元お笑いコンビ「りあるキッズ」の安田善紀(やすだよしのり)は、2026年現在、講談師として旭堂南洋(きょくどうなんよう)の名前で活動しています。1985年9月20日生まれ、奈良県橿原市出身。11歳で長田融季とコンビを結成し、2003年には『M-1グランプリ』決勝で5位に入った元天才少年漫才師です。
2014年の解散には、相方・長田融季の借金問題と吉本興業との契約解除が関係していました。その後、東京でのピン芸人生活を経て2023年に故郷の奈良へ戻り、2025年8月には講談師として新たな一歩を踏み出しています。2026年は自身の講談会を開催するなど、活動の幅を広げています。
【現在を解説】りあるキッズ安田・安田善紀は講談師の旭堂南洋として活動中

安田善紀は現在、かつての漫才師としての経験を生かしながら、上方講談の世界で新しいキャリアを築いています。
所属先である吉本興業の公式プロフィールにも、安田善紀(旭堂南洋)として掲載されており、2025年8月から講談師として活動していることが明記されています。
安田善紀(旭堂南洋)のプロフィール
- 本名:安田善紀
- 生年月日:1985年9月20日
- 年齢:41歳
- 出身地:奈良県橿原市
- 身長:177cm
- 趣味:読書・講談
- 芸能活動開始:1996年
- 講談師としての活動開始:2025年8月
- 現在の居住地:奈良県橿原市
現在は奈良県住みます芸人としても活動
安田は2023年に東京での活動に区切りをつけ、出身地である奈良県に生活と仕事の拠点を移しました。
現在は吉本興業の「奈良県住みます芸人」として、地域に密着した芸能活動を行っています。
吉本興業の公式プロフィールには、次の出演歴も掲載されています。
- ならどっとFM「安田善紀のちなみに今日は日曜日」
- BSよしもと「発信Live ジモトノチカラ!」(不定期出演)
加えて、2026年には音声配信サービスRadiotalkでも「安田善紀のヒトリノ時間」を展開しています。
2026年1月のRadiotalk公式発表では、安田善紀(旭堂南洋)が「トークの日」のトップ配信者に選ばれ、オリジナルギフトのプロデュース権を獲得しました。
漫才コンビの解散によって活動の方向性を変えた安田ですが、現在も話芸を軸にした仕事を続けていることが分かります。
【経歴・年表】11歳で結成したりあるキッズとM-1グランプリ2003の快挙
安田善紀の芸能人生を語るうえで欠かせないのが、長田融季とのコンビ「りあるキッズ」です。
2人が出会ったきっかけは、1996年に放送されたTBS系のテレビ企画『輝く日本の星!次世代のダウンタウンを創る』でした。
当時、小学5年生だった2人は、その才能を見いだされてコンビを結成。まだ11歳という若さで芸能活動を始めました。
2003年にはM-1決勝で5位を獲得
りあるキッズの代表的な実績は、2003年のM-1グランプリ決勝進出です。
当時18歳だった2人は、若手漫才師として大きな注目を集めました。
ABCテレビの公式アーカイブには、1996年結成という記録や、過去の受賞歴が掲載されています。
2003年の決勝では601点を獲得し、出場9組中5位という結果を残しました。
優勝したフットボールアワーの663点には届かなかったものの、18歳のコンビが全国規模の漫才大会で決勝に進んだこと自体が大きな実績でした。
また、1998年には今宮こどもえびすマンザイ新人コンクールの福笑い大賞、1999年にはABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞なども獲得しています。
安田善紀の芸歴を時系列で整理
| 時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1996年 | りあるキッズ結成 | 11歳で長田融季と活動開始 |
| 1998年 | プロとしてデビュー | 心斎橋筋2丁目劇場などで活動 |
| 1998年 | 新人賞受賞 | 今宮こどもえびすマンザイ新人コンクール福笑い大賞 |
| 1999年 | 賞を複数受賞 | ABCお笑い新人グランプリ優秀新人賞など |
| 2003年 | M-1決勝進出 | 601点で5位 |
| 2014年 | コンビ解散 | 長田融季の借金問題が表面化 |
| 2016年 | 新コンビに挑戦 | 浜田ツトムとの活動を発表 |
| 2023年 | 奈良へ移住 | 奈良県住みます芸人として活動 |
| 2025年8月 | 講談師に転身 | 旭堂南洋を名乗る |
| 2026年 | 講談活動を継続 | 自主企画の講談会などを開催 |
「未来のダウンタウン」と呼ばれた少年漫才師
当時のりあるキッズは、若くして高い漫才の技術を持っていたことから、将来を期待される存在でした。
ただし、少年時代の成功がそのまま大人になってからの安定した芸能活動につながったわけではありません。
芸歴を重ねるにつれて仕事の状況も変化し、コンビとしての方向性や相方との関係にも問題が生じていきました。
その後の人生を大きく変えることになったのが、2014年の解散です。
【解散理由の真相】長田融季の借金問題と安田善紀が決断した経緯
りあるキッズが解散したのは、2014年8月1日付です。
相方の長田融季が吉本興業を退社し、18年間続いたコンビ活動に終止符が打たれました。
当時のスポーツ紙報道では、長田の知人や芸人仲間からの多額の借金が問題になっていたと伝えられています。
スポーツニッポンは2014年8月12日付の記事で、長田本人からの申し出によって吉本興業との契約が解除された経緯を報じました。
しかし、解散に至るまでの詳しい事情は、後年の安田本人の証言によってさらに明らかになっています。
安田が明かした解散直前の出来事
2021年5月、FRIDAYデジタルは、解散から約7年後に実現した安田と長田の再会を取材しました。
この記事では、2人が当時の借金問題や解散の経緯について直接語っています。
安田によると、長田の金銭問題を知ったのは、コンビ解散の少し前でした。
吉本興業から呼び出され、債権者のリストを見せられた際には、総額が約5500万円に上っていたと振り返っています。
加えて、安田自身も長田に約300万円を貸していたものの、そのリストには自分の名前が記載されていなかったと話しています。
ここで重要なのは、安田が単に事務所から解散を告げられたわけではないという点です。
本人の説明では、吉本興業が長田の問題について事情を確認していた段階で、安田自身が先に解散を切り出すことを決断しました。
その場所は、なんばCITYの喫茶店だったといいます。
長田も当時の経緯について、安田の説明を認めています。
2014年の報道と2021年の証言を整理
借金問題については、報道によって金額の表現が異なります。
| 情報源・時期 | 内容 | 確認できるポイント |
|---|---|---|
| スポニチ・2014年 | 多額の借金問題を報道 | 長田の退社と解散を報道 |
| FRIDAY・2021年 | 1億円以上の借金問題と報道 | 解散後の取材で当時の事情を検証 |
| 安田の証言・2021年 | 債権者リストは約5500万円 | 自身も約300万円を貸していたと説明 |
| 長田の証言・2021年 | 安田の解散の申し出を認める | 吉本興業との契約解除に至る経緯を説明 |
金額については、FRIDAYの見出しにある1億円以上という報道と、安田が説明した債権者リストの約5500万円を同一の数字として扱うことはできません。
いずれにしても、金銭問題がコンビの継続を困難にした大きな要因だったことは、当時の報道と当事者の証言から確認できます。
安田は本当はコンビを続けたかった?
興味深いのは、解散発表直後の安田の反応です。
2014年8月12日、安田は自身のSNSで解散と長田の退社が事実であることを認めました。
その際、コンビを続けたかったという心情も明かしています。
日刊スポーツが当時伝えた安田のコメントには、18年間の活動を終えることへの未練が表れていました。
安田にとって、りあるキッズは単なる仕事上のパートナーではありません。11歳から人生の大部分を共に過ごした存在でした。
だからこそ、解散は本人にとっても簡単な決断ではなかったと考えられます。
【解散後の現在】長田融季との関係とりあるキッズ再結成の可能性
りあるキッズの解散後、安田と長田は長い間、ほとんど接点のない状態が続きました。
安田はピン芸人として活動を続け、生活のためにパン屋や出前館などでアルバイトをしていたこともFRIDAYの取材で明らかになっています。
一方、長田は芸能活動の表舞台から離れ、2021年にはYouTubeでの再出発を目指していました。
2021年、解散から7年ぶりに再会
2人の関係が動いたのは2021年です。
長田から安田に謝罪したいという連絡が入り、解散以来となる再会が実現しました。
ただし、再会の場は決して和やかなものではありませんでした。
安田は、長田の借金問題によって周囲の人たちが苦しんだことを知り、相手に対する関心が薄れていたと説明しています。
当初は謝罪を受け入れながらも、積極的に関係を修復する様子はありませんでした。
しかし、この再会をきっかけに少しずつ連絡を取り合うようになったと、長田は後の取材で明かしています。
2022年には一緒に漫才を披露
2022年12月のFRIDAYデジタルの記事では、2人の関係がさらに改善していたことが報じられました。
特に注目されたのが、2021年11月に安田のYouTube企画で漫才を披露したことです。
さらに2022年7月には、一夜限りで観客の前でも漫才を披露。
同年5月には長田のネットラジオにも安田がゲスト出演していました。
かつてのコンビが、解散後に再び同じ舞台に立ったのです。
ただし、これは正式なコンビ再結成とは異なります。
りあるキッズの再結成は2026年に実現する?
再結成については、2022年の取材で長田が「今のところ、再結成はない」と説明しています。
一方で、安田とは今後も何らかの形で一緒に活動したいという意向も示していました。
つまり、2人の関係が完全に断絶したままというわけではありません。
ただし、2026年11月現在、りあるキッズとして正式に再結成するという発表は確認できません。
現在の安田は旭堂南洋として講談師の道を歩んでいます。
かつてのコンビに戻ることよりも、それぞれが自分の活動を続けることに重点を置いている状況です。
再結成を期待するファンにとっては気になる話題ですが、過去に一緒に漫才を披露した事実と、正式な再結成は区別して考える必要があります。
【東京から奈良へ】安田善紀が旭堂南洋として講談師に転身した理由
安田善紀の人生における大きな転換点は、東京から奈良への移住と、講談師への転身です。
2023年12月、約8年間の東京生活に区切り
安田は2023年12月22日、自身のSNSで東京から奈良に活動拠点を移すことを報告しました。
東京では約8年間活動していたものの、仕事の状況などを考え、故郷に戻ることを決めたといいます。
デイリースポーツの報道によると、本人は約8年間の東京生活に感謝を述べ、これからは関西を拠点に活動する意向を示しました。
その後は奈良県住みます芸人として地域での活動を開始しています。
2024年のスポニチによるインタビューでは、東京での仕事が思うように増えなかったことや、芸人として活動を続ける難しさについても語っていました。
単なるUターンではなく、芸能人生を改めて組み立て直すための選択だったと考えられます。
講談との出会いは神田伯山のYouTube
奈良に戻った安田は、漫才やピン芸人としての活動と並行して講談に興味を持つようになります。
2024年のスポニチのインタビューでは、神田伯山のYouTubeを見たことが講談に関心を持つきっかけの一つだったと紹介されています。
講談は、歴史上の人物や事件、武将の活躍などを独特の調子で語る伝統芸能です。
落語が登場人物の会話や仕草を中心に物語を展開するのに対し、講談は物語を読み聞かせるように進める芸能という特徴があります。
安田が長年培ってきた漫才の経験は、声の使い方や言葉の間、観客を引き込む話術という点で、講談にも生かせる可能性があります。
ただし、本人は講談の稽古について、漫才よりも難しいと感じていることも日刊スポーツのインタビューで語っています。
2025年8月5日、講談師の試験に合格
安田の転身を象徴する出来事が、2025年8月5日です。
日刊スポーツの2025年9月11日付インタビューによると、安田は講談師のプロテストに合格しました。
師匠は旭堂南鷹です。
試験合格を機に、師匠から「旭堂南洋」という名前を授かりました。
師匠・旭堂南鷹
上方講談の世界で活動する講談師。安田善紀に講談を指導し、2025年8月に旭堂南洋の名前を授けた人物です。
安田は同インタビューで、今後は前座から二つ目、そして真打ちとして認められることを目指したいという将来像を語っています。
漫才師としての知名度に頼るのではなく、講談師として一から実績を積み上げようとしている姿勢がうかがえます。
【2026年最新】旭堂南洋の講談会・出演情報と今後の活動
旭堂南洋は、講談師として活動を始めてから、自身の名前を冠した講談会を継続的に企画しています。
2026年には奈良県内での地域イベントに加え、大阪府内での公演も予定されています。
2026年11月1日には奈良県川西町の文化祭に出演
直近の活動として、2026年11月1日に奈良県川西町で開催された第40回川西文化祭があります。
奈良県川西町の公式イベント情報によると、文化祭40回記念特別ステージに月亭八光と旭堂南洋が出演しました。
会場は川西文化会館のコスモスホールで、落語・漫談ショーとして企画されたものです。
地域に根差した芸人としての活動と、講談師としての知名度を生かした出演機会が広がっています。
11月23日「俺の講談会vol.5」を開催予定
旭堂南洋presents「俺の講談会vol.5」
- 日程:2026年11月23日(月・祝)
- 開場:13時30分
- 開演:14時
- 終演予定:16時
- 会場:たけまるホール小ホール
- 所在地:奈良県生駒市北新町9-28
- 前売り:2,500円
- 当日:3,000円
- 座席数:約110席
今回の公演は、安田善紀の芸歴30周年を記念した特別企画です。
出演者には旭堂南洋のほか、旭堂南京、十手、もっち、笑福亭笑利が予定されています。
同じ奈良県住みます芸人や上方の演芸関係者が参加する構成で、講談とお笑いの両方に親しめる催しとなっています。
開催日は11月23日。生駒駅から徒歩圏内の会場です。
12月12日「豊臣兄弟と講談の世界」にも出演
上方講談師公演「豊臣兄弟と講談の世界」
- 日程:2026年12月12日(土)
- 開場:13時30分
- 開演:14時
- 終演予定:15時30分
- 会場:守口市東部エリアコミュニティセンター
- 料金:無料
- 定員:約50人
- 出演:旭堂南鷹、旭堂南洋
こちらは大阪府守口市の東部エリアコミュニティセンターが主催する公演です。
テーマは豊臣秀吉と弟・秀長の物語。
2026年の歴史的な関心とも結びついた内容で、講談を初めて聞く人にも向けた公演として案内されています。
受付開始は2026年11月14日午前9時。会場窓口または電話で受け付ける予定です。
2026年の活動から見える旭堂南洋の現在地
2026年の活動を整理すると、安田は単に講談師という肩書きを得ただけではなく、自身の講談会を企画し、地域の文化イベントや他の演芸家との公演にも参加しています。
特に「俺の講談会」を継続している点は注目できます。
自主企画を続けることは、自分の芸を披露する機会を増やすだけでなく、観客との接点を作り、講談師としての認知度を高めることにもつながります。
また、ラジオや音声配信を続けていることから、舞台だけに依存しない発信方法も取り入れていることが分かります。
【プロの結論】安田善紀の転身は少年漫才師から話芸の専門家への再出発
安田善紀の経歴で特に注目したいのは、芸能活動そのものを辞めず、表現方法を変えてきた点です。
11歳で漫才師としてデビューし、18歳でM-1決勝に進出。ところが、コンビ解散後はピン芸人として苦労し、東京での活動にも区切りをつけることになりました。
その後、奈良に戻り、地域に密着した芸人として再スタート。さらに講談師という伝統芸能の世界に挑戦しています。
この歩みには、芸能人としてのキャリアを考えるうえで3つの興味深いポイントがあります。
1. 過去の成功と現在の実力は別物
少年時代に注目された実績は、現在の講談師としての評価を自動的に保証するものではありません。安田自身が講談の試験に合格し、稽古を重ねていることに意味があります。
2. 地域への移住が活動の再構築につながった
東京での活動を続けるだけではなく、奈良に戻るという選択によって、地域イベントやラジオなど新しい仕事の機会が生まれています。
3. 話芸という共通点を生かした転身
漫才と講談は異なる芸能ですが、言葉の選び方、間の取り方、観客を物語に引き込む力が求められる点では共通しています。
安田の経験が講談の世界でどのように成熟していくのかは、今後の見どころです。
ただし、講談師としての真打ち昇進は本人が目標として掲げている段階であり、すでに真打ちになったわけではありません。
今後は肩書きだけでなく、実際の高座でどのような芸を見せるかが評価の基準になるでしょう。
【よくある質問】りあるキッズ安田の現在に関するFAQ
Q1:りあるキッズ安田こと安田善紀は現在何をしていますか?
A1:2026年現在、講談師・旭堂南洋として活動しています。奈良県住みます芸人として地域イベントにも出演し、ラジオや音声配信などにも取り組んでいます。
Q2:安田善紀が講談師になったのはいつですか?
A2:2025年8月5日に講談師のプロテストに合格し、師匠の旭堂南鷹から「旭堂南洋」の名前を授かりました。
Q3:りあるキッズの解散理由は何ですか?
A3:2014年に相方・長田融季の多額の借金問題が表面化し、吉本興業との契約解除に至ったことが大きな理由です。安田自身も後年のインタビューで、長田の借金問題を受けて自ら解散を切り出したと説明しています。
Q4:りあるキッズは再結成していますか?
A4:正式な再結成はしていません。2021年には再会し、2022年には一緒に漫才を披露したこともありますが、当時の長田は再結成について「今のところ、再結成はない」と説明していました。
Q5:安田善紀の2026年の講談会はいつですか?
A5:2026年11月23日に奈良県生駒市のたけまるホールで「俺の講談会vol.5」が予定されています。また、12月12日には大阪府守口市の東部エリアコミュニティセンターで旭堂南鷹と共演する公演も予定されています。
Q6:安田善紀はなぜ東京から奈良へ戻ったのですか?
A6:2023年12月、約8年間の東京での活動に区切りをつけ、故郷の奈良に活動拠点を移しました。仕事の状況や芸人としての今後を考えた選択で、その後は奈良県住みます芸人として活動しています。
まとめ:りあるキッズ安田は旭堂南洋として新しい芸人人生を歩んでいる
元りあるキッズの安田善紀は、2026年現在、講談師・旭堂南洋として活動しています。
11歳で長田融季とコンビを結成し、2003年にはM-1グランプリ決勝で5位を獲得。少年漫才師として華々しい経歴を持ちながら、2014年の解散によって大きな転換期を迎えました。
その後はピン芸人として活動し、2023年に東京から奈良へ移住。2025年8月には講談師の試験に合格し、旭堂南洋として新たな芸の道に進みました。
2026年は11月23日の「俺の講談会vol.5」や12月12日の守口市での公演など、講談師としての活動が具体的な形になっています。
かつて「未来のダウンタウン」と期待された少年は、現在、伝統芸能の世界で自分自身の名前と芸を築こうとしています。
りあるキッズの安田善紀という過去だけでなく、旭堂南洋として積み重ねていくこれからの芸歴にも注目したいところです。