吉田凪沙は、守備的なポジションを中心にプレーする女子サッカー選手です。2026年11月現在、ニッパツ横浜FCシーガルズに所属し、背番号5を着けています。
基本プロフィールは次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 吉田凪沙 |
| 読み方 | よしだ・なぎさ |
| 生年月日 | 1996年10月26日 |
| 年齢 | 30歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 徳島県徳島市 |
| 身長 | 167cm(2020年のクラブ発表時) |
| ポジション | MF |
| 現所属 | ニッパツ横浜FCシーガルズ |
| 背番号 | 5 |
| 利き足 | 右足 |
生年月日や出身地、ポジションなどはINAC神戸レオネッサの移籍発表に記載されています。2026年のニッパツ横浜FCシーガルズ公式選手一覧でも、MFの吉田凪沙として掲載されています。
プレースタイルは守備と攻撃を両立するタイプ
吉田の特徴は、守備だけに専念するのではなく、状況を読みながらチーム全体のバランスを整える能力にあります。
過去の横浜FC公式インタビューでは、ボランチとセンターバックを主戦場とし、守備の要であると同時に攻撃の組み立ても担う選手として紹介されました。
特に注目したいのは、次の3点です。
- 相手の攻撃を先読みする危機管理能力
- 状況に応じてポジションを修正する判断力
- 試合終盤まで運動量を維持する持久力
こうした能力は、個人でボールを奪うだけでなく、相手の攻撃を未然に防ぎ、味方が攻めに転じる時間をつくるうえでも重要です。
【吉田凪沙の経歴】徳島から日ノ本学園、吉備国際大学へ

吉田のサッカー人生は、地元・徳島で始まりました。
小学生時代にサッカーを始める
横浜FCの公式インタビューによると、吉田がサッカーを始めたのは小学1年生のときです。
きっかけは2歳年上の兄の影響でした。小学5年生になると、女子チームのリベルタ徳島FCに加入します。
中学生になってからも同クラブでプレーを続け、兄が所属する男子チームの練習にも参加。競技に打ち込む日々を送っていました。
この時期に身につけた経験が、後の守備的なポジションでのプレーにもつながっていきます。
日ノ本学園高校で全国タイトルを獲得
中学卒業後、吉田は徳島を離れ、兵庫県の日ノ本学園高校へ進学します。
同校は女子サッカーの強豪として知られ、全国各地から選手が集まる環境でした。
高校時代の吉田はアンカーを担当。アンカーは中盤の底に位置し、相手の攻撃を遮断するとともに、攻撃の起点にもなる重要なポジションです。
守備と攻撃の両方に関わる経験は、後のボランチやセンターバックとしてのプレーにも重なる部分があります。
そして高校3年生の夏と冬、吉田は大きな実績を残しました。
インターハイと全国高校女子サッカー選手権大会の2冠を達成したのです。
厳しい練習やポジション争いを経験しながら、全国大会で結果を残したことは、選手としての大きな転換点でした。
吉備国際大学からFC吉備国際大学Charmeへ
高校卒業後は吉備国際大学に進学します。
大学時代には、女子サッカーチームのFC吉備国際大学Charmeでプレーしました。
そして2015年3月29日、18歳でなでしこリーグに初出場します。
初出場の舞台は、2015プレナスなでしこリーグ2部第1節。対戦相手はスフィーダ世田谷FCでした。
加えて、同年4月19日のノジマステラ神奈川相模原戦ではリーグ初得点も記録しています。
【2015年初出場から2026年の200試合へ】吉田凪沙の経歴年表
吉田のキャリアを理解するうえで重要なのは、所属チームの変化とリーグ戦出場記録の積み重ねです。
日本女子サッカーリーグの公式発表と各クラブの移籍発表を整理すると、次のようになります。
| 年月・時期 | 所属・出来事 | 主な実績 |
|---|---|---|
| 小学生時代 | リベルタ徳島FC | サッカーを本格的に始める |
| 高校時代 | 日ノ本学園高校 | インターハイ・選手権の2冠 |
| 大学時代 | 吉備国際大学・FC吉備国際大学Charme | 2015年3月29日にリーグ初出場 |
| 2015年4月19日 | FC吉備国際大学Charme | リーグ初得点 |
| 2019年 | INAC神戸レオネッサ | 大学卒業後に加入 |
| 2021年 | ニッパツ横浜FCシーガルズ | 新加入。リーグ戦22試合すべて先発・フル出場 |
| 2022年3月19日 | ニッパツ横浜FCシーガルズ | リーグ通算100試合出場 |
| 2024年5月4日 | ニッパツ横浜FCシーガルズ | リーグ通算150試合出場 |
| 2026年9月19日 | ニッパツ横浜FCシーガルズ | リーグ通算200試合出場 |
INAC神戸時代は出場機会を求める時期に
2018年12月、INAC神戸レオネッサは吉田の2019シーズン加入内定を発表しました。
当時のポジションはMF。大学での経験を経て、トップレベルのチームに進むことになります。
しかし、INAC神戸での2年間は、必ずしも出場機会に恵まれたものではありませんでした。
横浜FCの公式インタビューでは、リーグ戦の出場は在籍2年間で1試合だったと紹介されています。
本人も当時を振り返り、試合にもっと出たいという思いを持っていたことが伝えられています。
その後、2020年12月23日にINAC神戸がニッパツ横浜FCシーガルズへの移籍を発表しました。
この移籍は、吉田のキャリアを考えるうえで重要な転換点です。
所属クラブの知名度やカテゴリーだけではなく、実際に試合に出て成長できる環境を選んだことが、その後の継続的な出場につながりました。
2021年の加入初年度から主力として活躍
2021年からニッパツ横浜FCシーガルズでプレーを開始。
横浜FCの公式インタビューによると、加入1年目の2021シーズンは、リーグ戦22試合すべてに先発出場し、途中交代のないフル出場を達成しました。
INAC神戸時代とは対照的に、出場機会を確保し、チームの中心としてプレーするようになったことが分かります。
100試合、150試合、そして200試合へ
吉田のリーグ戦出場記録は、着実に積み上がっていきました。
- 2022年3月19日:通算100試合
- 2024年5月4日:通算150試合
- 2026年9月19日:通算200試合
100試合達成はスペランツァ大阪戦、150試合達成はスフィーダ世田谷FC戦でした。
いずれも日本女子サッカーリーグが公式に記録達成を発表しています。
200試合という数字は、単に長く現役を続けているというだけではありません。
大学時代の2部リーグから、INAC神戸、そしてニッパツ横浜FCシーガルズへと環境を変えながら、リーグ戦に出場し続けてきた結果です。
【2026年最新】吉田凪沙の現在の所属チームと活動
背番号 5
MF・ミッドフィールダー
2021年加入。2026年のクラブ公式選手一覧にも登録されています。
2026年11月3日時点で、吉田はニッパツ横浜FCシーガルズに所属しています。
クラブの公式選手一覧では、MFとして背番号05で掲載されています。したがって、過去のインタビューでセンターバックとして紹介されたことと、現在の登録ポジションであるMFは区別して理解する必要があります。
2026年9月19日、リーグ通算200試合を達成
今回のキャリアで最も大きなニュースとなったのが、2026年9月の記録達成です。
日本女子サッカーリーグの公式発表によると、達成試合は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 達成日 | 2026年9月19日 |
| 大会 | 2026プレナスなでしこリーグ1部 |
| 節 | 第18節 |
| 対戦 | 静岡SSUボニータ |
| 所属 | ニッパツ横浜FCシーガルズ |
| 記録 | リーグ戦通算200試合 |
会場は静岡県の石人の星公園球技場(遠州灘海浜公園球技場)でした。
リーグは9月21日に記録達成を発表しています。
特に注目したいのは、初出場が2015年3月29日だったことです。
そこから約11年半にわたり、リーグ戦への出場を重ねてきました。
200試合達成時に本人が語ったこと
日本女子サッカーリーグの公式発表には、吉田本人のコメントも掲載されています。
なでしこリーグ200試合を達成することができました。 ここまで続けてこれたのは、たくさんの方の支えと応援があったからこそです。 嬉しいことも悔しいこともたくさんありましたが、振り返ると全部が大切な経験です。 これからも1試合1試合自分らしく戦いたいです。
コメントから伝わるのは、記録そのものへの喜びだけではありません。
吉田は、周囲の支えや応援に感謝しながら、これからも1試合ずつ戦っていく姿勢を示しました。
200試合はキャリアのゴールではなく、次の挑戦につながる節目として受け止められます。
なお、この200試合は日本女子サッカーリーグのリーグ戦通算記録です。カップ戦や皇后杯など、すべての公式戦を合算した出場数と混同しないことが大切です。
【吉田凪沙のインタビュー】プレーの特徴と試合前の習慣
吉田の人物像を知るうえで参考になるのが、横浜FC公式ウェブサイトに掲載された選手インタビューです。
記事では、徳島での幼少期から高校時代、INAC神戸への加入、横浜での生活までが紹介されています。
試合前に空を見上げる理由
インタビューのなかでも印象的なのが、吉田が試合前に空を見上げる習慣です。
高校2年生の秋、吉田は兄を交通事故で亡くしました。
兄妹でサッカーを続けてきた吉田にとって、その出来事は大きな悲しみでした。
兄と交わした約束は、インターハイと選手権で優勝すること。
高校3年生の夏と冬に、その2つの目標を達成しています。
本人は当時の経験と試合前の習慣について、次のように話しています。
「力もらおう」って気持ちで、今でも試合の前に空を見るのがルーティーンになってます。
このエピソードからは、吉田にとってサッカーが単なる競技以上の意味を持っていることが伝わります。
試合前に空を見上げる行動は、本人が大切にしてきた思いを象徴する習慣です。
サッカー選手として評価されたいという思い
INAC神戸に加入した2019年、吉田は新しいカテゴリーでの挑戦を始めました。
しかし、当時の報道対応や入団会見を振り返るインタビューでは、外見に注目した紹介よりも、サッカー選手として評価されたいという思いがあったことを明かしています。
実際、代表選手も在籍するINAC神戸ではリーグ戦の出場機会が限られました。
その経験を経て、ニッパツ横浜FCシーガルズへの移籍を決断します。
この経歴は、吉田が選手として何を大切にしてきたのかを考える材料になります。
知名度や肩書きよりも、ピッチでプレーすることを重視してきた歩みが、200試合という記録にもつながっています。
競技以外の活動にも取り組む姿
横浜FCの過去のインタビューでは、サッカー以外の活動についても紹介されています。
2022年の取材当時、吉田は医療法人横浜未来ヘルスケアシステムで勤務しながら競技を続けていました。
また、オリジナルアパレルブランドの立ち上げや、YouTubeでのVlog発信にも取り組んでいたと紹介されています。
本人は、自分から発信することは得意ではないものの、選手として活動できるうちに挑戦したいという思いを語っていました。
なお、これは2022年の取材時点の情報です。2026年現在も同じ勤務形態や活動状況が続いていると断定できるものではありません。
【吉田凪沙は結婚している?】公表情報とプライベートの真相
吉田凪沙について検索すると、結婚や交際相手に関心を持つ人もいます。
しかし、結婚については、競技成績とは異なり、本人や所属クラブからの公式発表が重要な判断材料になります。
2026年11月現在、確認できるクラブ公式プロフィール、リーグの記録発表、本人の公開プロフィールには、結婚や配偶者についての公式な発表は見当たりません。
そのため、次のように整理するのが適切です。
| 確認項目 | 公表情報 |
|---|---|
| 結婚発表 | 確認できる公式発表なし |
| 配偶者の情報 | 公表情報なし |
| 子どもの情報 | 公表情報なし |
| 交際相手 | 公式に確認できる情報なし |
| 現在の活動 | 女子サッカー選手として活動 |
ここで注意したいのは、結婚を公表していないことと、独身であることは同じではないという点です。
本人がプライベートについて詳しく発信していない場合、結婚の有無や交際状況を外部から断定することはできません。
また、検索結果に表示される別の著名人の結婚情報や、根拠の示されていない交際報道を吉田本人の情報として扱うことにも注意が必要です。
現在の吉田について確実に確認できるのは、ニッパツ横浜FCシーガルズの選手として活動し、2026年9月にリーグ通算200試合を達成したという競技面の実績です。
【吉田凪沙に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:吉田凪沙は現在どこのチームに所属していますか?
A1:2026年11月現在、ニッパツ横浜FCシーガルズに所属しています。公式選手一覧ではMF、背番号5として掲載されています。
Q2:吉田凪沙のなでしこリーグ初出場はいつですか?
A2:2015年3月29日です。FC吉備国際大学Charmeの選手として、なでしこリーグ2部第1節のスフィーダ世田谷FC戦に出場しました。
Q3:吉田凪沙は結婚していますか?
A3:2026年11月現在、本人や所属クラブから確認できる結婚発表はありません。未婚・既婚のどちらかを断定できる公表情報もありません。
Q4:吉田凪沙はいつ200試合出場を達成しましたか?
A4:2026年9月19日の静岡SSUボニータ戦です。2026プレナスなでしこリーグ1部第18節で通算200試合出場を達成しました。
Q5:吉田凪沙の出身高校と大学はどこですか?
A5:兵庫県の日ノ本学園高校を卒業後、吉備国際大学に進学しています。大学時代はFC吉備国際大学Charmeでプレーしました。
まとめ:吉田凪沙の200試合はキャリアの新たな節目
吉田凪沙は、徳島県でサッカーを始め、日ノ本学園高校、吉備国際大学、INAC神戸レオネッサを経て、ニッパツ横浜FCシーガルズでキャリアを積み重ねてきた選手です。
2015年3月29日のリーグ初出場から、2022年の100試合、2024年の150試合を経て、2026年9月19日に通算200試合を達成しました。
今回の歩みから見えてくるのは、所属チームの変化を乗り越えながら、試合に出続けることを大切にしてきた選手の姿です。
特に、INAC神戸で出場機会に苦しんだ時期から、ニッパツ横浜FCシーガルズで主力として定着した経緯は、キャリアを考えるうえで要点です。
【プロの結論】
吉田凪沙を評価する際には、200試合という数字だけでなく、次の3つの視点が欠かせません。
1. 継続性: 2015年から約11年半にわたり、リーグ戦への出場を積み重ねたこと。
2. 適応力: 大学時代から複数のクラブを経験し、環境の変化に対応してきたこと。
3. 戦術的な役割: ボランチやセンターバックを経験し、守備と攻撃の両面に関わってきたこと。
200試合達成は、これまでの努力が公式記録として形になった瞬間です。
2026年11月現在もニッパツ横浜FCシーガルズの選手として登録されている吉田凪沙。次の節目に向けて、どのようなプレーを見せていくのか、今後の活躍にも注目が集まります。