城島茂・みやぞん | 日産スタジアムでスタート。歴代ランナーも応援 |
| 2026年8月30日 | 星野真里・家族・SixTONES | 両国国技館で80キロを完走 |
| 2026年9月7日 | 星野真里 | 練習19回、130キロ以上、総距離約400キロを公表 |
8月29日、日産スタジアムからスタート
本番初日の8月29日、星野さんは神奈川県横浜市の日産スタジアムから走り始めた。
スタート地点には約1000人の応援ランナーが集まった。
また、2014年のチャリティーランナーだった城島茂さん、2018年に挑戦したみやぞんさんも応援に駆けつけた。
スタートの合図には、娘のふうかさんが描いた応援イラストが使われた。娘からのエールを受け取った星野さんは、応援ランナーとともに走り出した。
ここで注意したいのは、1000人全員が80キロを走ったわけではないという点だ。参加者はスタート時に星野さんと約4キロを走り、その後は星野さんがゴールを目指す形式だった。
8月30日、午後8時42分に両国国技館へ
長時間にわたる走行の中で、星野さんは膝の痛みにも直面した。
日刊スポーツなどの報道によると、昼の休憩後には膝が動かなくなるほどの不安を感じたという。
それでもコーチやスタッフのサポートを受けながら走り続け、8月30日午後8時42分ごろ、両国国技館に到着した。
ゴール直前には、待っていた娘の姿を見つけ、ゴールテープより先に娘のもとへ駆け寄った。
親子で抱き合った後、星野さんは無事に完走を果たした。
【完走後の本人コメント】80キロを走り切った星野真里の言葉
完走後、星野さんは安堵の表情を見せた。
最初に語ったのは、ゴールできたことへの安心感と、応援してくれた人々への感謝だった。
「本当ゴールできて、まずは一安心しています。待っててくださって本当にありがとうございました」
これはゴール直後に本人が語った言葉として報じられている。
娘の姿を見つけ、ゴールテープより先に抱きしめた
ゴール直前の親子の抱擁は、今回のマラソンを象徴する場面になった。
総合司会の内村光良さんから、ゴールテープより先に娘のもとへ向かったことを指摘されると、星野さんは娘が見えたので先に行ってしまったと笑顔で答えた。
事前のインタビューでも、完走したら娘をぎゅっと抱きしめたいと話していた。
マラソンを走る母親と、自分自身の大きな挑戦に向き合う娘。互いに応援し合う姿が、本番を通じて伝えられた。
深夜の走行と膝の痛み
完走後の番組出演では、特につらかった場面についても振り返っている。
星野さんが挙げたのは、初日の真夜中だった。
道が暗く、どこへ進んでいるのか分からないように感じ、沿道の人も少なかったため、気持ちが折れそうになったという。
さらに昼の休憩後には膝の痛みが強まり、走り続けられるか不安を感じたことも明かした。
こうした状況を乗り越えられた背景には、コーチやスタッフ、応援ランナーの存在があった。
「もっともっと優しい社会に」という希望
完走後、スポーツ報知の報道では、星野さんが自分の挑戦を通じて、より優しい社会になることへの希望を持って走っていたと伝えられている。
また、日刊スポーツが紹介した9月7日のInstagramの投稿では、次の言葉が記されていた。
「努力ではどうにもならないこともあるけれどどうにかなっちゃうこともある」
そのうえで、支えてくれた人々への感謝と歴代ランナーへの敬意を表している。
この言葉は、単なる完走の喜びにとどまらない。準備期間に積み重ねてきた努力と、周囲の支えによって乗り越えられた経験を表している。
募金額は3億8054万8400円
「できた!を増やす子ども募金」は、番組終了時点で3億8054万8400円に達した。
募金は電動車いすの贈呈をはじめ、子どもたちが自分の夢をかなえられる社会を実現するための支援に活用すると日本テレビが説明している。
今回のマラソンは、星野さんの80キロ完走だけでなく、寄付を通じて支援を広げる企画としても実施された。
【プロの結論】星野真里のマラソン挑戦から分かる3つのこと
今回の挑戦を振り返ると、単純に「80キロを走った女優」という説明だけでは、その全体像を捉えきれない。
重要なのは、過去の経験、計画的なトレーニング、社会的な目的という3つの要素が組み合わさっていたことだ。
1.過去の経験があっても新しい挑戦には準備が必要
20代の頃にフルマラソンを経験していた星野さんでも、2026年の80キロ走行は新たな挑戦だった。
42.195キロの経験があるからといって、長時間にわたる走行への対応力が自動的に身につくわけではない。
今回、3キロから練習を始め、30キロ超の合宿を経て本番に臨んだことは、過去の実績に頼らず準備を積み重ねた姿勢を示している。
2.400キロという数字は継続の成果
自主練習を含めた約400キロという距離は、短期間で達成されたものではない。
チームとの練習19回に加え、自分で走る時間を確保し、休息も取り入れながら積み上げた結果だった。
長距離走において、練習量だけを追い求めるのではなく、身体の状態を管理しながら継続することの重要性が伝わってくる。
3.チャリティーマラソンの価値は完走後にもある
今回の企画で大切だったのは、走り切ることだけではなかった。
子どもたちが挑戦できる環境を増やすという目的があり、約1000人の応援ランナーや募金への参加者が、その考えに関わった。
テレビ番組の企画を通じて、視聴者が社会的な課題を知り、支援について考える機会が生まれた点にも注目したい。
【星野真里のマラソン】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:星野真里さんは2026年の24時間テレビでマラソンを完走しましたか?
A1:はい。2026年8月30日午後8時42分ごろ、両国国技館にゴールしました。80キロを完走したと日刊スポーツなどが報じています。
Q2:星野真里さんの練習距離は400キロですか?
A2:本人のInstagramの投稿によると、チーム練習19回で130キロ以上、自主練習を含めると約400キロです。400キロはチーム練習だけの距離ではありません。
Q3:星野真里さんは2008年にホノルルマラソンを完走したのですか?
A3:過去にホノルルマラソンへ挑戦した経験は、2026年の本人取材記事で紹介されています。一方、2008年という年や具体的な完走タイムについては、本人の発言や大会の公式記録による確証が十分ではありません。
Q4:星野真里さんがマラソンに挑戦した理由は何ですか?
A4:すべての子どもたちが自分の居場所を選べる、より優しい社会を実現したいという願いが背景にあります。「できた!を増やす子ども募金」と連動した挑戦でした。
Q5:1000人の応援ランナーも80キロを走ったのですか?
A5:いいえ。約1000人の参加者はスタート地点で星野さんと一緒に約4キロを走る企画でした。その後、星野さんが両国国技館を目指しました。
Q6:星野真里さんはマラソン完走後、体調を回復しましたか?
A6:2026年9月14日放送の「しゃべくり007」では、筋肉痛はなくなったと本人が説明しています。施術を受けて身体を整えてもらったことも明かしました。
まとめ:星野真里のマラソン挑戦は完走だけでは終わらない
2026年の星野真里さんのマラソン挑戦は、「24時間テレビ49」のチャリティー企画として実施され、8月30日に80キロを完走する形で幕を閉じた。
今回の挑戦を振り返るうえで押さえておきたいのは、次の5点だ。
- 6月21日にチャリティーランナーとして正式発表された。
- 20代の頃にフルマラソンへ挑戦した経験があった。
- チーム練習19回で130キロ以上、自主練習を含めて約400キロを積み重ねた。
- 約1000人の応援ランナーとスタートし、80キロを完走した。
- 「できた!を増やす子ども募金」は3億8054万8400円に達した。
完走後の本人の言葉からも伝わるように、今回の挑戦は自分自身の限界に挑むだけでなく、子どもたちの可能性や社会のあり方について考える機会をつくるものだった。
20代のフルマラソン経験を経て、45歳で再び大きな距離に挑んだ星野真里さん。約400キロの練習と周囲の支えによって実現した完走は、2026年の「24時間テレビ49」を振り返るうえで印象的な出来事となった。