宮本裕向(みやもと・ゆうこう)は、暗黒プロレス組織666(トリプルシックス)に所属するプロレスラーだ。2003年8月2日にWMFでデビューし、大日本プロレスのBJW認定デスマッチヘビー級王座を3度獲得。加えて、木髙イサミとのタッグチーム「ヤンキー二丁拳銃」で大日本プロレスの最侠タッグリーグ戦を3連覇し、2018年にはZERO1の「火祭り」も制覇した。デスマッチだけにとどまらず、全日本プロレスなど複数の団体で活躍するオールラウンドプレーヤーである。
2026年11月現在、44歳となった宮本は、全日本プロレスへの参戦や故郷・広島県廿日市市での自主興行を経て、全国各地のリングに立ち続けている。特に2026年9月13日に開催された「宮本裕向のプロレス2026」は、母校の体育館を舞台にした地元凱旋大会として大きな意味を持つ。現在の参戦予定にも複数の地方興行が並び、キャリアの新たな広がりが見えてきた。
【基本プロフィール】宮本裕向の読み方・年齢・出身地・所属を紹介

宮本裕向の読み方は「みやもと・ゆうこう」
宮本裕向の名前は「みやもと・ゆうこう」と読む。
リングネームの漢字だけでは読み方に迷う人もいるが、プロレスリング・ノアの公式選手紹介でも「ミヤモト ユウコウ」と表記されている。英語表記はYuko Miyamotoだ。
2026年11月3日時点で44歳。広島県廿日市市吉和の出身で、身長は175cm。体重は所属団体などのプロフィールによって90kgまたは93kgと掲載されている。
プロフィール一覧
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 宮本裕向 |
| 読み方 | みやもと・ゆうこう |
| 生年月日 | 1982年5月25日 |
| 年齢 | 44歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 広島県廿日市市吉和 |
| 身長 | 175cm |
| 体重 | 90〜93kg(掲載団体による) |
| 血液型 | B型 |
| 所属 | 暗黒プロレス組織666 |
| デビュー | 2003年8月2日 |
| デビュー団体 | WMF |
| デビュー会場 | 徳島市立体育館 |
| デビュー戦の相手 | 藤田峰雄 |
| 得意技 | ムーンサルトプレス、ファイヤーサンダー、ヴァルキリー・スプラッシュ |
| 入場テーマ | ONE NIGHT CARNIVAL |
出典:大日本プロレス、プロレスリング・ノア、暗黒プロレス組織666の選手プロフィール。
[Cite: 大日本プロレス公式プロフィール・ノア公式選手紹介]
所属は暗黒プロレス組織666
宮本のホームリングともいえる団体が、暗黒プロレス組織666(トリプルシックス)だ。
666は2003年12月に旗揚げされたプロレス団体で、一般的なプロレス団体とは異なる独自の世界観や演出を特徴としている。
宮本はWMFでプロレスキャリアをスタートさせた後、666所属として活動するようになった。
ただし、666所属という肩書きだけで活動範囲を判断するのは正確ではない。
実際には大日本プロレス、全日本プロレス、プロレスリング・ノア、DDTなど、さまざまな団体に参戦している。
666を活動の拠点としながら、団体の垣根を越えて試合を重ねている点が宮本の大きな特徴だ。
[Cite: 暗黒プロレス組織666公式サイト・プロレスリング・ノア公式プロフィール]
【経歴・デビューから現在まで】宮本裕向のキャリアを年表で整理
宮本のキャリアを理解するうえで重要なのは、デビューからデスマッチ戦線への進出、タッグでの成功、そして他団体での実績という流れだ。
2003年:WMFでプロレスデビュー
宮本がプロレスラーとしてデビューしたのは2003年8月2日。
FMWの活動休止後に設立されたWMFで練習を積み、徳島市立体育館で藤田峰雄を相手にデビュー戦を行った。
666の旗揚げは同年12月であり、宮本のキャリアはWMFから始まっている。
2007年:建築現場デスマッチで注目を集める
宮本のキャリアにおける重要な転換点が、2007年3月14日の大日本プロレス後楽園ホール大会だ。
当時のBJW認定デスマッチヘビー級王者だった佐々木貴に挑戦。立体足場を使用した建築現場デスマッチで対戦した。
この試合では王座獲得には至らなかったものの、デスマッチの第一線で存在感を示すきっかけとなった。
大日本プロレスの公式プロフィールでも、この試合を宮本がデスマッチ戦線で頭角を現した重要な出来事として紹介している。
2008年:BJW認定デスマッチヘビー級王座を初戴冠
2008年12月19日、横浜文化体育館大会でシャドウWXを破り、第24代BJW認定デスマッチヘビー級王者となった。
これは宮本にとって初の同王座獲得である。
その後、4度の防衛に成功し、2010年5月4日に伊東竜二に敗れるまで王座を保持した。
2012〜2014年:ヤンキー二丁拳銃でタッグ戦線を席巻
木髙イサミとのタッグチーム「ヤンキー二丁拳銃」が大きな成果を残した時期だ。
大日本プロレスの最侠タッグリーグ戦で2012年、2013年、2014年と3年連続優勝。
3連覇という実績は、宮本がシングルのデスマッチだけでなく、タッグでも高い実力を持つことを示した。
2014年:デスマッチ王座を再び獲得
2014年6月15日、広島大会で伊東竜二を破り、第30代王者に就任。
宮本にとって2度目のBJW認定デスマッチヘビー級王座獲得だった。
この時期には故郷・広島での活動も重ね、地元を盛り上げる自主興行にも取り組んでいる。
2018年:ZERO1「火祭り」優勝
2018年7月、ZERO1の看板シリーズ「火祭り」を制覇。
決勝の相手は佐藤耕平だった。
デスマッチの実績が強く印象づけられていた宮本が、団体の垣根を越えたシングルリーグ戦でも頂点に立ったことは、キャリアを語るうえで外せない実績である。
2021〜2022年:デスマッチ王座3度目の戴冠と陥落
2021年9月5日、名古屋国際会議場イベントホール大会でドリュー・パーカーを破り、第44代王者となった。
7年ぶりとなる王座返り咲きで、これが3度目の戴冠だった。
5度の防衛を果たした後、2022年5月5日の横浜武道館大会でドリュー・パーカーに敗れ、王座を失った。
2026年:全日本プロレス参戦と地元凱旋興行
2026年は全日本プロレスへの複数回の参戦が確認されている。
さらに9月13日には廿日市市吉和で「宮本裕向のプロレス2026」を開催。
11月も大日本プロレスやショーンキャプチャー主催興行への参加が予定されており、現在も現役選手として活動の幅を広げている。
[Cite: 大日本プロレス公式プロフィール・BJW王座遍歴・全日本プロレス公式発表]
【デスマッチの実績】BJW認定デスマッチヘビー級王座の歴代王者と宮本の位置づけ
宮本裕向を語るうえで欠かせないのが、大日本プロレスのBJW認定デスマッチヘビー級王座だ。
このタイトルは大日本プロレスのデスマッチ部門を象徴するシングル王座であり、歴代王者には日本のデスマッチを代表する選手が名を連ねる。
宮本はその王座を3度獲得している。
宮本裕向の王座獲得歴
| 戴冠 | 代数 | 獲得日 | 対戦相手 |
|---|---|---|---|
| 1度目 | 第24代 | 2008年12月19日 | シャドウWX |
| 2度目 | 第30代 | 2014年6月15日 | 伊東竜二 |
| 3度目 | 第44代 | 2021年9月5日 | ドリュー・パーカー |
[Cite: 大日本プロレス公式BJW認定デスマッチヘビー級王座遍歴]
歴代王者の中で注目したい選手
王座の歴史を振り返ると、宮本以外にも重要な王者がいる。
- シャドウWX: 第23代王者。宮本が初めて同王座を獲得した際の対戦相手。
- 伊東竜二: 宮本の初戴冠後、第25代王者となり、2014年には宮本に王座を奪われた。
- 木髙イサミ: 第28代、第38代王者。宮本の長年のタッグパートナーでもある。
- 竹田誠志: 第36代王者。デスマッチ戦線を代表する実力者。
- ドリュー・パーカー: 第43代、第45代王者。宮本とは王座を懸けて複数回対戦した。
- アブドーラ・小林: 第54代王者。2026年1月2日に王座を獲得した。
歴代王座の流れを見ると、宮本は単に一度だけ頂点に立った選手ではない。
2008年、2014年、2021年と異なる時期に王座を獲得し、その間には伊東竜二、木髙イサミ、竹田誠志、ドリュー・パーカーなどの選手が王座を争ってきた。
複数世代の選手と王座を争いながら、3度にわたって頂点に返り咲いたことが宮本の実績の重みを示している。
デスマッチだけではない宮本の強み
宮本の特徴は、デスマッチへの適応力に加えて、通常のプロレスでも試合を組み立てられることだ。
大日本プロレスの公式プロフィールでも、デスマッチ以外のジャンルでの活躍が評価されている。
デスマッチでは試合形式やリング上の状況に応じた判断が必要になる一方、通常のタッグマッチでは連係やテンポ、相手との駆け引きが重要になる。
宮本は両方のスタイルで実績を残してきた。
この柔軟性が、複数団体から参戦を求められる理由の一つになっている。
[Cite: 大日本プロレス公式プロフィール・BJW王座遍歴]
【木髙イサミとの関係】ヤンキー二丁拳銃はなぜ評価されるのか
宮本裕向を語る際、木髙イサミの存在を外すことはできない。
2人のタッグチームが「ヤンキー二丁拳銃」だ。
木髙イサミとのタッグで3連覇
ヤンキー二丁拳銃は、大日本プロレスの最侠タッグリーグ戦で2012年から2014年まで3連覇を達成した。
宮本の持ち味である攻撃力と、木髙イサミの技術や試合運びが組み合わさり、タッグ戦線で強い存在感を発揮した。
さらに2人はBJW認定タッグ王座や全日本プロレスのアジアタッグ王座も獲得している。
特に2019年11月4日の大日本プロレス両国国技館大会では、木髙が保持するBJW認定デスマッチヘビー級王座に宮本が挑戦した。
長年のパートナー同士がシングル王座を懸けて戦う構図も、2人の関係を象徴する出来事だった。
タッグの仲間でありながら、リング上ではタイトルを争うライバルでもある。この関係性がヤンキー二丁拳銃の魅力だ。
[Cite: 大日本プロレス公式プロフィール・日刊スポーツ2019年11月4日報道]
宮本裕向の得意技・必殺技
宮本の試合を観戦する際には、次の技にも注目したい。
ムーンサルトプレス
宮本を代表する得意技。コーナー上から後方回転して相手に落下する飛び技で、試合終盤の大きな見どころとなる。
ファイヤーサンダー
宮本の得意技の一つ。相手を持ち上げて叩きつけるタイプの技で、攻撃の決定力を支える。
ヴァルキリー・スプラッシュ
大日本プロレスの公式プロフィールにも掲載されている技。
卍コブラ
プロレスリング・ノアの選手紹介にも掲載されている技で、宮本の技の幅を示す一つだ。
ムーンサルトプレスのような華やかな空中技と、相手を制する技を組み合わせられることが宮本の試合の見どころになっている。
2026年8月26日の全日本プロレス広島大会でも、宮本はラリアットからムーンサルト・ダブルニーを繰り出した。
得意技のムーンサルトプレスだけでなく、試合の状況に応じて攻撃を組み立てる点にも注目したい。
[Cite: 大日本プロレス公式プロフィール・プロレスリング・ノア公式プロフィール・全日本プロレス2026年8月26日大会詳報]
【2026年最新】宮本裕向の現在・全日本プロレス参戦・廿日市自主興行
2026年の宮本は、所属団体での活動にとどまらず、他団体への参戦や地元興行の開催にも取り組んでいる。
2026年の全日本プロレス参戦
全日本プロレスでは、2026年2月15日の後楽園ホール大会に佐藤光留とともに緊急参戦した。
同大会ではゼンニチJr.タッグフェスティバル関連の8人タッグマッチに出場。
また、8月26日の広島大会では斉藤ジュン、斉藤レイと組み、芦野祥太郎、岡田剛史、イマバリタオル・マスカラス組と対戦した。
この試合では宮本が岡田にラリアットからムーンサルト・ダブルニーを決める場面もあった。
全日本プロレスでの活動は、宮本がデスマッチの枠を越えて幅広い選手と対戦できることを示す実例だ。
なお、これらは他団体への参戦実績であり、全日本プロレスへの所属変更を意味するものではない。
[Cite: 全日本プロレス2026年2月14日発表・2026年8月27日大会詳報]
2026年9月13日「宮本裕向のプロレス2026」を開催
2026年の大きなトピックが、広島県廿日市市吉和で開催された自主興行だ。
大会名は「宮本裕向のプロレス2026」。
開催日は2026年9月13日で、会場は宮本の母校である吉和小・中学校体育館だった。
宮本の地元凱旋興行は2005年にスタートしている。
新型コロナウイルスの影響による中断を挟み、2023年に復活。今回の大会は3年ぶり6度目の開催となった。
デイリースポーツの2026年8月19日付報道によれば、今回の大会には宮本と親交のあるレスラーが約20人参加する予定で、アジャコングらも参戦予定選手として発表されていた。
この大会の特徴は、単なる有名選手の凱旋試合ではないことだ。
宮本は故郷の地域活性化にも力を入れており、子どもたちの観戦を無料にする取り組みも行っている。
また、両親やきょうだいも受付、物販、会場設営などを手伝うという。
プロレスを通じて地元の子どもたちに新しい世界を見せたいという考えが、自主興行の背景にある。
会場を母校の体育館に選んだことにも、宮本自身の原点を地元に持ち帰るという意味がある。
[Cite: デイリースポーツ2026年8月19日報道・プロレスTODAY2026年6月8日発表]
2026年11月の試合予定
2026年11月3日時点で、宮本の参加予定が掲載されている主な大会は以下の通りだ。
| 日程 | 大会・会場 | 開始予定 |
|---|---|---|
| 11月12日 | 大日本プロレス・大阪アクティブ・スクウェア・大東大会 | 19:00 |
| 11月13日 | ご縁の国しまねプロレス・大田2026/大田総合体育館 | 18:30 |
| 11月14日 | ご縁の国しまねプロレス・津和野町2026/津和野町民体育館 | 18:00 |
| 11月15日 | ご縁の国しまねプロレス・キャバレー赤玉2026/島根県益田市 | 15:00 |
| 11月16日 | 大日本プロレス・広島県立産業会館東館大会 | 18:30 |
出典:大日本プロレス公式スケジュール、ショーンキャプチャー公式発表。
特に注目したいのが、11月13日から15日まで続く島根県での「ご縁の国しまねプロレス」シリーズだ。
大田市、津和野町、益田市と開催地を移しながら、宮本は日高郁人、青木いつ希、藤田ミノル、アンディ・ウー、阿部史典らと同じ大会の参加予定選手に名を連ねている。
さらに11月16日には、広島県立産業会館東館で開催される大日本プロレスの大会にも参加予定だ。
これらは参加予定選手として公表されている情報であり、個別の対戦カードや試合順は変更される可能性がある。
観戦を予定する場合は、各主催団体の最新発表を確認したい。
[Cite: 大日本プロレス2026年11月スケジュール・ショーンキャプチャー2026年9月20日公式発表]
【プロの結論】宮本裕向が2026年も注目される理由と観戦ポイント
宮本裕向のキャリアを振り返ると、単なるデスマッチファイターという枠には収まらないことが分かる。
その理由は大きく3つある。
1. デスマッチの実績と通常のプロレスを両立している
BJW認定デスマッチヘビー級王座3度の獲得は、宮本の実力を示す分かりやすい数字だ。
一方、2018年の火祭り優勝や最侠タッグリーグ戦3連覇は、デスマッチ以外の試合形式でも結果を残していることを証明している。
特定の試合形式だけに依存しない選手である点が重要だ。
2. 666を拠点に他団体へ活動を広げている
666所属という個性を維持しながら、全日本プロレスや大日本プロレスなどのリングにも上がる。
団体ごとに異なる試合スタイルや選手層に対応できることは、長く現役を続けるうえで大きな強みになる。
3. 地元興行を継続する地域密着型の活動
2026年の「宮本裕向のプロレス2026」は、競技実績とは異なる側面から宮本の存在感を示した。
自分の母校を会場に選び、地元の子どもたちにプロレスを届ける。
全国を転戦する選手が、故郷に戻って自ら興行を企画することには、地域にとっても特別な意味がある。
宮本裕向の試合はどんな人におすすめか
- デスマッチファン: BJW王座3度の実績を持つ宮本の試合を見たい人。
- タッグマッチファン: 木髙イサミとのヤンキー二丁拳銃の歴史に興味がある人。
- 通常のプロレスを楽しみたい人: ムーンサルトプレスなどの飛び技や、他団体での試合運びを見たい人。
- インディープロレスに興味がある人: 666独自の世界観や、団体を越えた交流を楽しみたい人。
一方、特定のメジャー団体だけを追いかけている人にとっては、宮本の試合予定を把握しにくい場合もある。複数団体への参戦が多いため、所属団体の公式情報だけではすべての試合を把握できないからだ。
大日本プロレス、666、全日本プロレス、ショーンキャプチャーなど、複数の主催者の発表を確認することが観戦情報を追うポイントになる。
【宮本裕向に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:宮本裕向の読み方は何ですか?
A1:宮本裕向は「みやもと・ゆうこう」と読みます。英語表記はYuko Miyamotoです。1982年5月25日生まれで、2026年11月現在44歳です。
Q2:宮本裕向は現在どこの団体に所属していますか?
A2:暗黒プロレス組織666(トリプルシックス)所属です。ただし、大日本プロレスや全日本プロレスなど、複数団体にも参戦しています。
Q3:宮本裕向はBJW認定デスマッチヘビー級王座を何回獲得していますか?
A3:3回です。第24代、第30代、第44代王者となっています。3度目の戴冠は2021年9月5日で、2022年5月5日にドリュー・パーカーに敗れて王座から陥落しました。
Q4:宮本裕向の2026年の注目大会は何ですか?
A4:9月13日に開催された「宮本裕向のプロレス2026」が大きな話題となりました。11月には大日本プロレスの大阪・広島大会や、ショーンキャプチャー主催の島根県内の大会への参加も予定されています。
まとめ:宮本裕向はデスマッチの実績と多彩な活動を持つ現役レスラー
宮本裕向は、2003年のデビューから20年以上にわたりプロレス界で活躍してきた実力派レスラーだ。
大日本プロレスのBJW認定デスマッチヘビー級王座3度の獲得、木髙イサミとのヤンキー二丁拳銃による最侠タッグリーグ戦3連覇、2018年ZERO1火祭り優勝など、キャリアには数多くの実績がある。
2026年も暗黒プロレス組織666を拠点に、全日本プロレスや大日本プロレスなど幅広い団体に参戦している。
加えて、廿日市市吉和で開催した自主興行「宮本裕向のプロレス2026」は、プロレスラーとしての実績だけでは測れない地元への思いを示す活動だった。
今後の注目点は、デスマッチ戦線への再挑戦、他団体でのさらなる実績、そして地元凱旋興行の継続だ。
宮本裕向の魅力は、デスマッチの強さだけではなく、タッグ、通常のプロレス、地方興行まで活動の幅を広げ続けていることにある。
44歳を迎えた2026年もなお、リングの内外で存在感を発揮する宮本の今後に注目したい。