『かぐや姫の物語』に登場する「帝(御門)」といえば、作品を見た多くの人の記憶に残るのが、驚くほど長く鋭く突き出した顎です。美しい顔立ちをしているにもかかわらず、顎だけが極端に強調された独特のデザインは、テレビ放送のたびにSNSでも話題になってきました。なかには「顎の角度は67度」という数字まで登場し、作画ミスなのか、何か特別な意味があるのかと疑問を持つ視聴者も少なくありません。
実は、この特徴的な人物造形には、人物造形・作画設計を担当した田辺修と、高畑勲監督による具体的な制作上のやり取りが関係しています。加えて、御門の声を担当した中村七之助の声質も、最終的なビジュアルに影響していました。2026年現在確認できる制作資料や関係者の証言、古典文学の研究をもとに、帝の顎が長くなった本当の理由、かぐや姫に抱きつく場面の意味、原作『竹取物語』との違いまで詳しく整理します。
この記事の重要ポイントまとめ
- 顎が長い理由: 高畑勲監督が「美男だけど一か所バランスを崩す」という提案をしたことがデザイン誕生のきっかけ。
- 制作の中心人物: 人物造形・作画設計を担当した田辺修が、画集『THE ART OF かぐや姫の物語』で制作経緯を説明している。
- 67度の真相: 2015年のSNS投稿をもとに広まった数字で、公式のキャラクター設定値ではない。
- 声優: 御門を演じたのは歌舞伎俳優の中村七之助。
- 物語上の意味: 映画の御門は、かぐや姫の自由を脅かす権力者として描かれている。
【理由を解明】帝の顎が長いのはなぜ?高畑勲監督の意外な提案

『かぐや姫の物語』の御門の顎が長い理由は、作画上の失敗や偶然ではありません。
その背景には、高畑勲監督がキャラクターの顔のバランスについて出した、具体的な提案がありました。
田辺修が明かした御門のデザイン誕生秘話
映画の人物造形・作画設計を担当したのは、アニメーターの田辺修です。
田辺修は、美術資料集『THE ART OF かぐや姫の物語』(徳間書店)で、御門のキャラクターデザインについて制作時の経緯を説明しています。
当初、田辺修は御門を非常に美しい顔立ちにしようと考えていました。一時は、五人の求婚者の一人である石作皇子として描いたキャラクターを御門に転用する案も検討していたそうです。
しかし、デザインを決めかねていたところ、高畑監督から次の提案がありました。
「美男だけど一ヶ所バランスを崩してみたらどうか。たとえばアゴとか」
出典:『THE ART OF かぐや姫の物語』に掲載された田辺修の証言。BuzzFeed Japanによる紹介
この一言が、現在知られている御門の特徴的な顎につながりました。
つまり、最初から顔全体を醜く描こうとしていたわけではありません。むしろ、美しい顔立ちを維持しながら、あえて一部分だけを極端に変えるという発想だったのです。
中村七之助の声もデザインに影響していた
もう一つ興味深いのが、御門の声を担当した中村七之助の存在です。
田辺修の証言によれば、中村七之助の声には若々しさがあり、その声の印象を受けて、御門の造形はさらに高貴で清潔感のある方向に仕上げられました。
ここで注目したいのは、顎のデザインと、それ以外の顔の造形が別々の方向から調整されていることです。
- 顔全体:若々しく、高貴で清潔感のある美男。
- 顎:高畑監督の提案によって、意図的にバランスを崩した部分。
- 声:中村七之助の若々しい声を反映した人物の印象。
この組み合わせによって、単純な悪役とも、典型的な美男子とも違う、独特の存在感を持つ御門が生まれました。
高畑勲監督が影響を受けた花園天皇像
御門の造形を考えるうえで、もう一つ興味深い資料があります。
それが、国宝に指定されている「花園天皇像」です。
鎌倉時代末期から室町時代にかけての画家、藤原豪信が描いた肖像画で、花園天皇の顔は一般的な天皇のイメージとは異なり、どこか親しみやすく、特徴的な表情をしています。
高畑監督は学生時代にこの肖像画を見て強い印象を受けたとされます。
著書『一枚の絵から 日本編』(岩波書店)でも、この絵について、単に戯画としてではなく、人物の本質を捉えた品格のある肖像として論じています。
ここから読み取れるのは、高畑監督が人物を描く際、一般的な美男美女の基準や権威を示す定型的な顔立ちだけにとらわれていなかったことです。
ただし、花園天皇像の顎をそのまま御門に取り入れたという直接的な証拠があるわけではありません。人物の個性を線によって捉えるという、高畑監督の造形思想を理解するための背景資料として見るのが適切です。
【67度の真相】帝の顎は本当に67度?SNSで話題になった理由
帝の顎を検索すると、必ずといっていいほど登場するのが「67度」という数字です。
これはどこから出てきたのでしょうか。
67度は2015年のSNS投稿がきっかけ
この数字については、2015年8月15日のSNS投稿として「帝の顎は67度」という画像付きの投稿が紹介されています。
視聴者が御門の顎の鋭さを角度で表現したもので、そのインパクトのある数字がネット上で話題になりました。
ただし、67度という数値はスタジオジブリが発表した公式設定ではありません。公式の設定資料に顎の角度が指定されていると確認できるわけでもなく、測定位置や角度の定義によって結果は変わります。
したがって、67度はファンによるユーモラスな計測値として理解するのが正確です。
2015年のテレビ放送で「帝のアゴ祭り」が発生
帝の顎が広く知られるきっかけの一つとなったのが、2015年3月13日の日本テレビ系『金曜ロードSHOW!』での放送です。
放送中、Twitterでは御門の顎に注目が集まり、「帝の顎」がトレンド入りしたとガジェット通信が報じています。
さらに面白いのが、番組公式アカウントまでこの話題に参加したことです。
金曜ロードSHOW!の公式アカウントは、御門の声を中村七之助が担当していることを紹介したうえで、顎が長いことにも触れていました。
作品の公式放送側まで顎の特徴を取り上げたことで、視聴者の間で笑いを交えた話題が広がりました。
また、ニコニコ静画などでも御門の顎を題材にしたイラストが投稿されるなど、単なる映画の感想を超えたネット上の盛り上がりにつながりました。
帝の顎に対するSNS反応は大きく3つ
ネット上の反応を整理すると、主に次のような傾向があります。
| 反応の種類 | 主な内容 | 背景 |
|---|---|---|
| ビジュアルへの驚き | 顎が長く鋭すぎるという反応 | 他の登場人物とのデザインの違い |
| ネタ・パロディ | 顎の角度や輪郭を題材にしたイラスト | 極端な造形の視覚的インパクト |
| 作品への再評価 | なぜこの顔なのかという制作背景への関心 | 高畑勲監督と田辺修の制作秘話 |
特に興味深いのは、最初は笑いの対象だった顎が、制作背景を知ることで作品の演出を考える入口にもなっていることです。
一見すると奇抜なデザインですが、実際には監督と作画担当者の具体的なやり取りから生まれた造形でした。
【人物関係・キャスト一覧】御門を生み出した制作陣と登場人物
御門の顎だけに注目すると、単なる印象的なキャラクターデザインに見える可能性があります。
しかし、作品全体の制作体制や人物関係を整理すると、それぞれの担当者がどのように作品に関わったのかが見えてきます。
『かぐや姫の物語』の人物・関係者相関表
| 人物・作品 | 担当・関係 | 注目ポイント |
|---|---|---|
| 高畑勲 | 原案・脚本・監督 | 御門の顎のデザインを提案 |
| 田辺修 | 人物造形・作画設計 | 御門の人物デザインを担当 |
| 中村七之助 | 御門の声 | 若々しい声が造形にも影響 |
| 御門(帝) | 劇中の登場人物 | かぐや姫に求婚する最高権力者 |
| かぐや姫 | 主人公 | 御門の求婚を拒絶する |
| 竹取物語 | 原作 | 映画の物語の基礎となった古典 |
この表で重要なのは、御門のビジュアルが田辺修だけの独断で決まったわけではないという点です。
監督の提案、人物造形担当者の設計、声を担当する俳優の印象が重なって、最終的なキャラクターが完成しています。
御門の声を担当した中村七之助とは?
歌舞伎俳優。『かぐや姫の物語』では御門の声を担当。若々しく品のある声が、キャラクターの造形にも反映された。
中村七之助は、歌舞伎の舞台を中心に活動する俳優です。
本作では御門の声を担当し、人物の持つ高貴さや自信に満ちた雰囲気を声で表現しています。
顎のデザインだけが強烈に注目されがちですが、声と顔の印象を合わせて見ると、御門が単純なコミカルキャラクターではないことも理解できます。
作品の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 作品名 | 『かぐや姫の物語』 |
| 公開日 | 2013年11月23日 |
| 原作 | 『竹取物語』 |
| 原案・脚本・監督 | 高畑勲 |
| 脚本 | 坂口理子 |
| 人物造形・作画設計 | 田辺修 |
| 音楽 | 久石譲 |
| 御門の声 | 中村七之助 |
| 上映時間 | 約137分 |
| 制作 | スタジオジブリ |
スタジオジブリの公式作品情報でも、2013年11月23日の公開と、主要スタッフ・出演者が確認できます。
【劇中シーンを考察】帝がかぐや姫に抱きつく理由と原作との違い
御門について顎と同じくらい話題になるのが、かぐや姫に背後から抱きつく場面です。
このシーンは、作品の中でも特に印象が強く、視聴者によって受け止め方が分かれる場面でもあります。
なぜ帝はかぐや姫に抱きついたのか?
物語の中で御門は、かぐや姫が五人の貴公子の求婚を拒絶したことを知ります。
ところが、御門はその行動を自分への関心の表れであるかのように受け取ります。
そして、かぐや姫を宮中に迎えようとしますが、姫は応じません。
そこで御門は、自ら翁の屋敷を訪れ、琴を弾いているかぐや姫に近づき、背後から抱きつきます。
このときの御門は、自分の行動によって女性が喜ぶのが当然だという認識を持っています。
重要なのは、かぐや姫の意思を確かめる前に、自分の立場と欲望を優先していることです。
御門にとっては、自分が望めば相手も応じるはずだという感覚があるのでしょう。
一方、かぐや姫にとっては、自分の意思を無視して自由を奪われる行為です。
この場面は、単なる恋愛描写ではありません。地上の最高権力者である御門と、自分の人生を自分で選びたいかぐや姫との対立を象徴しています。
かぐや姫が抱きつかれて拒絶した本当の意味
御門に抱きつかれたかぐや姫は、恐怖と拒絶を示します。
御門は自分の行為を特別な問題だとは考えていません。しかし、かぐや姫にとっては、自分の身体や意思を勝手に扱われる深刻な出来事でした。
その後、御門が帰ると、かぐや姫は膝から崩れ落ちます。
この出来事は、彼女が月への帰還を願うきっかけの一つとして描かれています。
つまり、御門の登場は、かぐや姫が地上で生きることの苦しさを再認識する重要な転換点なのです。
御門の顎の特徴的なデザインと、この場面での振る舞いを合わせて見ると、彼が作品の中で果たす役割がより明確になります。
『竹取物語』の帝と映画の御門は何が違う?
ここで押さえておきたいのが、古典『竹取物語』との違いです。
実は、原作にも帝がかぐや姫に求婚し、翁の屋敷を訪れるエピソードがあります。
しかし、映画と原作では帝の人物像が大きく異なります。
| 比較項目 | 原作『竹取物語』 | 映画『かぐや姫の物語』 |
|---|---|---|
| 帝の立場 | 地上の最高権力者 | 権力を持つ求婚者 |
| 求婚 | かぐや姫に求婚する | 同じく求婚する |
| 翁の屋敷への訪問 | 実際に訪問する | 実際に訪問する |
| かぐや姫への接近 | 姫を連れ帰ろうとする | 背後から抱きつく |
| 姫の反応 | 姫は姿を消して拒絶する | 恐怖や拒絶を明確に示す |
| 物語上の役割 | 地上と月の世界をつなぐ重要人物 | 権力による自由の抑圧を象徴する人物 |
国際基督教大学の斉藤みかによる研究論文『竹取物語』の「帝」の変遷でも、この違いが詳しく考察されています。
原作では、帝がかぐや姫を連れ帰ろうとする展開自体は存在します。しかし、映画のように権力を背景にした強引な言動を重ねる人物としては描かれていません。
原作では、その後も帝とかぐや姫は手紙を交わします。かぐや姫が月に帰った後、帝は不死の薬と手紙を受け取り、深い悲しみを抱きます。
これに対して映画では、帝はかぐや姫の自由を脅かす存在として、より強く描かれています。
映画ではなぜ帝を悪役に近い人物として描いたのか?
この変更を理解するには、映画全体のテーマを見る必要があります。
『かぐや姫の物語』では、かぐや姫が幼少期に過ごした自然豊かな山の生活と、都での窮屈な貴族生活が対比されています。
山では自由に走り回り、仲間と遊び、自分の感情を素直に表現できました。
しかし、都では身分や礼儀作法、周囲から期待される女性像に縛られます。
御門は、その窮屈な世界の頂点にいる人物です。
彼がかぐや姫を求めることは、単なる恋愛感情ではなく、彼女が望まない生き方を押しつけることにもつながっています。
一方、映画オリジナルの人物である捨丸は、かぐや姫が幼少期に過ごした自由な世界と結びつく存在です。
斉藤みかの研究では、捨丸は偽りの愛に対する真の愛を示す人物として追加されたと分析されています。
この対比を踏まえると、御門の役割は顎のインパクトだけでは説明できません。彼は、かぐや姫が本当に望む幸福とは何なのかを浮かび上がらせるための重要な人物なのです。
【プロの結論】帝の顎は作品の人物造形を理解する重要な手がかり
御門の顎について、制作資料、関係者の証言、劇中描写、古典文学の研究を整理すると、押さえておきたい要点は明確です。
第一に、顎は作画ミスではありません。
田辺修が残した制作証言から、高畑勲監督の提案によって、あえて顔のバランスを崩したことが分かっています。
第二に、67度という数字は公式設定ではありません。
2015年のSNS投稿に由来する話題性の高い数字ですが、キャラクターデザインの正式な寸法として扱うことはできません。
第三に、御門の人物像は原作と映画で異なります。
原作では、帝はかぐや姫と手紙を交わす人間的な求婚者として描かれています。一方、映画では権力によってかぐや姫の自由を脅かす人物として、より強い対立構造を担っています。
作品をより深く理解するためには、顎の形だけで人物の善悪を判断せず、デザインの制作意図と劇中での行動を分けて見ることが大切です。
御門の顔が美しい部分と不自然な部分を併せ持っていること自体が、この人物の複雑さを考える入口になっています。
『かぐや姫の物語』の帝の顎に関するよくある質問(FAQ)
Q1:帝の顎が長いのはなぜですか?
A1:高畑勲監督が田辺修に「美男だけど一か所バランスを崩してみたらどうか。たとえばアゴとか」と提案したことが理由です。意図的なキャラクターデザインであり、作画ミスではありません。
Q2:帝の顎は本当に67度なのですか?
A2:67度という数字は、2015年のSNS投稿として紹介されたファンによる計測値です。スタジオジブリが公式に発表した設定数値ではありません。
Q3:帝の顎をデザインしたのは誰ですか?
A3:人物造形・作画設計を担当した田辺修です。高畑勲監督の提案を受けて、御門の顎の特徴的なデザインを完成させました。
Q4:御門の声優は誰ですか?
A4:歌舞伎俳優の中村七之助です。田辺修の証言によると、中村七之助の若々しい声も、御門の高貴で清潔感のある造形に影響しました。
Q5:帝がかぐや姫に抱きついたのはなぜですか?
A5:御門は自分が望めば女性は喜ぶという認識を持っており、かぐや姫の意思を無視して自分のものにしようとしたためです。この場面は、権力者の身勝手さと、かぐや姫の自由を求める気持ちを対比させています。
Q6:原作『竹取物語』でも帝はかぐや姫に抱きつくのですか?
A6:原作にも帝が翁の屋敷を訪れて、かぐや姫を連れ帰ろうとする展開はあります。ただし、映画のような背後からの抱擁や、それに伴う強引な言動は映画版の演出です。
Q7:帝の顎がSNSで話題になったのはいつですか?
A7:特に知られているのは2015年3月13日の『金曜ロードSHOW!』での放送です。「帝の顎」がTwitterでトレンド入りし、番組公式アカウントも顎の長さに言及しました。
まとめ:帝の顎に隠された高畑勲監督の演出意図
『かぐや姫の物語』の御門の顎は、単なる奇抜な作画ではありません。
人物造形を担当した田辺修の証言から、高畑勲監督の「美男だけど一か所バランスを崩す」という提案が、あの特徴的な顎を生み出したことが分かります。
また、中村七之助の若々しい声を受けて、顔全体には高貴さや清潔感が加えられました。
67度という数字はSNSで広まったファンの計測値であり、公式設定ではありません。一方、2015年のテレビ放送で大きな話題になったことは、当時の報道からも確認できます。
そして何より重要なのは、御門が物語の中で担う役割です。
原作の帝は、かぐや姫と手紙を交わす人間的な求婚者でした。しかし映画では、権力を背景に彼女の自由を脅かす存在として描かれています。
あの長い顎は、映画を見た人が思わず立ち止まるほど強烈な個性を持ったデザインです。その背景には、高畑勲監督と田辺修の緻密な人物造形へのこだわりがありました。
次に『かぐや姫の物語』を見るときは、ぜひ御門の顔だけでなく、かぐや姫との距離感や言葉、そして彼が登場する場面の意味にも注目してみてください。笑ってしまうほど特徴的な顎の向こうに、作品が描こうとした権力と自由の問題が見えてくるはずです。